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二章

vs不死の魔王を×そう03

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 強い感情を露にするスリザリ。
 スリザリの右腕には、まるで落とした陶器の置物にでも入るようなヒビが入っている。
 『殺す』スキルの攻撃を受けダメージを受けたのだろう。
 しかし死には至らなかったらしく、そのヒビは巻き戻し再生映像のように元に戻されていくようだ。
 やっかいなことに倒すには至らないみたいだな。
 流石は不死者……スリザリは特殊能力で死に至るはずだった攻撃を耐え、生還してみせた。
 『殺す』スキルにその能力の解析を急がせる。
 スリザリは回復した腕をさすりながらゆっくりつぶやいた。

「……ダメージを受けるなど数千年ぶりだよ。まったく貴様には驚かされてばかりだ」

「遺跡ダンジョンのドラゴンも同じことを言っていたぞ?」

「ウルティウスか。アレはダンジョンモンスターとしては格上だが、ドラゴンとしては格下だからな。私があのダンジョンの守護者として配置しておいたのだ」

「弱すぎて話にならなかったが?」

「ちっ……貴様の攻撃を受けてみればわかるさ。認めよう。確かに貴様は他の転移者と『格』が違うようだ。もしかしたら私たちのような『魔王』のランクを授かるにふさわしい存在かもしれん。どうだ? 私のもとで新たな魔王として活動してみないか? 最初からグリフィンの上ぐらいには扱ってやろう」

「興味ないな。魔王などやりたければ俺の目が届かないところで勝手に、静かにやれ。はっきり言って迷惑だ」

 俺はスリザリの誘いをきっぱりと断っておく。
 だいたい勝手に攻めてきておいて仲間になれなど虫がよすぎるし意味がわからない。
 俺の回答を聞いたスリザリはわなわなと震え、悔しそうに歯をくいしばった。
 無表情だったのは最初だけのようだな。

「この私の誘いを断っただと……? 魔王のなかでも、最たる能力をもつとされるスリザリの、この私の! 後悔するぞ?」

「知らないな。お前とグリフィンの違いがわからん。魔王は四人とも同じくらいの実力じゃないのか?」

 俺がそう答えると、スリザリから殺気が飛んでくる。
 空間が震え、文字通り空気が凍りつく。
 調度品の数々はスリザリの放った殺気のみで弾け飛び、ロウソクに灯っていた炎はすべて消える。
 グリフィンと同列扱いは相当頭にくるらしい。スリザリは声を荒らげた。

「貴様……っ。私を侮辱したな? ……まあいい。私がここにやってきた時点で、私の勝利は確定しているのだよ。貴様の、レイゼイ=セツカの泣き顔でも眺めてやろうと城にまでやってきたのだが、予想よりも貴様の能力は高かった。それだけは認めてやろう」

「実力がわかったならさっさと帰れ」

「くっ……いちいち勘に障る。まあいい。20万のアンデッド主戦力。この数字に違和感は感じなかったのかね?」

 顎を押さえニヤニヤとほくそ笑むスリザリ。
 やはり戦力を隠していたか。そのぐらい小学生でも予想はついただろうが。
 だが、せっかくいい気分になっているであろう奴にすべて語らせてやろうじゃないか。
 俺は促すようにして言葉を発した。

「特には」

「ははははっ!! 愚か。『不死者の心臓』には100万体の低級アンデッドを封じ込めた。その私が、実際に動かせる軍団がたった20万のみだと思ったかね? アリエルに預けたのは戦力の片翼。遺跡ダンジョンの奥深くに必要なときに使うよう封印しておいたあやつ専用の宝玉……それを奪った貴様には、それ相応の報いを受けてもらおう」

「つまりどういうことだ?」

「あと80万のアンデッド。それをこの王都に即時召喚・展開する!!」

 突然叫んだスリザリは右手を上に向かって掲げた。
 するとスリザリを中心に、空中に不気味に光る魔方陣が構築されていく。
 
「はっははっ!! 流石にこの展開は予測できまい!! 私が直接乗り込んでくることまで予測できていたのは驚嘆の一言! だが、『不死者の心臓』の製作者である私にはこのようなこともできる。貴様がいくら強くとも、オリエンテールの国民は貧弱な人間そのもの。アリエルから奪った、あやつが操るはずだった不死者の軍に国民を蹂躙される気分はどうだ? すべてを奪われる気分はどうなのだレイゼイ=セツカ?」

「はぁ」

 俺は大きなため息を隠しきれなかった。
 つまりはアリエルを奪われたことの意趣返しとして20万のアンデッド軍で攻めてくると見せかけ、その実隠していた80万はこうして王都に展開させ蹂躙するのがスリザリの切り札だったわけだ。
 やれやれ。くだらない。
 まったく動揺しない俺の姿にスリザリは怒りを覚えたようだ。

「どうしてそんなに落ち着いていられる!? 貴様は国を守るために戦っている。このままでは国民が殺されるのだぞ? そのような涼しい顔でいられるはずがない!!」

「お前は俺にどうしてほしいんだ? 子供のように泣き叫んでほしいのか? えーん」

「きっ……きぃさまぁあああ!!」

「はっきり言う」

 俺はスリザリを指差して宣言する。
 指を指されたスリザリは一瞬だけピクリと肩を揺らし怯んだ。先程のスキルが飛んでくるかと身構えたらしいが。
 不死のわりに痛みには敏感らしい。俺は宣言する。

「お前は俺に勝てない」

「……もう、何も言うまい。『不死者召喚』スケルトンウォーリアを王都内へ!!」

 魔方陣の光が輝き、次々とアンデッドが産み出される。
 『殺す』スキルによる観測によると、街のいたるところにアンデッドが出現しているのがわかる。
 街の路地を埋め尽くす勢いで骸骨が生産されていく。
 80万体を即時に呼び出す能力か。
 なるほど、これは驚異的な能力だな。スリザリを中心点として、アンデンドの軍団を即時展開できるというのはよく考えれば危険極まりない。
 この男が敵の本拠地に突撃して、この召喚術を使えばだいたいの戦争は勝利できる。
 そしてスリザリ本人は不死の存在だから殺されない。本格的なチート存在だ。
 勝ち誇った顔で俺を睨むスリザリ。
 しかし俺はたった一言だけ、その場で微動だにせずに口にした。

「ハヤサカ。プランAだ」

(せ、セツカくん……わかった!)

 魔力通信の仕組みを殺し再現、ハヤサカに短い指示を送る。
 すると俺の指示を受けたハヤサカは『転移』のスキルを自らに使用し、ある『ポイント』へと跳躍する。
 その場所は、オリエンテール城上空1000m。
 彼女の能力は視認さえできれば空中にも転移できるからとても重宝する。

(ポイントに……きました!)

「そこでいい。余った瓶を空中にすべてぶちまけろ」

(全部ですかっ!? わ、わかった。えいっ)

 ハヤサカは空中で俺が効果を高めた『聖水』の瓶をばらまいた。
 すると、俺は『殺す』スキルに命じる。

「天候を『殺せ』。この世界はさっぱりした気候だ。たまには雨を望むのも悪くないだろ?」

 ■――承知しました。地中の湿度を『殺し』水蒸気に……爆発的に上昇した空気中湿度により積乱雲を形成……聖水の瓶を『殺し』破壊・積乱雲の雨雲に液体を均一化……完了。雨として地上へ降らせる準備ができました

「な、なにを……!? できるはずがない。天候を変えるなど、いったい何のために? いや、それよりどうやって? 馬鹿な!? あ、雨が降るというのか!?」

 雲により太陽は隠された。
 スリザリはハウフルがあけた天井の大穴から差す光がどんどん陰ってくることに驚きを隠せない。
 やがて夕闇のような暗さにのまれるオリエンテール首都。
 雨雲がオリエンテール首都一帯をすっぽり覆い、ぽつり、ぽつりと天からの恵みが落ちてくる。
 すると、一瞬で湧きだしたアンデッドたちはその身体にまともに雨を受けることになった。


 ――ギィィィィィィィィィィイイイイイイイイイ…………。


 骨と骨を擦りあわせるような嫌な音をたて、一斉にアンデッドたちは卒倒した。
 天から落ちてきた雨粒すべてが強力な聖水だったのだ。
 逃げる間もなくナメクジが溶かされるように、不死の化け物は消滅を始める。
 配下の消滅を魔法かなにかで感じとったのだろう。スリザリは驚愕で口をあけたまま固まっている。
 あわてたようにバタバタと両手を動かして俺に聞いてくるが、やれやれ質問ばっかりだ。

「か……神の所業か……!? 天から聖水を降らせたのか? それも、私のアンデッドを消滅させるほどの強力な!? ありえない……私のアンデッドは、並の聖水では消滅しない!! 高位の聖水をこれほど、雨粒すべてにまぎれさせるほど集められるはずがない!! おかしい……貴様、なにをしたんだレイゼイ=セツカぁぁああ!!」

「神なんてものはいない。魔王を名乗るならそれくらい知っているだろう?」

「くうっ……馬鹿なっ!! まさかこのような手で私の切り札を打ち破ってくるとは。ここまでとは、ここまでの能力だとは……っ。アリエルよ。お前を一人にした私を許してくれ。この男は、強い。『神』のクラスかもしれない……貴様、いつから、どうやってこの能力を手にいれたというだ!? 教えてくれっ」

「だから簡単に『神』なんて言うな。不愉快だ」

 あえて質問には答えず、俺は神を否定してみせる。
 いるかどうかわからないような存在と同列にされるのは癪だし、今回はサムズやハヤサカ。聖水を集めてくれた国中の教会関係者、今、前線で戦っているレーネやミリアたちが国を守ってくれるから俺はスリザリに注力できる。
 神にすがりたいのは、お前に仲間がいないからだ。
 自分の復讐のためだけに攻めこんできた魔王に負ける要素は皆無だな。

「それで、これで手札はすべてなのか魔王スリザリ?」

 ずいぶんと小さくなったように見えるスリザリに対し、俺はゆっくり尋ねたのだった。
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