虹色浪漫譚

オウマ

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「奥様、いろいろ調べてみましたが風邪ではありません」
「風邪ではない? では、何でしょう……? この身体の気だるさは一体……」
 どうにも数日前から体調が思わしくなく、掛かり付けの医者をお呼び出しした。風邪でないとすればこれは一体なんなのか……。まさか、大病の兆し?
「……おめでとう御座います。まだ安定期ではないので、あまり無理はなさらぬように」
 御医者様が眼鏡の奥に笑みを浮かべ、私の手を取った。
「まさか……、赤子が? 私に、赤子が!? まあ! 信じられません……! 早くアカギさんに知らせなくては! ああ、なんて素晴らしい……!」
「待ち望んでましたからね。きっと御主人も喜ぶことでしょう。おめでとう、咲さん」
「はい! ありがとう御座います! ……赤子が……。大事に大事に育まねば」
 実感が湧かない。とうとう授かったんだ。私はあの人の子を授かったんだ……。この腹の中に、あの人の子がいるんだ。
 嘘ではないかと何度も御医者様に問いかけたが、彼の返事は変わらない。「間違いなく授かりました」とおっしゃる。ああ、本当に授かったんだ。
 溢れる涙を我慢する事が出来ない。
 お腹を撫で、祈った。どうか無事に育って欲しい。貴方を、あの人に会わせてあげたい。
「それでは。定期的に様子を見に伺いますので」
「はい。宜しくお願い致します」
 御医者様が帰って行った。
 ああ、どうしましょう、どうしましょう! 心が舞い躍り、思わず家の中を飛び跳ねたくなりました。しかし、いけない! 我慢です! だってお腹を大事にしなければ! ああでも待ち切れない! 早く早くアカギさんにこの事を伝えたい! 馬車を呼んで会いに行ってしまおうか!? いやいやいや、いけないいけない。主人の仕事場に妻が顔を出すなんて、そんなそんなっ。
「嗚呼、早く帰ってきてアカギさん……。赤子よ。貴方の子よ……」
 これを聞いたら貴方はどんな顔をするでしょうか。喜んでくれますか? よくやったと私を褒めてくれますか? ひょっとしたら感極まって泣いてしまいますか?
 早く早く伝えたい。どうか今日は寄り道せずに帰ってきて……。
「っ…………?」
 なにやら胸騒ぎが止まらないのは、幸せの反動でしょうか。
 嗚呼、アカギさん。どうか、早く貴方の顔を見せて私を安心させて下さい。
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