虹色浪漫譚

オウマ

文字の大きさ
上 下
36 / 54

36

しおりを挟む
 突然に訪ねても蒼志はいつも「よく来てくれました」と笑って、時には仕事を切り上げてまで家に招き入れてくれる。しかし毎度手ぶらじゃ悪いからと今日は珍しく土産を持ってきた。
 ……俺は今、酷く緊張をしている。
 大概の事は笑顔で受け入れてくれるこの男だが、今度ばかりは分からない。でも、今日は伝えなきゃいけない。伝えるって決めたんだ。
「蒼志、これやるよ!」
「え? ……綺麗な鏡だね。これを俺に?」
 蒼志が受け取った手鏡を恐る恐るといった様子で覗き込む。
 この手鏡は俺の手持ちの中でも割と高価な部類に入る数少ない品だ。我ながら長年愛用した感が出ている。これなら人並みの情があればそう簡単に叩き割る事はないだろうと見込んだ。
 鏡を差し出した時、彼は戸惑ったような顔をした。あの顔は単に苦手なものを突きつけられたものではないはず。と、いうことは俺の魂胆、ちゃんと察してくれたのかな。
「そ~んな目脂だらけじゃ色男が台無しだしな。是非使ってくれ」
「えっ!? ちゃ、ちゃんと顔洗ったのに……」
 おお、慌ててる慌ててる。早速鏡を使ってくれてる。可愛いヤツめ。
「蒼志、借金がなくなったら俺は海を渡る。異国で役者になる」
 ちょっと突然過ぎたかな。必死に目元をボリボリ指で掻いていた蒼志が目を丸くしてこっちを見た。
 俺は今日、お前に伝えなきゃいけない。
「異国で、役者に……? 凄いじゃないか! 翠なら異国でも必ずや通じる筈だよ! 是非頑張って欲しい!」
「……一緒に、行かないか? 海を渡ればもう容姿について悩むこともなくなると思う。一緒に行こう蒼志」
「一緒に……?」
 蒼志が声を詰まらせた。そして本気か否か見極めんとしてるのか俺の目をジッと見つめる。
 戸惑うのも無理はない。なにせ急な話だ。だが、どうか信じて欲しい、俺は、本気だ。
 暫く見つめ合ったのち、蒼志の目つきが変わった。
「海を渡ったら、こんな俺でも顔を上げて歩けるかもしれない……。……うん。行きたい。翠と一緒に行きたい。翠と一緒ならなんだって出来そうだし、翠と離れ離れになりたくないし、翠が行くなら俺も行くよ」
「本当か!? ……よかった、俺にも夢が出来た」
 こんなにもあっさり頷いてくれるなんて。良かった、本当に良かった……!
「蒼志、俺達はいつまでも親に振り回されたままじゃいけない! 自分の力で自由に生きるんだ! そのために蒼志、俺にはお前が必要なんだ……」
 俺がどれほどまでにお前を必要としているか、言葉だけでは伝え足りないこの思いをどうにかして伝えたかった。その一心で身体が勝手に、と言って正しいだろう。言うだけ言って後は何を考える前に蒼志を抱き締めていた。蒼志が息を呑んでみせた吐息が聞こえた。
 俺は今日、どうしてもお前に何もかも伝えなきゃいけないんだ。今日伝えたい。もう隠せはしないこの思いを全て。
「っ……俺が……? 俺……、翠の役に立つ……?」
 声を詰まらせながら蒼志が言う。
「なら、どこまでもついて行く! 俺……、ついて行くから……! 翠について行く……!」
 蒼志が顔を埋めた肩に生温いものがじわりと広がった。
 ……泣いているのか……?
 蒼志が、俺にしがみついて声を殺して泣いている。
 さて、このいよいよ溢れて止まらなくなった想いをどう伝えよう。
 間違っても気のせいなんかじゃない確かな想いだ。俺は、彼が何より必要で、大切で、ずっと隣にいて欲しいと願ってる。彼がいれば出来ない事はないとさえ思ってる。もうこれは、気のせいなんかじゃない……!
「蒼志……!」
 髪、耳、頬……、とにかく目についたところに口づけをしながら彼を押し倒した。
 これしか考えつかなかった。この想いを伝えるには、こうするしかないと。
 小さく声を上げるのみで、なんの抵抗もせず簡単に倒れてくれた大きな身体。少し息を切らせながら蒼志が俺の名を呟いたのが聞こえた。
「翠……」
 戸惑ってるような不安に駆られているような、そんな様々な感情を宿している青い目が俺を真っ直ぐに捉えてる。涙に濡れて輝く蒼志の目はまるで宝石のようで、見ていて吸い込まれそうだ。とても綺麗。
「蒼志、俺と一つに繋がってくれ」
 輝く目元を指で撫でながら素直に欲求を伝え、そして祈った。どうか、受け入れて欲しいと。
 俺は今、俺の全てを懸けている。もし彼がここで首を横に振ったら、俺は全てを失う事になる。彼という存在も、夢も、この想いも、何もかも。もう二度とこんな感情を誰かに抱く事はないだろう、それくらい深く彼を想っている。
 どうか今、身体が震えていませんように……。正直、恐い。だが震えちゃいけない……! 真に恐いのは蒼志の方だろう、いきなり男がのしかかってきたんだから……! ほら、ちゃんと目を見てやらないと伝わるもんも伝わらないだろ、俺……!
 必死こいて見つめ直した蒼志の顔は、意外にも穏やかだった。その憂いに満ちた瞳には驚きの色がまるで無い。なんだか、俺がこうする事を分かっていたような、待っていたかのような……、そんな顔だ。
 蒼志の手がこっちへ伸びてきた。ひっぱたかれるんじゃないかと一瞬身構えた俺を失笑するように、その手は俺の頬を優しく撫でてきた。
「俺は、心のどこかで、ずっとこの時を待ち望んでた……。言い出せなかった……。だから、嬉しいよ。一つになろう翠。俺は構わない」
「蒼志……!」
 恐がってたのが、馬鹿みたいだ。いつもみたく蒼志は笑顔で俺を受け入れてくれた。なんだよ、なんだよなんだよ俺って酷い小心者だったんだな。
 抱き締めて口づけても蒼志はうっとりとしてみせた。拒む様子は微塵もない。
 なんで気付かなかったかなあ。蒼志は、待っててくれたんだ……。こんなに嬉しい事が他にあるか? ないない、絶対にない。
 踏み出して、良かった。
「翠……、俺はお前さんのもんだよ」
「うん」
 身を任せてる彼の着物に手を掛ける。
 男同士って役割どう決めんだとか思ってたけど、俺は蒼志を抱きたくてのし掛かって、蒼志はこの通り身を任す構えだ、こんなにも自然に決まるもんだったんだな。
 どうか俺の手が震えませんように。何せ初めてだ。男同士って以前に自らが想いを寄せた相手を抱く事が――なんて言ったら笑われそうだから黙っとく。
 こっちの緊張をよそに蒼志は実に楽しそうに俺の帯を解いてる。「く~るくる、く~るくる~」とか音頭に乗せて口ずさんで、やれやれ余裕だな。「楽しい?」って聞いたら「別に」と笑顔で返された。
 まったくもって無邪気な男だ。俺は、それが嬉しかったんだよ蒼志。普段表情を凍り付かせてるお前が俺の前でだけ子供のようにはしゃいでみせてくれるのが嬉しかったんだ。
 自分の本気具合が恐ろしい。彼のがっしりとした身体や男の象徴を見ても萎えるどころか更に興奮してる。前をはだき露わになった身体を撫で回しながら思った。混血だからか、なかなかどうして、ご立派な竿だなと。
 俺の前をはだき終えた蒼志が手を止め、「おい」と声を上げて眉間に皺を寄せた。
「どこをそんな熱心に見つめてるわけ?」
「いてっ!」
 頭を小突かれた。バレたか。「いや別に」と笑ってごまかし、仕返しとばかりに蒼志が視線を刺してくる俺の下腹部を御披露目した。……そんなに見ないでくれ。別に自信がないわけじゃないが男に凝視されるのは初めてで、どうしていいか分からない。
「あのさ翠。相手、こんなだけど大丈夫?」
 不意に蒼志が呟いた。えーと、こんなって、どんな? それどんな心配?
「大丈夫、お前は美人だから! ……お前こそどうなんだ。恐くないのか?」
「全然。俺を誰だと思ってんの?」
「流石。肝が据わっていらっしゃる」
 屈託なく笑っている彼の足をこじ開ける。ペロリと舐めた人差し指を入り口にあてがうと興奮したのか、おののいたのか、彼の身体が一瞬ビクついた。
「力、抜いて」
 唇を重ねながら指を奥へ奥へとゆっくり進める。……固い。
「ん……! ぐぅ……! んん……!」
「痛いか……?」
 低く呻いて身体を震わす蒼志の顔を覗き込む。すると彼は息を荒げながらも「平気」と答えて笑ってみせた。
 胸を、鷲掴みにされた気分だ。
 彼の言葉を信じて指を押し進め、付け根まで潜り込ませる。……熱い。
 痛いか聞くと、また彼は「平気だ」と笑った。身体は酷く震えているが……。
「痛かったら言えよ」
 痛い思いはさせたくない。ゆっくりゆっくり指を何度も抜き差す。次第に低く呻くばかりだった蒼志が鼻にかかった声を出し始めた。
「翠……翠…………」
 目を閉じて呟いてる。急かしてるんだろうか。
「指、増やすよ」
 一旦指を抜き、唾を吐き足して人差し指と中指とを潜り込ませる。
「あ……!! ぐあ……!! ああ……!!」
 また蒼志が低く呻く。しかし痛いとは言わない。大丈夫かと聞いてもやはり「平気だ」と返す。目元を必死に腕で擦っているにもかかわらずだ。本当は泣いているのかもしれない、なのに平気と言い続ける……。
「蒼志、相当俺のこと好き?」
 指を動かしながら尋ねてみた。
「ん……っく……! はあ!? 馬鹿……!!」
 顔を反らされた。みなまで言わすなって? そんな頬を赤くして!! なんて愛おしいんだ。
「蒼志、愛してる。もう辛抱堪らない。入っていいか? 入りたい」
 気付けば、俺のブツははち切れんばかりになっていた。限界だ。蒼志のそれもなかなかの状態。
 鼻を一度啜ってから蒼志は俺を真っ直ぐに見つめ返した。そして「おいで」と言って笑った。
 ……蒼志、やっぱりお前は天使だ。
 二度三度と唇に口づけをして、はち切れそうなブツを蒼志の入り口にあてがった。……あーあ、なんでこんなに緊張するんだか。息を吐いて呼吸を整える。蒼志は目を閉じて受け入れ体制だ。小刻みに震えながらも力を抜いて俺を待ってる。男を見せろよ翠……!
 両手で腰を掴み、重たい身体を引き寄せる。
「ぐあ!? んあああああ……!!」
 蒼志が身体を反らして絞るような声を上げた。
「う……!」
 まずい。固くて全然入らない。何度か強く突き立てるも駄目、単に蒼志に悲鳴を上げさせただけだ。
「悪い……! 蒼志、力抜け!」
「む……無理……!! い……!! ああ……!!」
 痛いって言いかけた。これは、良くないな。では、ちょっと強引かもしらんが仕方がない。蒼志の前を両手で握ってしごき上げる。
「翠!? 何を……!? あ……!! うあああ……!! あう……っ」
 喘いでるみたいだな。力の抜けた身体の中に徐々にねじ込んでいく。それでも蒼志の口は狭く固く押し進む度にギチギチと不安な音を立てているが、これならどうにかいけそうだ。やがてズブリと頭が飲み込まれた。
「ひっ!!」
 押し殺したような甲高い声を出して蒼志が腰を跳ね上げる。だが「痛いか」と聞いても彼は顔を歪めながらも首を横に振った。「本当に?」と念を押すと「クドい」と怒られた。
 しかし、どうにもこうにもこれは、キツいな……!
 あんまり躊躇してたら蒼志は逆に痛いだろうか。と、いうか、このまま時間を掛けると俺も持ちそうにない。
「一気に入れるよ……!」
 予告して片手は前に触れたまま、もう片手で蒼志の足を持ち上げる。彼が頷いたのを確認して、思い切り腰を叩きつけた。
「ぐ……ああああああー!!」
 蒼志が身体を弓なりに反らして声を張り上げる。
「うあ……っ!」
 思わずこっちも声が漏れた。なんだこの熱、この締め付け。こんなの、経験がない……。根元まで彼の中に埋もれた部分を見やって、ああ入ったのだと改めて確認する。
 凄いな、俺、蒼志の中に、入ったんだ……。
「く……う……っ! 蒼志……! 分かるか? 繋がったぞ俺たち……!」
「ああ……!! う……!! わか……る……。なか……お前が……いる……」
「痛いか……? 大丈夫か……?」
「平気……。今更、躊躇してくれるなよ……」
 アハハと苦しそうな息の中で彼は笑ってみせた。やっぱりお前は笑うんだな。
 おもむろに彼の両手が俺の顔を包み込んできた。
「男前だね……。初めて見る顔だ……。凄いよ翠。雄だ、雄」
 俺、今そんなにギラギラしてる?
「野性的で色っぽいって? そいつはどう致しまして」
「ヒヒヒッ。……不思議な気分だ……。お前に抱かれてるなんて……。なんか……急に恥ずかしくなってきた……! そんな目でジッと見んなっ」
「なんだよ、それ。……動いてもいいか?」
 あまりの締め付けに何をする前に果てそうだった。息切れと汗が止まらない。
「蒼志、聞いてる?」
「……聞いてるよ。遠慮すんな、俺はお前さんのモンだ……。完璧にモノにしてくれ……。言わすな馬鹿」
「おお、すまなかった」
 なんだ、恥ずかしくて黙ってたのか。
 涙溢れた目元に口づけ「動くぞ」と一言告げてから腰を振った。
「っ……っ……っん……!! んあ!! ぐああ!! ああああああ!! あー!! うあああ!!」
 一度、二度、三度までは唇を噛んで耐えていた蒼志だが、少し腰を大振りにした四度目になると我慢が利かなくなったのか声を出し始め、五度目には俺の肩にしがみつき、そのうち悲鳴を上げてのた打ち回り始めた。
 とてもよがってるとは思えないその姿。思わず「大丈夫か」と尋ねたが彼は意地になっている様子で首を横に振る。まあまず大丈夫とは思えない。しかし今の俺にはどうすればいいか考える余裕が僅かもない。ここで止まる事も出来ない。普段紳士を装っていても所詮は男。根は野蛮。
「蒼志……、辛抱してくれ!!」
 暴れのた打つ身体を抱き押さえて腰を振った。
「が……ああああ!! うあああああ!! いっ……!! あああああ!!」
 蒼志が金色の髪を振り乱し苦悶の表情で声を張り上げ、足でガシガシと畳を引っ掻き回す。凄い力だ。目一杯に足掻くこの体躯を押さえるのは正直厳しい。しかし、彼が本気を出せば俺は多分、吹っ飛ぶ。そうならないということは身体の中心を貫かれて上手く力が入らないのか、俺の為に堪えてくれてるのか。
 次第に、引きちぎれんばかりに俺の肩を握っていた蒼志の手の力が弱くなってきた。
「んっ……! お前の中……! 凄い……、気持ちいい……!」
 なんか俺ばっか良い思いしてて申し訳なかった。蒼志は正直に言えば痛いはずだ。
「あ……! う……! んん……! ああ……! あっ…………俺も、きも……ちぃ……」
 よがり始めた……?
 激しい息切れの中、彼は確かに気持ちいいと言った。
「っ……! 気持ちいい、のか……?」
「ん……! いい! 翠……! きもちい……! あああっ! うあっ! ああ!」
 腰を浮かし鼻にかかった声を上げている。勘違いではなかったようだ。
 どうして俺は今、泣きそうになったんだろう。
 いつの間にか、ギチギチと今にも千切れそうな音を立てていた部分は俺の先走りに濡れてか女のそれのようにグチャリグチャリと湿った音を立て始めていた。
 もう、遠慮は要らないだろうか。
 恍惚に喘ぐ表情を見つめながら、夢中で腰を振った。
「蒼志……!!」
 限界だった。強く強く叩き込んで蒼志の前を両手で握る。
「あうっ!!」
 声を上げ、蒼志がビクリと身体を跳ね上げ、白濁色を飛び散らせた。
 刹那、こちらはその力んだ身体に絞り上げられ、中にぶちまけ果てた。
「ん……! ……はあ……はあ……! すまん……。中……、出しちまった……」
「はあ……はあ……! っ……これで、俺はお前のもん……?」
「そう! そんで……、俺はお前のもんだ。蒼志、俺たち、もう繋がったんだよ……」
 ズルリと己を引き抜き、震える蒼志を抱き締め口づけを交わした。
 とろりとした青い目が間近に俺を見てる。
「俺たち、一心同体……? 翠は俺がいなくなったら生きてけない……?」
「ああ、ちょっともうお前なしに生きてくのは無理だな……。身体、大丈夫か? 正直、痛かったんだろ? やせ我慢しやがって」
「だって、痛いって言ったら翠は優しいから途中でやめちゃう気がした……。身体なら大丈夫。俺を誰だと思ってんだ?」
 そんないじけたような口調で!
「天使だと思ってる」
「まっ、真顔でなに言ってんだ馬鹿っ!!」
「うわ、顔赤い赤い! ……待てよ? お前が天使なら俺は神様か。やばいな、俺も照れる」
「何でだよ!? ついてくとは言ったけど仕えると言った覚えはないよ!!」
 思わず声を出して笑えた。全く彼は面白いくらいすぐムキになる。
「あー、腹がいてぇ! お前といると本当に楽しい」
「じゃあ、これからは楽しい事しかないね翠」
「そうだな! …………今更な質問だけど初めてだった?」
「はあ? えーと、どう答えたら嬉しい?」
 なんだよその返しは!!
「どちらでも。正直に答えてくれたら嬉しいかな」
 いちもつを撫で扱いてやると悪戯な笑みを浮かべていた彼の表情が一変、「分かった分かった言う言う」と慌てふためいた。
「初めて!! 初めてだよお!!」
「本当かあ~?」
「本当だよ本当!! だって固かったろ!?」
「まあな!」
 答え自体はどっちでも良かったんだけどね。ただ彼の事をより知りたかっただけなんだ。蒼志はあまり自分のことを語らない。だけど俺は、なんでもいいからもっと知りたい。
「ところで、これどうする?」
 俺が愛撫を続けたせいでうっかり見事そそり立ってしまったいちもつを指差す。蒼志が「お前なんてことすんだ」と盛大に嘆いてみせた。
「ん~…………、好きにしろいっ」
「悪いね~。こちとら副業を暫く休んでたもんで無駄に元気なんだ」
「この歌舞伎者めが……」
 ふてくされつつも俺の額に口づけて「跡、残らなくて良かったね」と呟き蒼志は足を開いた。
 成る程、ちょっと口先は素直じゃない一面もあると。
 再び上にのしかかり、蒼志と違ってまだ半勃ちである先端を中にねじ込んでゆるゆると腰を振った。
「翠……。さっきの、話だけど…………」
 息を切らせながら蒼志が呟く。
「ん? なんだよ?」
 手を止めぬまま返した。
「何度か……数える程度だけ……夜鷹を……っ……働いた事がある……。ん……! 一〇年は、前の話、だけど……。……まあ、そんだけ……」
「そっか……」
 不思議と過去に身体を売っていたという事実を聞いても驚かなかった。この容姿なら、そういうこともあっただろうなと身構えていたからだろうか。
「どうして話しちゃった? 黙ってていいのに」
「胸が……、痛くなったから……」
「蒼志……!」
 何故か得意気に笑ってる彼に口づけをした。彼は俺を喜ばす術を知り尽くしてるんじゃないだろかと本気で疑う。
「ん……。俺……、お前には嘘つけないみたい……」
「俺だって! ……一〇年前の、蒼志か……。さぞかしっ、可愛かったんだろな!」
「ぐ……! うあ……! っああ、今じゃ……このザマだけど……、昔は、周りのヤツらが……言うに……女の子と見紛う美少年だったらしいよ! ハハッ……」
「だろーな! でも今だって綺麗だぞ?」
 あ、苦笑いされた。やっぱり彼の自分に対する評価は未だに低いのか?
 一旦、腰を止めて彼の顔を両手で包み「蒼志」と名を呼んで俺を見るよう諭す。
「よく見ろ蒼志。お前を下敷いているのが誰か。いいか、お前は俺という絶世の色男を骨抜きにしたんだ、分かるか? だから自信を持っていい。それだけお前の此処と此処はとても綺麗なんだ」
 彼の顔を軽く叩き、胸に手を当てた。お前の容姿と心はとても綺麗だと。
 蒼志の目に涙が滲んだ。伝わったか……?
「よくまあ、自分をそこまで言えるねっ! 確かに綺麗なお顔立ちですが! 俺は、お前さんのなにより此処に惹かれた」
 トントンと手のひらで胸元を叩かれた。心が綺麗って?
「嬉しいね~。この美貌を差し置いてそこを褒められたのは初めてだ」
 どうしてここまで彼は俺を喜ばしてくれるんだろう。「意外だな」と言って泣きながら笑っている彼からは計算だとかそんな思惑は見えない。多分、思ったことをそのまま言っている。
 彼は、俺と同じなのかもしれない。外面だけ見られ、内まで見られたことがない。
 俺は、蒼志には無意識に自分がされて嬉しいと思える事をしてきた。それしか人を思いやる術を知らない。基準は自分。それだけ人というものを知らないわけだ。篭もりきっていた彼も恐らくは……。
 ああ、不思議と通じ合えた理由はこれだったのか。
 彼は、俺と同じなんだ。
 なにかの糸が切れたのを感じた。
「やっぱり、俺の目利きは間違っていなかった」
 神に誓おう。俺は残りの生涯、お前だけを想う。そしてそれを誇りにする。
 蒼志の涙に濡れた目元を手で拭い、もう喋らなくていいと口元に指を当て、後は夢中で身体を揺さぶった。二度目という事もあって少々遠慮は捨てさせてもらった。
 甲高い声が耳を突く。
 抱くというより貪るといった表現が正しいだろう。彼の首筋に噛み付いてひたすら身体を揺さぶった。愛おしくて愛おしくてたまらなくて。
 鼻につく匂いは女を抱いている時に漂う甘いものとは違って、少し油臭い。ああ、男を抱いているのだなと実感する。だけど、それすら心地良い。もう重症だ。
「翠……!! 翠……! うあああああ!! ん……!! んっ!! あ……!!」
 蒼志が悲鳴にも似た凄い声を上げた。腹に生暖かいものを受け取る。
「うっ!」
 彼が果てた事に安堵してか俺も続けざまに果てた。
「っ……! んぅ……!」
 腰を手で押さえつけて最後まで出し切って彼の上に倒れ込む。嗚呼、果てに果てた。何か言ってやりたいのに呼吸するのに精一杯だ……。汗が止まらない。暑い。まずい、本気で果てた……。
 頭を撫でてくる手の感触が心地よくて瞼が重くなる。
「ん……。ごめ……。抜く……」
 第一声がこんなんで申し訳ない……。
 抜き取って改めて倒れ込む。駄目だ、身体に力が入らない……。
 薄目を開けて蒼志を見やると、同じく力尽きている様子で安心した。目を閉じて肩で呼吸してる。
 暫くお互い何も言わずただただ呼吸をした。
 程々に身体が冷めてきた頃合いを見計らって先に動いたのは蒼志の方だった。起き上がり、あろうことかそのまま俺を肩に担いで立ち上がった。
 待て。あれだけ身体を酷使した後で俺を持ち上げるとは何事だ。
「おい。身体……」
 大丈夫か、と続けようとした口を唇で塞がれた。
「大丈夫。俺こう見えて力には自信があるんだよ。お互い身体が資本だろ? 風邪をひいたら大変だ」
 得意気に笑って敷きっぱなしにしてあった布団へと俺を寝かしつける。
「すまん……」
 蒼志のが明らかに負担が大きいんだ。こういうことしてやらなきゃいけないのは俺なのに……。
「翠。俺は客じゃないんだよ?」
「そうだけどさ」
 気遣ってやりたい男心……。って蒼志も男だわ。しかし言われても隣に寝転んだ彼に腕を差し出しちゃうのは習性というかなんというか。まあでも蒼志はそれに素直に頭を乗せて嬉しそうにしてくれてる。
「このまま寝ちゃおう?」
「ああ、そうしよう……。おやすみ、蒼志」
 大きな身体を丸めて俺の胸元に収まった彼を抱き締め、掛け布団をかぶる。
 汗ばんで少し張り付く背中を撫で続けてやると、暫くして寝息が聞こえてきた。
「俺は、お前の中の中まで全部見て全部受け止めてやるからな……? 大好きだよ」
 聞いちゃいないだろうが言いたかった。
 俺も、お前には何も隠さない。その決意表明。
 胸元に木霊す鼓動に耳を傾けながら目を閉じる。
 混血を嫌がっていたということは、やっぱりそれだけそれを理由に嫌な目に遭って来たってことだよな。ひょっとしたら幼少期に周りから迫害なり受けたのかもしれない。
 ずっと外見だけで見られてきた。そんな過去がうかがえる。
 大丈夫だよ蒼志。同じだ。俺も、この生まれ持った類い希なる美貌ゆえに周りには外面ばかり求められてきた。なんちゃって少し言い過ぎだが、間違いではない。
 事情は違えど同じ。でもこれは才能なんだよ。俺はそう思ってる。とはいえ心から満足行かなかった理由は言わずもがな。俺の中まで見て求めてくれたのはお前が本当に初めてだ……。
 お前はあっさりと夜鷹の経験があると言ったが、そんなん自分がどうでもいい人間だと思ってなきゃ簡単には出来ない事だよな?
 俺も自覚は薄かったが、そうだったのかもしれない。
 夢もなくて、でも何か見つけたくて生きてた。今は、その何かがお前だったんだと確信してる。
 お前もそう思ってくれているとしたら、これ以上に嬉しい事はない。
しおりを挟む

処理中です...