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五章

五章プロローグ

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 __オリエンテール城・地下。

 レーネとミリアの戦いなど目もくれず、城の内部にて独自の動きをみせる者がいた。
 暗闇でうごめく暗殺者はつぶやいた。

「決闘など……愚かの極み。我が一番に決まっているからな。期待しているぞセツカ……って、我は何を言ってるんだ!? はぁまったく。奴らといるとバカがうつる」

 魔王レイブン。
 彼女は(本人はいまだに彼と言い張っている)城の地下施設へ向かう階段を降りていた。
 暗殺者の王として君臨していたらしいが、それは本当なのだろうか?
 ちなみに漆黒のマントと白い仮面の中身は、実に可愛らしい少女である(本人はいまだに男だと言い張っている)。

「……ここがいわゆる、召喚部屋か。さもありなん」

 重い石扉を軽々と片手で開く。
 すると眼前には祭壇のような光景が広がり、湿気っぽい嫌な空気が流れ込んでくるのを感じるのであった。
 ここがセツカがアリエルによって召喚された場所か……。
 レイブンは仮面の中で目をわずかに細める。

 __アラガミの復活。

 かの者が復活をとげたとき、ニイミという教師の存在を触媒にした。
 そのニイミはアリエルによって行われた『勇者召喚の儀』によって異世界より召喚された。
 ……ニイミの力は、召喚勇者にしては強すぎた。
 大人数のスキルを掛け合わせることで、高い戦闘力をもつ『古いタイプ』の勇者を駆逐したのが召喚勇者だ。
 相手のステータスにまで干渉して、自由自在に値を決めてしまうなど、とんでもない話だ。
 そこまで強いものが召喚できるなら、人間と魔王とのいざこざなど起きはしていない。

 ……いや。

 とんでもないという話なら、それはセツカにも言える。
 セツカの持つ『殺す』スキルは、明らかに異常すぎる。
 この世界の魔王や神、龍種すらしのぐあのスキルの適応能力。
 
「ちがうな。スキルも恐ろしいが、一番はあの少年だ。レイゼイ=セツカ。どれだけの負荷をあのスキルから受けているというのだ? 無限に近い情報量に対する正確なまでのコントロール……普通ならば気が狂ってもおかしくない。奴はまぎれもなく天才だ。セツカにしか『殺す』スキルはコントロールできないだろう。考えてみるとすごいな……」

 改めて、レイブンは感嘆する。
 あの少年と戦ったときの驚愕、それと興奮。
 あたりまえのように自身の限界を取り払ってくれた、神域での修行の日々。
 短かったが、彼と出会ってからの日々はレイブンの人生において一番充実した感動を与えてもらえたのかもしれない。

「…………もちもちウサギの次くらいには好きだぞ。セツカのやつはどうか知らんが!!」

 暗殺魔王は自分のつぶやきでひとり照れ悶えたのであった。
 閑話休題。
 あの少年の妄想にふけるためにわざわざ地下へとやってきたわけではない。
 レイブンは気を取り直し、召喚部屋の内部を調べ始める。

「…………ふん」

 おそらくグリフィンと、スリザリあたりは内密にこの部屋を調べたはずだ。
 ハウフルはたぶん何も気づいていないだろうが。
 アリエルの力では、ニイミはおろかセツカを召喚することなど『不可能』なのだ。
 『聖女』の力の範囲を越えて、セツカはこの世界にやってきた可能性がある。
 グリフィンやスリザリで何も見つからないのならば何も痕跡は残っていないだろうが。
 レイブンは自分の目で確かめておかなければ安心できない性質なので、こうしてやってきたのである。

「…………特に異常はなさそうだ」

 異常がないのが異常なのだがな。
 レイブンは首をかしげる。
 きっと他の魔王たちもそうしたに違いない。
 魔王のクラスともなると、魔力の奔流などの微細な変化にも察知できるため場の乱れに敏感になる。
 この場所は不自然なまでに整いすぎている。

「……ダメだ。なにもない」

 レイブンはしばらくの間、部屋の中を探りつつ力の乱れを見つけようとしたが、すこしの異常も見つけられなかった。
 生き物一匹すら気配がない。
 ただただ、ジメジメした嫌な空気漂う地下の大部屋といった感じで、暗黒を愛するレイブンですらはやく地上の光を浴びたくなってくる陰気さが漂っている。

「…………無駄足だな、対策を立て直すか。決闘とやらを見ていたほうが有意義だった」

 そうして、レイブンが地上へと帰ろうと扉に手をかけたところ。

 __カプッ。


「……っ!?」

 鋭い痛みが首筋へと走る。
 レイブンは慌てて首筋を押さえた。
 手のひらをみると、そこには『蜘蛛』のような虫が一匹。
 シワシワにしぼんだ死骸のように見えるのだが。

「な……に!? 生物の気配などなかったはず、だ」

『オカエリ』

 真っ赤に裂けた口をもつ蜘蛛の死骸は、はっきりと人の言葉でそう言った。
 レイブンの意識は彩度を失ったように白んでいく。

(……あ。我、つたえない、と)


 レイブンの最後の記憶は、あの少年の背中の暖かさ。
 まるですべてを包み込んで許してくれるような、大きさをもった。
 幸せな体験を__……。

「ヒサシブリにヒトガタにナルとタイヘンだ。ナレルまでジカンがイルナ」

 レイブンはカタコトで呟いた。
 まるで赤子が初めて言葉を話すように、無理矢理発語したような不気味さ。

「……オマエなんかにニアウはずナイダロウ。シニガミのヌケガラフゼイが」

 自分自身を罵るレイブン。
 死神の抜け殻とは、いったいどうしてしまったのだろう?

「ドウシテコロシテクレナカッタのオニイちゃん」

 深い悲しみを湛えたような声で。
 レイブンは、確かにそう口にした。
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