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最終章
時を止めて、殺せたらいいのに
しおりを挟む____白亜。
気がつくと白い空間に立っていた。
壁、扉、椅子、机。全てが真っ白。まるで急いでこしらえたため、着色を忘れた世界のようだ。
それが、スキルの造り出した俺の思考領域にある仮想空間だと気がつくのに、時間は掛からなかった。
現実の俺は、瀕死の状態で宇宙空間を漂っているだろう。
限界だった。
寿命がつきたらしい。
現実世界に戻れば、あと数秒も、命はもたないだろう。
俺が生命を維持できるのは、残された刹那の時間だけだ。
スキルのお陰で時間の流れが緩やかに感じているため、意識だけこうして加速しているのだ。
……誰かが立っている。
誰だろう?
後ろを向いて立っているため、顔はわからない。
歩いて近づいていくと、女性だということがわかる。
身長が同じくらいで、艶のある黒の長髪。すらりとして、後ろ姿だけでも相当な美人だとわかる。
すぐに理解できた。あれが、『殺す』スキルに与えられた完全な人間の姿。
妹セツナがイメージしていた、力のある大人の女性の姿。
兄の俺を助けるために、セツナが与えてくれた全てに打ち勝つためのスキル。
最後の最後で完全なる人間の姿を露にしたスキルは、振り向かない。
儚く白い空間にただ立っている。
「変……ですかね、私の姿は?」
「いや。見たこともないほど美しい姿だ」
「本当ですか? 冗談だったら怒りますけど」
「じゃあ変だ」
「嘘っ!?」
「嘘だ」
「もう!! そういう所ありますよね、セツカは……」
不思議な感覚だ。
今まで頭の中で会話していた相手と、相対して話しているのが新鮮なのかもしれない。
美しい音楽が奏でる調べのような声だと思った。
後ろ姿はシンプルな羽衣のようなベールに包まれ、髪はしっとりと纏められている。
それに、白い肌は初雪のように美しい。
周囲の様子と相まって、幻想的に感じた。天国の巫女がいたらこんな感じなのかもしれないな、と。
「……」
「……」
沈黙が経過していく。
心地が悪いわけじゃない。
だけど、スキルは決して振り向いてくれなかった。それだけがすこし疑問に感じたんだ。
再び口を開いたのは、俺だった。
「今までありがとな」
「……………さい」
彼女はうなだれたまま、かすれた声で答えた。
思わず聞き返す。
「え?」
「ふざけないでくださいと言ったんです!! なにが、なにが『今まで』ありがとうですか。ここでおしまいにするつもりですか? ふざけないでください!! 貴方、レイゼイ=セツカがわたしをこんなにしたんです。無機質だった、ただのスキルだったわたしを、『殺す』スキルに自我を与えたのは貴方だ。だったら!」
「……誰よりも感謝している。君とここまで来れて嬉しいんだ」
「っつ!?」
そりゃ、怒るよなと考えてもみる。
勝手に命を与えられて。
俺と一緒に終わってしまうなんて嫌だよな?
彼女は立ち尽くしたまま固く両手を握りしめ、震わせながら続ける。
「みなさんは、オリエンテールに残したあの子たちはどうするんですか!? あの子たちを幸せにするのが、貴方の役目です。貴方はあの子たちと未来永劫、幸せに暮らす義務がある!! だから私は貴方に手を貸したのにっ!!」
「……心残りがないわけじゃない。でも、あの子たちは助かった」
「バカっ。違うのに。ちがうのにっ。貴方がいなければ、貴方がいなければっ」
「戻るって、約束……破ってしまうな」
「だったら!!」
スキルは声を震わせ、叫ぶ。
彼女はまだ諦めていないようだ。
「帰りましょうよ、あの世界に!! 貴方ならできるはずでしょう? まだ、何か方法が残されているはず。そうでしょう? そうだと言ってくださいレイゼイ=セツカ!!」
「いや、無理なんだ」
全てはパズルのピースを嵌め込んだように完成したあとなんだよ。
そうじゃないと、絶対神は倒せなかった。
たった一つの手も残されていない。
そこまでしないと勝てない相手だったんだ。
「あきらめないでくださいよ……」
スキルは消えそうな声でそういいながら、後ろを向いたまま顔を痩せた両手でぬぐう。
そうしてゆっくりと振り返った。
「……好きに、なってしまったんです」
__涙を流していたのか。俺のために。
だから、こちらを頑なに向かなかったんだ。
筆舌に尽くしがたいほど美しく、儚かった。
そうしてぐずぐずになった泣き顔で、胸に飛び込んできた。
軽い体重の衝撃が伝わってくる。
背中に細い腕が回され、抱き締められる。
暖かくほっとするような気持ちが心の中に広がってゆく。
「おかしいですよね。いつしか私は、スキルの分際で、私は、私は、貴方を。でも、ちがうんです。私は、ほんとうは貴方を
……好きなんです。愛してしまったんです。こんなときに私は、貴方に我儘を言って、それでも、それでも!!」
「……わかった」
「生きてください。お願いします。じゃなかったら、私が貴方を『殺し』てやる」
「ふっ……できもしないくせに」
もう、君を使う力は微塵も残っていない。
だから誰も『殺す』必要なんてない。
力無く笑いかけると、彼女は全てを悟ったように無表情へと戻った。
いつかの繰り返しみたいだ。
台詞が逆転しただけで、また俺の我が儘に付き合わせることになってしまうのだが。
さあ。
そろそろ『殺す』スキルが稼いでくれた時間も終わりが近づいてきている。
覚悟を決めなければいけない。
仮想空間が崩壊していく。
白い空間が黒に染まっていく。
現実に戻されるのだ。
肩を寄せあい、俺たちはその光景を見ている。
「時間みたいだ」
「……わかりました」
「付き合わせて悪い」
俺がそう伝えると、彼女は小さな顔を近づけてきた。
深い瞳は、まっすぐにこちらを見つめたまま。
綺麗だな。
時がこのまま止まればいいのに。
「いえ。私は幸せです」
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