虹色浪漫譚

オウマ

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 朝日が顔に差し込み、眩しさに目を覚ました。そして間髪をいれずに驚愕した。
「…………蒼志さんが、張り付いてる……」
 これはどういう事だ!? 蒼志さんが俺にガッシリとしがみ付いて眠っている!!
 えーっと、どうしよう……。動けないぞ……。しかし実に気持ち良さそうに眠っている、起こすわけにはいかないな。可哀想だ。
 まるで子供のような寝顔。頭を撫でると「ん……」と声を漏らして嬉しそうな表情を見せた。思わず苦笑い。これでは尚更、起こすわけにはいかない。
「参ったな。……つーか俺、記憶ねーな」
 はて、俺は一体……。此処は何処、私は誰。私は歌舞伎役者の司馬翠です。それは分かってる! えーと、此処は何処だ? ……見覚えがある。此処は蒼志さんの家だ。うおおおお、ひょっとして俺はまた彼に迷惑をかけてしまったのかー!?
 記憶を辿るが、やはり途中から途切れている。酒を酌み交わしながら談笑していたところまでは覚えているんだが……。
「……みぉい……」
 ふと、蒼志さんの声が耳に入った。ふにゃふにゃな声だ。顔を覗き込むが目はしっかりと閉じている。起きた気配はない。と、いう事は、寝言かな。
「はにゃあ……。ほあ~……、テンシだお~……あたみゃのお金だお~……、あえる~……みぉいにあえる~……。ほあ、りゅんきんなったんらおー……ぅえぅ~」
 言って俺に擦り寄る彼。頭のお金を翠にあげる? ほら純金になったんだよって? えーと、解釈するに、その金髪が純金になった、だから俺にあげると。売れるぞと。……えー!? 蒼志さん、アンタ一体どんな夢を見てるんだよ!?
「えっと……、ありがとう?」
 彼の夢の中では純金に変わってるらしい金色の髪を撫でる。……驚く程にサラサラと指通りの良い髪だ。上質な絹のよう……。
 蒼志さんが眠りながらもニコリと微笑み、頭をグリグリと俺に押し付ける。ほらほらどうぞと言わんばかりに、グリグリと。
「はう~……。ほあ、あげぅ~。おりぇがみおいたつててあえる~……。こぇ、うぇ~」
「蒼志さん……?」
 ……俺が、翠を助けてあげる? これを、売れ……?
 俺が、昨日あんな話をしたから、そんな夢を見ているのか? 借金背負ってるなんて言ったから、この金を売って返せと……。
「あ、蒼志さん……!」
 俺が、助けてやるだなんて……! 無垢な顔でそんな事を言われたら、俺は弱い……!
「にゅ~……。らいじょーぶだお~……おりぇがいぅよ~……おりぇがたつててあぇる……」
 大きな身体を摺り寄せて蒼志さんが尚も微笑む。
「蒼志さん……!!」
 感極まって涙が溢れ出た。助けてやるだなんて、そんな言葉を貰ったのは初めてで、どうしたらいいのか分からなくて。
 泣きながら、生まれて初めて神に感謝した。
 彼に会わせてくれて、ありがとう。
「ふにゅ~……。あめがふっちぇきちゃね、みぉい……。寒くにゃいかい……?」
 雨が降ってきた、と? すまない、それを降らせているのは俺だ……。
 気分を落ち着けて腕で涙を拭う。
「大丈夫。寒くない……。もう雨も止んだ」
 穏やかな気持ちだ。二度寝の気分。今日は特に予定もないしな。
 彼の身体を改めて抱き締め、目を閉じる。女性と見紛う美麗な容姿だ、抱き締めるに戸惑いは無し。
 素直にこちらに擦り寄る大きな身体。彼は根はとても甘えん坊なのかもしれない。それがどうしてこんな人目を避けた暮らしをしているのだろう……。
 きっと深く傷ついてきたのだろうな。目立つ容姿だ、心無い言葉を浴びせられることもあったかもしれない。
 胸が、痛んだ。
 胸が痛くて痛くて仕方なくて、この痛みを掻き消したい一心で目を固く閉じた。
 ………………………………さて、どれほど眠ったのだろう。
 目が覚めたら隣に蒼志さんの姿がない。彼がいた場所には僅かに窪みと温かさが残っている。と、いうことは、まだ布団からいなくなって間もない。
 一体、何処へ行ったのか。
 布団を出て辺りを見回している最中、戸が開いた。
「ああ、目が覚めたんだね。よく寝ていたよ翠さん。昼時近いから飯を作ってきた。食べるだろ?」
 おぼんを抱えた蒼志さんが家に上がる。おぼんの上には急須と湯のみが二つ、あと、どデカい握り飯が四つと新香が乗っているのが見えた。握り飯、本当にデカッ!! 蒼志さんが握ったのかな。
「おはよう。悪いな、飯まで世話になっちゃって」
「いえいえ。先に顔を洗ってくるといい。井戸の場所は分かる?」
「ああ、出て右だろ?」
 手拭いを借りて外に出る。……良い天気だ。
 遊郭の方から甲高い賑やかな声が聞こえる。遊女達が揃って昼飯でも食ってるんだろうか。
 井戸水を汲んで顔を洗い部屋に戻るとお茶を淹れている蒼志さんに「頭が痛いとかない?」と聞かれた。どうやら二日酔いじゃないかと心配されているらしい。
「いや、大丈夫! かたじけない! ……えっと、俺、途中から記憶がないんだけど、ひょっとして潰れた?」
 聞くと即座に「はい」と笑顔で頷かれた。
 うわー!! やっちまったー!!
「いや、もう、なんと詫びるべきか……」
 お礼するつもりがまた世話になっちゃうって何をしてんだ俺は……。
「いえいえ。翠さんのおかげで美味しい酒が飲めましたし。さ、どうぞ座って。腹の足しにはなるかと」
 座れ、と座卓を囲んだ向かいの座布団を指差される。……蒼志さんは床に直接胡坐を掻いている。この家には座布団が一つしかないのかな。
 少々申し訳ない気持ちになりつつも座布団に腰を下ろす。
「いただきます」
 差し出されたお茶に口を付け、握り飯を手に取る。……手に持ってみると、尚更デカい。なんという重量感。
「ん? 野郎の握った飯じゃ進みませんか?」
「いや、とんでもない! ただ、立派だなと。蒼志さんが握ったなら納得だ」
「ああー、すいません。ついついデカくなっちゃうんですよ」
 成る程、その手が目一杯に米を握ったらそりゃこうなるわなあ。
 パクリと一口。……うん。塩が利いてて美味い。
 素直に「美味い」と告げると、蒼志さんは「それは良かった」と照れ臭そうに微笑んだ。
 彼は、寝言の事など覚えていないんだろうな。……純金の頭、か。もし実現したとしても、それを俺なんかの借金のために引っこ抜いて売るわけにはいかないって。
「……聞いてもいいかな?」
「はーい。何ですか?」
 口をモグモグさせながら蒼志さんの目がこちらを見る。
「どうして用心棒の職に就いたの?」
 気になっていたから素直に聞いた。俺に言わせれば、これは蒼志さんには似合わない職だ。温和な蒼志さんには似合わない。
「ああ、これしか仕事がなくて。ろくすっぽ家の手伝いもしなけりゃ学校にも行かずにやんちゃばっかしてたから」
「そうなの? なんかー、そんな風には見えないけど」
「やあ、荒れてた時期もあったんですよ。ガキの頃の話だけど。どうにも周りから阻害されるもんで。ま、この遊郭の主人とは昔馴染みでね。早々に親に勘当されて身一つでその日暮らししていたところを拾ってもらったんだ。それで今に至ります」
「そっか。苦労してきたんだなあ」
「いえ、貴方に比べれば全然。殆ど自業自得みたいなもんだし」
 言って、笑顔でお茶を啜る。
 ……勿体無いな、この男……。本当に勿体無い……。こんな綺麗な容姿をしているのに……。彼はこんなところで燻っているべき男じゃない……。
「ああ、そうだ翠さん。今度翠さんの舞台を見に行ってもいい? 興味があるっ」
「……あのさ。翠さんって、ちょーっと他人行儀じゃないかな蒼志」
「え?」
 あ、キョトンとしてる。可愛いなあ~。
「翠、で、いいよ。だって友達だろう?」
「……ああ、そこまでの記憶はあるんだ?」
「悪かったよ、潰れてゴメンよ!」
 ムキになった俺を見て蒼志が「アハハ」と腹を抱えて笑った。
 屈託なく笑う彼は、こう言っちゃなんだろうが、とても綺麗だ。
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