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第弐章──過去と真実──
死せる君と。玖話
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舞子が熟睡したのを確認して居間に戻り、年季の入った木製の椅子に腰掛ける。使って大分経つ此の椅子は金切り声の様な音を出して軋んでいく。静寂に包まれた部屋で私はある事を考えていた。
三日前、舞子が机にうつ伏せて寝ていたが、手紙の書いている途中なのか、右手に筆を握ったままだった。近くに姉らしき人物からの手紙があり、少し気になった為に読んでみると、内容自体は妹の体調を心配したり一寸した出来事を伝える微笑ましいものだったが、何故か全体的に舞子の近況を尋ねる文が多い。
……まるで、舞子の動向を探るかのように。
其れに最後の一文だけ何故か違う文字で書かれているようだった。
よく見ると其の文字は母国語で、態と私しか読めないように見せている様にしか見えない。よく目を凝らして見てみるとこう書かれてあった。
" I'm willing to kill people for my wishes "
『私は自らの望みのためなら殺人など厭わない』
という意味である。あまりにも恐ろしく残忍なこの一文に舞子が気付かなくて良かったと心の底で思う。舞子が姉と再会した日…即ち私とあの女と初めて会った日、謎の違和感を抱いていたのは間違いでは無かったと確信した。
気は引けるものの、自分が気づいていないだけで他の手紙にも書いてある可能性を考慮して読むと、妹に対する文は沢山綴ってあったが、私に宛てて書かれていたであろう文は最初に読んだこの一通の一文だけ。つまりこの手紙が示すのは、その内舞子や私に危害が及ぶのでは無いかという事だ。
この真実を知った私は思った。私は如何なっても良いから、舞子から一時たりとも目を離してはならないと。
そうと決まれば用事は早めに済まし、舞子の身の安全を守ることを最優先にと決意したのだが、最近咳き込む事や血痰が出る頻度と量が多くなった。昔から怪我や病には強かった筈なのだが……。
恐らく自分の命はもう短いのだろう。然し、そんなことは言っていられない。最期くらいは人の為に尽くして自分が死ぬべきなのだ。
寝ている舞子を起こさぬ様、気配を消して傍で胡座をかく。幼い顔で寝る舞子は、何処と無く亡き妻の子供の頃に似た雰囲気があった。……ふとそんな事を思いながら、持ってきていた聖書を撫でながら呟く。
「……エヴィ、私達に子供が居たらこんな感じだったのかもしれないですね。私は貴女と一緒に過ごし、老いて、死んで行くのだと思っておりました。……私は憐れな男です。貴女が亡くなって十数年経つのに未だに貴女の声と姿を鮮明に覚えているのですから」
気が付くと涙を流していた。……歳を取るにつれて涙脆くなっているのかもしれない。落ちた涙が形見に染みを作る。
「私は貴女の遺言を守れず、その内命が絶えてしまうかもしれません。人を殺めた過去がある私では死してなお、決して貴女の元へは行けないでしょう。……ですが、貴女を想う気持ちは何処に行っても変わる事はありません」
涙を拭い聖書を抱き締める。ほんの少しだけ彼女の温もりを感じた。
三日前、舞子が机にうつ伏せて寝ていたが、手紙の書いている途中なのか、右手に筆を握ったままだった。近くに姉らしき人物からの手紙があり、少し気になった為に読んでみると、内容自体は妹の体調を心配したり一寸した出来事を伝える微笑ましいものだったが、何故か全体的に舞子の近況を尋ねる文が多い。
……まるで、舞子の動向を探るかのように。
其れに最後の一文だけ何故か違う文字で書かれているようだった。
よく見ると其の文字は母国語で、態と私しか読めないように見せている様にしか見えない。よく目を凝らして見てみるとこう書かれてあった。
" I'm willing to kill people for my wishes "
『私は自らの望みのためなら殺人など厭わない』
という意味である。あまりにも恐ろしく残忍なこの一文に舞子が気付かなくて良かったと心の底で思う。舞子が姉と再会した日…即ち私とあの女と初めて会った日、謎の違和感を抱いていたのは間違いでは無かったと確信した。
気は引けるものの、自分が気づいていないだけで他の手紙にも書いてある可能性を考慮して読むと、妹に対する文は沢山綴ってあったが、私に宛てて書かれていたであろう文は最初に読んだこの一通の一文だけ。つまりこの手紙が示すのは、その内舞子や私に危害が及ぶのでは無いかという事だ。
この真実を知った私は思った。私は如何なっても良いから、舞子から一時たりとも目を離してはならないと。
そうと決まれば用事は早めに済まし、舞子の身の安全を守ることを最優先にと決意したのだが、最近咳き込む事や血痰が出る頻度と量が多くなった。昔から怪我や病には強かった筈なのだが……。
恐らく自分の命はもう短いのだろう。然し、そんなことは言っていられない。最期くらいは人の為に尽くして自分が死ぬべきなのだ。
寝ている舞子を起こさぬ様、気配を消して傍で胡座をかく。幼い顔で寝る舞子は、何処と無く亡き妻の子供の頃に似た雰囲気があった。……ふとそんな事を思いながら、持ってきていた聖書を撫でながら呟く。
「……エヴィ、私達に子供が居たらこんな感じだったのかもしれないですね。私は貴女と一緒に過ごし、老いて、死んで行くのだと思っておりました。……私は憐れな男です。貴女が亡くなって十数年経つのに未だに貴女の声と姿を鮮明に覚えているのですから」
気が付くと涙を流していた。……歳を取るにつれて涙脆くなっているのかもしれない。落ちた涙が形見に染みを作る。
「私は貴女の遺言を守れず、その内命が絶えてしまうかもしれません。人を殺めた過去がある私では死してなお、決して貴女の元へは行けないでしょう。……ですが、貴女を想う気持ちは何処に行っても変わる事はありません」
涙を拭い聖書を抱き締める。ほんの少しだけ彼女の温もりを感じた。
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