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終章:エピローグ
先達の言葉
しおりを挟むガルミッシュ帝国の皇后クレア等に相談を持ち掛けられたエリクは、ユグナリスに刻まれたままとなっている『赤』の聖紋を他者に譲る方法を考える。
その案を知る可能性がある『青』に連絡を取ると、百年単位で空席だった『赤』の聖紋がどのような形で保管されていたのか、当時のシルエスカに確認する事となった。
そうして互いの情報が出揃うのを待とうとした時、当事者である帝国皇子ユグナリスが現れる。
彼はエリクとの戦いを所望し、それに応じて二人はマギルスの審判によって都市外部において戦闘を始めた。
「――……ハァアアッ!!」
「ッ!!」
『生命の火』を纏わせた凄まじい剣速で突き斬るユグナリスは、手加減など無い本気の剣戟をエリクに放つ。
しかしエリクはそれ等を全て大剣で受け止め、地面を焼け焦がす程の威力で放たれる斬撃を幾度も回避した。
逆にエリクは受ける大剣で相手の剣を弾き、隙を作って凄まじい速度の斬撃を放つ。
ユグナリスはそれを容易く避けると、その剣圧と風圧だけで地面ごと削り飛ばした。
エリクの怪力から放たれる斬撃は生命力すら纏わせていないにも関わらず、その凄まじい一撃がユグナリスの剣戟全てより凌駕している。
それを察するユグナリスだったが、それでも速度と手数で掻き回すようにエリクに接戦を仕掛け続けた。
赤い閃光となって視認する事すら困難な速度で迫り斬るユグナリスに対して、エリクは正確に剣戟を防ぎ回避する。
それを青馬と共に観戦するマギルスは、二人の攻防に感想を述べていた。
「――……わぁ、やっぱ強いね。ユグナリスお兄さんも」
『ヒヒィン』
「まぁ、そうなんだけどさ。……でも、おじさんは本気じゃないね」
『ブルルッ』
「お爺さんと戦ってた時みたいな殺気が無いし、鬼神のおじさんの魔力も使ってない。生命力も身体に纏わせてるだけ」
『ブルッ』
「そうだね。少し前のおじさんだったら、お兄さんも良い勝負したんだろうけど。……あのお爺さんとの戦いで、もうエリクおじさんは別の次元まで行っちゃったんだね」
そうした話を青馬と交わすマギルスは、防戦一方のエリクが本気ではない事を悟る。
今のエリクの力量が自分達を遥かに超えている事を明確に理解し、マギルスは少しだけ残念そうな表情を浮かべた。
力量差に関しては戦っているユグナリス自身も把握しており、自身の渾身と呼べる一撃が全て防がれ回避される状況に歯軋りを起こす。
しかし諦める事の無いユグナリスは両手に持っていた聖剣を右手だけで持つと、『生命の火』で具象化させた自身の赤い宝剣を左手に持ちながら二刀流となった。
そして更に剣速と剣戟を増やし、エリクに凄まじい攻撃を浴びせ続ける。
しかしそれすらも冷静に見切りながら回避し防ぐエリクは、次の瞬間に踏み込みながら左手でユグナリスの右手を掴み止めた。
「な――……ガハッ!!」
更に大剣を握った左拳でユグナリスの腹部を殴打したエリクは、そのまま掴んだ右手を離す。
そしてユグナリスの身体はそのまま大きく後方へ吹き飛び、それでも僅かに吐血を漏らしながら地面に着地して踏み止まった。
すると吐血を右手の甲で拭いながら闘志を衰えさせぬユグナリスに、エリクは声を向ける。
「……お前は強い」
「!?」
「いつかお前は、ログウェルより強くなるかもしれない。……だが、それだけだ」
「……な……っ」
「ここまでで分かった。俺とログウェルに有って、お前に無いもの。――……お前は、優し過ぎる」
「……そんなことっ!!」
エリクの言葉を聞いたユグナリスは、歯を食い縛りながら全身から『生命の火』を発する。
そして両手に握る剣を『生命の火』に戻すと、自身の両手を広げながら身構えた。
すると次の瞬間、『生命の火』によって形作られた精神武装が現れる。
それはウォーリスの時に放った狙撃銃であり、ユグナリスはその銃口をエリクに向け構えながら言い放った。
「そんなこと、俺が一番分かってるんだよっ!! ……でも、それの何がいけなかったんだっ!?」
「……」
「どうしてログウェルは、俺じゃなくて……アンタを選んだんだっ!!」
涙を浮かべながら本音を向けるユグナリスに対して、エリクは静かに見据える。
するとエリク自身も両手で大剣の柄を握りながら構え、全身から凄まじい生命力と殺気を放った。
自身の『生命の火』すら突破するその波動と殺気を受けたユグナリスは驚愕し、引き金を引こうとした指を止める。
するとエリクは、その言葉に対する答えを返した。
「俺が、同類だからだ」
「!!」
「大事なモノの為なら、他の全てを捨てられる。……あの老人がそうだったように、俺もそうだ」
「……!!」
「だが、お前はそうじゃない」
「……そんな、こと……!!」
「お前には、抱えているモノが多過ぎる。……奴はそんなお前に、それ以上を背負わせたくなかったんだろう」
「……ぅ……ヮアアアアッ!!」
エリクの出した答えを聞いたユグナリスは、首を横に振りながら咆哮を上げる。
それと同時に引き金が引かれ、精神武装の狙撃銃から『生命の火』を凝縮した赤い光弾が照射された。
それは凄まじい速さでエリクに向かいながら、彼はそれすらも正確に捉える。
すると両手に握る大剣で真上に掲げた瞬間、生命力を纏わせた気力斬撃と共に振り下ろした。
互いの放った攻撃が二人の間で衝突し、その場に凄まじい衝撃波と突風を生み出す。
ユグナリスの持つ権能によって『増幅』され凝縮された『生命の火』の光弾は、到達者であるエリクの気力斬撃に拮抗して見せた。
しかしそれは二秒にも満たぬ時間だけで留まり、赤い光弾に亀裂が走る。
そして砕けた光弾によって押し勝ったエリクの気力斬撃は、そのままユグナリスを襲った。
「チクショウ――……ッ!!」
自分の全力すら打ち破られたユグナリスは、そのまま気力斬撃に飲まれる。
そしてその場で凄まじい爆風と土埃が舞い、周辺に抉り飛んだ地面が散乱することになった。
それから数秒後、纏わせていた生命力と殺気を解いたエリクは吹き飛んだ地面の方へ歩き始める。
すると土埃が晴れていくその先には、ボロボロの姿で傷付き倒れるユグナリスの姿が在った。
そんな姿を見下ろすエリクは足を止め、息を吐き出すユグナリスに声を掛ける。
「――……ぅ……っ」
「やはり、お前は強い」
「……なんで……っ」
「?」
「俺だって……大事な人の為なら……なんでも、できるのに……。……どうして、ログウェルだったんだよ……っ」
「……」
「なんで、俺の……大事な人……だったんだよ……っ」
ユグナリスは仰向けに倒れたまま空を見上げ、再び涙を零し始める。
ユグナリスにとって、ログウェルもまた大事な者の一人だった。
しかしそんな彼が敵対者となった時、ユグナリスは本気で戦う事も、そして殺す事も躊躇ってしまうだろう。
それが全力の死闘を求めたログウェルにとって、ユグナリスを選ばなかった理由でもある。
そんなユグナリスが理不尽な思いを抱きながら涙を浮かべて顔を右腕で覆い隠すと、エリクはそれに共感するように声を向けた。
「俺も、そうだった」
「……!」
「別未来にアリアと戦った時、俺は戦えず殺せなかった。俺にとって、アリアが大事な者だったからだ」
「……」
「もう二度と、大事な者と戦わない為に。失わない為に。俺は必要な事をする。……お前も、それを考えろ。一人で考えられないなら、周りを頼れ」
「……ぅ……うぅう……っ!!」
エリクはそう話した後、その場から背を向けて歩み去っていく。
それを聞いたユグナリスは腕で覆った顔から更なる涙を流し、咽び泣く声を漏らし続けた。
そしてエリクはマギルスの方へ歩み寄ると、改めて問い掛けて来る。
「やるか?」
「うーん、止めとくよ。僕の方が気を使われちゃいそうだし」
「そうだな」
「お兄さん、どうしよっか? 運んでく?」
「……いや。しばらく、あのままにしておいてやれ」
「そっか。じゃ、先に帰ってよっか!」
「ああ」
エリクとマギルスはそう話し、二人は都市へ戻っていく。
そしてその場に残されたユグナリスは『生命の火』で自身の傷を癒し終え、そのまま泣きながら何かを考えるように夜まで空を見続けた。
こうして同じ権能と経験をした先達者として、エリクは言葉を向ける。
藻搔きながらも歩み出そうとするユグナリスにとって、その助言は自分が進むべき道を探す足掛かりとなったのだった。
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