恐怖日和

黒駒臣

文字の大きさ
上 下
103 / 120
山路譚

トンネル

しおりを挟む
 地元の心霊スポットを知り、休日の午後、愛犬を乗せてその山奥の旧道にあるトンネルに向かった。
 二十数年前にバイパスが出来てから全く使用されておらず、荒れ放題の道だったが、ぎりぎり車の通れる幅員をトンネルの前まで来た。
 そのまま進入しようかどうか迷ったが、地図上では出口から先の道路表示がなく、徒歩で進むことに決めた。
 草いきれの中、車を降りてビデオカメラを手にする。
 愛犬のシェパードも後をついて来た。名前はボギー、頼もしい相棒だ。
 カメラを回しながらトンネルに入る。ひんやりした空気が身体を包み込み、気持ち良さと少しの怖気を感じつつ先を進んだが、腰の高さまで積もった土砂にすぐ阻まれた。
 苔むした壁面を映し、ずっと奥に見える出口もズームアップしたが逆光が眩しくて、その先がどんなふうになっているのかは見えない。
「やっぱ夜に来ないと雰囲気も味わえないな」
 そう独り言ちていると、急にボギーが激しく吠え出し、トンネル内に声が反響する。
「こらっうるさい」
 叱っても鳴き止まず、首輪を引っ張って外に出た。
 狸か猪かまさか熊ではないと思うが、そんなものを追いかけて迷子にでもなったら大変だ。
 俺は吠え続けるボギーを無理やり後部座席に引っ張り上げ、回しっぱなしにしていたカメラをオフにした後、車に乗り込み来た道を引き返した。
 街に出る頃にはボギーも大人しくなり、何事もなかったかのように後ろで長々と寝そべっている。
 途中カフェに寄りアイスコーヒーを頼んでから、ただの無駄撮りだと思いつつもカメラをチェックした。
 自分の足音が聞こえる中、トンネル入り口、苔むした壁面、高く積もる湿った土砂、ズームアップした出口の映像が流れる。
 その白く光る半円の中で黒い人影が手を振っていた。
 なんだろうと確かめる間もなく、ボギーの吠える声、それを叱る自分の声が入り乱れ画面がぶれた。もう一度確認するため巻き戻しをする。
 やはり手を振る人影があった。
 逆光で見えなかっただけで誰かいたのかな?
 そう思いながら、ぶれたままの映像の続きを見ているとその人影がだんだん近づいて来ることに気付いた。
 スイッチを切る瞬間には俺の真横に立っていた。なのにただただ黒いままだった。
 うわぁ、あの時ヤバかったんだ。だからボギーは吠えていたのか。
 よっしゃ、この動画、あとでネットに投稿しよう。
 ほくほくしながらスイッチをオフにする。同時にアイスコーヒーが運ばれて来た。
「すみません。ハムサンドのテイクアウトできますか? パンにハム挟むだけでいいんだけど」
「え?」
「犬に食わせたいんで」
 俺は窓から見える駐車場の自分の車を指さした。
 ボギーが窓から物欲しげな顔でじっとこっちを見ている。
「かしこまりました。かわいいワンちゃんですね」
 店員はくすくす笑って端末に注文を打ち込む。
 君もかわいいよ。
 俺もそう言いたかったが、いつものように照れて言葉にできない。
 ボギーの激しく吠える声が聞こえた。
 あーわかった、わかった。浮気はしないよ。
 心の中で苦笑いする。
「あ、お客様、あの方お友達じゃないですか?
 先ほどからずっと手を振ってらっしゃいますけど」
 店員が指し示す俺の車の横には黒い人影がいた。
 グラスに浮かぶ水滴がすうっと流れ落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ゴーストキッチン『ファントム』

魔茶来
ホラー
レストランで働く俺は突然職を失う。 しかし縁あって「ゴーストキッチン」としてレストランを始めることにした。 本来「ゴーストキッチン」というのは、心霊なんかとは何の関係もないもの。 簡単に言えばキッチン(厨房)の機能のみを持つ飲食店のこと。 店では料理を提供しない、お客さんへ食べ物を届けるのはデリバリー業者に任せている。 この形態は「ダークキッチン」とか「バーチャルキッチン」なんかの呼び方もある。 しかし、数か月後、深夜二時になると色々な訳アリの客が注文をしてくるようになった。 訳アリの客たち・・・なんとそのお客たちは実は未練を持った霊達だ!! そう、俺の店は本当の霊(ゴースト)達がお客様として注文する店となってしまった・・・ 俺と死神運転手がキッチンカーに乗って、お客の未練を晴らして成仏させるヘンテコ・レストランの物語が今始まる。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

秘密の仕事

桃香
ホラー
ホラー 生まれ変わりを信じますか? ※フィクションです

凶兆

黒駒臣
ホラー
それが始まりだった。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

処理中です...