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第壱章──出逢いと別れ──
死せる君と。弐話
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──姉さんと別れ、今まで居心地の悪かったこの土地からようやく離れられると思うと、胸が踊るようだった。
手に提げた柳行李には、1枚の蝶柄の袴と十円、剃刀、数枚の紙と筆。
今日は小春日和で、この頃肌を刺すような寒さが続いていたが、今は少し汗が滲む。家を追い出され、何時も傍にいた姉さんとも離れ、天涯孤独になってしまった私は何処にも行く宛が無くなり、街や山を彷徨った。
郷里を出て最初に訪れた街で長身の男に『良い身なりしてるな』と金を奪われたり、余命幾許も無いような老人に『お嬢ちゃん身寄りはいないのかい?』と甘い言葉で誘った挙句、路地に強引に連れ出し襲いかかってきたりと様々な不運が起こった。
だが、偶然襲われていたところを助けに入った木賃宿の亭主が一文無しの私を憐れんで寝泊まりさせてくれたりした。
殆ど世に触れる機会が無かった私にとって全てが事新しく、有意義であった。
山に入ると大雨が降り続いた。さっきまでの暖かさが嘘とでも言うかのように、手足や肺に針のような寒さが襲う。凍える身体を両手で抱き締めながら、自身の不幸体質を憎んだ。
こうして歩くうち、人の温もりに触れることはあっても、それ以上に人の苛酷さに苦境に陥り、自分の居場所は無いと、生きている意味は無いと思い知らされるようになった。
そして私は傷だらけの身体で、鬱蒼として、まるでこの世から忘れ去られたような森を見つけた。
息も絶え絶えで、棒のような脚を動かしながら歩いた。歩いて歩いてもう自分が何処に居るかすら分からない。
そんな時茂みを抜けると、精悍な表情で一冊の分厚い本を眺める一人の男が一際大きな岩の上に佇んでいた。
その男は今まで見た事の無い顔つきをしていた。光の無い碧い目、風になびく木蘭色の髪。
整った顔を此方に向けると
「貴女は誰だ」
唯、その一言だけを口にした。
私の顔を凝視した彼は
「行く宛てがないのか」
抑揚の無い冷めた声でそう聞いた。
「そうよ」
「自殺でも考えてるのか?」
私は驚いた。何を考えているのか全く分からない様な男に、心の内を見透かされてるような不思議な感覚が不快に感じたのだ。
人と関わることも少なかったために、どう会話を続けていけば良いか分からない。
「図星のように見えるが、何をそう思い悩んでいるんだ?」
返答に困っていた私に彼はそう聞いた。
「この世にいるのが辛くなった。唯、それだけよ」
嘘をついた。この世の事なんて全くと言っていい程知らないのに。
「もっとマシな嘘をつけないのか。君がここに来たのはそんな理由じゃ無いだろう」
胸を刃物で抉るような、そんな怒りが込み上げてきた。
「私の何が分かるのよ」
「分かるさ。私が言いたいのはこの世に絶望したから自殺するなんて嘘だろって意味さ。でなきゃ君が此処に来る理由にはならない」
「何が貴方に分かるのよ」
完全に八つ当たりだ。嘘を見透かされた挙句に、私の気持ちが分かると言うのだ。
「取り敢えず落ち着きなさい。此処で死なれちゃ私も気分悪いしな。なにしろ初めての客だから何も用意はしていないが、外で話すのも何だから家に来るといい」
言われるが儘彼の後を着いて行った。街であれ程痛い目に遭ったと言うのに私は何をしているのか。
本当に今日はどうかしている。
手に提げた柳行李には、1枚の蝶柄の袴と十円、剃刀、数枚の紙と筆。
今日は小春日和で、この頃肌を刺すような寒さが続いていたが、今は少し汗が滲む。家を追い出され、何時も傍にいた姉さんとも離れ、天涯孤独になってしまった私は何処にも行く宛が無くなり、街や山を彷徨った。
郷里を出て最初に訪れた街で長身の男に『良い身なりしてるな』と金を奪われたり、余命幾許も無いような老人に『お嬢ちゃん身寄りはいないのかい?』と甘い言葉で誘った挙句、路地に強引に連れ出し襲いかかってきたりと様々な不運が起こった。
だが、偶然襲われていたところを助けに入った木賃宿の亭主が一文無しの私を憐れんで寝泊まりさせてくれたりした。
殆ど世に触れる機会が無かった私にとって全てが事新しく、有意義であった。
山に入ると大雨が降り続いた。さっきまでの暖かさが嘘とでも言うかのように、手足や肺に針のような寒さが襲う。凍える身体を両手で抱き締めながら、自身の不幸体質を憎んだ。
こうして歩くうち、人の温もりに触れることはあっても、それ以上に人の苛酷さに苦境に陥り、自分の居場所は無いと、生きている意味は無いと思い知らされるようになった。
そして私は傷だらけの身体で、鬱蒼として、まるでこの世から忘れ去られたような森を見つけた。
息も絶え絶えで、棒のような脚を動かしながら歩いた。歩いて歩いてもう自分が何処に居るかすら分からない。
そんな時茂みを抜けると、精悍な表情で一冊の分厚い本を眺める一人の男が一際大きな岩の上に佇んでいた。
その男は今まで見た事の無い顔つきをしていた。光の無い碧い目、風になびく木蘭色の髪。
整った顔を此方に向けると
「貴女は誰だ」
唯、その一言だけを口にした。
私の顔を凝視した彼は
「行く宛てがないのか」
抑揚の無い冷めた声でそう聞いた。
「そうよ」
「自殺でも考えてるのか?」
私は驚いた。何を考えているのか全く分からない様な男に、心の内を見透かされてるような不思議な感覚が不快に感じたのだ。
人と関わることも少なかったために、どう会話を続けていけば良いか分からない。
「図星のように見えるが、何をそう思い悩んでいるんだ?」
返答に困っていた私に彼はそう聞いた。
「この世にいるのが辛くなった。唯、それだけよ」
嘘をついた。この世の事なんて全くと言っていい程知らないのに。
「もっとマシな嘘をつけないのか。君がここに来たのはそんな理由じゃ無いだろう」
胸を刃物で抉るような、そんな怒りが込み上げてきた。
「私の何が分かるのよ」
「分かるさ。私が言いたいのはこの世に絶望したから自殺するなんて嘘だろって意味さ。でなきゃ君が此処に来る理由にはならない」
「何が貴方に分かるのよ」
完全に八つ当たりだ。嘘を見透かされた挙句に、私の気持ちが分かると言うのだ。
「取り敢えず落ち着きなさい。此処で死なれちゃ私も気分悪いしな。なにしろ初めての客だから何も用意はしていないが、外で話すのも何だから家に来るといい」
言われるが儘彼の後を着いて行った。街であれ程痛い目に遭ったと言うのに私は何をしているのか。
本当に今日はどうかしている。
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