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終章:エピローグ
今の景色
しおりを挟む老騎士ログウェルとメディアが引き起こした一連の事件から、一年の時が流れる。
あの出来事は人間大陸において『大樹事変』と称されているが、その間に人間大陸で起きた出来事を搔い摘みながらここに記そう。
様々な天災に見舞われた各国は、一年経過した現在でも復旧を続けている場所が多い。
特に海に面した港町や都市は巨大な津波に飲まれ、破壊された施設の再建が行われていた。
それに関して最も貢献したのは、アスラント同盟国である。
海に関する都市構造や施設の作りを頑丈にしていた同盟国は、造船所施設や港の被害において最も軽かったと言ってもいい。
更に各国が主流としていた蒸気機関から魔導科学に移行した動力機関を用いる船団を持つ同盟国は、それ等の技術で新造船を建造し各国の支援に提供していた。
海を利用できなくなった国々は、それにより不足していた物資を同盟国経由で得られるようになる。
それを率先し主導したのは同盟国の議長を務めるアスラント=ハルバニカであり、それを担う海軍は各国の復旧に対して大きく貢献していた。
特に各国の中継地点となる砂漠の大陸に在る同盟国の港はその重要拠点の役割を果たし、若くも優秀な士官達が船長として抜擢される。
その中にはエリク達と面識のある若き海兵士官の姿もあり、彼等は各国の救援に大きな活躍を果たしていた。
一方、『大樹異変』で最も被害を受けたのはフラムブルグ宗教国家である。
自然環境を多く残す宗教国家では荒れ狂った天候によって山脈などで地滑りや山崩れが起き、地形的にも大きな損害が出ていた。
しかしそれ以上に宗教国家の人々を動揺させる事態となったのは、メディアが流した映像によって『黒』が話した真実になっている。
宗教国家の人々が信奉していた『繋がりの神』とは、『創造神』と呼ばれる存在だった。
そして『黒』こそが『創造神』本人だと信じて疑わなかった信者達にとって、その口から語られた真実は受け入れ難い光景を見せてしまう。
『創造神』の破壊衝動から生まれた『黒』が、自分達が崇め敬うべき対象なのかどうか。
それを多くの信者達が疑問視し、『繋がりの神』に対する信仰心が大きく揺らいでしまったのだ。
それは様々な動揺から混乱へ陥り、事件後には一部地域で暴動が発生してしまう。
これが更なる死傷者を出してしまう結果となり、宗教国家は宗教観の相違によって内部分裂という最も深刻な被害を受けることになってしまった。
それでも教皇を務めるファルネ猊下は暴動を治める為に、信徒達へ自身の意思を布告する。
『――……彼女は創造神の代弁者であり、その意思を私達に教え導いたことに変わりはありません。故に彼女こそ、我々が仕えるべき繋がりの神なのです』
そうして『繋がりの神』に対する信奉の意思を改めて表明した教皇ファルネに対して、肯定派の信者達は同意を示す。
しかし疑問を持つ信者達は宗教国家を捨てる者もおり、中には過激な思想を抱く者が反対勢力を国内で築く事となってしまった。
結果として肯定派と反対派に別れた宗教国家は、一年経った今でも内部抗争を続けている。
それでも各国の上層部は肯定派に味方する意思を見せ、肯定派に対する過激な行為を行う反対組織を撲滅する為に、各国が有する腕利きを秘かに派遣していた。
その中には、特級傭兵スネイクを含む『砂の嵐』も加わる。
彼等は派遣された者達を纏め上げ、反対組織の意図を組み有効な戦術を用いて殲滅に貢献し各国から一定の評価を得ることになった。
『――……反対組織の裏には、かなり規模のある組織が関わってる。根深さから見ると、相当前から根を張ってたみたいだな』
『……前教皇が用いていた、組織ですか』
『多分な、裏には四大国家に属さない非加盟国がいるんだろう。そういう連中とはよく殺り合ってたから、やり口も分かるぜ』
『やり口?』
『連中は宗教国家を戦場にして、色々と儲けたいんだろうよ。……俺達の故郷を、戦場にした時みたいにな』
『……以前、砂の嵐には追い詰められましたが。そんな貴方達にも、戦う理由があるのですね』
『そんな大した理由じゃない。……それに、傭兵は報酬次第で命を賭ける。例えアンタ達に恨まれてても、仕事は果たすさ。……ま、後ろから襲うなら話は別だがな』
『……分かりました。今は宗教国家と信徒達の為に、貴方達を信じましょう』
かつて村を襲撃され多くの村人達やミネルヴァを死に追いやられたファルネは、その実行者である『砂の嵐』とスネイクに対する遺恨を一時的に気持ちの片隅へ置く。
そして未加盟国の実情を知るスネイクはその情報を使い、反対組織に関する内情を教皇を通じて各国へ伝え、背後で意図を引く非加盟への対処を任せる。
それは功を奏しつつあり、『結社』を通じて情報を得られた非加盟の首謀者とその組織幹部は捕らわれ、反対派の過激行為も減少に向かせたのだった。
そうした一方で、以前と様子が変わらぬ国もある。
それは島国のアズマ国であり、一時的な混乱こそ見られたものの今では落ち着き払った様相を見せていた。
ただその国内では、一人が異様な落ち込み様を見せているが。
『――……ぐすん……っ』
『帝、いい加減に機嫌を戻せ』
『……ふんっ。どうせ余は、役立たずだよ……』
『仕方無かろう。今回に至っては事実なのだから』
『事実でも言って良い事と悪い事ってあるよねっ!?』
『それを悔いて思えるのなら、少しは精進すればよいものを』
『精進って言っても、余の能力はそういうのとは無関係だしさぁ』
『気構えの問題じゃよ。……まったく、子供の御守りも大変じゃのぉ』
今回の事態においてほとんど役に立たなかった事を辛辣に告げられた『白』の帝は、暫く不貞腐れた様子を宮廷内で見せる。
その御守りをしているのは、『茶』の七大聖人ナニガシだったそうだ。
しかしその様子はアズマ国にとっては日常的な風景でもあり、あまり深刻な事態とはなっていない。
政を担うのは変わらず公家であり、国内の治安維持と警備は当理流の門下生と師範達である光景は変わらなかった。
ただ、今までとは異なる光景もアズマ国内には見える。
それは当理流の流派『月影流』であり、その当主である武玄の屋敷の広い庭には、アズマ人とは異なる容姿をした二人の姿が在った。
『――……ォオッ!!』
『遅い!』
その庭先で響く声の主は、三人の女性。
一人目は、『月影流』の当主である武玄の妻であり御庭番衆の頭領を務める巴。
二人目は、元ルクソード皇国の皇王であり元『赤』の七大聖人でもある赤髪のシルエスカ。
三人目は、同じ赤髪を持つケイル。
この三人は稽古着を身に着け、巴とシルエスカが素手の模擬戦を行っている。
それを傍らで見据えるケイルは、二人の組手を目で追いながらシルエスカが地面に叩き付けられる形で投げられた光景を見ていた。
『……クッ』
『まだ重心が揺れていますね。だから簡単に投げられてしまうんですよ』
『……ここまで、自分が弱いとはな……』
『弱くはありません。ただ貴方の技量が未熟で、私の技量が熟しているというだけです』
『……そうか』
背中から倒されたシルエスカはそのまま上体を起こして立ち上がり、その場から離れる。
すると代わるようにケイルが歩み出て、巴と向かい合いながら素手で構えながら告げた。
『……いきます』
『ああ』
二人は静かに向かい合いながらそう声を向け、次の瞬間に互いが踏み込む。
そして幾多の手刀と脚撃が交差した後、それを互いに交わしながら激しい攻防が続いた。
すると巴が素早い左拳を顔面に放ち、それをケイルが避けながら首を傾けて肩で挟みながら受け止める。
その瞬間に動きを止めたケイルの鳩尾を狙う巴は、そのまま右手の手刀を胸に打ち込んだ。
しかし掴み止めた巴の左腕を右手で掴みながら身体を捻ったケイルは、そのまま左肘で巴の左手刀を防ぐ。
そしてそのまま右足を払って巴の左足を蹴り上げ、その身体を横に倒しながら左拳を顔面に突き込んで止めた。
一瞬の攻防で制したケイルに対して、眼前の拳を見た巴は溜息を零しながら告げる。
『……強くなったな』
『いえ、この条件だから出来ただけです。……頭領の技術を全てを使われたら、こうは出来ない』
『それでも、もうお前には組手で勝てないな。……見事だ、軽流』
『ありがとうございます』
師である巴を組手で上回ったケイルは、その賞賛を素直に受けて感謝を伝える。
すると跳び起きた巴は、そのままケイルと向き合いながら伝えた。
『そろそろ、忍術を習ってみるか?』
『えっ。……いいんですか? 前は反対してたのに』
『あれは付け焼刃での話だったからだ。武玄様からは、気力の性質変化を習ったな?』
『はい』
『ならば、今のお前でも習得するのは可能だろう。それを応用すれば、私のように分身を作り出すのも可能だ。瞬身も出来れば、お前に敵う者は人間大陸では指折りの数だけになるだろう』
『……でも、本当にいいんですか? どの術も、この国の秘伝なんじゃ……?』
『今更だな。……それに、彼女に負けたくないんだろう?』
『!』
『だったら、持てる手段は一つでも多い方がいい。……好いた男の為に強くなるのは、悪い事でもないしな』
『……はい!』
『――……もう一度、我と頼む』
『ええ、いいでしょう』
ケイルに対してそう伝える巴は、再びシルエスカとの稽古に応じる。
そんな女性達を屋敷内で静かに見守るのは、巴の母親でもある千代だった。
『――……良い友も出来たようだね、巴。……武玄様も、今頃は修練に励んでおるかな』
千代は屋敷から見える山向こうに視線を送り、そこで激しい訓練を積んでいる武玄の事を考える。
一年前の出来事を経て実力不足を痛感させられた四人は、自分達の実力を高める為に互いの持つ技術を教え合い、自己鍛錬を施していた。
特にケイルは当理流の技だけではなく、気力を用いた気術や忍術を巴から学び、シルエスカからも意識的に『生命の火』を扱う技術を学んでいる。
それ等を学び習得することを望んだケイルに彼女達も応じ、互いを高め合う訓練を施し合っていた。
武玄もまた、自分自身を鍛え抜く為に別の場所で修業を行っている。
その理由は彼女達と同じながら、ある矜持も抱いていた。
『――……弟子が高見を目指すというのに、師である儂が目指さずしてどうするか……!』
実力を伸ばす弟子の師で在り続ける為に、武玄もまた努力を惜しまない。
そして時折ケイルと共に『霞の極意』を用いた模擬戦を行い、剣の技量も高め合っていた。
それと同時に未習得だった『月影流』の奥義も伝授され、今のケイルは自己を鍛え上げる為に日々を費やしている。
その先に目標を定めているケイルの姿は、思い悩んでいた以前に比べて晴れやかな様子を見せていた。
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