凶兆

黒駒臣

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 昼休憩になると雨が止み、雲の間から日差しが見え始めた。
 久しぶりの晴れ間だ、と幼児のようにはしゃぎながら保良が外に飛び出していく。
 図書室に行く繁樹にくっついて邦子たちも教室を出て行き、残ったのは真綾だけになった。
 開いた窓に頬杖をつき、村を囲む山の稜線を眺めていると、保良と男先生が校庭の隅でキャッチボールし始めたのが目に入った。
 松川という男先生は体育と理科、算数の担当で、すでに二時間目に算数の授業を受けていた。
 常に苦悩しているような難しい表情をしているが、会話は快活で、気難しい性格ではなさそうだと少し安心した。
 歳はママよりちょっと上――かな?
 ちなみに音楽の授業と給食作りの担当は校長先生の奥さんで、さっき食べた給食は素朴な味付けだったが抜群においしかった。
 でもやっぱり――
 真綾は深いため息をついた。

 こんなところに来たくなかった。
 空気も景色もきれいだし悪くはないと思うけど――離婚して心機一転、ママが望んでこの分校に赴任したのも理解できるけど――
 因縁深そうな山深い土地には来たくなかった。
 真綾は人が見ることができない、感じ取ることができないものを見たり感じたりできてしまう、いわゆる霊感体質だったからだ。
 しかも、はっきり見え過ぎて人と霊の区別ができず、必ずトラブルに巻き込まれた。
 霊能者のような除霊浄霊の力を持ち合わせているわけでもなく、霊が見えるからと言って何の解決もできない。
 ただただ翻弄されて身も心も疲れ果てるだけだった。
 母をはじめ他の誰にも相談できなかった。理解してもらうことは叶わないだろうと自分一人で抱え込み、その中でつちかわれたすべは、すべての人に関わらないこと。
 そうすれば人と区別のつかない者たちにも関わることはないと考えた。それゆえ、ずっと友だちはいない。
 愛想のない冷たい人間。
 これが真綾に張られたレッテルだったが気にしなかった。生きていることが辛くなるほどの疲弊に比べたらなんてことはない。

 キャッチボールのリズミカルな音が続いている。
 意外と保良は上手かった。
 男先生が褒めながら指導をし、保良も嬉々としてそれに応えている。
 ああやってれば、良いやつって感じするな。
 そうぼんやり見つめていると、こちらに気づいた保良がにやりとドヤ顔をした。
 ま、確かに筋はいいんだろうけど、性格がね――
 真綾はそっぽを向いた。
 その視線の真ん前にいつの間にかはるかが立っていた。
「ねえ、あなたのことまあちゃんって呼んでいい? わたしも街から来たの。お父さんの実家がここでね、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも亡くなったんで、農家を継ぐために帰って来たの」
 訊いてもいないのに気安くぺらぺら話しかけてくる。
 真綾はふいっと再び窓の外を眺めた。
 だがはるかは無視にひるむどころか、隣に並んで同じように景色を眺め始めた。
「はーるちゃんっ、お外であーそぼっ」
 楽し気にスキップしながら圭吾が教室に飛び込んできた。
「わたしはいいわ。まあちゃんとここにいる」
「えー。遊ぼうやぁ。なあ、なあて――」
 しつこくまとわりつくも、はるかがうなずかないとわかるや「ほいたらぼくもここにおるっ」と、てこでも動かないというように腕組みした。
「だめ、圭吾はあっち行って。街の子同士お喋りするんだから」
「いややて、なあ、あそぼぉ」
「言うこと聞かないと『大倉のおはしらさん』にされるわよ」
 はるかが意地悪そうな上目遣いで見ると、圭吾は頬を膨らませて黙った。
 一連のやり取りをそっと横目で見ていた真綾は、なんだかんだ言って結構かまってるじゃんと可笑しくなった。だが――
 いけない。無視、無視。
 真綾は頬を引き締め、窓を離れて自分の席に戻った。
「ねえまあちゃん。邦子には気をつけてね。妬みがきついから街の子をいじめるよ。実はわたしもいじめられてたの。今度はきっとまあちゃんだよ」
 ランドセルを開けて午後の授業の準備をしていた真綾に、はるかが忠告した。
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