不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜

晴行

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 ●

 わたしはリリアーナ=フィフスハート。フィフスハート辺境伯の貴族令嬢がわたしの立場。
 こうしてたまに自分のことを思い出して確認しているのは、わたしがゲームの世界に転生してしまった人間だから。

 数年前。
 わたしは死んでリリアーナの体に転生した。
 前世はすごく不幸な人生ってわけじゃなかったけど、いきなりトラックに突っ込まれたんだからけっこう不幸だったのかも。
 あんまり未練はなかった。最初はこの世界でがんばるぞっ。ってな感じで、ものすごく努力した。
 だって家は使用人だっているくらいお金もちだし、魔法とかある世界だから嬉しかった。
 両親はわたしに甘いし、みんな優しくしてくれる。
 成長して、魔法も覚えて、前世で出来なかったこともたくさんできて。
 すっごく楽しかった!!
 ほんとうにこんなに楽しいことなかったよ。

 でも気づいちゃったんだ。

 この世界はゲームの世界なんだ。
 最初から気づいていれば良かった。
 わたしは悪役令嬢リリアーナ。
 ヒロインのアリシアに数多くのいやがらせをし、王子に取り入り実家の名声をあげるために悪巧みし、他にも自分の欲望のために数多くのやらかしを行い、王子には婚約を破棄され最後には……処刑される。
 わたしは絶望に飲み込まれた。
 せっかく転生したのに、こんなのってないよ。

 まだゲームは始まってない。でも、色々と調べてみるとゲームのオープニングにむけて着々と歴史が進んでいる気配がある。
 わたしだって変えようと思った。
 まだ少女のわたしはたったひとりでゲームが始まらないように努力した。
 孤独に、誰にも相談できず。
 ……無理だった。
 
 わたしは歴史を変えることを諦め、悪役令嬢として生きていくことに決めた。
 でも、役割なんか果たしてやるものか。
 好きなことをして、好きなように生きていく。


 ●


「魔法を覚えました」

「ちょっと待て私のリリィ。『ブレイズファイア』。これは中級魔法だろう?」

「はい、だから魔法を覚えましたお父様」

「これがはじめての魔法?」

「ええ。何かおかしいでしょうか?」

(しかも威力もすごい。私のリリィは天才かもしれん……)

 暴れる炎の渦がはじけ、枯れた木に直撃し燃え盛った。
 庭で魔法の指南をお父様に受けている。お父様はわたしの魔法を見て首をひねりなにかぶつぶつ呟いているみたいね。
 わたしは基本的なことは魔本ですでに知っている。本を読む時間はおおいにあったし、家にたくさん本が置いてあったから。
 貴族令嬢というものは退屈なもので、家から出て野山で遊ぶなんて庶民の普通は普通じゃないらしい。
 外がダメなら家で練習したもの。当たり前でしょ?
 だから魔法は人一倍知っているのよお父様。
 お行儀よく家で貴族間マナーのお勉強だけなんて気が狂いそう。
 わたしは退屈だったので外に出たくて仕方がない。今はお父様に修行をつけてもらうとかこつけた、外出許可の申請中です。

「んー。ま、まあ、この魔法もすごいが、これじゃあまだ不安だな。あと2つは中級魔法を覚えないと安心して外には出せない」

 と、お父様はおっしゃいますので。

「魔法を覚えました」

 わたしはそう言い。
 両手を構え、燃え盛る枯れ木に向かって魔法をはなちます。
 氷の魔法と、風の魔法です。
 枯れ木は急速に凍りつき、風によって切り裂かれ粉々になった。
 お父様は口をあけたまま一瞬沈黙し、

「『キラーアイシクル』と『スラッシュウィンド』!? これお父さん教えてないよねリリィ!?」

「考えず感じました」

「ほ、本当かい?(リリィ可愛いし天才すぎる……)」

 考えずに感じる。一度は言ってみたかった言葉です。
 びっくりされたお父様は目を丸くされています。
 もちろんですが魔本から学びました。

「同時魔法……ほ、ほんとに天才かもしれん。すごいぞ私のリリィ!!」

 お父様はわたしをたくさん褒めてくれました。
 これは、外に出ても大丈夫ということでしょうか? わたしは尋ねます。

「では、外出許可を」

「そ、それは……ダメだ。また倒れるといけない。まだまだ心配だ。お父さんと一緒じゃないとダメだ」

 やっぱり。
 お父様はなかなかわたしを外に出したがりません。
 仕方がありませんね。
 いろいろと無理をしたことが祟り倒れたことが何度かありました。すべては悪役令嬢の未来を回避するためだったのですけれど、そのせいで何故かお父様はわたしが病弱だと思い込んでいます。
 半分正解で、半分間違いです。
 確かにリリアーナの体は貧弱ですが、その分わたしは鍛えていますので。
 この分では、外出は無理そうですね。

「ちっ」

「リリィちゃん!? 今、もしかしてお父さんに舌打ちした!?」

「家にもどります」

「リリィちゃん!? お父さんのこと好き? ねえ、お父さんのこと愛してる? お父さんは大好きだぞ!!」

 交渉失敗です。
 半分予想通り。慌てふためくお父様は放置しましょう。
 わたしはいつも通りに自室の小部屋の、窓のそばに置いてある椅子に腰かけます。
 通りかかった行商人がフィフスハート家には当代一美しい深窓の令嬢がいると噂したため、道に面した大きな部屋から反対側の小さな部屋に移ったのは当分昔の話になる。
 美しいとか、そんなもの、ヒロインのアリシアが現れたらみんな奪われる評価だ。
 今、わたしが興味あるものはもっと違うものだ。

 窓を開ける。
 外には自由に飛ぶ小鳥たち。わたしは次に転生するなら、あのようなどこへでも飛んでいける鳥になりたい。
 どこまでも冒険して、自分になにができるのか、どんなものがあるのか確かめてみたい。
 誰にも操られず、誰にも文句を言われず。ぜんぶわたしの力で。
 それってすごく素敵だと思う。
 
「すこし眠ります。開けないで」

 わたしは扉の近くで控える使用人たちにそう伝えると、椅子に深く腰掛け目をつぶった。
 いつものことだ。使用人たちはわたしが窓の近くで眠ることを知っている。
 
「幻影魔法……」

 上級魔法を使い、椅子に自分の幻影をつくりだす。
 わたしと瓜二つの姿の幻影は、深い眠りの少女の姿で近づかないと偽物だとわからないだろう。

「隠蔽魔法」

 自分の姿を他人に見られないように魔法を施す。これなら、窓から出るときにお父様にも気づかれない。

「浮遊魔法」

 両足が床から離れる瞬間は今でもドキドキする。
 昔乗ったジェットコースターが落ちる瞬間、あの感覚に似ている。
 でも、ここからはもっと刺激的。
 窓からフワリとすべての体が出たら、加速をかける。
 風を感じ、太陽の光を全身にあび、下にはちっさくなったお父様や使用人の姿がある。
 気持ちいい!
 もっと速く、もっと遠くへ。



 __もっと世界をみてみるんだ。

 
  
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