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五章

神徒襲撃

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 一方、オリエンテールの外部では。


 アラガミの人化と同時に。
 準備を進めていた神徒たちはようやく動き出したのであった。

 それは絶望。

 あるものは天を仰ぎ祈り。

 あるものは地面に額をこすりつけ世界を呪う。

 無作為に繰り返される破壊と殺戮は人々の心を荒廃させ、世界の終わりを自覚させる。

 阿鼻叫喚。子供の悲鳴。泣きつかれた妻。

 ……さあ、神徒がやってきた!!


 ◆


 煙がたちのぼり、くすぶっている。
 牧歌的な村は、一夜にして地獄へと変貌した。
 今は静けさに包まれている。
 襲撃者から隠れるためだ。

「どりどりどりるー」

 メカニカル=シール。
 たったひとり村落の中で佇む姿は静寂の中にある破壊の芸術。
 少女のような、少年のような無邪気なはしゃぎ声をあげながら奴は右手をドリルに変貌させる。
 壊れた右腕は、まるで武器のように先端だけ巨大化、轟音をもって回転するのだ。
 それはメカニカル=シールのスキル『回転』の力によるものだろう。
 しかし不可思議な行動だ。
 わざわざ壊れた自らの腕を武器にして破壊活動を行うのになにか意味があるのだろうか?
 白黒ローブに、白黒の髪型のアシンメトリー。
 彼、もしくは彼女の面影は女性のようで、男性のようでもある。
 おびえた声がかすかに足元から聞こえる。

「た、たすけ……て」
「いいよ」
「ほ、ほんとうですか?」
「ボク、何に見える?」

 逃げ遅れた男性がうずくまり震えていた。
 問われた男性は必死に答えを考える。

「あ、あの……とてもお強い方だと。きっと人間よりも高貴な魔族かなにかでは?」
「ざぁんねん。ドリルの刑だよ」

 __キュィィィィィィィィイィィィィィィィィィィン。

「ぎゃああぁぁぁああぁぁあ……っ」
「ふふ。人間ってはかないよね」

 破滅。
 ドリルを突き刺された男性は、恐ろしい力で身体を引き裂かれ残酷に殺されてしまった。

「死んじゃった」

 メカニカル=シールは特別、何の感情も抱いていないようだ。
 次の獲物を見つけようとあたりを見回す。
  
「ねえみんな。ボクって何にみえる? 答えてくれたら生き残れるかもよ?」

 不可避。
 隠れている人間たちの場所はすべて把握している。
 順番に見つけて、ドリルの刑にするつもりだ。
 恐怖と絶望にうちひしがれるといいさ。人間なんてキライだからね。
 メカニカル=シールは一人も逃すつもりは無かった。

「アラガミ様、ボクっていったい……」

 そして。
 メカニカル=シールはセツカに壊された右腕をじっと見つめるのであった。

(いつまで・あそんでいるんですか?)



 ◇

「いつまで・あそんでいるんですか?」

 アンリエッタは呟いた。返答する者はいない。
 メカニカル=シールは農村地帯にいる。奴に向かって魔力通信したのだろう。
 一方のアンリエッタ・アンリエッタは椅子に座っていた。
 貴族めいた縦ロールをこれでもかと豪華に巻いて、つんとした鼻に自信のある目付き。
 長い脚を組み直す。白いドレスから白すぎる柔肌が露出し、すべてを魅了するふとももの内側が見えそうになる。
 アンリエッタは人の目をまったく気にしていない。

「はぁ・まったく子供なんですから。それよりも、わたくしとあろうものが前回はセツカ様にしてやられましてねえ」

 アンリエッタが滞在している場所は、豪奢な城の一室である。
 それはオリエンテール後方の経済大国トゥイード。
 
「あろうことが・わたくしの『魅惑』スキルが、ミリアという女性によって破られる事態に陥りまして。本当に、してやられました」

 誰も答えない。

「許せない・ですよねえ? 絶対にぶっ殺しますよ。ええ。わたくしの靴を舐めさせ、その後に便所の床を舐めさせるんです。おわかりですか?」

 まるでひとりごと。
 アンリエッタの言葉にものを言う人間はその場にいない。
 しかし、荘厳に並べられた衛兵たちや、大臣たちはみな決まってアンリエッタの言葉が終わると同時に首を縦に振る。
 壊れたねじまき人形のように、ガクガクと、ガクガクと繰り返し。
 神妙に、アンリエッタの言葉が神の啓示であるかのように大袈裟に。
 そしてアンリエッタは問う。

「うふ・みなさん。わたくしのことが好き……ですか?」

「「「はい!! アンリエッタ様」」」

「うふふ・よろしい」

 紅潮する。
 一糸乱れぬ返答に、アンリエッタは頬を染め恍惚を顔に浮かべる。
 皆はアンリエッタの思い通り。操られているのだ。
 反抗できる者は誰ひとりとしていない。
 アンリエッタは脚を組みなおし、頬に手をあてて。
 大きく振りかぶった平手で『椅子』の尻を思いっきり打ち付ける。

 バチンっ!!


「下がって・ますよ?」

「申し訳ありませんアンリエッタ様」

「わたくしの・お椅子さん? しっかりしなさいな? うふ、うふふっ。ほらっ!!」

「申し訳ありませんアンリエッタ様」

 トゥイードの威厳ある王は、アンリエッタの腰掛けと化していた。
 反抗もできず、感情すら浮かべず呆けた顔で膝をつきアンリエッタの体重を支え続ける。
 多くの家臣の前で小娘に尻を馬車馬のように叩かれ続けても、王は目に涙すら浮かべやしない。
 『魅惑』のスキルにより、トゥイードの国王は家具に成り下がったのだ。
 ひたすら王の尻を叩いたアンリエッタは、ため息ひとつ。

「はぁ・十分と楽しめました。それでは、衛兵のみなさん。ごきげんよう」

 にっこりと微笑んだアンリエッタは、軽く手を振るった。
 すると。
 それが合図だったかのように、衛兵や大臣たちは皆、お互いに剣を抜く。
 無言で衛兵たちは剣を刺し合う。
 悲鳴もあげず、バタバタと兵士たちは倒れた。
 赤い血が飛び散り、アンリエッタの純白のドレスを染める。
 全員即死。部屋の床が血で満たされる。
 頬に飛んできた血しぶきをいやらしく舌でぺろりと舐めとり、アンリエッタは立ち上がる。
 真っ赤な唇に人差し指を当てながら一言。

「あら・お椅子さんが残りましたわね。どうしましょうか?」


 ◆

 __オオオォォォォォォォオォォオオオン……。


 叫び。
 小都市のはるか上空に、『鉄の処女』の姿があった。
 鉄線の棘で包まれた黒鉄の棺桶は、いとも簡単に空中に浮いている。
 それはこの世界にはありえない中世の拷問器具で、セツカの世界と異世界のつながりを示唆している。
 しかし『鉄の処女』は、三人の『神徒』に数えられる強力な存在。
 とりわけ神徒の中でも表だって活動したことのないそれは、他のものにアラガミの意思を伝える役割をもつ。
 実力は明かしていないが、相当の力をもっているに違いない。
 その証拠に他のものたちからは一目置かれていた。

 __ゴゥンゴゥンゴゥンゴゥンゴゥンゴゥン。

 直下に見える小都市では、住民が平穏に生活している。
 神徒の襲撃から逃れた場所ではこうした生活を送れている場所もある。
 鉄の処女は無言でゆっくり移動する。

「…………」

 男たちが畑仕事や商売に精を出し、女たちは洗濯や料理にいそしむ。
 子供たちは駆け回り、兵士たちは巡回し町を守る。
 なけなしの平和だが、活気のあるいい町だ。
 鉄の処女は、空中で町の中心まで移動してきた。気づいている住人はいない。



「……祈ります」



 棺の中から透き通るような女性の声が聞こえた。
 まるで町の平和を願っているような、裏のないもの。



 __カッ!!!


 光が溢れ。
 小都市は、消えた。
 地上から蒸発した。
 平和な住民たちはみんな死んだ。



 __オオオォォォォォォォオォォオオオン……。



 叫びのように鉄の棺を響かせながら、『鉄の処女』は移動する。
 後には巨大隕石が落下したようなクレーターが残されているのであった。

 ◇


 カチッ。

 シュボッ。


 __すうっ…………はぁ。


 サトウはタバコに火を着け、深く息を吐く。
 短髪の日本人。ガッシリとはしているが無駄な筋肉はついていなそうだ。
 ミリタリーズボンとベスト。カーキのインナーというさほど目立たない格好だが、異世界では逆に異彩をはなっている。
 胸元には数十本はあるだろう鍵束が下がっている。
 地面に腹這いになり、
 サトウは怠そうにスコープを覗くと、続けざまに引き金を引いた。

「…………」

 ……パァン!

 ……ッタァン!

 ……タァン!


 338ラプアマグナム。
 8、6×70mmあるいは8、58×70mmのライフル弾であり、狙撃手が使用する長距離用の実包で、1750mほどの最大有効射程がある。
 狙撃ライフルによる長距離狙撃。
 サトウは3000m離れた山岳の尾根より、谷間にある関所を狙い撃ちにしていた。

「どこからの攻撃だっ!?」
「なぜ探知魔法にかからない?」
「防御魔法を張れ!!」
「ダメだ……どうして!? サーペント級の防御魔法がかけられているんだぞ!」

 3000m離れた上方より降り注ぐ弾丸。
 本来ならば威力の減衰で人間に対するダメージは減り、さらに魔法で勢いを失った銃弾はまったく効果をなさないはず。
 しかしサトウの弾丸は次々と兵士たちを貫き、決まって一発で致命傷を与えているのであった。
 あわてた兵士たちは敵を探すことを諦め、弾丸から身を隠すために右往左往する。
 あるものは盾で頭を覆い、あるものは地面に伏せ。あるものは死体にまぎれた。
 無意味。すべて見通すかのように順番に射撃はやってくる。

「ひいぃ」
「どこに隠れても当ててくるぞ!?」
「助けてくれっ」
「ぎゃあっ」

 サトウはタバコの煙をゆっくり吸い込み。

 __すうっ…………。

 めんどくさそうに吐く。

「はぁ……」

 引き金を引く。

 ……パァン!!



「ひぃぃぃいいいい……っ。はぁはぁ」

 たったひとりだけ生き残った若い兵士がいた。
 彼は関所の武器庫の中へと隠れていたのだ。
 仲間の声がどんどん少なくなるなか、口から溢れそうになる悲鳴をおし殺し自分の兜を抱いて丸く座り込んでいる。
 こんなことは聞いていない。こんなことのために兵士になったのではない。
 一方的に殺されるなんて……あんなに強い隊長は一番最初にやられてしまったではないか。
 故郷のあの娘にまだ想いを伝えていないのに。
 色々な感情が彼のなかを駆け巡る。
 数秒が永遠にも感じる。
 やがて誰の声もしなくなり、しかし兵士は立ち上がらなかった。
 このまま一ヶ月でもこうしていたい……生きて帰れるならばそれくらい簡単にできる気がした。

「うぐっ!?」

 ふと、兵士は胸が熱くなった。
 おかしいな。じわりと水っぽさが鎧の中に広がる。汗をかいたのか?
 視界がぶれる。
 いきなり体の自由がきかなくなり、兵士はバタリと床に倒れた。

「ゴフっ。あ……え、ぁえ!?」

 咳き込むと、血が口から溢れる。
 兵士の心臓は、弾丸によって貫かれていた。
 どんどん視界が暗くなる。体が震えて、寒さと勘違いしている。
 寒いんじゃない。これは死だ。
 兵士は最後の瞬間までどうしても腑に落ちなかった。
 武器庫は密閉されていて、窓もない。
 そんな場所にどうやって攻撃を仕掛けてきたのだろう?
 厚い壁と鉄の扉の中にいる自分に、いったいどうやって?
 答えは死の暗闇の中。


 カチッ。

 シュボッ。


 __すうっ…………はぁ。


 何十本目になるだろうか。
 サトウはタバコに火をつけ深く吸った。
 仕事を終えたらしい彼は顔をしかめると、ライフルをてきぱきと分解し片付ける。

「……ちっ。これじゃねえな」

 鍵束をしばらく弄っていたサトウは、ふらふらと山岳地帯を歩き続ける。
 数百人の兵士の命を奪い、あっさりとした顔つきでタバコをふかしていた。
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