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3話
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「笑った顔が見たい」
嵐のような出会いだった。
森の中で立ち尽くしたカイル=ランドルフ=ルードリヒはいたって真面目な顔で呟いた。
今日は色々なことが起きた日だ。だが、重要な出来事はたったひとつだけであった。
顎に手をあて考え込みながらカイルは気持ちを口に出す。
「あの娘の名をどうしても知りたいぞレオール」
まぎれもない本心。
カイルが本心を口にすることの意味を知るものはこの場には近衛騎士レオールしかいない。
『ひねくれ王子』と揶揄されるカイルが本音をうちあけることなど、まずない。
カイルの一団がこの辺境の森を移動していたのには極秘の理由がある。実はカイルが敵国の間者に拉致され、レオールたちの手によって取り戻された後だったのだ。
王都に戻る途中、辺境の森にて運悪く狂暴なミノタウルスに襲われているところを妖精とも女神ともとれる女の子に助けてもらった。あの娘はいったい誰だ?
妖艶にして壮麗。魔法は見たこともないほど強力。どうやって空を飛んでいるのか見当もつかない。
敵ではないようだったが……。
王家には事情がある。第三王位継承者ということに『なっている』カイルは敵が多く心休まる時がない。
いつでも命を狙われ、邪魔者あつかい。今もレオールやあの娘がいなかったら危なかった。
レオールは深く息を吐き、剣を腰の鞘に納めながら言った。
「着ている服装などから判断しますと、かなりの家柄のものと考えられますが?」
「だろうな。俺もそう考えている」
「……恐ろしいほど美しい娘でした。それにありえないほど強い。人間なのでしょうか?」
「人間だろう。でなくても構わん」
カイルは潤んだ瞳でまっすぐに少女が去った空を見つめている。
レオールは驚いていた。カイル王子がこれほどまでに他人に、世界の事象に執着したことがあっただろうか?
まるで金魚鉢の中で愛でられることを受け入れるかのように達観していた少年が、はじめて瞳に炎を燃やすようだ。
「レオール。強くなりたい」
カイルの蒼い瞳から、透き通る涙がひとつ溢れる。
金色の長いまつげを濡らし、夕闇がきらきらとそれを彩る。
「守られてばっかりじゃ嫌なんだ。俺だって誰かを守りたいんだ」
思わずレオールは息を飲んだ。カイルの中に王の風格を感じたのだ。
「俺は強くなりたい。あの娘に自信をもって接することができるぐらいに。自分で自分の運命を決められるくらいに」
「王子ならきっとできます」
「……できるだろうか?」
「ええ。レオールが保証しますので」
「レオールがそう言うならがんばるよ」
涙目のまま微笑を浮かべ決意をのべる王子の姿に、レオールは心が震えるような喜びを感じた。
素直だとものすごく可愛い……違った。格好がいいのだ。
生きることすらどうでもよくなり、半ばひねくれていた王子が立ち上がってくれた。
性格まではすぐに変わらないかもしれないが、大きな進歩。
レオールは決意を固める。絶対にあの少女をみつけよう。騎士の剣の誓いにかけてでも。
思わずもらい泣きしてしまったレオールであったが、王子はいつのまにかけろっとした態度で、
「あの娘も、きっと俺にお礼をされたがっていると思うし。はやく見つけろよレオール?」
と言ってくるのであった。
嵐のような出会いだった。
森の中で立ち尽くしたカイル=ランドルフ=ルードリヒはいたって真面目な顔で呟いた。
今日は色々なことが起きた日だ。だが、重要な出来事はたったひとつだけであった。
顎に手をあて考え込みながらカイルは気持ちを口に出す。
「あの娘の名をどうしても知りたいぞレオール」
まぎれもない本心。
カイルが本心を口にすることの意味を知るものはこの場には近衛騎士レオールしかいない。
『ひねくれ王子』と揶揄されるカイルが本音をうちあけることなど、まずない。
カイルの一団がこの辺境の森を移動していたのには極秘の理由がある。実はカイルが敵国の間者に拉致され、レオールたちの手によって取り戻された後だったのだ。
王都に戻る途中、辺境の森にて運悪く狂暴なミノタウルスに襲われているところを妖精とも女神ともとれる女の子に助けてもらった。あの娘はいったい誰だ?
妖艶にして壮麗。魔法は見たこともないほど強力。どうやって空を飛んでいるのか見当もつかない。
敵ではないようだったが……。
王家には事情がある。第三王位継承者ということに『なっている』カイルは敵が多く心休まる時がない。
いつでも命を狙われ、邪魔者あつかい。今もレオールやあの娘がいなかったら危なかった。
レオールは深く息を吐き、剣を腰の鞘に納めながら言った。
「着ている服装などから判断しますと、かなりの家柄のものと考えられますが?」
「だろうな。俺もそう考えている」
「……恐ろしいほど美しい娘でした。それにありえないほど強い。人間なのでしょうか?」
「人間だろう。でなくても構わん」
カイルは潤んだ瞳でまっすぐに少女が去った空を見つめている。
レオールは驚いていた。カイル王子がこれほどまでに他人に、世界の事象に執着したことがあっただろうか?
まるで金魚鉢の中で愛でられることを受け入れるかのように達観していた少年が、はじめて瞳に炎を燃やすようだ。
「レオール。強くなりたい」
カイルの蒼い瞳から、透き通る涙がひとつ溢れる。
金色の長いまつげを濡らし、夕闇がきらきらとそれを彩る。
「守られてばっかりじゃ嫌なんだ。俺だって誰かを守りたいんだ」
思わずレオールは息を飲んだ。カイルの中に王の風格を感じたのだ。
「俺は強くなりたい。あの娘に自信をもって接することができるぐらいに。自分で自分の運命を決められるくらいに」
「王子ならきっとできます」
「……できるだろうか?」
「ええ。レオールが保証しますので」
「レオールがそう言うならがんばるよ」
涙目のまま微笑を浮かべ決意をのべる王子の姿に、レオールは心が震えるような喜びを感じた。
素直だとものすごく可愛い……違った。格好がいいのだ。
生きることすらどうでもよくなり、半ばひねくれていた王子が立ち上がってくれた。
性格まではすぐに変わらないかもしれないが、大きな進歩。
レオールは決意を固める。絶対にあの少女をみつけよう。騎士の剣の誓いにかけてでも。
思わずもらい泣きしてしまったレオールであったが、王子はいつのまにかけろっとした態度で、
「あの娘も、きっと俺にお礼をされたがっていると思うし。はやく見つけろよレオール?」
と言ってくるのであった。
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