上 下
122 / 149
五章

聖女の祈り④

しおりを挟む
 ____祈り。



 人は能力を超えた苦難に突き当たると、努力を放棄して神や超常の力に精神を委ねる。
 彼女はいつも皆に祈られていた。
 気軽に手を合わせれば救われるとでも考えているのだろうか。
 いったい貴方たちは何を差し出したのか。
 何を犠牲にして祈りを叶えようというのか。
 彼女は救う方で、救われることはない。
 人のお願いはいつだって自分勝手で、彼女は次第に人から隠れて暮らすようになった。
 ……それでも人々は彼女に救いを求めた。

 土煙が嘘のようにたち消える。
 怖いくらいに静かだ。
 


「……ずいぶんと荒っぽく起こされたみたいだね」

 鉄の処女は地面に衝突した衝撃でヒビが入り、砕け散る。
 まるで卵が割れるようだ。
 そうだ。これは死ではなく誕生。
 中から登場した人物を見て、冷や汗を浮かべアリエルは息を飲む。

「やはり貴女でしたか……」

「久しぶりだね」

 サリアナ。
 時間が凍った。そう感じるほどのオーラがある。
 純白のローブに包まれ、初雪のような清純さを携えながら歩みを進める。
 裸足で踏んだ土から植物が生まれ、早回しのように枯れていく。
 透明かと思うほど美しい銀髪は身体のラインに沿って貼りつき、怪しい魅力を放っている。
 まぎれもない聖女。
 史上最高とされたサリアナの姿がそこにはあった。
 サリアナは美しい髪を片手で梳かし、微笑む。



「可愛いアリィ。どうしてわたしを攻撃するんだい?」



 おびえるアリエル。震えながら答えた。

「貴女に聞きたいですね。どうして死んだはずの貴女が神徒をやっているんですか?」

「死んだはず? 君がわたしを殺したんだ。そうだろう?」

「それは……っ」

 サリアナを殺したのはアリエルだ。
 忘れてしまいたい過去。
 消えない罪。背負った十字架。
 自らの手で命を奪ったはずの女が目の前に立つ恐怖に耐えながらアリエルは問う。

「でも、貴女は私が! あのとき、この手でっ!」

「サリィだよ」

 サリアナは真顔になった。
 アリエルはその顔が恐ろしい。

「は……っ」

「わたしのことはサリィと呼んでくれとお願いしたじゃないか。忘れたのかい? それとも、最愛のわたしを殺した事実から逃れるために記憶を封じようとでもしているのかい?」

「ぅ……ぁ……」

「震えちゃって、アリィ。ちゃんと確認はしたかい? わたしをあんな冷たい土の中に埋めて、それで終わりなんてダメだよ。死体はきちんと消滅させなきゃいけないよね」

 淡々と口を動かし、アリエルの元へ近づいてくるサリアナ。
 どうして動けないのだろう!?
 アリエルは身体が震えてしまい攻撃できない。
 蘇ったサリアナの姿はあのときと同じで、同じ口調で。優しくしてくれたあの人で。
 身体と精神が過去に揺り戻されたような感覚。もしかしたら謝ればあの時のことは全部無くなって、またこの人と幸せになれるのかもしれない。そう思わせる包容感がサリアナにはあるような気がした。
 動けないアリエルにかわりスリザリがサリアナを牽制する。

「数千年は見ないと思えば。ずいぶんと下衆になったものだなサリアナ」

「ん。ああ、いたのか。君は魔王を名乗る紛い物だね。たしかスリザリと言ったかい?」

 サリアナは視線すらスリザリの方に向けず答える。
 スリザリは注意深くサリアナの動向を観察しつつ、アリエルの肩に手を回す。

「アリエルを惑わすのはやめて頂こう」

 眉をひそめたサリアナは少し口調が荒くなる。

「……君、そういうキャラだっけ? はっきり言うけど痛いよ? アリィは私を好きなんだ。君が入る余地はないし、ここにいる意味がわからない。自分の役目も忘れたような自殺志願者はどこか適当な場所で遊んでてくれないかな?」

「……看過されないとでも思ったか穢れた聖女め。貴様の思惑は薄々感づいている。アリエルを仕上げに使うつもりだろうがそうはいかんぞ?」

「へぇ。気付いてたの」

 スリザリの言葉に感心するサリアナ。
 アリエルは正気を取り戻し尋ねる。

「私も……そうじゃなきゃいいと思ってましたが。実際に目の当たりにすると、どうしてと訊ねずにはいられません!! なんで……どうしてオリエンテールを攻撃したのですか? どうして人間を殺したのですか!? なんでアラガミなんかの仲間に!?」

「アリィは知りたがりだなぁ。いいよ、教えてあげよう」

 サリアナはカラリと笑う。これから面白い話でも始めるかのように笑顔で切り株に腰掛けた。
 無防備なのだが、アリエルもスリザリもサリアナの気配の鋭さに攻撃のタイミングを逃してしまう。
 余裕の態度でゆっくりと語り始めた。

「人間として生きる選択をして、アリィに聖女を任せたんだけど……気付いたんだよ。人間は醜い。醜くすぎる。男の人と一緒になって、赤ちゃんを産んでみて、気分が盛り上がったことは認めるよ? でもさ。皺々になっていく旦那をみてごらん。汚いなぁって思わない?」

 サリアナは頬に手を当てる。
 若い、一番いい時で止まった素晴らしい肌を確認しうっとりした。

「それにわたし、聖女としてすごく頑張ったよね? なのにこぢんまりとした幸せで満足していると思い込む自分に腹が立ってね。人間は自分勝手にわたしに助けを求めるくせにわたしに何かしてくれたかい? 何もしないよ彼ら。わたしはもっともっと幸せになる権利がある。馬鹿な人間どもはその礎になる義務があるはずだとね」

 そう言うと、サリアナは胸の前で両手を合わせる。
 目を閉じ、何かに祈るポーズをとった。

「わたしだって誰かに祈りたいよ。そんな時に助けてくれたのがアラガミ様。わたしの『祈り』を聞き届けてくれたんだ。そうして、祈りの力で生き返ったわたしは『鉄の処女』の中でじっと時を待っていたわけだ。アリィ……君が美味しく成熟してくれるときをね」



 サリアナはにっこりと微笑む。
 そして、アリエルの方に両手を広げてこう言った。



「さあアリィ。大好きなわたしのために、聖女の力を返して? 喜んで死んでくれるよね? だってアリィはわたしのものなんだから」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

クラスごと異世界に召喚されたんだけど別ルートで転移した俺は気の合う女子たちととある目的のために冒険者生活 勇者が困っていようが助けてやらない

枕崎 削節
ファンタジー
安西タクミ18歳、事情があって他の生徒よりも2年遅れで某高校の1学年に学期の途中で編入することになった。ところが編入初日に一歩教室に足を踏み入れた途端に部屋全体が白い光に包まれる。 「おい、このクソ神! 日本に戻ってきて2週間しか経ってないのにまた召喚かよ! いくらんでも人使いが荒すぎるぞ!」 とまあ文句を言ってみたものの、彼は否応なく異世界に飛ばされる。だがその途中でタクミだけが見慣れた神様のいる場所に途中下車して今回の召喚の目的を知る。実は過去2回の異世界召喚はあくまでもタクミを鍛えるための修行の一環であって、実は3度目の今回こそが本来彼が果たすべき使命だった。 単なる召喚と思いきや、その裏には宇宙規模の侵略が潜んでおり、タクミは地球の未来を守るために3度目の異世界行きを余儀なくされる。 自己紹介もしないうちに召喚された彼と行動を共にしてくれるクラスメートはいるのだろうか? そして本当に地球の運命なんて大そうなモノが彼の肩に懸かっているという重圧を撥ね退けて使命を果たせるのか? 剣と魔法が何よりも物を言う世界で地球と銀河の運命を賭けた一大叙事詩がここからスタートする。

レベル1の最強転生者 ~勇者パーティーを追放された錬金鍛冶師は、スキルで武器が作り放題なので、盾使いの竜姫と最強の無双神器を作ることにした~

サイダーボウイ
ファンタジー
「魔物もろくに倒せない生産職のゴミ屑が! 無様にこのダンジョンで野垂れ死ねや! ヒャッハハ!」 勇者にそう吐き捨てられたエルハルトはダンジョンの最下層で置き去りにされてしまう。 エルハルトは錬金鍛冶師だ。 この世界での生産職は一切レベルが上がらないため、エルハルトはパーティーのメンバーから長い間不遇な扱いを受けてきた。 だが、彼らは知らなかった。 エルハルトが前世では魔王を最速で倒した最強の転生者であるということを。 女神のたっての願いによりエルハルトはこの世界に転生してやって来たのだ。 その目的は一つ。 現地の勇者が魔王を倒せるように手助けをすること。 もちろん勇者はこのことに気付いていない。 エルハルトはこれまであえて実力を隠し、影で彼らに恩恵を与えていたのである。 そんなことも知らない勇者一行は、エルハルトを追放したことにより、これまで当たり前にできていたことができなくなってしまう。 やがてパーティーは分裂し、勇者は徐々に落ちぶれていくことに。 一方のエルハルトはというと、さくっとダンジョンを脱出した後で盾使いの竜姫と出会う。 「マスター。ようやくお逢いすることができました」  800年間自分を待ち続けていたという竜姫と主従契約を結んだエルハルトは、勇者がちゃんと魔王を倒せるようにと最強の神器作りを目指すことになる。 これは、自分を追放した勇者のために善意で行動を続けていくうちに、先々で出会うヒロインたちから好かれまくり、いつの間にか評価と名声を得てしまう最強転生者の物語である。

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした

コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。 クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。 召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。 理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。 ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。 これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

処理中です...