『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。

晴行

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二章

見渡す限りのスケルトン軍・ミリアの実力とレーネの本音

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 国境付近、荒野。

 レーネとミリアが戦場に到着したとき、眼前に広がる光景に言葉を失った。
 地面が白い。
 山が白い。
 川も、湖も、森も。
 オリエンテールに向け迫ってくる白亜の光景。
 すべてが人骨の白に埋め尽くされたかのような錯覚に陥るほど、スケルトンの大軍は白く、不気味に蠢いていた。
 彼らに意思はなく、与えられた指令を忠実にこなす殺戮用の兵士なのだろう。
 穴のあいた眼窟には暗闇だけが存在し、どこを見ているかなど定かではない。
 生きているものを殺し、道の邪魔を排除し、オリエンテール王城へとひたすら突き進むのみだ。
 あんなものたちが王都へと侵入したら……民衆は皆殺しにされてしまうだろう。
 なんて多い。なんて恐ろしい。でも。

 そんなことはさせない。
 レーネも、ミリアも胸に覚悟を決めていた。
 たとえレーネは奴隷という身分のままでも、ミリアは王女という立場が判明していなかったとしても。
 彼女たちは同じように最善の行動をとろうとしたことだろう。
 レーネとミリアは並んで立ち、敵の大軍を見渡した。

「……すごい数。ご主人さまのためにがんばります」
「……こんなに……セツカのためにがんばる」

 ぼそりと呟く決意のタイミングが重なったことは偶然だろう。
 レーネは気まずそうに微笑み、ミリアは頭の後ろに手を回し口笛をふいた。
 まるでお互いに意識しているみたいだ。
 そんな二人の様子を見ていたペニーワイズはけらけらと笑い茶化す。

「あらま。ふたりとも大胆ねー。たしかにこれは大仕事ですー。もしかしたら、一番活躍した人にはセツカ様からごほうびなんてものがあるんじゃないですかねー?」

「な、なんでそれ知ってるのお母さん!?」

「あらあらまぁまぁ。ミリアってばホントにそんな話があったのですかー? ちょっと、いやらしいことお願いするんじゃないでしょうねー?」

「ち、ちがっ……セツカがね、無傷で一番活躍したら、なんでもひとつ言うことを聞いてくれるって約束してくれたんだ。めずらしくてビックリしちゃったよ」

「あらー!!」

 口元を抑えて喜ぶペニーワイズは絶対にいやらしいことを考えている。
 顔を真っ赤にしたミリアは両手をぶんぶんと回して怒ってしまった。

 お願いをひとつだけ。
 隣で話を聞いていたレーネはショックを受けて尻尾が固まってしまっている。
 そんな話があったなんてしらない。
 ご主人さまはレーネにないしょで、ミリアさんとやくそくしたの?
 はしゃいでいるミリアを尻目に、レーネはちいさな石ころを足で蹴り飛ばす。

(……わたし、ご主人さまとキスできなかったのに……スレイさんはちゃっかりプレゼントもらってたし、フローラさまもご主人さまに嬉しい言葉をもらってすごく機嫌がよかった。ミリアさんも、ご主人さまにごほうびおねだりしたんだ……へぇ)

 するとレーネの背後から声がかけられた。

「レーネちゃんっ」
「大丈夫? 緊張してない? ってか、わたしたちより強いからそりゃ大丈夫か」
「でもやっぱ緊張するよね。あたしらもがんばるから、頼りにしてよね!」

 クラスメイトのサエキ・オオバヤシ・ミワたちだ。
 彼女たちはやる気に満ち溢れている。
 レーネはぶんぶんと頭を振って、邪念をよそへと追いやった。変なことを考えてちゃいけない。
 わたしがしっかり活躍して、ご主人さまの役にたたないと……。
 気持ちを奮い立たせ、レーネは答えたのだった。

「はい! よろしくおねがいします!」

 すると、キシとアマネも心配そうに様子を見にきたようだ。

「レーネちゃん? もしかして具合わるいの?」
「ちょっと休んどく? 少しの間なら俺らに任せてくれても大丈夫だよ?」

「いえ。ありがとうございます。なんでもないんです」

 レーネは微笑み、気持ちを切り替えた。
 絶望的な数的不利を抱えたまま。
 スケルトン10万の兵士との戦闘が始まった。 

 この戦場でなによりも大事なのは、『孤立しないこと』につきる。
 ギルドの戦力を含めて数百名規模のレーネ・ミリア軍に対し相手の戦力は数百倍にもおよび、普通に考えれば包囲殲滅されるのがオチだ。
 だが、スケルトンたちにとって残念極まりないことにレーネとミリアがいる。
 単独での戦闘能力で群を抜いているレーネ。集団戦にまで対応できる突破力をもつ剣鬼のミリアが戦場にいる場合、彼女たちを止めない限り包囲することができない。
 また、回復のスキル持ちであるアマネ。ギルドの回復術士たちがスクラムを組み、それらをキシ・サエキ・オオバヤシ・ミワたちクラスメイトと獣人の女の子10人が囲んで守備する。
 ギルドの戦闘員たちはペニーワイズの指示に従って、突出するレーネとミリアのフォローにまわる形だ。
 完璧といえるほどの方陣を組んだレーネ・ミリアの軍であったが、10万のスケルトンに比べれば砂の中にある一粒の砂金。
 ゆっくりと侵攻してきた骨の砂たちは、守りを固めるレーネたち小さなつぶを飲み込んだ。


 ――バガァアァァン!!!

 大きな衝撃音と共に、骨の戦士たちは空中へと吹っ飛ばされる。
 飛ばされたスケルトンは粉々になり、戦闘不能となる。
 ミリアの攻撃だ。
 ミリアの抜刀術……それは抜刀の域を越えた、範囲攻撃めいた破壊の威力。

「ショックウェーブ……広範囲型よ。踏ん張りが軽すぎる。それでは話にならないわね」

 燃えるような赤髪が白一色の中に映える。
 抜き身を相手に見せることすらしない超高速抜刀術を放つときの彼女の瞳は、鬼。
 めらめらと鋭く敵を見据える、S級冒険者の真の姿だ。

 瞬間。
 ミリアの背後から飛び出す影。
 ものすごい跳躍力で空中に躍り出たその影は、敵のスケルトンがより多く固まる真ん中へと着地した。
 黄金色のしなやかな髪とケモ耳はレーネ。まるで重量を感じていないかのような動きだ。

「わたしは、これしかできないから」

 そう言うとレーネは小さな拳で地面を思いっきり殴り付けた。
 ――カッ!!
 地面が割れ、まばゆい閃光がで空が白む。

 ドッガァアアッ!!!

 レーネの周囲にいたスケルトンは衝撃で粉々に粉砕されてしまったのだった。
 敵の第二波がやってくるまでやや時間がある。
 背中を合わせるミリアとレーネ。

「やるじゃんレーネちゃん」
「いえ。ミリアさんほどじゃないです」
「……なんか、怒ってる?」
「いえ。ぜんぜんおこってないです」
「ちょっと。絶対怒ってるじゃん。いつもニコニコして話してくれるのに、今日に限って真顔だもん」
「きのせいだとおもいます。せんとうちゅうですし」
「もしかして、あたしがこの前セツカの手作りデザート勝手に食べたこと怒ってる?」
「たべたんですかっ!? あれご主人さまが楽しみにされてたおやつなのにっ!! わ、わたしもたのしみだったのにっ」
「それじゃなかったか」
「おこってないですからっ!! 敵がきます!!」

 レーネはロケットのように踏み込み、スケルトンの群れへと突っ込んでいった。
 軽快に骨がくだけ散る音が響き、レーネが通った場所に道ができる。
 ケモ耳幼女の身体は速度は目で捉えることが難しいほどにまで加速され、スケルトンたちは微動だにしないうちに主要な骨を徒手空拳で砕かれ機能を停止していく。
 セツカの『殺す』スキルの成長恩恵を身体能力の向上に多く振ったことによる圧倒的破壊力。
 あの森でセツカに助けられ生にすがりついたレーネは、自分の運命を変えるための力を手に入れたのだ。
 この短い間ですでに100体を越える数は破壊しただろう。

「ふぅ。いまのところわたしがいちばんたおしてますね」

 振り向いてミリアのほうを確認するレーネ。
 するとミリアは迫り来る骸骨の群れのなか、剣を抜き、切っ先をまっすぐ天に向けかまえ、目をつむっていた。

(ミリアさんが戦闘で剣をぬいているのを、はじめてみました)

 その迫力にあっけにとられながらその様子を眺めるレーネ。
 スケルトンはミリアの間近まで迫っている。ほんの少しで敵の攻撃がミリアに届きそうだ。

「ミリアさん、危な……」
「無名の型我流。――――薔薇咲紅蓮(フレア・ボガート)!!」

 ミリアが瞳を開いた瞬間、周囲が炎の花びらに包まれた。
 数百体の骸骨が高温で溶けるように崩れ落ちる。
 超高速剣撃の圧倒的摩擦力による着火により、空気中の酸素を反応させ敵を炎に包むその技は、まさにS級。
 オリエンテールのギルドでナンバーワンの剣士と噂されるだけの実力がある。
 実際、ギルドの冒険者勢でまともに神のクラスに挑戦できるのは彼女くらいだろう。
 ガシャガシャと音をたて骸骨は地面に沈んでいった。
 ずるい。
 レーネは唇を噛み締める。
 今ので二百体は差をつけられた。
 レーネとミリアは、ふたたび背中を合わせる。

「ミリアさん。剣をつかうのってはんそくじゃないですか?」
「え!? あたし剣士なんだけど!?」
「だって、ミリアさんおとなですし。ずるいです」
「ちょっと待って。レーネちゃん何の話をしてるの?」
「わたしもやくそくしましたから」
「え? え!?」
「たくさんたおしたら、ご主人さまにキスしてもらうんだもん」
「ええーっ!? レーネちゃんも約束したの!?」
「(ほんとうはしてないけど)ええ。ミリアさんにかったらおとなのキスしてくれるって」
「ええぇええええ。ちょ、あたしもキスをお願いしたいと思ってたのに~」
「え……ミリアさんキスをお願いしたんですか?」
「あ。い、い言っちゃった。内緒でお願いしようと思ってたのに。てへ」
「だめですよ? ぜったいありえないです」
「……勝てばいいよね?」
「こっちのせりふです。わたしがかちます」
「ふーん。レーネちゃん、この際だからはっきり言うけど、レーネちゃんのこと本気でライバルだと思ってるから。最初にあったとき、レーネちゃんに負けたくないなって思ったんだよ」
「わたしはミリアさんをなんともおもってませんが?」
「ほ、ほーん。じゃあ、用意ドンで再開しようか。用意……あーっずるいよレーネちゃん!!」

 レーネとミリアはふたたび飛び出し、骸骨たちの群れの中へと突っ込んだ。
 二人の女の子に次々と破壊されるスケルトンたち。
 まるでレーネとミリアだけで戦闘を終わらせるような勢いだ。

「やれやれ、若いですねー。セツカ様、いったいどんな言葉をかければ二人をあれほどやる気にさせることができるのでしょうかー? 後学のために、帰ったら聞いてみましょうかねーふふふ」

 ニヤニヤ笑っているペニーワイズも遊んでいるわけではない。
 ギルドの構成員たちに的確な指示を出し、数的不利を感じさせないような立ち回りを構築している。

「魔法障壁(マジックウォール)。こういう魔法は得意なんですー」

 三角帽子をふかくかぶりなおし、ペニーワイズは杖をふる。
 ペニーワイズの生み出す硬さをもつ魔力の壁は、スケルトンたちの侵攻を決まった方向へと導き対応しやすくしている。
 そうしてまとめられたスケルトンたちにギルドの魔法使いや、剣士、拳闘士たちが次々と対応する。
 むしろ数が少ないことにより障壁で覆う範囲を限定でき、スケルトンたちは数がいくらいようと無意味になる。
 雄叫びをあげながら骨戦士どもを撃破していくギルド員たちの姿に、ペニーワイズはセツカが見いだしていた勝利の方程式をやっと理解したのだった。

「さすがセツカ様ですー。多対少。しかしながらこちらには突出しすぎた戦力。コントロールできればあとは消耗戦ですー。……しかし私たちギルド要員をここに組み込んだのはどういうわけなんですかねー? 手の内明かした覚えないんですけど。怖いですねーやっぱり彼は『違う』ようですねー」

 やや買いかぶりも含まれていたが。
 天才魔法使いペニーワイズは改めてセツカの所業に畏怖を覚えたのだ。
 適材適所をひと目で判断したというのだろうか?
 ギルドの冒険者たちは皆単独戦闘能力が高い。ゆえに性格にクセがある。
 その分、大規模戦闘の経験は乏しく訓練も積んでないため二万のオリエンテール主軍と一緒に行動したらちぐはぐの戦力になった可能性が高い。
 レーネやミリアの一騎当千を目の当たりにして、士気をあげ。そして危なげなく鍛えた技でスケルトンを葬っていく仲間たちの姿を見て合点がいく。
 誰も死んでない。これだけの戦力とぶつかり、怪我すらしていない。
 彼は私たちの『使い方』を知っている。
 ペニーワイズはぶるりと身震いした。何者なんだあの男の子は?
 この展開を予測していたというなら……未来が見えるほどの軍才があるだろう。

「ミリアさんちょっとじゃまなんですけど?」
「レーネちゃん、どいて」
「いえ。ミリアさんのほうがおおきいしじゃまです」
「しょうがないじゃない。だって大人だし」
「でもむねはそんなにおとなじゃないですよね? わたしとたいしてかわらないです」
「嘘はよくないっ!! レーネちゃんよりはぜったいあるもん!! おっぱいの形がいいことが密かな自慢なんだもん!!」
「はぁ。こどもあいてにむきになるなんて。ミリアさんと同じ歳になったならよゆうで抜かします」
「アハハハァアアン!! きぃぃぃ絶対まけないもん」
「わたしだってまけません」


 ……セツカは確かに軍才はあるかもしれない。
 しかしある意味戦争よりも激しく争う女の子たちの気持ちにはまったく気づいてないんだろうなーとペニーワイズは苦笑いする。

「やれやれ。静かに暮らせるわけないですー」

 彼が言う台詞をとってみたりして、ペニーワイズは燃え盛る女の戦場をどうしたものか思案するのだった。
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