『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行

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二章

妹の記憶を思い出そう

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 妹。

 俺には妹がいた。
 冷泉刹奈(レイゼイ=セツナ)。
 最愛の妹。
 誰よりも大事に思っていた存在。
 片時も離れまいと誓った可愛らしい小さな家族。

 あの夏。
 忘れもしない中学二年の夏。
 


 妹は死んだ。



 交通事故だった。
 いや、そうじゃない。
 俺が目の前にいたんだ。

 三歳年下の彼女は、放課後健気に俺の中学にまで迎えにきてくれるいい子だった。
 当時部活もなにもしていないクセに斜にかまえていた俺は、そんな俺を迎えにきてくれる妹が学校に来るのが嫌だった。
 本当は目に入れても痛くないほど可愛がっていたくせに、学校に来たら友達に見られるのが恥ずかしくて怒っていた。
 彼女は俺に会うためだけに毎日迎えにきてくれたのに。

 俺はその日、ちょっとした意地悪を考え付いた。
 いつもは校門のところで待ち合わせするのに、俺は教室でゆっくり過ごしていたんだ。
 セツナの困った顔が脳裏に浮かんだ。
 俺の姿を探して学校に入ってくるだろうか?
 引っ込み思案だから泣きそうな顔で探しているだろうな。

 30分たっても現れなかった。

 やがて周囲が騒がしくなり始める。
 俺はやれやれと席をたった。部活の連中がなにか始めたのだろうか?
 そろそろ探してやらないとセツナがかわいそうだな。
 いや。
 なにかがおかしい。
 皆が「事故だ」とか「女の子が」とか言っていた。
 俺は脊髄を引っ張り出されるかのように駆け出した。

 車のよそ見だった。
 小さなセツナの身体は、たいしたスピードではない速度で突っ込んできた軽自動車にさえ跳ねあげられ地面にうちつけられた。
 うちどころが悪かったのか、真っ白で綺麗な肌のまま目を閉じていた。
 ありえなかった。こんなに綺麗なのに。
 必死になって蘇生を試みても無駄だった。
 俺が到着したのは、セツナの身体から魂が離れてしまった後だった。
 うごかない。
 セツナがうごかない。
 おそすぎた。
 兄のくせに。
 妹の危機にぼうっと教室で座っていた。
 どうしよう。
 俺は途方に暮れ、セツナが車のワイパーで切ったであろう腕の切り傷を治療した。
 大丈夫、大量に血は出たけど処置をしたから跡は残らないよセツナ。
 そうやって声をかけて安心させようとした。
 傷が残ったら大変だから。

 やがてわけもわからず救急車に乗せられ、一緒に病院に到着した。
 それからはずっと一緒にいた。
 ずっと起きる瞬間を待っていた。
 
 ごめんよ、俺が意地悪して教室にいたから。
 校門にいれば変なタイミングにならずに、車なんかにぶつからずにすんだのにね。
 今度からは絶対に俺が迎えにいくから。
 絶対に意地悪しないから。
 だからもう意地悪しないで、目を覚ましてよ。
 ドッキリだったと言ってくれるだけで俺はどんなことだってできるんだから。
 そうして病院に到着した。
 医者なら、妹を治せるかもしれない。
 そうですよね?
 臨終を告げられ、俺は暴れた。

 ……次に見たとき、妹は骨になっていた。
 小さな骨のかけら。
 髪が真っ白になり痩せこけ、余りにも憔悴していく俺の姿を見た両親が医者に頼んで鎮静剤を打ったらしい。
 俺は眠りこけ、その間に妹の葬儀は終わってしまった。
 あっけなく妹の存在はこの世から消えた。

「おにいちゃん」
「もう、ちゃんとまっててよね」
「だいすきだよおにいちゃん」
「きょうはかさもっていくね」
「おべんとう忘れちゃだめだよ」 


 セツナを殺したのは俺なのに。


「たすけておにいちゃん」


 俺は小さな妹の骨を見てただ泣くことしか出来なかった。







 神様がいるならどうして妹を『殺し』た?
 殺すべき相手なら他にもいるだろう。どうして無垢で純粋な俺の妹を殺した?
 俺は運命を呪った。運命なんてものがあるなら、絶対に殺してやる……。



 違う。







 妹を救えなかった俺を『殺す』ほうが早いのかもな。 









 ・
 ・・
 ・・・
 ・・・・
 ・・・
 ・・
 ・





 ニイミの発した言葉が突き刺さった。
 俺は膝から崩れ落ちる。
 ニイミの言うとおりだ。
 俺の妹は、俺の不注意で殺した。
 あのときから俺の時間は止まっている。
 セツナの綺麗な死に顔が頭に焼き付いたせいで、彼女の生きていたころの笑顔を思い出せないんだ。
 とっても素敵な顔で笑う妹だったのに。
 髪の色は元に戻って、学校にもなんとか復帰した。
 だけどセツナを失う前の自分を殺してしまったから、俺はどんな人間だったのか自分を忘れてしまったんだ。
 ニイミは良い顔で笑った。
 
「おいおい。効果覿面だなセツカ? 妹の話を出したとたんに足ガクガクかよ? 話には聞いていたが、お前ってやつは芯が強いように見えて実は弱い。ひとつジェンガ抜いただけでポッキリいくタイプだな!!」

「俺は……」

「セツナちゃんかわいそう。セツカに見殺しにされてかわいそう~」

「うぅ……」

「おら! スカした顔をボコボコにしてやんよ!」

「うぐっ、ぐっ」

 拳打、殴打。
 ニイミの拳をなにも言わずに受ける。
 大した衝撃を伴わないものでも、ニイミのスキル『通信簿変更(パラメータ・チェンジ)』によって弱体されているので恐るべき威力になって襲いくる。
 されるがまま連続で殴られ、口の中に血の味がにじむ。
 不思議と恐怖はない。
 セツナはもっと怖かっただろう。
 ニイミは脂ぎった顔に怒りを浮かべた。どうにも腑におちないらしい。

「……てめえ。なんだその諦めたような目はよ? 死ぬのが怖くないのか? 俺が言うのもなんだが、もうちょっと生に執着すべきだと思うぜ?」

「……そう、かもな」

「ちぃっ。そういうとこだぞ? イシイのアホに絡まれるのはそういうとこだ。スカすなって言ってんだよセツカ。怖いですやめてくださいって言え! そうしてへりくだればうまく生きていけたんだよ!!」

「そうすれば、セツナは戻ってくるか?」

「はぁ。お前やっぱ気に入らねえわ。死ね……妹殺しの最低兄貴が」

 ニイミに胸ぐらを掴まれ持ち上げられる。
 パラメータをいじり、思いきり殴るつもりだろう。
 俺はじっとニイミの顔を見つめていた。
 必死な顔。
 俺のことが気に入らない顔。
 どうしてそんなに必死になれるんだろうな?
 殺意のこもる拳が迫る。

「ダメ…………っ!!」

「おっと」

 ハヤサカが横やりを入れる。
 彼女は『転移』の能力を使ってここまで駆けつけたのだろうか?
 しかしニイミはわずかに身体をそらし、ハヤサカの能力による攻撃をかわした様子だ。
 ニイミのいた空間がいびつに歪む。ハヤサカの能力が当たればどこかに吹き飛ばされるのだが。
 ハヤサカを見たニイミは喜びを露にした。

「よぅハヤサカ久しぶりだな? 学校じゃ俺のこと避けやがって。セツカが邪魔だったからあんときも手出せなかったが、どうせお前なんか適当な男にヤラれちまうんだ。俺といいことしようぜ? なあ!?」

「……っ!? セツカくんは中学校から一緒だった。ずっと見ていた! 自分があんなに苦しんでいるのに、あなたやイシイに絡まれている私を助けてくれた! わ、私は自分に自信がなくてどこかに消えてしまいたかったのに。もう今はそんなこと考えない!!」

「助けられたって、セツカはその場に無言で突っ立ってただけだろ? ったく」

「それが彼の思いやりなんです!! 自分が悪者にされるのに、私のことを救ってくれたんだっ」

 そんなことない。
 ハヤサカ、俺はただどうでもよかっただけなんだ。
 五月蝿いクラスメイトやクズの教師なんてどうでもよかった。
 ただ、だれかがもしかしたら俺の罪を断罪することを望んだのかもしれない。
 ニイミのように妹を殺して最低だなと罵ってくれることを望んでいたのかもしれない。
 ハヤサカ、お前のことも、別に助けたとも思っていなかった。
 余計な人間に絡まれて愚かだとさえ考えていた。
 ただ静かにしてほしいからそうした、俺はその程度の人間で。
 ハヤサカはニイミの前に立ちはだかる。

「セツカくんは妹さんを本当に大好きだったんだ。ニイミ、あなたなんかに否定されるいわれはない!! あなたは自分の人生を捨てた最低な大人です。早くミリアさんを解放してどこかへ行ってください!!」

「い、言うじゃねーかハヤサカ。お前本当にハヤサカか? あの内気な? ……いい女になりやがった。だが、俺に意見するのは失敗だな。『通信簿変更(パラメータ・チェンジ)』!! ハヤサカ、これでお前は吹けば飛ぶようなステータスだ」

「きゃぁああっ!?」

「これでハヤサカも俺のモノってわけだ。儚いねえ正義感ってものは」

 ハヤサカが地面に倒れ伏す。
 自分で立つ筋力すら奪われた状態。
 スキルの発動すら許されないほどの弱体化をされたハヤサカは、それでも倒れながらまっすぐと俺の方を見つめていた。
 違うんだよハヤサカ。もう俺にはなにもない。
 スキルは封じられている。俺になにができると?

「ご主人さま……」

 血を吐いていたレーネは俺が倒れている方へと這ってきていた。
 彼女が差し出したのは、回復用の薬が入ったポーション。
 どう考えてもレーネの方が重症だし、早く使ってしまえば痛みを和らげることだってできただろうに。

「ご主人さま、たすけてください……」

 そう言って、レーネは震える手で薬を差し出した。
 自分は大丈夫だと言わんばかりに、微笑みを浮かべながら。

(おにいちゃんたすけて)

「え?」

「ご主人さま、どうかミリアさんをたすけて」

 レーネは自分は一番痛めつけられたにも関わらず、ミリアを助けるために薬を使ってほしいと頼んできた。
 なんという精神力なんだろう。
 自分が一番辛いのに。
 自分が一番苦しいのに。
 レーネの幼い姿は、まるであの頃のセツナのようで。
 だから彼女たちをどうしても放っておけなかったんだっけ。
 そして、殴られてガンガンする頭にセツナの声が空耳のように響いた気がした。
 ふと、頭をあげる。
 ニイミに捕まったままのミリアの口許が動く。

 たすけて、セツカ。












 俺はいつのまにか立ち上がっていた。


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