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終章:エピローグ
金の亡者
しおりを挟むガルミッシュ帝国の南方に広がる樹海に訪れたローゼン公セルジアスは、センチネル準騎士爵であるパールとその子供の事について話し合う。
そうした決闘場から離れたエリクは、ラカムと共に中央集落の中心へ向かっていた。
中心には建物の無い広場があり、多くの者達が賑わう様子で集まっている。
そんな彼等が今まさに話題としているのは、狩猟から戻って来た人員が持ち帰った複数の魔獣と魔物の素材だった。
狩った魔物や魔獣を解体した肉や皮、そして魔獣の体内に在る魔石などが並べられながら、多くの者達がそれを見に集まっている。
エリクはそうした賑わいから離れた場所まで訪れると、人が集まる場所に視線を向けながら隣に居るラカムへ頼んだ。
「――……ドルフを見つけたら、こっちまで連れて来てくれないか?」
「連れて来るのですか?」
「狩猟が終わったばかりなら、みんな忙しいだろう。俺が行って、邪魔はしたくない」
「そうですか。……では、そこで少し御待ちを。連れて参りますので」
「ああ」
周囲に配慮するエリクがそう述べると、ラカムは納得して応じながら広場の中心へ向かう。
そしてエリク自身は傍の建物の裏側へ隠れるように身を潜め、気配を消しながらラカムが戻って来るのを待った。
それから十五分ほど時間が経った後、エリクの耳にラカムの声が届く。
「……神の勇士様、何処に居られます?」
「――……ここだ」
「おぉ、そちらでしたか。――……言われた通り、ドルフ殿を連れて来ました」
「――……うわっ、マジで本物かよ……」
エリクは建物の裏側から身を出して姿を見せると、ラカムの傍にはドルフの姿が在る。
しかし微妙な面持ちを浮かべていたドルフは、エリクの姿を見た事でそうした言葉を向けた。
するとエリクは、その言葉の意味を理解しながら問い掛ける。
「帝国にも、俺の偽者がいるのか?」
「まぁな。今回も偽者かと思ったら、マジで本人だよ……。――……で、わざわざ俺を探しに来たって。なんか用か?」
帝国側にも偽者が現れている件について触れながら、ドルフは改めて本物が自分を探す理由を問い掛ける。
するとエリクは左手に持つ布袋を見せながら、右手をその中に差し入れて複数の金属が擦れ合うような音を鳴らしながら更に手の平サイズの革袋を見せた。
そして革袋の中身を見せながら、エリクは本題を向ける。
「俺に、お前の魔法を教えてくれ。これがその報酬だ」
「え? ――……うぉ、それって……白金貨かっ!?」
「全部で百枚、革袋の中に入っている。これでお前を雇うから、お前の『闇』属性魔法を教えてくれ」
「……いやいや、待て待て。どういうこったよ? なんで俺の魔法を……」
「アリアが言っていた。恐らく人間大陸の中で、『闇』の属性魔法を最も巧く扱えているのはお前だと」
「!」
「俺も『闇』属性の魔法を覚えられる適正がある。だからお前に、お前の魔法を教えて欲しい」
「……いや、だからってよ……」
唐突に魔法を教えるよう要求されるドルフは、困惑した様子を浮かべながら視線を泳がせる。
そんなドルフに対して、エリクは訝し気な様子で問い掛けた。
「金が足りないか? だったら、まだあるが」
「あー、いや。そりゃ金が増える分には嬉しいけどよ。一応、俺って今はフリューゲル……ガゼル伯爵家に雇われてるし、その仕事があるからさ……」
「そうか。だったら仕事が空いた時間でいい、教えてくれ」
「教えてくれっつったってよ。俺の影魔法は他の魔法みたいに、単純に構築式を模倣しただけじゃ使えない。状況に応じて複数の構築式を振り分けながら使っている。だから既存の魔法と違って、普通の魔法を覚えるよりも時間が掛かるぜ?」
「大丈夫だ。魔法の基礎は、アリアから習った」
「いや、基礎って……。……というか、アンタ。魔法が使えるんだっけか?」
「ああ」
「何の魔法が使えんだ?」
「俺が得意なのは『土』の属性魔法で、防御用を色々と覚えた。それから『闇』の魔法は、相手を騙す『偽装』とかをアリアから習った」
「二属性持ちか。しかも『土』と『闇』とは、運が良いな」
「運が良い?」
「各属性の魔法には相性ってのが合ってな。それは知ってるか?」
「……確か、アリアから聞いた覚えはある。『火』は『水』に弱いとか。『土』は『風』に弱いとか」
「そうそう。そしてその逆、ある属性魔力同士を掛け合わせれば、様々な種類の魔法を生み出せる。そういう複数の属性魔力を合わせた魔法を『合成魔法』って言うんだが、それは教えられたか?」
「……いや、教わっていない」
「なんだあの嬢ちゃん、教えてないのかよ。……つぅか、立ち話もなんだな。どっか座れる場所に行こうぜ」
「――……それでしたら、会議を行う遺跡へ御越し下さい。今は誰も居らぬので、神の勇士様には都合が良いかと」
「頼む」
ドルフとエリクは場所を移して話す事になり、その場所を提供するようにラカムは遺跡の中まで案内する。
広場に人が集まった中で人気も少なく、また族長会議以外には使わない遺跡へ目立たぬまま訪れた三人は、その中の一室に集まりながら改めて話を交えた。
「――……まぁ、簡単に言えば。『土』と『闇』の属性魔力持ちは、戦闘や暗殺に向いた魔法師になれる可能性がある」
「!」
「例えば。『土』の魔力属性で飛礫を作って、『闇』の魔力属性で『偽装《フェイク》』の魔法で覆う。そして夜間に紛れて飛礫を放てば、見えない弾丸が相手に気付かれずに命中できる可能性が高い」
「……なるほど、そういう相性か」
「ああ。『闇』の属性魔力ってのは、要するに自分や周囲の『影』や『暗闇』を利用できる魔法に長けてる。俺もそれを利用して、色々と仕事はこなして来た」
「……お前の生業は、暗殺が専門か」
「まぁな。俺の場合は『闇』の属性にしか適正が無いが、そういう『合成魔法』を使う場合は各属性魔力が内包されてる魔石を装備で使う。すると『闇』の属性しか無い俺でも、そこそこ良い魔法は使えるんだ」
「……なるほど。自分の長所を伸ばす為に、工夫しているんだな」
「そういう事だ。……だが魔石ってのは、使い捨てだからな。しかも装備や魔石、更にそれ等を扱う構築式まで破壊されたら使えなくなる。そういう意味で、属性魔力の適正は多い方がいい。なんせ自前の呼吸で属性魔力を集めて、詠唱すれば魔法を放てるんだからよ」
「そうか。ならお前の使っていた『影』の魔法も、そうなのか?」
「ま、確かにそうだが。……アレはちょっと特別なんだ」
「特別?」
「おっと。『影』について教えると、俺の弱点を晒すことになる。だからなるべく、教えたくないんだが……」
そう言いながら口元をニヤけさせるドルフは、エリクの布袋に視線を向ける。
するとエリクは微妙な面持ちを浮かべ、彼が何を要求しているのかを理解した。
「教えて欲しければ、金か」
「ああ、言わば情報料だよ。そもそもの話、自分で作った独自魔法をタダで教えてやる魔法師なんざ居ない。弟子だろうが生徒だろうがな。居るとしたら、自分の作った魔法に興味が無いか、とんでもないお人好しだけだ」
「……まぁ、確かにそうか。……幾らだ?」
「魔法の情報料だけで白金貨を百枚。それを実際に俺が教えるなら、白金貨で五百枚は積んでくれ」
「……」
「おいおい、そんな顔すんなよ。……俺の信条、アンタにも言ったろ?」
「……必要なのは、金か」
「そうだ」
「だが、金より大切なモノもあるんじゃないか?」
「無いね。少なくとも、俺がこの人間社会で生きてる限りは無い」
「!」
「人間の世界ってのはな、『金』っていう明確な価値観によって回ってる。働いてる奴は飯を食う為に金を稼ぐし、安全に寝れる場所を確保する為にも何処の国でも金が必要だ。アンタも傭兵なら、それぐらいは分かるだろ?」
「……ああ」
「俺達みたいな傭兵は、自分の『命』を担保にして『金』を稼ぐ。それが出来ない奴は、『金』を持ってる奴に従うしかないのが人間社会の真実だ。個人だろうが、組織だろうが。国だろうがよ」
「……確かに、お前の言う通りだろう」
「まぁ、人間社会が滅びるってんなら。『金』より必要なモノはわんさかあるんだろうがな。例えば、アンタみたいな強さとかさ」
「……」
「そういうわけで、俺は『金』さえ貰えりゃ自分の秘密だって売る男だ。……それで、アンタは自分の持ってる『金』で買うのかい? 俺の秘密を」
「……分かった、買おう」
「商談成立だな」
エリクはそう言いながら革袋から先程の白金貨が入った革袋を取り出し、それをドルフに放り渡す。
するとニヤけた表情を強めたドルフは革袋を受け取り、その中身を確認した後に改めて自身の『影』を操る魔法に関する秘密を話し始めた。
「――……俺は、自分自身にある制約を課してる。そのおかげで、『影』を自在に操る魔法を使えるんだ」
「制約を?」
「そうだ。そしてそれを破った時、俺は死ぬ」
「!?」
「だから俺は、その制約を絶対に破っちゃいけない。破った瞬間に、死んじまうからな」
「……何の制約をしたんだ?」
「それを正確には言えないな。……だがヒントを言えば。『影』に関する制約だってのは教えとこう」
「影に関する?」
「制約には、その種類と内容によって働きかけ方が異なる場合があるのを知ってるか?」
「制約の内容で?」
「要するに、制約を掛けた内容次第で、その内容と似た部分の効力が強まるんだ。俺は『影』に関する制約を施した結果、『影』を操る魔法の能力を得た」
「!」
「強めたい能力があるなら、その内容に似た種類の制約を誓えばいいわけだ。逆にそれに合わない制約を行うと、まったく得意ではない能力がマシになるだけになる。……だから結局、アンタがそういう制約を施さないと。俺の『影』の魔法は教えられないし。まともに扱えもしないだろうぜ」
「……そういうことか」
エリクはその話を聞き、自分自身に施した制約とドルフも似た事をしていたのだと理解する。
そしてその話を聞いた事で、エリクは自分がドルフから学びたい『影』の魔法を覚えられるか疑問に持ち始めた。
すると悩む様子を見せるエリクに、ドルフは再びニヤけた表情を浮かべて話し始める。
「……だが、裏道はある」
「!」
「ウォーリスは覚えてるだろ? 俺はあの男から金を貰って、『影』の魔法を教えた」
「!」
「俺は出来ないだろうと思ってたら、奴さんはあっさり『影』の魔法を習得しやがった」
「……制約を掛けずにか?」
「ああ。結局は俺も、その方法は分からなかったんだが。……だから、ウォーリスに聞けば分かるんじゃねぇか?」
「!」
「身体がガタガタでも、頭の中にある知識はそのままのはずだしな。制約も無く『影』の魔法を使いたいなら、教えてくれるようそっちに頼みな」
「……そうか、分かった」
ドルフの話を聞いたエリクは、『影』の魔法を扱う為にウォーリスに聞くという選択肢へ至る。
しかし立ち上がろうとするエリクに対して、ドルフは右手の平を差し向けながらニヤニヤとした笑みで要求を向けた。
「アドバイス料。白金貨で五十枚でいいぜ?」
「……」
「なんだよ、その顔。ウォーリスに教えたっていう情報は、秘密の情報じゃないんでな。別料金だぜ?」
「……なるほど、アリアが嫌うわけだ」
「ハッハッハッ。誉め言葉だと思っておくぜ」
対象的な表情と言葉を向け合った後、エリクは要求された白金貨をドルフに渡す。
そうして商談を終えた金の亡者と離れたエリクは、ラカムと共にセルジアス達の居る決闘場へ戻ったのだった。
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