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最終章
生きよう!(最終話)
しおりを挟む澄みわたる青空。
気持ちのいい風。
美しい自然の多い風景に、中世ヨーロッパを思わせる都市が大陸に連なる。
ここは、私たちの地球とは異なる世界線に存在する場所。
いわゆる、異世界である。
海を横断するように続く大陸に存在する、オリエンテールという王国は、農業、商業共に恵まれ政治も行き届き、とても住みやすい国である。
以前は魔物の襲来や戦禍、政治の腐敗が入り乱れ差別が横行していたが、現在は。
召喚勇者と呼ばれる、成長した現代日本の元高校生たちによって運営されているのだ。
国民の数は増え、戦争の火種は消され。飢える心配もなく。
皆は安らかな気持ちで日常を過ごすことができている。
オリエンテール王国。
王国と呼ばれているが、王は不在だ。
その理由を皆は知っているが、誰も語ろうとしない。
誰もオリエンテールの王に立候補しようとしない。
王位を簒奪しようとなどしない。
この国の王はたったひとりしか存在しない。
一ヶ月ほど前になるだろうか。
すでにこの国で大臣として働いていたオニズカとサカモトは皆に立案をした。
この世界を救った、とある勇者の墓を建てるというものだ。
皆は心の底から賛成した。
世界で一番巨大で、立派な墓標を掲げるべきだと口々に主張した。
その実、二人の提案はとある勇者の死で憔悴していくクラスメイトたちを働かせ、なんでもいいので行動させて元気づけるために考えたものだった。
国一番の大商人サムズ一家、ハウフルを元に獣人たちを束ね自由国家連合までつくってしまったキシ&アマネたちは惜しみ無く資金と人手を提供。
ペニーワイズを筆頭とするギルド勢力や、フローラの母でハイエルフの長ロウエルは種族を越えた協力をとりつけた。
サエキ、ミワ、オオバヤシは各方面の調整、また材料調達に惜しみ無く能力を使い。
一番ショックを受けていたナカジマは、ガリガリに痩せて元の体型に戻り筋肉信仰をやめた。そして墓をつくる話に異常にはりきりだし、今ではその頭脳を最大限に利用し、陣頭指揮をとっている。
他のクラスメイトたちも、自分の仕事そっちのけで手伝いに来たりする。
「だからといって、軌道ピラミッドってどうなんだよ?」
「だね。このままじゃ大気圏も予算も限界突破しちゃう」
巨大な構造物の真下で腕を組み、空を見上げる二人の男性。
オニズカとサカモトである。
二人には大きな変化があった。
真面目を具現化していたような見た目だったサカモトは、とある日を境に金髪に。
トゲトゲした頭をした典型的不良の見た目をしていたオニズカは、坊主頭に。
二人とも各々、悲しみのやり場をどうしていいかわからず、若気の至りでこうなってしまったのである。
だが、サカモトは元々顔がいいのでグレたつもりがイケメンの騎士のようにしか見えず。
オニズカも頭を丸め、ただ真面目な野球部に戻っただけであった。
それでも、二人の中では大きな変化だった。他の皆が崩れ落ちるほどショックを受けていても、二人は彼に託された身として悲しみに耐えてきたのだから。
いなくなって改めて、存在の大きさに気がつく。
セツカの消失はとんでもなく重く、大きくのしかかる。
オニズカは涼しくなった頭をさすりながら、太陽の眩しさに目を細める。
同じく上を見るサカモト。セツカの墓は天を衝く塔のようにそびえ立ち、先端は全く見えないほどの高度にあるのだ。
「なあサカモト。今ごろ、ナカジマは大気圏に入ったころかもな」
「セツカくんの教えを極めた修行を試したら、酸素濃度が0、01%でも活動できる身体になったと喜んでましたもんね……生身であの高さのレンガを積めるのはナカジマくんだけじゃあないかな?」
「バケモンだろ。どんだけセツカに会いてえんだよ。あいつマジで軌道ピラミッド完成させるつもりかよ!?」
「彼、宇宙に行けば会えると思ってますからね」
「俺だって会いてえよ。会いてえけどよ……」
「僕だって会いたいですよ、オニズカくんだけじゃない」
「は?」
「なにか気に障りました?」
まさか言い返されるとは考えていなかったオニズカはサカモトの服の襟をつかむ。
オニズカ的には、一番セツカに会いたいのは自分だということを譲れないらしい。
「俺のほうが会いてえし」
「いえ、僕のほうが会いたいですね」
一歩も引かないサカモト。
二人の間に緊張が走る。
「いや、俺のほうが!」
「いえ、僕のほうが!」
「いや俺!」
「いえ僕!」
「争いはやめたまえ!」
「やめたまえー!」
「静まれ静まれー!」
吸血鬼の双子メイド服幼女を引き連れた、黒い鎧の黒ずくめマント男が言い合う二人の仲裁に入る。
不審者だろうか?
格好が怪しい。あやしすぎる。
空気が凍ったので、気まずくなった不審者は自ら名を名乗るのであった。
「我輩の名はグリフィン! 魔の者を統べる孤高の魔王よ!!」
「魔王さまだぞー!」
「魔王さまだよー?」
マントをひるがえす魔王に、格好いい(当事者比)ポーズを決める二人の吸血鬼。
無表情で見ていたオニズカとサカモトは、そそくさとその場を離れた。
「帰るわ俺ら。じゃあの」
「ほどほどにね、魔王様」
「あっおい! 挨拶もなしに、こら!」
グリフィンがここに来たのは偶然ではない。
毎日決まった時間にグリフィンが来るということを二人は忘れていたのだ。
二人が去ったあと、グリフィンはセツカの墓をじっと見つめ、しばらく黙ったまま固まっていた。
そうしたかと思うと、いきなり魔法を放ったではないか!!
「第五位階魔法……コールドランス!! ふはははは壊れろ!! 誰だこんな建築物を築いたおろかな人間は!! セツカの墓だと? そんなもの、ありえるわけがない!! 我輩を倒す前にセツカが死ぬ? ははは面白い冗談だな!! ありえて……たまるか」
魔法をしばらく放ち、うなだれる魔王。
心配そうに覗き込む二人の吸血鬼たち。
どうした、セツカの墓にダメージがないぞ?
セツカの教えを受けたクラスメイトたちが造った建造物は、もはやこんなにも頑強だ。
だが、再び魔王の強力な魔法が火を吹いた!!
「第三位階魔法……エターナルブリザード!! さあどうする塔の主よ。このまま出てこないなら、壊してしまうぞ? 現れないのか? 負けを認めるのか? こんな我輩の魔法ごときに……敗北したと、認めるのか? 出てきて我輩を叱ってみせろ。おいセツカ!! 呼び捨てにしているぞ!! 出てこないと、ほんとうにこの塔を倒してしまうぞレイゼイ=セツカ!!」
「こわしちゃうぞー」
「ぼっこぼこだぞー」
当たり前だが、誰からも返答はない。
しばらく塔を攻撃した魔王は、はあはあと肩で息をして座り込む。
「…………くっ。我輩にできぬことをやすやすとやるくせに。自分の命を救えぬはずがなかろう。そうだと言ってくれ」
やがて目のあたりをゴシゴシと拭った魔王は、マントを翻して子分を引き連れ帰っていく。
「今日は許してやる!」
墓を建てることに反対してから今日まで、毎日繰り返された行為だ。
不思議なことに、誰もとがめるものは居なかった。
塔には傷ひとつとしてついていなかった。
グリフィンも悟っていたのかもしれない。
こんなことを繰り返しても、戻ってこないのかもしれない。
あの楽しい日々は終わってしまったのかもしれない。
そう、終わってしまったのだ。
終わり。
…………本当に?
本当に、終わったのだろうか?
セツカに救われた女の子たちは何をしているのだろう?
意外なことに、墓の件には一切関わっていなかった。
世界が絶対神の手から離れた後。つまり、度を越えた理不尽な運命を観測する邪悪な神にセツカが止めを刺した後。
世界が幸福と発展、希望に沸き立つ中で。
彼女たちは早々に深淵の森を復興し、セツカが好きだった静かな家を修復していた。
レイブンを新たに加え、レーネ、スレイ、フローラ、ハヤサカとずいぶん大所帯になったものだ。
各々強力なスキルや能力は持っているが、セツカの『殺す』スキルほどではない。
一から、あの白い教会のような、サリアナの昔の住家を修復するのに非常に苦労した。
だが、少女たちはやり遂げた。
セツカに教えられたことを生かし。
すべて自分の意思で。
望むままに体を動かし。
誰からも強制されることなく。
すべてはたった一人の戻る場所のため。
森はフローラが元通りに、いや、元よりももっと神聖で美しいものを復活させ。
レーネは生み出す力、レイブンの中に封印されたアラガミの『壊す』スキルを組み合わせると、素晴らしい創造を行える。
この力で森を成長させた。
だけど、このスキルは使い方を間違ってはいけないものだ。
二人(三人)はセツカの教えの通りに、セツカの言う通りに、セツカを尊敬し続けて生きることを誓ったのだった。
スレイの祈りは種族の限界を越え、森に居なくなった動物たちを呼び寄せ新たな秩序を与えた。
ハヤサカは多方面に飛び回り、命の種や神極の如雨露など、森の復活に不可欠なアイテムを集めてまわった。
こうして少女たちは戦闘で破壊された森と家をほぼ手作業で復活させた。
土にまみれ、顔を泥だらけにしながら。
夕方にはくたくたに疲れて、夜には身を寄せあいぐっすり眠りながら。
思い出の場所を寸分違わずに復活させてみせたのだ。
墓の建設には最初から参加するつもりはなかった。
国や世界中の皆はショックで生きていけないほど落胆していたけれど。
五人の誰もが、あの日から一度も絶望したことはない。
待っている。
いつもと同じ面持ちで。
すこしだけ大人な気分で。
いつでも彼を抱き締められるようにして。
すぐにでも彼に抱き締めてもらえるようにして。
諦めるわけがない。
__『殺し』てもらったから。
五人それぞれ、彼に弱さを『殺し』て貰ったんだ。
だからどんなことがあったって信じて待てる。
美しい五人の少女たちは……
「ちょ、ちょちょーっ!! アハハハハハァァァァァンーっ!?!? ひとり足りなくね? 普通に考えてさあ? 一番重要な人足りなくね? あたし、森の復活のためにドラゴンと戦ったりしたんだけど。……えっ、全部カットなの!? うそん!? 結構強いやつ倒したけど!? マジ? 赤い髪の美少女冒険者剣士、すごくつよくて、セツカのお気に入り! ふたりは愛し合ってる。いつまでも待ってるよ! その少女の名前は……」
やべ。
忘れてたわ。
五人ともう一人くらいの少女たちが待ってる。
いつまでも、いつまでも。
「えっ雑ぅーっ!? アハハハハハハァァァァァン!! あたしミリアです。ほんとに頑張ったんだよ? セツカから何にも連絡ないけど。ふふ、大丈夫。信じてるから。あいつ、約束破ったことないから。破るわけないから。信頼してるから。あたしたちは全然大丈夫。安心して。何年だって待つ。死んだって待つ。殺されたって待つってみんなで決めたから。いつまでかかってもいいから。あの素敵な家は、あたしたちがしっかり守っておくからね」
●
俺はどうなってしまったんだろう?
命が尽きた瞬間、世界が暗転した。
次の瞬間、仰向けに倒れた俺の上にのしかかる重さを感じた。
それは、ずっと昔にふざけていた妹が体に乗ってきたときの体重だ。
目の前には、元気で、顔色が良く、あのころのままの刹菜の顔があった。
「おはよう。おにいちゃん」
「……これは何かの冗談か?」
「いや、現実だよ。久しぶりだね。刹菜だよ?」
「ほ、本物なのか? 本当に、お前はセツナなのか? 幻影じゃなく、敵の罠じゃなく、本物の……?」
「あはは、本物だよ。おにいちゃんが私を助けたんじゃん」
「いや、俺は……勝ったが負けたようなものだった」
「ううん。こうしてわたしは生き返った。助けてくれてありがとう!」
刹菜に助け起こされ、起き上がる。
この場所は……。
天国? いや。
俺たちが住んでいた地球。
時間が停止された地球上なのだろうか?
まさか!?
これは……驚いた。
「おにいちゃんはすごいなあ。もう気づいたんだ」
「セツナ……もしかして」
「うん。わたし、今、絶対神」
「マジか……」
「まじです!」
考えてはいた。
『シロガミ』という神格を与えられた妹を、あのくだらない元絶対神と対場を入れ換えさせることによって救うというプラン。
だが、実現不可能なプランだったはずだ。
俺の命が足りなかったはずだからだ。
しかし、現に目の前には『絶対神』に成った妹がいる。
これなら、失われた刹菜の存在も復活できるということだ。
……というか、ここから観測する世界は妹基準に変更されたことになる。
言うまでもなく、最上位の存在が刹菜になるんだから。今後、誰も妹を傷つけることは出来ないだろう。
最高の勝利じゃないか。
いったい何が起きたんだ?
どうやって神不在の完成したパズルを崩したんだ?
「これにはおにいちゃんも納得できないかもしれないかもだけど……」
ぽりぽりと頬を掻いて困る妹。かわいい。
しかし、説明できるというならしてもらいたい。
いったい何が起きて、このような奇跡が起きているのかということを。
「実際に見てもらわないとかも。わたしと一緒に来て! すこしだけ、時間旅行しよう。おにいちゃんなら、その権利あるでしょ。だって、絶対神を造った兄なんだもん」
セツナはなんだかよくわからないことを言っているが。
俺は妹を助けただけなんだが。造ってなどいないぞ?
手を引かれて、延びる光の渦に包まれる。
やれやれ。
今度は妹(神)と時間旅行か。
勝利のごほうびにしては豪華すぎるな。
すごい光景だな。
まるでネオンを数超個も束ねて引っ張ったような、きらびやかな世界が広がっていく。
あれらが全部、人や動物、生き物たちの未来、人生の流れなんだ。
美しい輝きは、正常な神が司ることの証なんだろう。
光のチューブの中を進むイメージだ。
未来永劫、命の歴史たちは続いていく。
「途中だけど、おにいちゃん気になるよね?」
そう言って、セツナは途中でピタリと動きを止める。
するとまるで見たいものを写し出す鏡のように、目の前に知っている人物の光景が映る。
日本か。時代は現代。
日本人の男子高校生と、儚い雰囲気のある外国系の少女だ。
「ねえ、撃って?」
「ああ、いいぜ」
__ガチャリ。
バンバンバンッ!!
「すごいすごいすごい!! パーフェクトじゃない!!」
「……それほどのもんでもねえよ」
それは神徒のサトウの姿に似ていた。
日本の高校の制服を着ており、隣に立つ金髪の美少女も同じ学校の制服を着ている。
二人で学校をサボり、ゲームセンターのシューティングゲームで遊んでいる。
「コーヒーでカンパイしよ?」
「うわっ、抱きつくな」
「キンチョーしてるのか、ジャパニーズボーイ?」
「うるせー。お前のほうこそドキドキしてんだろ?」
「し、シテナイヨ。ワタシ、勢いで抱きついちゃったからってドキドキシテナイヨ」
腕を絡ませる金髪の少女。
見た目はおとなしい妖精のようでも、かなり行動的らしい。
実は奥手な男子高校生は顔をしかめつつも、嫌そうな感じではない。
……ふと、上を見上げ呟く。店の天井しか見えないが、どうしてそうしたのか男子生徒にもわからないみたいだ。
「なあ、いきなりだけど。お前と一緒にいると落ち着くわ。こうなったのも偶然……いや、運命を殺した結果なのかもな?」
「エ、エ、それって……Proposeデスカ!?!?」
「いや極端すぎんだよ。あと発音滑らかすぎんだろ日本生まれの日本育ち!」
「じーざすくらいすと!」
「喫茶店でも行くか?」
「さっきコーヒー飲んだばっかなのに!? シャッチョさん好きネ! でも行く!」
「…………ありがとな。鍵、みつかったわ」
端から見ても嫉妬を受けそうなカップルだ。
そうか、セツナはそういう選択を選んだんだね。
彼らも元絶対神によって運命を狂わされた人物だということか。
再抽選されたサトウとクリスの運命の先に、戦争と銃弾が飛び交うことはないだろう。
しっかし、砂糖みたいに甘いカップルだ。
これ以上覗くのはこちらが恥ずかしいな。
先に進むとしよう。
しばらく進むと、再び映像が映る。
次に現れたのは、不思議なことに一般家庭の光景だ。
これは誰の人生なんだろう?
よく観察してみると、すこし面影があることに気がつく。
「お父さん、お母さん、わたくし、もう10さいですのよ? こんな誕生日ケーキのプレートなんて恥ずかしいですの。皆さんがいらしてくださったわたくしの誕生日会で、あんりえった10さい……こんなの子供が喜ぶやつですわ!」
かんしゃくをおこしている少女。
怒っているようで、瞳をうるうるさせながら喜んでいる。
あれはアンリエッタか。貴族の身分や高貴な生まれはどうでもよくて、彼女が執着していたのは家族の愛か。
じゃあプレート外そうかと両親に聞かれる。
すると、アンリエッタは小さな手で必死で阻止するのだった。
「は、外さなくてもいいですわ。このままでも別に味は変わらないし? わたしは、アンリエッタは10さいになったとわかりやすいですの。あ、あの……その。ありがとうお父様、お母様。産んでくださって。これまで育ててくださって……ケーキ、うれしいですわ」
素直になれたみたいだな。
自分の名前の入ったプレートは、ずっと取っておくつもりらしい。
両親に感謝できるなら、他人にも優しくできるはずだ。
もはや何の心配もないだろう。
自分の感情を魅惑してごまかす必要はない。
アンリエッタはふと、こちらのほうに視線を向ける。
決して見えてはいないはずなのだが。
(わたしはアンリエッタ。決して間違いを犯さないと約束します……人を愛し愛されたいから)
ぐらりと方向が変化した。
とは言っても、俺は妹に手を引かれて飛んでいるような感じなので何もすることはないが。
どうやら世界の本筋とは別の流れの場所を見せてくれるらしい。
「スリザリ様、違います……足はこう」
「す、すまん。実はそこまでダンスを踊った経験はない」
「ふふ……知っていました」
「男を立ててくれるお前が好きだアリエル」
「ええ、私も不器用なスリザリ様が好きです」
「ち、近いな……」
「あ、はい……ち、近いですね。き、キスでもします?」
「くくく、口づけだと!? こんな時間から?」
「……ここって時間とかあります?」
「それもそうだが……」
「んっ」
「んんっ!?」
「ふふ! スリザリ様の3400回目のファーストキス奪っちゃいました!」
「くっ……私としたことが。3400回目は私からするつもりが……っ」
いったい何を見せ付けられているんだろう……。
密に抱きあうアリエルとスリザリ。周囲は荒野。
彼らは地獄らしき場所でたくましく生きて(?)いるらしい。
なんなんだあいつら。
死んだのに死んでないのか?
ちゃんと殺しとけば良かったかもしれない。
すると、二人の背後から迫る巨大な影。
「おーい。採れたどー」
ドシン。
地面を震わせる音と共に投げられたのは、巨大で禍々しいカマキリの魔物の死体だ。
なんと、聖女サリアナが素手で仕留めてきたらしい。
アマゾネスのような露出の高いビキニアーマーを着用して、肌を露にしている。
なんだこいつ。なんでここにいるの?
「今夜はカマキリでパーティーだぜぃ」
「大物ですねサリアナ様! 私の憧れです!」
「毎度ながら見事な武力。流石と言わせてもらおう」
「違う違うアリエルとスリザリ君。ラブアンドピース。聖女の力、祈りの力はセツカくんが言っていた通りおいしいご飯を食べれるくらいに使えれば丁度いいよね! 世界のことは、優秀な子孫に任せようではないか」
「おっしゃる通りです! 尊敬しますお師匠様! いつまでも私の最強聖女です!」
「その通りだ。生きている者よ、適度に努力したまえ」
いや、おいしいご飯がなんちゃらとか言ってないし。
勝手にいいように解釈したのか……まあいいが。
こいつら……。
あれだけいがみ合っていたくせに、けろっと仲直りして楽しく暮らしているのか。
心配して損した。
祈りの重さを脱ぎ捨てた聖女たちは、本当の強さを獲得した。
もはやどんな場所でも彼女たちにとっては楽園である。
世界の、命の道のりは永遠に続く。
だが、たった一人が経験するのは砂の一粒。光の瞬きだ。
だが、その連続がこの壮大な光の束の連鎖を紡いでいく。
すべてが尊く、すばらしい。
目的地に到着した。
数千年後。
ここに俺と妹が助かったヒントがあるというのか?
一見、さほど今と何かが変わった様子はない。
人という存在は人のままだし、争いやいさかいが完全に消滅するわけでもない。
いったい何が起きた?
どうやら、それをこれからセツナは見せてくれるらしい。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
少年が森の中を駆けていた。
何者かに追われているらしい。
ボロ切れをまとい、体は転んだ傷でボロボロ。
残念なことに、あまり恵まれた身の上ではないみたいだ。
両親とはぐれたのか、形見なのか。
おもちゃの風車を必死に握りしめている。
「はぁ、はぁ、はぁ、誰か……助け、て」
あの子には見覚えがある。
メカニカル=シールの魂の一部に、彼に似た姿があった。
彼は回転する運命から逃れるため、必死で走り続けている。
しかし現実はときに非情だ。
少年を追っていたのは、人食い狼。
転んだ隙にあっという間に囲まれる。
数十匹はいるだろうか?
無理だ。少年の力で生き残るのは不可能だ。
少年は風車を握りしめ、涙を流し這いずり逃れる。
こんなところで死にたくない。
生き別れたお父さんと、お母さんに会うまでは。
何故だろう。
彼にとってこれが一回目じゃないような気がしている。
だけど、死ぬのは本当に怖い。
狼の涎が地面に滴る。
きっと内臓を引き裂かれ、生きたまま喰われる。
死ぬのは怖い。でも、まだいい。
もう一度お父さんとお母さんに会いたい。
会えないのがほんとうに無念だ。
少年が諦めて瞳を閉じた瞬間。
「__スナイピングアロー。子供から離れろ」
噛みつこうとしていた狼が、光の矢によって貫かれた。
そのまま爆散するモンスター。ものすごい威力だ。
「__ハードポイント。大丈夫か?」
ボロ切れのマントを着た男が、少年をかばう。
飛びかかる狼の牙は男の腕の皮膚に弾かれ、まったく歯が立たない。
「__契約(テスタメント)。これ以上戦うなら、全滅させる。森に帰るならここまでにする」
同じようにボロ切れを着た男……三人組のリーダー格だろうか?
右手をかざした瞬間、狼たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げた。
野生の本能で相手のスキルの本質を見抜いたのだ。
ミカミ。
ガネウチ。
そして、イシイ。
彼らは数千年後の未来で。
決して抜け出すはずのないセツカの幻影のダンジョンを抜け出し、外を闊歩していたのだ。
しかしあり得ないことだ。
犯した罪をすべて自覚し。思いだし。
心の底から反省しなければ出られないはずだ。
彼らの犯した罪はかなり重い。
それにクソのような性格だったので、未来永劫あのダンジョンからは出られないと考えていたのだが。
三人は倒れた少年を助け起こす。
「ありがとうございます。命が助かりました!! 本当にありがとうございます!!」
少年は礼をのべる。
だが、少年の運命の道は、実はこの森で途切れている。
イシイたちと別れた後、別のモンスターによる襲撃で命を落とすのだ。
運命とは、弱った者に対しては容赦なく襲いかかる。
絡み合った不幸から抜け出すのは容易ではない。
「__待て」
イシイが声をあげる。
どうするつもりなのだろうか?
また、他人を傷つけ利用する気なのだろうか?
少年を囮にして、レアモンスターを狩るつもりなのだろうか?
見ていられない。俺が干渉して少年を助けるか?
「この森は危険だ。俺たちが街までおくろう」
イシイの口からそう言葉を発した。
聞き間違いではなかったようだ。
そのとき、少年の運命は歯車から外れ落ちる。
自由に回転する車輪は草原を駆け抜けるように進んでいく。
救われる未来が確定したのだ。この後、少年はイシイたち三人組と旅をし。
両親と再会して、幸せに暮らすことができる。
風車を毎年父にせがみ、母の手料理を毎日食べることができるだろう。
(ねえ見てお父さん、お母さん……風が吹いてる。かざぐるまが回ってるよ!!)
イシイたちは旅を続け、人助けを続けていく。
他人に危害を加えることは二度とない。
過去の自分と同じことをしようとする者を止め、救う。
そうして国、大陸を放浪する。金や身分には興味がなく、いつも着るものはボロボロ。
それでも三人で続けていくみたいだ。
イシイは決まって夕方、食事の前に懺悔の祈りを捧げる。
「……羨ましかったんだ。俺には全てあるようで、何もなかった。セツカの心の強さが欲しかった。俺も強くなりたかった。誰かを傷つければ、その分強くなれた気がしていた。セツカ……お前が全て正しかった。俺が間違っていた。あの頃の俺は燃え盛り制御のきかない種火のような性格で、色々な人間を巻き込み不幸にした。元に戻らない。それでもセツカは俺を生かした。苦しい幻影のダンジョンでの日々。でも、もっと苦しいのはこれからなのかもしれない。それでも、セツカは生きろと言ってくれた。なら。俺は生きていく。出来ることをやって、今日を全力で生きていく。生きていきます」
驚いた。
いったいどういうことだ?
イシイたちは、すっかり人が変わったみたいだ。
人に危害を加える様子は全くなく、人助けを優先して行動しているように見える。
セツナは隣でその理由を教えてくれた。
「おにいちゃんが変えたんだよ? おにいちゃんがあの三人を『殺さ』ないでおいたから、彼らは自分の罪と向き合った。千年以上かかっちゃったみたいだけど、自分がしたことを理解して、自分がしたことと同じ数だけ人を救おうとしている。心の底からそうしたいと望んでいる。あのどうしようもない人たちでも、おにいちゃんは変えちゃったの。彼らはこれから、迷惑を掛けた人間の数百倍の数の人間を助けることになる。人生の最後まで罪と戦いながら。彼らは甘えず、気持ちが負けそうになったらおにいちゃんを思い出すみたい。こういうときセツカなら……って」
「『殺す』よりもそのほうが苦しいと思っただけだ。奴らを導こうなんて考えてなかった。そこまで人間を信じていなかった。だが、……変わるもんだな」
「着想はそうだったかもしれないけど、結果がすごいことになるのが、おにいちゃんの天才的なとこだよね! それで、どうしてわたしが絶対神になれたかの説明なんだけど……」
セツナが言うには。
王城でのアリエル・イシイとの戦闘時。
あのとき、俺は自分の同位体……つまり分身を用いたトリッキーな方法でアリエルとイシイを翻弄したのだが。
あのとき。
イシイはどうやら、『俺だけがレイゼイ=セツカという存在を殺せる』という契約を仕掛けていたらしい。
勿論だが、『殺す』スキルがあれば全くの無効になる能力である。
しかも意味不明である。他の奴と一緒に戦っているくせに、どうしてイシイだけが俺を殺せる状態にする必要がある?
そもそも、これは予測でしかないが。
イシイは俺を殺す『権利』を手に入れ、コントロールし言うことを聞かせるつもりだったのかもしれない。
ゆくゆくは俺を利用し、アリエルや他国に侵略でもするつもりだったのか?
なので、『俺だけが』なのだろう。
少し考えれば分かることだが、俺はイシイに絶対に殺されないので無意味過ぎる行動である。
イシイよ。そもそも正面きって戦い負ける相手にそんなことをしても……。
批判はよそう。重要なのはそこじゃない。
要するに、無駄スキルが放たれ。
分身していた方にも適用されていたらしく。
本体の方は完全に影響を『殺し』ていたのでクリーンだったが、分身に無意味な契約が残り、元に戻るときに地味に残っていたらしい。
分身に掛かるスキルを解除する前に、イシイたちは亜空間に消えた。
だが、実際は生きている。なのでスキルは継続。
イシイの契約は虚数のように無意味……いや、世界から隠れた状態になった。
いわゆるスキルのバグ。
絶対神との戦いで、俺は自分の命を計算に入れ勝利した。
その緻密な計算の中で、間抜けなイシイの『俺だけがレイゼイ=セツカを殺せる』というものだけ抜けていた。
もちろん、絶対神のスキルからしても『契約』スキルは上書きされてしまうほどの弱いもの。
だが、絶対神も、俺も、全く気付かなかった。
そこがポイントだ。
『俺だけがレイゼイ=セツカを殺せる』。
逆に考えれは、俺はイシイ以外の人間には殺されることがなくなるということ。
イシイの意味不明スキルは、俺の命にある意味バリアを張っていたことになる。
その効果があったからといって、絶対神の攻撃を防げるというものではない。あくまで『バグ』だったが。
気づいたのは、存在を失いかけ、同じく虚数の海に沈んでいた妹……セツナだったというわけだ。
こうしてセツナは隙をついて綻びを利用し、復活できた。
なんてことだ。
イシイを『殺さ』なかったのは本当に偶然だ。
奇跡的すぎる要因が折り重なって、こうして妹と再会できたのか。
改めて感動が込み上げてくる。
今、妹と手を繋げているのだ。
セツナはにっこりと優しく微笑み、俺と向かい合う。
それは全ての準備が整ったという合図のようにも思えた。
「と、いうことで。おにいちゃん。それと、消えると思って告白したけど、消えなかったので恥ずかしくなってもう二度としゃべらないと考えている『殺す』スキル。絶対神であるわたし、シロガミ=セツナがお願いします。行ってほしい異世界があるんです!!」
「……それはどこだいセツナ?」
●……一生の不覚です。『殺し』てください……恥ずかしい。もう外に出れない。わたしは物言わぬスキルになりたい。はは、セツカ。今日からわたし、感情を捨てますので。さっきの告白は忘れてください!
「あはは、スキルは『恋』を知ったんだね!! おにいちゃんをこれからも宜しく。さあ、その異世界は……魔王が塔を壊そうとしているから、おにいちゃんは行って止めなきゃいけない。そして、愚かなクラスメイトたちの前に姿を現して導かなければいけない。商人やギルドの人たちもダメダメなので、会って泣かせなければいけない。国の人々は口々におにいちゃんの名前を言うので、相手をしなければいけない。本当に大変な世界だから、おにいちゃんしかあの世界を救える人はいない」
そうだったな。
俺は『殺す』スキルという物凄い力を授かった勇者だ。
だが、どちらかといえば静かに暮らしたい。
そのために邪魔をする奴がいるなら、会いにいって『殺し』止めなければいけない。
「森の家で暮らしてる女の子たちを、ひとつも諦めることなくおにいちゃんを待つあの子たちを心の底から、笑顔にしてあげなければいけない」
…………。
そうだ。
会いたい。
あの子たちに会いたい。
俺は、あの子たちと一緒に暮らしていきたい。
お互いに成長し、老いていきたい。
永遠に守っていきたい場所がある。
「さあ、おにいちゃん。勇者レイゼイ=セツカよ。ここにあの世界に繋がる扉があります。だけど、どうしても開かない。固く閉ざされ、誰もが諦める不可能の論理。どうやっても無理。そう結末づけられた運命のドアです。だったら、どうする?」
「_______そんな運命なら。俺が『殺し』てやるよ」
●●●●●
やがて春は来る。
少女たちは、永遠永劫に感じる冬を過ごしてきた。
少年は冬ごと殻をぶち『殺す』。
そうして現れた少年に、少女たちは。
とびきり最大級の笑顔で祝福した。
静かに、幸せに。
命と幸福の金糸を紡ぐように。
彼らの命は繋がっていく。
「やれやれ」
幸せな笑い声に包まれた静かな森で。
国ごと祝祭をあげるのかと思うほど大勢に囲まれながら、この日を祝う。
結局のところ俺はハッピーエンドだけは『殺せ』なかったらしい。
ま、いいか。
悪くない。
うるさいのも、たまには我慢してやるか。
今日は六人の妻と合同結婚式だ。
正直、妻たちが美しすぎて国の男から嫉妬を受けすぎて辛い。
こんな俺でいいのか? と聞くと、は? むしろこんなわたしたちでいいのですか?
って聞かれた。
いいに決まってるけど。さすがに六人は前代未聞じゃないか?
●今さらです。それに。『六人』じゃないですよね? 私が入っていません。
(そうだよおにいちゃん。ぜんぜん計算が足りないよ。アラガミちゃんは? セツナは? セツナをちゃんと入れた?)
なんか六人じゃなかったみたいだ。
ここまで来ると笑えてくるな。
いや。
笑おう。
そういう日だ。
笑おう。
みんな助かった。俺はやり遂げた。
笑おう。すごく嬉しいのだから。
心の底から、今日の天気のように晴れ晴れしているのだから。
みんなといつまでも過ごしていこう。
生きよう!!
(完結)
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