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最終章

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「どうして!?」

 アラガミは尋ねる。
 俺に対して、すがるような視線を投げ掛けてくる。
 
「どうしていつもレーネを選ぶの? わたしがいるじゃない!! おにいちゃんの隣には、わたしがいるべきじゃない!!」

「違う」

 俺はゆっくりと。
 しかし、確かに否定する。

「お前は俺の妹ではない。破壊を司る神、アラガミだ」

「わかってるよ……っ!!」

 涙がつうと、頬を伝う。
 胸が張り裂けそうになる。奴の見た目は、まるで妹にそっくりで。
 いや、妹そのものなんだから。

「でもどうして」

 泣きじゃくる。
 あんな風に妹が泣いているときは、いつも宥めてやった。
 泣き止ませるのが兄の役目のはずだ。

「でもっどうして、わたしにそのスキルを向けるのおにいちゃん!! せっかく愛しあえたと思ったのに。優しくしてくれたと思ったのにっ!!」

●アラガミを『殺し』ますか……?

 俺が許可を出せば、いつでもスキルは発動する。
 震えるレーネを抱き寄せ、しっかりと伝える。
 大丈夫だレーネ。安心しろ。
 必ず君を守るから。

「お前を止めないと、セツナが愛した世界を守れないから」

「あんまりだよ……こんな結末になるなら、優しくしてくれない方が良かったのに!! 家に入れてくれて、遊んでくれた!! わたしを拒否してくれたほうが、ずっとずっと楽に戦えたのにっ!! だいすきなんだよ? なのに……どうして」

「お前がアラガミだからだ」

「違う!! わたしはセツナだよお兄ちゃん。わたしのほうが、ずっとセツナとして頑張ってきた。本体が嫌だと思った、壊すこと。全部やってきたの。辛かったけど、役目だと思って耐えてきた。なのに、なのに、なのにっ!! 頑張ってきたのに、最後の最後でわたしは捨てられるの?」

「…………すまない」

「ねえ、セツナと呼んで?」

「無理だ」

 パキンとガラスにヒビが入ったような、そんな感情の爆発だった。
 アラガミは抑えていた破壊の衝動をすべて解放する。
 これが世界の崩壊の序曲。
 停止空間の中を暗黒が拡大していき、世界が暗闇に満たされた。
 認識の隙間、刹那の世界。
 この領域に誘い込まれたら最後。奴を倒さない限り出ることは叶わないだろう。
 アラガミは、勢いよく右手を天に向かって突き上げた。

「スキル!! お兄ちゃんを、セツカを殺せぇぇえええっ!!」

○了解シマシタ。デウス破壊神エクスマキナ。レイゼイ=セツカヲ『破壊』シマス。

「スキル。頼む」

●承知しました。アラガミを『殺し』ます。セツカ、信じてください。


 黒い稲妻と、空間を割く光の筋。
 激しくぶつかり合うスキルの威力。
 暗闇の世界に、火花が撒き散らされる。
 アラガミはスキルのぶつかり合いにおいて、優位だと悟る。
 そもそも、『殺す』スキルは不完全なスキル。
 自分の持っている『破壊』スキルよりもずっと低級なもの。
 俺が使うことにより洗練はしたものの、あくまで一段階下のスキルだ。
 そう考えているか。アラガミ?
 それは違う。
 もはや、『殺す』スキルはスキルの領域を越えた。
 確かに『破壊』スキルは強力だし、お前の言うことによくしたがっている。
 だが、俺のスキルは自分で考えるし、俺の心配をしてくれる。
 生きている。
 重なる皆の想いが生きている。
 行為こそ『殺す』ことなれど。
 お前の壊すスキルと違い、『殺す』スキルは生命の環を繋ぐためにこそ本領を発揮する。
 自分の目的のために、多くの命を利用することは許されない。
 お前を止めなければ、レーネたちが生きられないというなら。
 俺は、『殺す』スキルに背中を押され、一歩踏み出した。

「死ねお兄ちゃん!! 私と、一緒に死ねばいい!! どうせダメなら、世界を壊して一緒に消えよう? 愛してるから、死ね!!」

 壮絶な黒い稲妻の攻撃は、すべて俺の頭上に集まってきた。
 たったひとつでも受ければ即死。それどころか、存在すら消滅してしまうのだろう。
 来る!?
 ものすごい密度で、稲妻は襲いかかってきた。

 ____ズァァァッ!!

 四肢に削りとられるような衝撃。
 すこしかすった。
 血が吹き出してくる。肉ごと消滅させられたのか。
 傷口から骨が見えている。
 やっとのことで立っている状態だ。たった一度の攻撃で、俺はほぼ全ての戦闘能力を失う。

「あは。これでわたしとお兄ちゃんは__」

 ____ザンっ!!

●刹那の領域を『殺し』ました。たった一度だけですが、これでアラガミに攻撃が届きます。

「えっ、あれ?」

 俺の『殺す』スキルによる攻撃は、アラガミの四肢を奪う。
 わずかだが、こちらのほうが威力は高かった。
 どたり。鈍い音と共に落下する。
 アラガミの手足は切断され、地面に這いつくばった。
 しばらく微動だにできないようだった。
 初めて敗北したのだ。そして、これが最初で最後になるのだから。
 はっとしたように気がついたアラガミは動き出す。

「…………そ、そう、だ。レーネを。レーネを殺さないと。レーネさえいなければ。レーネさえいなければ私とお兄ちゃんは幸せに!!」

 失われた四肢で、這ってレーネの元に向かおうとする。
 レーネを殺せば、俺がお前の兄になると思い込んでいるのか?
 最初からそんな未来はないんだアラガミ。
 自分の主であるセツナを殺してしまったお前に、この世界の制御はできない。
 
「_____っ。ごしゅじんさま、あのひとは」
「ああ、レーネの、言いたいことはわかっている」

 震える俺の手を、レーネは強く握ってくれた。
 俺たちは二つでひとつ。言葉にしなくても伝わっている。

「嫌ぁあああっ……見たくない……私は、ただ、いっしょに、おにいちゃんと。レーネと仲良くしないで。レーネと手を繋がないで。セツナね、壊すことしかできないなら、どうして生まれてきたの? 教えておにいちゃん!! セツナ……どうして生まれてきたの?」

「お前は間違っていない。だが、殺さなければいけない」

「…………だったら、私なんか生まれてこなければ良かったのにっ!!」

「……そうなのかもな」

「いや、いやだよ。お兄ちゃん」

「アラガミ。引導を渡してやる」

 俺はスキルを発動させる。
 圧倒的なパワーにより、俺のスキルはこの世界を支配する神を凌駕した。
 破壊に向かっていた世界の混乱はこれで終息する。
 この一撃で、全て終わる。
 アラガミは瞳に涙をため、俺を見上げた。

「さいごに、セツナと呼んで……?」

「……」

「……お兄ちゃん」

●スキル発動。アラガミの存在をこの場から全て『殺し』ます。


 スキルの直撃。
 まぎれもない妹の姿が消えていく。
 わずかな欠片が消え去る瞬間に、俺は「セツナ……」と呟いた。
 全ては遅かったみたいだ。
 偽りの妹はこの場から消滅した。
 これで、世界は救われた。
 アラガミを倒したのだ。俺たちは、完全に勝った。
 だというのに。
 俺はいつまでもその場で泣いていた。
 敵を倒したのに、おかしいな。
 嗚咽を響かせ、その場に倒れこむ。
 レーネに抱き締められながら、自分の行った罪の重さを後悔していた。




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