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しおりを挟む梅雨が明けても相変わらず激しい雨が降り続き、照明の点いていない教室は深海のように暗くて薄ら寒かった。
真綾は半袖の両腕を抱えて開けた窓から湖のようになっている校庭を眺めていた。
無数の水紋を弾いている禍々しい灰色の水溜まりはだくだくと側溝へ流れ込んでいる。
運動場の土を巻き込んだ濁流に不安を感じながら、夏休みになったら祖母の家に行く、それまでの辛抱だと自分に言い聞かせていた。
気配を感じ振り返ると、はるかが立っていた。
「きょうは繁樹も保良も休むのかな」
心配しているような口調だが、目を細めて微笑みを浮かべている。
「そうかもね。わたしはママに乗せてもらって来たから来れたけど――」
そう言う真綾に、はるかは目を丸くした。
「まあちゃん――わたしに返事してくれたの? 初めてでびっくり」
「ちょっと訊きたいことがあったから――」
真綾は今まで逸らしていた視線をまっすぐはるかへと向け、
「今、この村に起きてることはあんたのせいなの?」
と訊ねた。
はるかは首を横に振ったが、肯定とも取れるような笑みも浮かべている。
「この村のみんなは、あんたがいないのに、まるで存在しているように演じてたよね。
家出したのか、誘拐されたのかわかんないけど、わたしたちにもそうして欲しいって、ここに来た時、校長先生に頼まれたってママが言ってた。
それって、あんたのお母さんのためなんだってね。まあ邦子はただ面白がってただけみたいだったけど――
でも、こうやってわたしに視えるってことは、あんたはもう死んでるんだよね?
まさか邦子に殺られたの?
あんだけ性根が腐ってるんだもん。小学生だけど人殺ししかねないやつだと思う。
で、もう一回聞くね。この村に起きてることは邦子に殺されたかした、あんたの呪いなの?」
真綾の問いに、はるかは笑いながらまた首を横に振った。
「ちがう、ちがう。確かにわたしは殺されたようなもんだけど――でも、邦子にじゃないよ。あの子にそこまでの度胸ないない」
遠くからごろごろと雷鳴が聞こえてきた。
「わたし――自殺しようとしたの。邦子の陰湿でいやらしいいじめにもう我慢できなくて――お父さんもお母さんも自分のことでいっぱいで、いじめに気づかなかったし、もし知ったとしても助けてくれたかどうか――もちろん先生たちもいい子の邦子に騙されてて気づいてなかったし――」
雨脚がさらに強くなり、窓からミストのような水滴が入ってきて真綾を薄く濡らした。だが、窓を閉めることも奥に移動することもせず、はるかの話を聞いていた。
「だから、自分の部屋で首吊ったの。これ以上、生きていても仕方ないから。
すごく苦しかったぁ――もっと楽に死ねると思ったけど、苦しくて、苦しくて、死ぬのやだって思っちゃった。ふふふ、笑っちゃうよね。
で、ちょうどそこにお母さんが部屋に入って来て、パニクったお母さんに縋りつかれて、助かるどころか首が締まっちゃったってわけ。
ね、殺されたようなもんでしょ。
お父さんはお父さんで、お母さんを守るためにわたしの死体を埋めて隠したの」
泣きそうな顔ではるかはすぅぅっと息を吸って、はぁぁと深く吐いた。
「確かに、わたしはすべてを恨んでいる。
意地悪な邦子や多恵ちゃんも、傍観していた保良や繁樹も、何も気づかない先生たちも、こんな田舎に連れて来たお父さんも、自分のことばかり悲観するお母さんも、この村も、人も、全部全部ぜーんぶ、憎い。
でも、今起こっていることはわたしの呪いじゃない。わたしにそんな力なんてないよ」
ぴかっと光って、すぐ近くで雷鳴が大きく轟いた。腹の底まで響いてくる音に驚き、真綾は肩を竦めた。
だが、はるかは光にも音にも動じず、じっと真綾を見つめている。
「ねえ、まあちゃん。
わたしはただどこにも逝けないだけなの――」
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