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終章:エピローグ
新皇帝の即位
しおりを挟む国主首脳会議が終わった次の日、ガルミッシュ帝国の新帝都は更に賑わいを強めた雰囲気を見せる。
その理由は、その祭典の主催とも言える新皇帝ユグナリスの即位式が行われるからでもあった。
既に各帝国貴族領からは帝国貴族家の当主達が来訪し、昼前に新たな謁見の間にて集まり並んでいる。
その中には北方領地を治めるゼーレマン侯爵家を始め、南方領地を統括するガゼル伯爵一家とその当主フリューゲル、更には樹海を治めるセンチネル準騎士爵パールも居た。
更に様相こそ異なりながらも、着物姿の礼服を纏った妖狐族のクビア子爵の姿も在る。
一家も含めれば総勢で八十名弱の帝国貴族達が一堂に会し、赤い絨毯が敷かれた道へ整然とした列を作っていた。
更にその奥側には、招待客として訪れた各国の要人達が座る席が並び用意されている。
そうした者達の傍らで用意された楽団の指揮者に、一人の皇室付き衛兵が近付きながら指示を伝えた。
すると指揮者の視線と共に楽団はそれぞれの楽器を構え、指揮棒が降られると同時に楽曲を始める。
それと同時に謁見の間に聳える大扉に付いている衛兵が、場内の者達に張り上げた声で伝えた。
「――……ガルミッシュ帝国、皇后クレア陛下! 御入来ですっ!!」
衛兵の声と共に開かれた大扉から、赤い髪を持ち赤い装束を身に纏った皇后クレアが来場する。
その傍には幾人かの騎士達が控えながら、帝国貴族達が並ぶ列の赤い絨毯に足を着けて歩みを進めた。
そして先程の衛兵は、更なる来場者の名を伝える。
「続いて、皇太子ユグナリス殿下! その婚約者であるベルグリンド共和王国の姫君、リスティア=フォン=ベルグリンド様! そして御二人の御息女、シエスティナ姫! 御入来ですっ!!」
「!」
衛兵は三人の名前を高らかに口にすると、赤い礼服と装束を纏った三人の家族が現れる。
特に皇帝となるユグナリスは、赤髪を後ろへ撫で上げた髪型にしながら父親と同じ赤い外套を羽織りながら威風のある装飾が着飾られていた。
そしてリエスティアやシエスティナも皇族の一員としての証である赤い装束と金が施された装飾品を身に纏い着飾った姿をしながら、ユグナリスと共に並びながら赤い絨毯の上を歩く。
すると帝国貴族以外の招待客の中から、リエスティアの顔と髪を遠巻きに見て疑問を浮かべる声が零れた。
「――……あの黒髪の姫、誰かに似ていないか……?」
「そうですか?」
「ああ。……いや、しかし……まさか……?」
リエスティアの姿を見ながら疑問の声を浮かべる者達は、その視線を同じく招待客として参列している教皇ファルネに向ける。
そしてその疑問を確信させる為に、彼女の反応を窺おうとしていた。
しかし教皇ファルネは特に驚きや動揺する様子など見せず、ただ微笑みながら入場する皇太子一家を静かに見つめている。
それを見た他の招待客達は、訝し気な表情を浮かべながらも状況を見届ける事を選んだ。
彼等がリエスティアを見て抱いた疑問は、実は正しい。
それは今回の議題でも話題となった、四年前の映像に映し出された黒髪の女性と同一人物だったのだ。
宗教国家が『繋がりの神』として崇める『黒』の七大聖人が、ガルミッシュ帝国の皇帝に嫁ぎ子供まで作っている。
そうした状況は彼等にとって予想外である為に、他人の空似かもしれないという半信半疑の思考が優先されてしまった。
しかし教皇ファルネだけは、別未来で実際に出会った『繋がりの神』と彼女が同一人物である事に気付いている。
それでも教皇ファルネが特に動揺していなかったのは、今回の国主首脳会議へ再び招かれた際、通信装置の水晶体が映すリエスティアと事前に話をしていたからでもあった。
『――……あ、貴方は……神……なのですか……!?』
『……いいえ、違います』
『し、しかし……!』
『私はリエスティアと申します。……私は、貴方達の信仰する神ではありません』
『……どういう、事なのです……?』
『私は幼い頃、貴方達の神としての魂を失いました。……残ったのは、私という自我と、この肉体だけです』
『!?』
『けれど四年前の出来事で、私は幼い頃の記憶と、私自身が扱える能力を思い出しました。……そして貴方達の神に、後の事を託されました』
『……それは……』
『だから私は、貴方達の神ではないのです。ごめんなさい。……でも、彼女から貴方への伝言も預かっています。それを今回、御伝えしたかったんです』
『……伝言、ですか?』
『――……ごめんね。そしてありがとう。君達やミネルヴァのおかげで、この未来まで導けた』
『!!』
『そう彼女は言い残して、私の魂から消えてしまいました。……私からも、御礼を申し上げます。ありがとうございます』
水晶体越しに顔を合わせるリエスティアは、『黒』が遺した思いを言葉としてファルネに伝える。
それを聞いたファルネは驚く表情から僅かに涙を浮かべ、顔を伏せながら『黒』の感謝と謝罪の言葉を受け入れた。
そうした出来事も有り、教皇ファルネは国主首脳会議への参加と四大国家連盟の再加入の提案について同意する。
更に『リエスティア』と『繋がりの神』を別の存在だと認識し、実際にその姿を見ても動揺する様子など起こす事も無かった。
そうして皇太子一家について特に荒れる様子も無く、続く来場者の名が衛兵から伝えられる。
「――……続いて、ローゼン公爵家当主! セルジアス=ライン=フォン=ローゼン様!」
その呼び声と共に入場するのは、ユグナリス達とは異なり黒の礼服を身に纏うセルジアスの姿。
ガルミッシュ皇族の証明でもある赤い礼服を身に纏わないその姿に対して、帝国貴族達の中で僅かな驚きが浮かんでいた。
そして皇太子一家に続くように赤い絨毯の上を歩き進むセルジアスも、その奥に用意された皇族用の席へ向かう。
すると大扉が閉められ、赤い絨毯を渡り終えてそれぞれ席の前に立ったガルミッシュ皇族達に対して、帝国貴族達が敬礼の姿勢を向けた。
それを受けるように頷いた皇后クレアは、身に着けている拡声用の装飾品を起動させながら声を届かせる。
「――……本日、御越し下さった皆様。本当にありがとうございます。……皇帝ゴルディオス陛下と多くの帝国民が亡くなってから、七年という月日が経ちました。それでも新たな帝都に皆様を御招き出来た事は、皆様の御助力があってのこと。本当に、ありがとうございます」
そう述べながら深々と頭を下げる皇后クレアに対して、帝国貴族達や招待客から拍手の音が鳴り響く。
すると頭を上げたクレアに呼応するように拍手の音が途切れ、その口から新たな言葉が発せられ始めた。
「私は本日まで、皇帝ゴルディオス陛下に代わり帝国を治めさせて頂いておりました。……しかしこうして新たな帝都が出来上がり、新たな人々の暮らしも始まった事で、私は皇帝代理としての役目を果たせたのだと思えます」
「……」
「そして再建された帝国を新たな若者へ委ねる事が、私の最後の務めとなるでしょう。――……皆様には、どうかそれを見届けて頂きますようお願いします」
そうして再び頭を下げた皇后クレアに対して、先程よりも大きな拍手が響き渡る。
それは七年間に渡り帝国の再興を成し遂げた偉大な皇帝代理に対する最大の賛辞を表現しており、その最後の務めを見届ける意思を伝える為の拍手でもあった。
皇后クレアはそれを受けながら再び頭を上げると、隣に立つセルジアスは自身の両腕で抱えていた一つの茶色い木箱を差し出す。
そして木箱を開けると、皇帝ゴルディオスが生前に身に付けていた皇帝の冠が赤い布に包まれる形で収められていた。
それを皇后クレアは両手で包むように持ち上げ、振り返りながら皇太子であるユグナリスを見る。
するとそれに応じるようにユグナリスも歩いて近付くと、皇后クレアの前に立った。
そして皇后クレアと皇太子ユグナリスは、互いに視線を合わせながら声を向ける。
「ユグナリス、貴方の父親が託した皇帝の冠です。受け取りなさい」
「……父上と母上の期待を裏切らぬよう、精進します」
「ええ、そうして頂戴。……でも、貴方は貴方のままで居続けなさいね」
「はい」
そうした声を向け合って母親としてクレアが微笑むと、ユグナリスも微笑みの言葉で応じる。
そして片膝を着けて跪きながら頭を下げたユグナリスの頭に、皇后クレアは皇帝の冠を授けた。
すると再び場内で拍手が起き、その瞬間にガルミッシュ帝国第十一代皇帝ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュが誕生する。
すると付けられた冠から手を離した皇后クレアは下がりながら席の前へ戻ると、今度はユグナリスが緩やかに立ち上がった。
更に場内に居る者達に改めて視線を向けながら、身体の正面を向けて首元に付けた拡声用の装飾品を起動させて言葉を発する。
「――……ガルミッシュ帝国、第十一代皇帝。ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュです。これから私が、帝国を治める皇帝となりました。……しかし、実際にはそうではありません」
「!」
「帝国に本当に必要なのは、私という皇帝ではない。……この帝国で生きていきたいという国民と、それに協力してくれる皆様こそが、本当に帝国に必要な存在なのです」
「……」
「私はそうした皆様を信じ、これからは皆様の助けを必要とするでしょう。……それでも皆様が御困りになる時があるのなら。今度は私自身が皆様を助ける力となります」
「……!!」
「どんな些細な事でもいい。この帝国で生きる人々を、そして生きたいと望む人々が助け合える。そんな国の在り方を築いていきたいと、私自身は考えています。……その為に、これからも手を貸してください」
新皇帝ユグナリスのそうした言葉に対して、帝国貴族達や招待客達は僅かな驚きを浮かべる。
それは国を担う皇帝としては、あまりにも威厳の無い言葉に感じられてしまったのだ。
しかしユグナリスの表情と瞳は真剣であり、彼が大真面目にその思想を述べている事が分かる。
その青くも甘い考え方に対して、新皇帝の若さが窺えてしまっていた。
それでも、その呼び掛けに反応する拍手が起きる。
最初は同じ場所に立つセルジアスであり、彼は呆れながらも口元を微笑みを見せながら拍手を鳴らし始めた。
それに連動するように、ガゼル子爵家やゼーレマン侯爵家、そして他貴族達も同じように拍手を重ねていく。
それが自分達が支える新皇帝の望みならばと理解した帝国貴族達は、それを拍手という形で応えたのだった。
更に招待客であるマシラ共和国のウルクルス王やアレクサンデル王子を始め、ベルグリンド共和王国のヴェネディクト国王とその付き人、そしてフラムブルグ宗教国家の教皇ファルネも拍手を始める。
そして他連盟国の代表者達も釣られる形で拍手を始め、場内は改めて新皇帝の誕生を拍手で向かい入れた。
その光景を壇上から見渡すユグナリスは僅かな不安から漏れる嬉しさから、小さな涙を零す。
そして涙を自身の右袖で拭った後、暫くして静まった拍手の後に改めてこう述べた。
「――……ありがとうございます。……この後に祝宴が設けられる予定となっていますが、明日は予定通り私とリエスティアの結婚式も行います。私にとっては、むしろそちらが本番だと思っているので。本日は皆様も、ほどほどに御楽しみ下さい」
「……陛下、それだと即位式がオマケみたいじゃないですか」
「えっ、あ……。そ、そういう意味で言ったわけではないんですけど……」
「そうとしか聞こえないですよ。あと、臣下に対しては敬語は不要です」
「は、はい! ごめんなさい……」
「……分かってないですよね? まったく……」
本音を隠し切れていないユグナリスに対して、その隣に立つセルジアスが臣下として注意を向ける。
そうした会話も拡声されて場内に響くと、皇后クレアやリエスティア、そして帝国貴族達からは困った表情が浮かび上がった。
対して招待客達からは微笑むような笑いが起き、場は和む形で別会場で催される祝宴へ移行する。
そして各帝国貴族達の挨拶を受けたり、各国の代表者達との談話も行うユグナリスは、セルジアスの補佐を受けながらその日を忙しく立ち回る事になった。
しかしそうした宴と祭典が祝われる新帝都に、ある問題が潜みながら忍び寄る。
その事態を一早く察知していたのは、帝城の城壁に立ちながら大鎌を背負い持つマギルスだった。
応援ありがとうございます!
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