『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行

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五章

sugar bullet③

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 クリスは複雑な事情をもつ女らしかった。
 このへんの奴らとは顔の感じが違う。幼いころに両親の仕事で外国から移住してきて、両親が戦争かなにかに巻き込まれ亡くなり。
 喫茶店で働きながら、今は養父の元で暮らしているというのだ。
 ……ありがちだな。めずらしくはない。
 サトウはその点、特に何の感情を抱かなかった。
 このあたりはそういった不幸な子供たちで溢れている。

「いらっしゃい。コーヒーね」
「客の注文を勝手に決めるな。俺の注文は俺が決める」
「じゃあ、別のにする?」
「……いや。コーヒーでいい」
「ジャパニーズ=ツンデレね。かわいい」
「はぁ!? 今の俺の、どこがだよ!?」

 笑顔で言葉を交わす顔なじみ程度の存在。
 しかし、サトウ本人は気づいていなかった。
 顔なじみなど、今まで出来たことがない。クリスはコーヒーに溶ける角砂糖のように、やすやすとサトウの心の中に侵入していた。
 クリスの不思議な微笑みのせいかもしれない。カラカラと気持ちよく笑うくせに、どこか影がある。
 サトウは無意識のうちに、クリスという女を気にしていたのだった。


 仕事は順調だった。
 憎しみに支配された戦場で、サトウは敵味方どっちにもつかずに殺しの依頼をこなした。
 それなりの報酬を手に入れ、時間が出来ると決まってクリスの働く喫茶店へと出向くようになった。
 ある日、店前でタバコの煙をくゆらせているクリスを見つけたサトウは尋ねた。

「お前、タバコ吸うんだな」
「意外?」
「まあな。吸わなそうな顔をしている」
「偏見ね。でも、これには理由があるの」
「理由? タバコを吸うのに?」
「ええ。タバコって身体に害があるじゃない。一本吸うごとに少しずつ死に向かってる、いつかは死ぬんだーって考えると、なんだかとても落ち着くのよ」

 クリスの考えは変わっていた。
 タバコをまったく吸わないサトウにとっては意味不明な主張だ。
 クリスは壁によりかかり、空に昇っていく煙を眺めながら言う。

「吸ってみる?」
「遠慮しておくよ。パフォーマンスが落ちる」
「そう……コーヒーのんでく?」
「ああ」

 こうして、クリスとの短い交流の日々は過ぎていった。
 
「……なんだ?」

 サトウがいつも通り喫茶店でコーヒーを飲んでいると、クリスが見知らぬ男に腕を引かれ、店の裏から連れ出されたのが確認できた。
 どうやらあれがクリスの養父らしい。豚のような男だ。
 ……おかしい。
 様子がおかしいということ。普通ならば気づかない様子のおかしさに、サトウならば気づいてしまう。
 おかしいのか? これがこのあたりの普通だろう?
 どうして気にしている。俺が動くことじゃない。
 サトウは自分が焦燥感を感じていることに驚いた。

「ちっ」

 女ひとりに、何を考えている。
 しかし、サトウは飲みかけのコーヒーを放置して席を立ったのだった。


 ∇


「今日の相手はこの方だ」
「…………はい」


 寂れた小屋のような場所だった。
 絹のような青白い肌を晒したクリスは、汚い簡易ベッドの上に腰かけていた。
 壊れかけのガラス細工のような微笑みを浮かべ、視線はじっと、壊れかけた照明器具を見つめている。
 隣には上半身裸の男性。見た目にゆとりがあり、生活に余裕があり裕福なのかもしれない。
 金を数えるのは、クリスの養父とされた男。満足げな表情で札束をポケットに突っ込み、クリスに言った。

「しっかりとな。お前を拾ったのは俺だ。身よりがないお前に家も与えているし、恩があるだろう?」
「…………はい」
「いい子だ。最高の女です。どうぞお楽しみください」

 養父はクリスを虐待していた。そして、身体を売らせて客をとっていたのだ。
 裸の男性がクリスに覆い被さる。壊れかけた照明のせいでモンスターのような影が壁に照らし出される。
 その様子を見届けると、養父は小屋の扉を開けてその場を後にしようとした。


 __パァン……ッ!!



 ドアに鮮血が飛び散る。
 驚いた養父は思わず振り返った。すると、クリスに覆い被さっていたはずの客が床に転がっている。
 こめかみに穴があいていて、だらしない顔で絶命していた。

「な……だ、誰だ!?」
「名乗るほどのモンじゃねえよ」

 サトウは自分でも驚いていた。
 金にならない殺しはしたことがない。
 女のために動いたことは、もっとありえない。

「名乗っても、意味ねえだろ?」
「ひぃっ……!?」

 養父はガチャガチャと扉をあけ、一目散に逃げ出した。
 相手は殺し屋か!? なんで!?
 しかし、養父は短い時間でしっかり観察していた。
 サトウが持っていたのは、暗殺などに用いられるとされるデリンジャー。
 実際は殺傷能力が低く、銃撃戦には向かない。
 こっちはサブマシンガンをいつも持ち歩いているし、何なら防弾チョッキも着用している。
 あれ、なんで逃げたんだ?
 逃げる必要なくね?
 デリンジャーの口径じゃ防弾チョッキ貫通できないし。
 あいついきなり出てきたからビビったけど、こっちが負ける要素なくね?
 養父は立ち止まろうとした。

「んぐっ……かふっ!?」

 息、切れた?
 違う。
 違う違う。
 そんなに走ってないから。まだ息あがるほど歳もとってないし、ラッキーで拾ったクリスに教え込んで毎晩あっちも楽しんでるし。
 どうして息が……。
 あれ?

「んぐっ、んぐっ、んおっ!?」

 呼吸ができない。
 養父は胸の下あたりを押さえて立ち止まる。
 防弾チョッキには小さな穴があった。まるで、デリンジャーで撃たれて、貫通したような……。
 ありえない。あの銃では絶対に貫通は無理な高級ケブラー素材だぞ!?
 あまりの苦しさに、養父はもんどりうって地面に倒れこむ。

「…………!? ……………!?!?」

 ビタビタと陸に打ち上げられた魚のように暴れる養父。サトウの弾丸によって横隔膜だけが撃ち抜かれていた。
 地獄のような苦しみによる悶絶。
 誰にも看取られることのないまま、クリスの養父は苦しみぬいて死んでいった。



  

「……よぉ」

 裸のまま呆然とするクリスに向かって、サトウはいつも通りに声をかける。
 サトウはこういう場合の対処法を知らない。
 うつむいて震えるクリスを前にして、サトウは抱き締めることもできず立ち尽くしていた。

「まあ、自分の身は自分で守るべきだな。これをやるよ」

 デリンジャー。
 クリスは震える細い指で受けとると、ゆっくりと銃口をサトウに向ける。
 これには流石のサトウも驚いた。

「……何のつもりだ?」
「弱いほうが幸せなの」
「何故だ」
「私から何かを奪っていくとき、相手の喜ぶ顔が見れるから」
「そんなの間違いだ」
「じゃあ、あなたが私を撃ってよ!! 灰色の世界で、あなたくらいしかこんな私に興味を持たなかったんだから……っ」
「まだ若い。やり直しはきく」
「あなただって、子供じゃない!!」

 そうだったとサトウは思い返す。
 あまりにも戦場が近くにあったため、年齢など忘れていた。
 もし、生まれた場所である日本にいるなら……サトウもクリスも高校生ぐらいか。
 
「ねえ、撃って?」 

 クリスは自らの額に銃口を向け、サトウの手で握らせる。
 汚い自分を見られたくなかった。サトウには一番見てほしくなかった。
 クリスの世界はいつも灰色だったけれど、同じ灰色に生きる少年に恋するぐらいは許されてもいいだろうと考えていた。
 どうせ叶わない、一時的なコーヒーに溶ける砂糖のような恋。
 __見られた。私の秘密。
 それすらも許されないなら、こんな世界は最低だ。

「ああ。いいぜ」

 サトウは承諾し、クリスは目を瞑った。
 ありがとう。あなたになら……。
 クリスは心の底から幸せを感じた。

 そして。




 __サトウはクリスの唇をむさぼるように求めたのだった。
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