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未だ夢見心地。昼間の茶店でのひと時がまだ現実と思えぬまま、一心不乱に机に向かう。
自分の素直な気持ちを紙に書いて表す、それがこんなにも気持ちの良いものだったとは。物語としては全く評価されたものではないだろう、だけど、いいんだ。俺は今こんなにも楽しい。胸の奥で溜まりに溜まっていた鬱憤がスッと抜けていくようだ。
いやあー、早いものでもう原稿用紙五枚目に突入ですよ結城様! 俺、天才!
でも、そんな幸せな気分は玄関戸の開く音で止んでしまった。「ただいま帰った」と士郎さんの重い声。まだ夕方の六時だ、今日は珍しく帰りが早い……。
出迎えに行くと「飯」とだけ言われた。食事も済ませて来なかったのか、それまた珍しい。何が食べたいか聞くと「何でもいい」と言われた。
毎日毎日そんな疲れ切った顔で帰って来られて、俺にどうしろというんだ。何故そんなに疲れているのか、理由を聞いても決して答えてはくれないし……。
夕飯は焼き魚と煮物とお新香と、まあ、なんだ、何でもいいって言われたからあり合わせのもので適当に作った。
静かな静かな食卓。士郎さんは食事の時は一言も喋らない。今日もやっぱりウマイもマズイも言わない。黙って大きな口でご飯をかき込み、最後に箸を置いて「ごちそうさま」とだけ呟くとさっさと書斎に向かってしまった。
いいんだ、いつもの事だ。
食器を片付け、風呂を沸かす。それからさて食後のお茶でも持って行ってあげようと書斎を覗くと士郎さんが月明かりと蝋燭を頼りに大きな背中を丸めてなにやら机に向かっている姿があった。また新しい政策か何かを練っているんだろう。でも、行き詰っているのかな。カリカリしている雰囲気を察し、黙ってお茶を机に置く。……士郎さんはチラリと湯飲みを見たが、それっきりだ。
貴方は、ありがとうも何も言ってくれないんだね。
「……お茶菓子も持ちますか……?」
話し掛けて良いものか迷ったけど、何か言って欲しくて聞いた。
「……ああ、頼む」
士郎さんが両の目頭を指で摘んで天を仰ぐ。俺の顔なんて見もしない。
「はい……、お待ちを……」
ああー、もう!! ただでさえ強面が更にカリカリしてておっかないったらありゃしねえ!! あれに比べて、嗚呼、結城様は素敵な方だった……。
台所に茶菓子を取りに行って戻ってくると士郎さんが「アカギめ!!」と突然に壁に向かって大声を張り上げた。あまりに突然の大声に肩が、すくんだ。
「あ……おっ、おっ、お茶菓子でござるっす……! あ、いや、ごじゃいましっす……」
舌が、回らん。こここここここ怖い……怖い……。何を突然に怒っておられるやら、士郎さんが怖くて震える手で茶菓子を置く。俺に怒鳴ったわけじゃないんだろーけど、でも恐い!!
「ん? ……何故泣いている!?」
士郎さんが驚いた顔で俺を見た。何故って、アンタ……!!
「だ、だって、だって、恐い!! 士郎さん顔が恐いよお~!!」
「なに!? ならば見なければいいだろう!!」
「ひいっ!」
面と向かって怒鳴られ、また肩がすくんだ。なんなんだ、この人は。いくら仕事が上手くいかないからって、なんで俺が八つ当たりされなきゃいけないんだ。なんでもかんでも怒鳴ればいいと思って……!!
「っ……お疲れ様です。近頃、士郎さんいつも苛立っています。忙しいのね。忙しいと水姫、邪魔ですね。すみませんでした。失礼、します……」
一礼し、書斎を後にする。襖を閉めるときに士郎さんの大きな溜め息が聞こえた。
溜め息をつきたいのは、こっちだよ。
俺は、きっと、ただ黙ってあの人にご飯を作るだけの召使いなんだ。言いたい事は山ほどあるけど、口答えなんてしちゃいけない。だって召使いなんだから……!!
自室に戻って再び筆を手に取る。物語を書こうか、いや、その前に手紙を書こう。改めて茶店で本当に顔を合わせてくれたことへのお礼と、今、物語を書いてみていることを、伝えよう。それから、また宜しければ、お会い出来ないかと……。
やはり筆を走らせていると気分が晴れる。時間を忘れられる。
そうして夢中で筆を走らせている最中、ふと襖の向こうから俺の名を呼ぶ士郎さんの声がして身体が一瞬強張ったのは、後ろめたさ故だろうか。夫ではない殿方の事で頭の中がいっぱいだという後ろめたさ……。
「なんですか?」
そっと書きかけの手紙を座卓の下に隠し入れながら返事をした。
「まだ起きていたか。風呂を沸かし直しておいた。良い湯だ、入ってくるといい」
ガシガシと士郎さんが頭を拭いている音が聞こえる。いつの間に風呂に向かったのだろう、気が付かなかった。
「はい、分かりました……」
「あまり夜更かしするなよ。先程はすまなかったな」
襖を開ける事もなく士郎さんの足音が去っていく。……すまんで済めば警察は要らんのだ。やっと晴れかけていた心が再び濁った……。どうしたらいいか分からなくて、とりあえず煙草を吸う。士郎さんは俺が隠れて煙草を吸ってることにも多分気付いてない。
嗚呼どうして俺は今、悲しい気持ちになったのだろう。
結城様、また俺と会ってくれるかな……。
自分の素直な気持ちを紙に書いて表す、それがこんなにも気持ちの良いものだったとは。物語としては全く評価されたものではないだろう、だけど、いいんだ。俺は今こんなにも楽しい。胸の奥で溜まりに溜まっていた鬱憤がスッと抜けていくようだ。
いやあー、早いものでもう原稿用紙五枚目に突入ですよ結城様! 俺、天才!
でも、そんな幸せな気分は玄関戸の開く音で止んでしまった。「ただいま帰った」と士郎さんの重い声。まだ夕方の六時だ、今日は珍しく帰りが早い……。
出迎えに行くと「飯」とだけ言われた。食事も済ませて来なかったのか、それまた珍しい。何が食べたいか聞くと「何でもいい」と言われた。
毎日毎日そんな疲れ切った顔で帰って来られて、俺にどうしろというんだ。何故そんなに疲れているのか、理由を聞いても決して答えてはくれないし……。
夕飯は焼き魚と煮物とお新香と、まあ、なんだ、何でもいいって言われたからあり合わせのもので適当に作った。
静かな静かな食卓。士郎さんは食事の時は一言も喋らない。今日もやっぱりウマイもマズイも言わない。黙って大きな口でご飯をかき込み、最後に箸を置いて「ごちそうさま」とだけ呟くとさっさと書斎に向かってしまった。
いいんだ、いつもの事だ。
食器を片付け、風呂を沸かす。それからさて食後のお茶でも持って行ってあげようと書斎を覗くと士郎さんが月明かりと蝋燭を頼りに大きな背中を丸めてなにやら机に向かっている姿があった。また新しい政策か何かを練っているんだろう。でも、行き詰っているのかな。カリカリしている雰囲気を察し、黙ってお茶を机に置く。……士郎さんはチラリと湯飲みを見たが、それっきりだ。
貴方は、ありがとうも何も言ってくれないんだね。
「……お茶菓子も持ちますか……?」
話し掛けて良いものか迷ったけど、何か言って欲しくて聞いた。
「……ああ、頼む」
士郎さんが両の目頭を指で摘んで天を仰ぐ。俺の顔なんて見もしない。
「はい……、お待ちを……」
ああー、もう!! ただでさえ強面が更にカリカリしてておっかないったらありゃしねえ!! あれに比べて、嗚呼、結城様は素敵な方だった……。
台所に茶菓子を取りに行って戻ってくると士郎さんが「アカギめ!!」と突然に壁に向かって大声を張り上げた。あまりに突然の大声に肩が、すくんだ。
「あ……おっ、おっ、お茶菓子でござるっす……! あ、いや、ごじゃいましっす……」
舌が、回らん。こここここここ怖い……怖い……。何を突然に怒っておられるやら、士郎さんが怖くて震える手で茶菓子を置く。俺に怒鳴ったわけじゃないんだろーけど、でも恐い!!
「ん? ……何故泣いている!?」
士郎さんが驚いた顔で俺を見た。何故って、アンタ……!!
「だ、だって、だって、恐い!! 士郎さん顔が恐いよお~!!」
「なに!? ならば見なければいいだろう!!」
「ひいっ!」
面と向かって怒鳴られ、また肩がすくんだ。なんなんだ、この人は。いくら仕事が上手くいかないからって、なんで俺が八つ当たりされなきゃいけないんだ。なんでもかんでも怒鳴ればいいと思って……!!
「っ……お疲れ様です。近頃、士郎さんいつも苛立っています。忙しいのね。忙しいと水姫、邪魔ですね。すみませんでした。失礼、します……」
一礼し、書斎を後にする。襖を閉めるときに士郎さんの大きな溜め息が聞こえた。
溜め息をつきたいのは、こっちだよ。
俺は、きっと、ただ黙ってあの人にご飯を作るだけの召使いなんだ。言いたい事は山ほどあるけど、口答えなんてしちゃいけない。だって召使いなんだから……!!
自室に戻って再び筆を手に取る。物語を書こうか、いや、その前に手紙を書こう。改めて茶店で本当に顔を合わせてくれたことへのお礼と、今、物語を書いてみていることを、伝えよう。それから、また宜しければ、お会い出来ないかと……。
やはり筆を走らせていると気分が晴れる。時間を忘れられる。
そうして夢中で筆を走らせている最中、ふと襖の向こうから俺の名を呼ぶ士郎さんの声がして身体が一瞬強張ったのは、後ろめたさ故だろうか。夫ではない殿方の事で頭の中がいっぱいだという後ろめたさ……。
「なんですか?」
そっと書きかけの手紙を座卓の下に隠し入れながら返事をした。
「まだ起きていたか。風呂を沸かし直しておいた。良い湯だ、入ってくるといい」
ガシガシと士郎さんが頭を拭いている音が聞こえる。いつの間に風呂に向かったのだろう、気が付かなかった。
「はい、分かりました……」
「あまり夜更かしするなよ。先程はすまなかったな」
襖を開ける事もなく士郎さんの足音が去っていく。……すまんで済めば警察は要らんのだ。やっと晴れかけていた心が再び濁った……。どうしたらいいか分からなくて、とりあえず煙草を吸う。士郎さんは俺が隠れて煙草を吸ってることにも多分気付いてない。
嗚呼どうして俺は今、悲しい気持ちになったのだろう。
結城様、また俺と会ってくれるかな……。
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