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第弐章──過去と真実──
血に染った手
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私は舞子を殺してしまった。
例え血は繋がって居なくとも実の妹の様に可愛がっていた舞子を殺してしまった。
血で紅く染った服と両手、舞子の黒い髪も何本か付着している。 近くには血で錆び付いた脇差と、妹の首が転がっている。
誰が如何見ても死んでいるのは明らかだ。
何度声を掛けても、返って来るのは静寂のみ。
妹の顔は血と汗とその他の体液でぐちゃぐちゃになっていた。最早家にいた頃の彼の整った顔立ちはもう何処にも残っていない。
此の儘放置すれば、蛆が湧き、皮膚や臓物は喰い荒らされ、骨は土に還るだろう。
──何事も無かったかのように。
「……鳴子様」
声のした方を振り返ると、相変わらず無表情の桃が其処に立っていた。
「……全部終わった様ですね。御気分は如何でしょうか?」
「……最悪よ。 故意では無いけれど男の方も殺した様なもの。 ……貴方も随分と意地悪な事を聞くのね?」
「気まぐれです。 それに、結果的に御自身の手で死に至らしめたのですから宜しいではないですか」
平然と話す桃に悪寒がした。私よりも心が歪んでいるに違いない。
「貴方そんなに冷たい人だったかしら」
「鳴子様のお傍に居たからでしょうか」
そう言って人間らしさが微塵も無い、貼り付けたような笑みを此方に向ける。
「……その首……お嬢様はどう致しますか?」
桃は終に舞子の名を呼ぶ事はなかった。如何いう訳か、何時も舞子に対して冷たかった印象がある。
「仮にも私の妹よ、物みたいに扱うのは止めて頂戴。 首はあの男と共に彼の小屋の近くな埋めるつもりよ。 ……最後くらい姉らしい事をしてあげないとあの子に申し訳が立たないわ」
「私奴には到底理解ができません。貴方様が自らこの結果を望まれたのでは無いですか。だと言うのに申し訳無いだなんて」
「貴方……今日はよく喋るのね」
「失礼致しました。鳴子様との共同作業に少々気分が昂っている様です」
「私も貴方の考えが分からないわ。如何して人としての禁忌を犯した者と共に居ようとするのか……」
「鳴子様を心の底からお慕い申しております故」
彼女はまた不気味な笑みを浮かべる。
知っていた。彼女が私に対して並々ならぬ感情を抱いていた事に。
私もその感情を利用していたに過ぎないのだから。
桃もだが私も相当に捻くれた人間だと思う。
「……それは私に対する告白と受け取っても宜しくて?」
「……ですが所詮、主と従者の関係であり、鳴子様も私も女で御座います」
「恋慕に立場も性別も関係無い。けれど、私は貴方の事は円谷家の従者でしか見れないわ。今迄もこれからもね」
「左様で御座いますか」
少し物憂げた表情を見せる桃だったが見ない振りをした。
「……さて、この話題は終いにしましょう。虫が群がって来てしまうわ」
「そうですね」
其の後、時間は掛かったが舞子と彼を何とか運び込む事が出来た。
気付く頃には陽は昇り切り、血の染み込んだ赤黒い地面が顕になる。
未だ吸い込む空気には棘が潜んでいた。
「……これからどう致しますか?」
最初に口を開いたのは桃の方だった。
「貴方の事だから既に手は回しているでしょうに」
「ふふ、やはり何でもお見通しですね。 当主夫妻と昔馴染様、そして彼の男の父親がいた蔵は今頃跡形も無いかと思われますが、其処以外は延焼から免れる為予め人を呼んでおりますので無事かと。 それに街の人達への口止め料の払込みは完了しております」
「そう……。 では桃、帰りましょうか」
「はい、鳴子様」
その後会話を交わすことも無く屋敷に戻ると、確かに蔵以外は燃えた形跡は無く、周りには人が群がっていた。
「嗚呼! 円谷の当主様! ご無事で何よりで御座います!」
顔も知らぬ老婆が涙ながら手を握るも、嫌悪感しか感じなかった。 私が人を……それも妹を殺めたと知れば何の様な顔をするのか目に見えていたためである。
「私は丁度所用があって空けておりました故、見ての通り怪我一つありませんわ」
口角を上げ、今はひたすら心を殺すしかない。 私は一生舞子の死と向き合わなくてはならないのだ。
彼の夜から二日、桜が舞い散る頃、郵便局の青年が息を切らして訪れた。 舞子はもう此の世に居ないというのに何用だろうか。
「……貴女様に大変お心苦しい事をお伝えしなければなりません。 ま、舞子様が……妹の舞子様が……殺害されました……」
憔悴した顔の青年は弱々しい声で舞子の死を告げた。
私は驚いた。 街人は皆口を封じたと思っていたからである。 私は桃を少しだけ睨めつけた。
「そうなのね……」
私はあくまでも知らないフリをした。
「……賄賂を手渡されて口外するなって言われたのですが、この事は絶対に貴女様にお伝えしなければならないと思いまして。 ……これは俺にとっての最後の使命なんです」
そう言うと青年は静かに土下座をした。 僅かに嗚咽を漏らしていた。
此処で改めて自分が犯した罪の重さを思い知り、初めて人前で袖を濡らした。 傍に立つ桃は相変わらず理解が出来ないという顔である。
「それで……あの子は……舞子は何の様な死に顔でしたか……?」
自分でも可笑しな質問をしている事は分かっている。
「こんな事を言えばお叱りを受けるかも知れませんが……俺には笑っているように見えました。 まるで想い人と共に過ごしている時の様に」
私は少しだけ安堵した。 表情を滅多に見せなかったあの子が最期には自然に笑えていた事が。 勿論した事は未来永劫許される訳では無いのだが。
「有難う……有難う……」
そして哭いた。
水無月を前に、私は桃と共に当主として忙しい日々を過ごしていた。 だが、そんな日々の中でも舞子の顔、声を忘れる事は無かった。
「桃、暫く外に出て来て良いかしら?」
「其れは構わないのですが、散歩なら私も着いていきましょうか」
「いいえ、唯気分転換したいだけなの。 貴方は来なくても大丈夫よ」
桃は明らかに気を落としていたが承諾してくれた。
私は舞子とウィーリさんの眠る場所へ足を運ぶ。
そっと手を合わせて引き返そうとすると、近くに川が流れている事に気付き、暫く眺めていた。
そして……自ら身を投げた。
自然と苦しみは無かったが、蘇った舞子や皆との記憶で心が潰れていく。
「嗚呼……本当にごめんね。 次は本当の家族に……」
例え血は繋がって居なくとも実の妹の様に可愛がっていた舞子を殺してしまった。
血で紅く染った服と両手、舞子の黒い髪も何本か付着している。 近くには血で錆び付いた脇差と、妹の首が転がっている。
誰が如何見ても死んでいるのは明らかだ。
何度声を掛けても、返って来るのは静寂のみ。
妹の顔は血と汗とその他の体液でぐちゃぐちゃになっていた。最早家にいた頃の彼の整った顔立ちはもう何処にも残っていない。
此の儘放置すれば、蛆が湧き、皮膚や臓物は喰い荒らされ、骨は土に還るだろう。
──何事も無かったかのように。
「……鳴子様」
声のした方を振り返ると、相変わらず無表情の桃が其処に立っていた。
「……全部終わった様ですね。御気分は如何でしょうか?」
「……最悪よ。 故意では無いけれど男の方も殺した様なもの。 ……貴方も随分と意地悪な事を聞くのね?」
「気まぐれです。 それに、結果的に御自身の手で死に至らしめたのですから宜しいではないですか」
平然と話す桃に悪寒がした。私よりも心が歪んでいるに違いない。
「貴方そんなに冷たい人だったかしら」
「鳴子様のお傍に居たからでしょうか」
そう言って人間らしさが微塵も無い、貼り付けたような笑みを此方に向ける。
「……その首……お嬢様はどう致しますか?」
桃は終に舞子の名を呼ぶ事はなかった。如何いう訳か、何時も舞子に対して冷たかった印象がある。
「仮にも私の妹よ、物みたいに扱うのは止めて頂戴。 首はあの男と共に彼の小屋の近くな埋めるつもりよ。 ……最後くらい姉らしい事をしてあげないとあの子に申し訳が立たないわ」
「私奴には到底理解ができません。貴方様が自らこの結果を望まれたのでは無いですか。だと言うのに申し訳無いだなんて」
「貴方……今日はよく喋るのね」
「失礼致しました。鳴子様との共同作業に少々気分が昂っている様です」
「私も貴方の考えが分からないわ。如何して人としての禁忌を犯した者と共に居ようとするのか……」
「鳴子様を心の底からお慕い申しております故」
彼女はまた不気味な笑みを浮かべる。
知っていた。彼女が私に対して並々ならぬ感情を抱いていた事に。
私もその感情を利用していたに過ぎないのだから。
桃もだが私も相当に捻くれた人間だと思う。
「……それは私に対する告白と受け取っても宜しくて?」
「……ですが所詮、主と従者の関係であり、鳴子様も私も女で御座います」
「恋慕に立場も性別も関係無い。けれど、私は貴方の事は円谷家の従者でしか見れないわ。今迄もこれからもね」
「左様で御座いますか」
少し物憂げた表情を見せる桃だったが見ない振りをした。
「……さて、この話題は終いにしましょう。虫が群がって来てしまうわ」
「そうですね」
其の後、時間は掛かったが舞子と彼を何とか運び込む事が出来た。
気付く頃には陽は昇り切り、血の染み込んだ赤黒い地面が顕になる。
未だ吸い込む空気には棘が潜んでいた。
「……これからどう致しますか?」
最初に口を開いたのは桃の方だった。
「貴方の事だから既に手は回しているでしょうに」
「ふふ、やはり何でもお見通しですね。 当主夫妻と昔馴染様、そして彼の男の父親がいた蔵は今頃跡形も無いかと思われますが、其処以外は延焼から免れる為予め人を呼んでおりますので無事かと。 それに街の人達への口止め料の払込みは完了しております」
「そう……。 では桃、帰りましょうか」
「はい、鳴子様」
その後会話を交わすことも無く屋敷に戻ると、確かに蔵以外は燃えた形跡は無く、周りには人が群がっていた。
「嗚呼! 円谷の当主様! ご無事で何よりで御座います!」
顔も知らぬ老婆が涙ながら手を握るも、嫌悪感しか感じなかった。 私が人を……それも妹を殺めたと知れば何の様な顔をするのか目に見えていたためである。
「私は丁度所用があって空けておりました故、見ての通り怪我一つありませんわ」
口角を上げ、今はひたすら心を殺すしかない。 私は一生舞子の死と向き合わなくてはならないのだ。
彼の夜から二日、桜が舞い散る頃、郵便局の青年が息を切らして訪れた。 舞子はもう此の世に居ないというのに何用だろうか。
「……貴女様に大変お心苦しい事をお伝えしなければなりません。 ま、舞子様が……妹の舞子様が……殺害されました……」
憔悴した顔の青年は弱々しい声で舞子の死を告げた。
私は驚いた。 街人は皆口を封じたと思っていたからである。 私は桃を少しだけ睨めつけた。
「そうなのね……」
私はあくまでも知らないフリをした。
「……賄賂を手渡されて口外するなって言われたのですが、この事は絶対に貴女様にお伝えしなければならないと思いまして。 ……これは俺にとっての最後の使命なんです」
そう言うと青年は静かに土下座をした。 僅かに嗚咽を漏らしていた。
此処で改めて自分が犯した罪の重さを思い知り、初めて人前で袖を濡らした。 傍に立つ桃は相変わらず理解が出来ないという顔である。
「それで……あの子は……舞子は何の様な死に顔でしたか……?」
自分でも可笑しな質問をしている事は分かっている。
「こんな事を言えばお叱りを受けるかも知れませんが……俺には笑っているように見えました。 まるで想い人と共に過ごしている時の様に」
私は少しだけ安堵した。 表情を滅多に見せなかったあの子が最期には自然に笑えていた事が。 勿論した事は未来永劫許される訳では無いのだが。
「有難う……有難う……」
そして哭いた。
水無月を前に、私は桃と共に当主として忙しい日々を過ごしていた。 だが、そんな日々の中でも舞子の顔、声を忘れる事は無かった。
「桃、暫く外に出て来て良いかしら?」
「其れは構わないのですが、散歩なら私も着いていきましょうか」
「いいえ、唯気分転換したいだけなの。 貴方は来なくても大丈夫よ」
桃は明らかに気を落としていたが承諾してくれた。
私は舞子とウィーリさんの眠る場所へ足を運ぶ。
そっと手を合わせて引き返そうとすると、近くに川が流れている事に気付き、暫く眺めていた。
そして……自ら身を投げた。
自然と苦しみは無かったが、蘇った舞子や皆との記憶で心が潰れていく。
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