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序章
しおりを挟む篠つく雨にけぶる山々はただただ重苦しい灰色をして、麓に沈む寂れた沢路村をさらに陰鬱なものにしていた。
次第に強さを増す雨足に、山際の古墓地に来ていた竹内新吉は傘から絶え間なく流れ落ちる雨雫に肩を濡らされ、小さなため息をついた。
まだ梅雨にもなってへんのに雨ばっかりやで――こんなやったら明日にしてもよかったなあ、一日ずれたくらいこいつも許してくれるやろに。
妻の月命日には墓参りを欠かさない竹内だったが、拡張した村から見捨てられた辺鄙な墓地への墓参は老いた身体には年々辛いものになっていた。こんな雨の日ならなおさらだ。
この古墓地は昔からの野墓地で、数十年前まではこの辺りにも集落があり墓参者も多数いた。
だが、竹内はじめ住人たちが新しく開拓された広い地に移ってからは、ほとんどの住人たちは村が運営する新しい共同墓地のほうに改葬してしまった。
だが、他に家族も親類もいない竹内はそうしなかった。自分亡き後はこの墓に納骨してもらい、後継がおらず放置されたままの他の墓と同様に朽ち墓にするつもりでいた。
だが今はまだ自分は存在している。
お前の供養はわしが死ぬまでやってやるからな。
竹内は雨に打たれて花びらの揺れる対の供花の真ん中に灯した湿り気で点すのに苦労した線香を立てた。
この雨やったらすぐ消えてまうなぁ。そやけど手ぇ合わせる間ぐらいいけるやろ。
差しかけた傘の下、煙を棚引かせる線香を前にうつむいて手を合わせた。
聞こえるのは自身の傘を打つ激しい雨音だけのはずだったが、それに混じって奇妙な音がした。
くちゃくちゃと何かを食む音。
かすかな音だが雨音に消されず耳に届く。
竹内は顔を上げ、辺りを見回した。
雨が作る紗の向こうにしゃがみ込んだ白い背中があった。小学校低学年くらいの華奢な裸の少女のように見える。
いやいやいや、なんかの見間違いやろ。こんなとこで、こんな雨の中、女の子が一人でいてるわけない。しかも裸で。
この近所にあるのは雑木林と廃集落の朽ちた家屋だけだ。人の住む場所はない。
ほいたらこれは何や?
竹内は自分がいったい何をどう見間違えているのかを知りたくて、雨紗の霞む中じっと目を凝らした。
その気配を感じとったのか、少女のような何かが頭をもたげた。
自ら動いたのだから生き物には違いなく、では何の動物なのかと竹内は考えたが、やはり少女のようなものとしか言いようがない。
こんな大雨の中、一体何してるんや。まさかよからん連中に連れて来られたとか――ほ、ほいで乱暴でもされて――ここへ放っていかれたんかっ? え、えらいこっちゃっ――
慌てて声を掛けようとした時、ずぶ濡れの少女が立ち上がり、顔をゆっくり竹内に向けた。
「わっ」
それを見て竹内は腰を抜かして尻餅をついた。放り投げられた傘が放物線を描き、草むらに埋もれる砕けた砂岩墓の上に落ちる。
少女は口の周囲を血に染め、泥だらけの蝮を鷲掴みして食んでいた。
くちゃくちゃと口を動かしながら、胡麻粒のような黒目を動かして竹内をきょろっと見た。
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