恐怖日和

黒駒臣

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山路譚

きょうも山道を走るのだ

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 山道をよくドライブする。
 なんの目的もない。ただだらだらと走りに行くだけだ。
 人に話せばたいがいは首を傾げられる。だが、そういうドライブが好きなのだから仕方ない。わかってくれる人はわかってくれる。
 数年前、深い山中で〇〇不動と書かれた矢印の看板を見た。
 地図で調べたがこの辺りに神社仏閣はない。道祖神のようなものかと興味を引かれ、矢印のほうへとハンドルを切った。
 だが、すぐ後悔に変わる。最初アスファルトだった道はすぐ砂利だらけの地道に変わり、狭い幅員はますます狭くなっていった。
 日も暮れ始め、方向転換する場所もなく、こうなったら絶対見てやるという意地も出て、そのまま進んだ。
 ヘッドライトに浮かんだ次の矢印は熊笹の繁る下り斜面を指していた。
 当然車は入れない。
 車を降りて覗き込んでみたが、暗さもあって素人が進むには難しい道なき道だと思った。
 あきらめた時、ふっふっふっと荒い息遣いが聞こえた。
 目の前の熊笹が揺れるも何もいない。
 ぞっとして慌てて車に乗り込み、バックでその場を離れた。
 少し広い場所で無理やり切り返しを繰り返し、何とか方向転換して山道を抜ける。
 本道に出たものの、あれからずっと後ろが気になって仕方ない。ただの恐怖心だと思うが何もないのに何度もドアミラーを確認してしまう。
 自販機の明かりが見え、ようやく気持ちも落ち着いてきた。
 コーヒーでも飲もうと停車してドアを開ける。
 車の屋根から、ふっふっふっと荒い息の音が降って来た――
 どこをどう帰って来たのか、気付けばベッドの中にいて震えていた。
 その後は何も起こらなかったが、あの息遣いが今でも聞こえてきそうで、常にテレビやオーディオの音量を上げている。

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 山道をよくドライブする。
 山を走っていると当然川も目にする。
 ドライブコースにある川は有名な河童伝説があった。
 欄干の親柱には可愛い河童の像まで設えられているくらいだ。
 現代でも目撃情報を見聞きするが、通る度に期待はするものの見たためしがない。
 先日、夕暮れにこの橋を走った。
 真ん中あたりで奇妙なものが落ちていることに気付く。
 千切れた手首の先のようなものだ。人のものにしては小さく細過ぎるが獣のものではない気もする。似ているものをしいて上げれば水鳥の足っぽいが、質感が鳥のものではないような――
 考えている間にそのまま通過してしまった。
 戻ってまで確認するほどでもないとそのまま数キロ前進したが、やはり気になり、結局橋の上に戻ってきた。
 だが、その場所には小さな血溜まりがあるだけで、もう何もなかった。

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 山道をよくドライブする。
 昼間でも深夜でも、どこの山道を通っていても今まで怪異に出会ったことはない。
 だが、「ん?」というようなことは多々ある。気のせい、目の錯覚、そう言ってしまえばそれまでだが、さっきのは何だったのだろうと後々まで気になって仕方ない。あの時あの場で確かめておけばよかったと後悔するが、もしそうしていたら無事では済まない怪異に出会っていたかもしれない。
 ドライブコースのほとんどが心霊スポットと呼ばれる場所のある地域を通る。知って通っていたわけでなく、後になってそこがそう呼ばれていると知るのだが、すぐそばを通っていたと思うと感慨深い。
 だからと言って、明らかな怪異に出会うことはないが。

                 *

 山中には殺人事件の遺体遺棄現場もあり――後に心霊スポットになっている――やはりこれもわかって走っているわけでなく、こちらのほうのドライブコースに遺体を遺棄する事件が発生するのだ。山中はいろんな意味で怖い場所だと痛感する。
 だが、ドライブし始めた頃は狭く険しかった山道も今や広くきれいに整備され、ずいぶん走りやすくなり、その分怪しさは薄れた。
 最近、家の近くで今まで見かけなかったカラスをよく見る。付近の自然が開発されて消えかけているからだろう。
 深い山も開発が進み、自然への畏怖が消えた時、山を追われた怪異が街に流出するのはもうすぐかもしれない。

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 山道をよくドライブする。
 トンネル内を走っていた時、歩道用通路にそこそこ大きな黒い塊が置かれているのを目にした。
 それが何なのかはすぐ通り過ぎてしまったのではっきり見えなかった。黒い布をかぶせていたように思えるが、それもはっきりわからない。
 誰かが置き捨てたゴミなのか、それとも凍結防止剤なのか。
 まったく何かはわからないが、誰かがうずくまっているように見えなくもなかった。
 んなことないか。
 進む道にはトンネルがいくつもあり、次のトンネルに入っても同じような塊があった。次もその次も。
 いやこれもう、真冬に向けて準備された凍結防止剤に決まりでしょ。
 そう独り言ちるも、気になるのが、その黒い塊の高さが見る度に伸びていることだ。まるでうずくまる人が立ち上がっていくかのように。
 最後のトンネルに入る。
 遠目に黒い布を被る人の立ち姿のようなものが見え、思わずスピードを緩めてしまった。
 激しくクラクションを鳴らして後続車が追い越していく。怒っているかのような猛スピードで走り去った後にはもう何もいなかった。
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