4 / 19
3
しおりを挟む「竹やん具合どうや? ちょっと上がるでぇ」
前谷彦二は傘を閉じて玄関先に置くと、勝手知ったるとばかりに竹内家に上がり込んだ。同じように高橋とき子も後に続く。
とき子の腕には手作りの惣菜や握り飯の入ったタッパーが抱えられていた。
六畳間に敷かれた万年床と化した布団の中に座ったまま竹内はぶつぶつと何かをつぶやいていた。
三人は幼なじみで、古墓地の近くにあった元集落から現在の住宅地に移住してきた仲間でもある。
以前なら二人が上がり込んでくると竹内は笑顔で出迎えてくれたが、今は目の前に立っていることにすら気づいていない様子だ。
「竹やんだいじょうぶかいな?」
部屋に漂う生臭さと腐敗臭の混ざったにおいの原因をきょろきょろ探してから前谷はとき子へ視線を移した。
「昨日ヘルパーさんに様子聞いたけど、もう施設入れなあかんて手続する言うてたわ。誰もおらんのに小っちゃい女の子いてる言うてきかへんのやて」
とき子は座敷の隅に置いてあるちゃぶ台の上にタッパーを置いた。昨日持ってきてヘルパーに預けた惣菜の入った皿がそのまま残されている。
「こんなんなったん、こないだ嫁はんの墓参りに行って来てからやったな。あん時は大雨降っててぼと濡れで帰って来て――転けて腰いわした言うて――そん時に頭も打ったんかしれん」
前谷は竹内の隣に座って顔を覗き込んだ。
それ以前は矍鑠として身も心も健全だった。どこぞの若い娘と再婚しよかいな、という冗談で笑いあっていたくらいだったのに。
それが今や瞳の奥が白濁し、どこを見ているのか視線を彷徨わせている。老いというのはこんな急激に押し寄せるものなのか、前谷は竹内の身を自分に置き換えて恐怖を覚えた。
「そやけど、なんで女の子なんやろな?」
とき子が洗った皿をちゃぶ台に乗せ、惣菜を小分けしながら首を傾げた。
「え?」
「ボケてきたら幽霊みたいなん見るいうやんか? 竹やんには亡うなった子もおらんし、嫁はんの幽霊見るんやったらわかるけど、なんで小っちゃい女の子なんやろな思て」
確かに、レビー小体型認知症というのは幻視や妄想を見るという症状があるらしい。
「うーん、なんでかわからんけど、そんなおかしいとこが認知症なんやろうなぁ」
前谷はとき子の横に来て、辛うじて形を保っている柔らかく煮たじゃが芋をつまみ食いした。
「こらっ」
とき子に手を叩かれ、「おーこわっ」とおどけていると、背後でくちゃくちゃと咀嚼音が聞こえ、二人は同時に振り向いた。
竹内が何かを食べている。
布団の中に食べものでも隠しているのか。
「竹やん何食べてんの? いたんでたらあかんよってやめとき――」
とき子が竹内の横にしゃがみ込み、口元に当てていた手を引き離した。
「ひえっ」
「どした?」
震えながら指すとき子の指の先を見た前谷も腰を抜かすほど驚いた。
竹内が布団の中にある鼠の死骸の、その裂けた腹から内臓をつかみ出して、うまそうに食んでいた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
S県児童連続欠損事件と歪人形についての記録
幾霜六月母
ホラー
198×年、女子児童の全身がばらばらの肉塊になって亡くなるという傷ましい事故が発生。
その後、連続して児童の身体の一部が欠損するという事件が相次ぐ。
刑事五十嵐は、事件を追ううちに森の奥の祠で、組み立てられた歪な肉人形を目撃する。
「ーーあの子は、人形をばらばらにして遊ぶのが好きでした……」
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
禁踏区
nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。
そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという……
隠された道の先に聳える巨大な廃屋。
そこで様々な怪異に遭遇する凛達。
しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた──
都市伝説と呪いの田舎ホラー
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
コ・ワ・レ・ル
本多 真弥子
ホラー
平穏な日常。
ある日の放課後、『時友晃』は幼馴染の『琴村香織』と談笑していた。
その時、屋上から人が落ちて来て…。
それは平和な日常が壊れる序章だった。
全7話
表紙イラスト irise様 PIXIV:https://www.pixiv.net/users/22685757
Twitter:https://twitter.com/irise310
挿絵イラスト チガサキ ユウ様 X(Twitter) https://twitter.com/cgsk_3
pixiv: https://www.pixiv.net/users/17981561
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる