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御台所から甘い香りがする。一体アカギさんは何を作っているのだろう。あの人のことだから、また何か面白い物を持って帰ってきたに違いない。「ちょっと待っていろ」と得意げな笑みを浮かべていたのがその証拠。あの方はとても分り易い。
「咲(サキ)! 出来たぞ~! 味見してくれ!!」
「はいは~い。この匂いは、なんや? 貴方、何を作りましたの?」
「ジャム、と、言ったかな。苺を砂糖で煮詰めたんだ。向こうではコレをブレッドに乗せて食べるらしい」
「まあ……、綺麗。宝石のよう」
鍋の中には輝く赤い液状のものが僅かに湯気を立てていました。食べ物としては少々異様な見た目。それを彼が「ほら」と、指ですくって私の口元に差し出す。
「いただきます」
アカギさんに勧められては断れません。少々怖い気もしましたが、匂いはしっかりと甘く美味しそうなので素直に味見を。
「どうだ? 昔、母上が小豆を煮てるのは見たことがあるが、やっぱり西洋人はハイカラだなあ」
「……貴方、これ凄く美味しい! こんな味、初めて! 苺がこんな味になるなんて! 凄いですね凄いですよ! これは皆さんにも是非お勧めしましょう!」
口の中に広がる甘酸っぱさ。これは美味しい! またきっと流行るに違いない!
「そうか? ならば咲にも作り方を教えなきゃな」
「はい。こんな素敵な知恵、アカギさんしか知らないのは勿体ない。私は是非知りたい。皆さんも聞いたら喜ぶ筈です」
「ん、分かった」
彼は笑みを浮かべ、硝子の瓶にジャムを移し入れました。瓶の中で輝く赤い色がまた美しいこと。
「なんて綺麗なんでしょう」
思わず硝子瓶を覗いて魅入ってしまいました。すると、何故かアカギさんの大きな手に頭を撫でられました。
「咲がドレスを着てくれたおかげで、この辺りでも最近ちらほら洋装の女を見るようになったんだ。ありがとう」
「なんです、突然改まって。いいえ、こんな私でもアカギさんの役に立てたなら何よりです。最初は着心地とか、目立ってしまったりしてちょっと戸惑いましたけどね! 今ではそれも良き思い出」
長きにわたる鎖国が終わりを告げ文明開化を経て月日は流れ、新しい文化が次々に流れ込み、日本が自由と喜びと戸惑いに湧くこの時代。
時代も国も変わっていくのです、人も変わらなければいけません。強くある為には……。
あの時、貴方は言った、この国を変えてみせると。もっと強くしてみせる。豊かにしてみせる。でも、その為にはお前が必要だ。お前の支えが必要だ。どうか共に歩んで欲しい……と。
貴方が差し出した手を握ったこと、一度たりとも後悔した事はありません。
あれからもう、一〇年も経つんですね。色々なことがありましたが、何もかも私にとっては良き思い出。
「ああ、最初は顔が引き攣ってたもんなあ~! …………咲」
快活な笑い声を上げていた彼の顔が刹那に真剣な眼差しを浮かべた。
「俺は何も日本の文化が世界に劣ってると思っているわけじゃない。素晴らしい伝統がある、でも新しい水を取り入れなきゃ流れが滞って水が濁っちまうんじゃないかって思うんだ」
私の身体を抱き締める長い腕。
ああ、また悩んでおられるのですね。自分が正しいのか間違っているのか、その狭間で。アカギさんの少し欧化主義な考えはまだまだ議会の中において賛同して下さらない方が多い。特に雪村(ユキムラ)さん! あの方は頑固でいらっしゃる。
「もう鎖国の時代ではないのですからアカギさんは間違っていませんよ。事実、私は毎日が新しい発見ばかりでとても楽しい。世界がこんなに広いなんて知りませんでした。私がそう思っているのだから、皆さんもきっと――。意固地な方々の意見も分かりますが、私はアカギさんに賛成です」
って、真剣な話をしている最中に何故貴方の手は私の胸を揉んでいるのですか? まったく! 欧米の悪い文化まで真似なくても……、いや、貴方は昔からこうでしたね……。
「この国はまだまだ保守的すぎる……。大和魂の信念さえきちんと貫けば取って食われることはない!」
くっ、口と行動が合っていませんよ、アカギさん!
「大丈夫です、いつかは分かって下さいます。また雪村さんに何か言われたのでしょう? でも私は貴方の思想が大好きです。どうか、そのまま進んで行って欲しい……」
「そっか。俺は本当にいい女房を手に入れたもんだ」
アカギさんがしみじみとした顔で言って私の身体を押し倒しました。貴方、此処は御台所ですよ……!
「あっ、アカギさん……! こんなところで……ああっ!」
言っても夫の手には抵抗の出来ない私です。あっという間に服は乱され、私の中に彼が入ってきました。
「咲、瑛葉銀次(アキバ ギンジ)を知っているな? やはり親父の後を継いで政治家になるらしい。俺側について貰えれば大きな後ろ盾になるだろう。相当の色狂いらしいから今夜遊郭にでも案内するつもりだ。……女の匂いがしても怒っちゃやーよ?」
「な……!?」
貴方という人は私を下敷きながら何と言う話を!
まったく、頭の中は国を良くすることでいっぱいなのね。
「あ、ん……。はあ……はあ……! あの……息子さんですか……? はい、一度、顔はお見掛けした、こと、が……、って、あんな精悍な顔して色狂いかいな!! これやから男は信用ならん!! ……ゆ、遊郭……あ、う……私は……アカギさんをお慕い申しております……!」
「怒っちゃ嫌!」
腰を振りながらわざとらしく嘆き顔を作ってみせる。この人は本心から言ってるのか何なのか表情だけを一見するとまるで分からない。
でも――。
「ん……んっ! はあ、はあ! ……大丈夫、信じて、ますからっ。信じてますからーっ!!」
そうです、大丈夫、信じていますとも。「怒っちゃ嫌だ」と終始訴えながら私を抱く愛しい夫。ええ、分かってはいます。分かってはいますが、やはり若干は不安に揺れてしまう女心もお察し下さい。
「咲(サキ)! 出来たぞ~! 味見してくれ!!」
「はいは~い。この匂いは、なんや? 貴方、何を作りましたの?」
「ジャム、と、言ったかな。苺を砂糖で煮詰めたんだ。向こうではコレをブレッドに乗せて食べるらしい」
「まあ……、綺麗。宝石のよう」
鍋の中には輝く赤い液状のものが僅かに湯気を立てていました。食べ物としては少々異様な見た目。それを彼が「ほら」と、指ですくって私の口元に差し出す。
「いただきます」
アカギさんに勧められては断れません。少々怖い気もしましたが、匂いはしっかりと甘く美味しそうなので素直に味見を。
「どうだ? 昔、母上が小豆を煮てるのは見たことがあるが、やっぱり西洋人はハイカラだなあ」
「……貴方、これ凄く美味しい! こんな味、初めて! 苺がこんな味になるなんて! 凄いですね凄いですよ! これは皆さんにも是非お勧めしましょう!」
口の中に広がる甘酸っぱさ。これは美味しい! またきっと流行るに違いない!
「そうか? ならば咲にも作り方を教えなきゃな」
「はい。こんな素敵な知恵、アカギさんしか知らないのは勿体ない。私は是非知りたい。皆さんも聞いたら喜ぶ筈です」
「ん、分かった」
彼は笑みを浮かべ、硝子の瓶にジャムを移し入れました。瓶の中で輝く赤い色がまた美しいこと。
「なんて綺麗なんでしょう」
思わず硝子瓶を覗いて魅入ってしまいました。すると、何故かアカギさんの大きな手に頭を撫でられました。
「咲がドレスを着てくれたおかげで、この辺りでも最近ちらほら洋装の女を見るようになったんだ。ありがとう」
「なんです、突然改まって。いいえ、こんな私でもアカギさんの役に立てたなら何よりです。最初は着心地とか、目立ってしまったりしてちょっと戸惑いましたけどね! 今ではそれも良き思い出」
長きにわたる鎖国が終わりを告げ文明開化を経て月日は流れ、新しい文化が次々に流れ込み、日本が自由と喜びと戸惑いに湧くこの時代。
時代も国も変わっていくのです、人も変わらなければいけません。強くある為には……。
あの時、貴方は言った、この国を変えてみせると。もっと強くしてみせる。豊かにしてみせる。でも、その為にはお前が必要だ。お前の支えが必要だ。どうか共に歩んで欲しい……と。
貴方が差し出した手を握ったこと、一度たりとも後悔した事はありません。
あれからもう、一〇年も経つんですね。色々なことがありましたが、何もかも私にとっては良き思い出。
「ああ、最初は顔が引き攣ってたもんなあ~! …………咲」
快活な笑い声を上げていた彼の顔が刹那に真剣な眼差しを浮かべた。
「俺は何も日本の文化が世界に劣ってると思っているわけじゃない。素晴らしい伝統がある、でも新しい水を取り入れなきゃ流れが滞って水が濁っちまうんじゃないかって思うんだ」
私の身体を抱き締める長い腕。
ああ、また悩んでおられるのですね。自分が正しいのか間違っているのか、その狭間で。アカギさんの少し欧化主義な考えはまだまだ議会の中において賛同して下さらない方が多い。特に雪村(ユキムラ)さん! あの方は頑固でいらっしゃる。
「もう鎖国の時代ではないのですからアカギさんは間違っていませんよ。事実、私は毎日が新しい発見ばかりでとても楽しい。世界がこんなに広いなんて知りませんでした。私がそう思っているのだから、皆さんもきっと――。意固地な方々の意見も分かりますが、私はアカギさんに賛成です」
って、真剣な話をしている最中に何故貴方の手は私の胸を揉んでいるのですか? まったく! 欧米の悪い文化まで真似なくても……、いや、貴方は昔からこうでしたね……。
「この国はまだまだ保守的すぎる……。大和魂の信念さえきちんと貫けば取って食われることはない!」
くっ、口と行動が合っていませんよ、アカギさん!
「大丈夫です、いつかは分かって下さいます。また雪村さんに何か言われたのでしょう? でも私は貴方の思想が大好きです。どうか、そのまま進んで行って欲しい……」
「そっか。俺は本当にいい女房を手に入れたもんだ」
アカギさんがしみじみとした顔で言って私の身体を押し倒しました。貴方、此処は御台所ですよ……!
「あっ、アカギさん……! こんなところで……ああっ!」
言っても夫の手には抵抗の出来ない私です。あっという間に服は乱され、私の中に彼が入ってきました。
「咲、瑛葉銀次(アキバ ギンジ)を知っているな? やはり親父の後を継いで政治家になるらしい。俺側について貰えれば大きな後ろ盾になるだろう。相当の色狂いらしいから今夜遊郭にでも案内するつもりだ。……女の匂いがしても怒っちゃやーよ?」
「な……!?」
貴方という人は私を下敷きながら何と言う話を!
まったく、頭の中は国を良くすることでいっぱいなのね。
「あ、ん……。はあ……はあ……! あの……息子さんですか……? はい、一度、顔はお見掛けした、こと、が……、って、あんな精悍な顔して色狂いかいな!! これやから男は信用ならん!! ……ゆ、遊郭……あ、う……私は……アカギさんをお慕い申しております……!」
「怒っちゃ嫌!」
腰を振りながらわざとらしく嘆き顔を作ってみせる。この人は本心から言ってるのか何なのか表情だけを一見するとまるで分からない。
でも――。
「ん……んっ! はあ、はあ! ……大丈夫、信じて、ますからっ。信じてますからーっ!!」
そうです、大丈夫、信じていますとも。「怒っちゃ嫌だ」と終始訴えながら私を抱く愛しい夫。ええ、分かってはいます。分かってはいますが、やはり若干は不安に揺れてしまう女心もお察し下さい。
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