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革命編 八章:冒険譚の終幕
天界崩壊
しおりを挟む『黒』に『世界を滅ぼす者』と予言された老騎士ログウェルは、自ら望んだ激闘の果てに最後を遂げる。
その光景はその傍に居る者達だけではなく、地上の人々にも投影されている映像を通して伝えられていた。
「――……エ、エリク団長が勝ったのか……!?」
「ああ、そうだよ!」
「流石は団長だぜ!」
「――……教皇様!」
「ええ。……彼が、やってくれました……」
「おじさん、凄い!」
それを視ている者達の中には現共和王国の黒獣傭兵団を始め、宗教国家の信者達や他国の人々からは喜びの表情が浮かび上がる。
しかしその真逆の様子も存在し、ログウェルと直に接し馴染み深い者達はそれぞれに表情を沈めていた。
「――……ログウェル……ッ」
「伯爵……っ」
「ガリウス卿……」
「……それで本当の良かったのか、ログウェル……。……お前の最後は……」
ログウェルを良く知るクラウスを始め、その息子であるローゼン公セルジアス、そして旧皇国であるアスラント同盟国に居るダニアスはそれぞれに苦渋の表情と声を零す。
そして『青』達と共に居るシルエスカもまた、ログウェルの最後に納得を浮かべられなかった。
更に同盟国の一都市に在る屋敷にて、同じ映像を見ている老人が揺れる椅子に座っている。
それは旧皇国において宰相を務めた事もある、元ハルバニカ公爵家当主ゾルフシスだった。
「――……ログウェル殿……。……貴方の最後、確かに見届けましたぞ……。……儂も、今生の約束を果たさねばな……」
五年前に現役を退き更に老いを進めていたゾルフシスは、古くからの友であるログウェルの死を見届ける。
そしてその膝に置かれた一冊の本に右手が触れ、何かを決意するような様子を見せていた。
そうして世界の命運を賭けた死闘の結果を世界中の人々は見届ける中、同じように映像を通して視る者がいる。
それは聖域に散乱した木々の瓦礫に腰を下ろしながら並び座る、リエスティアの身体を借りた『黒』とメディアだった。
すると映像を通してログウェルの最後を見たメディアは、表情を見せずに『黒』へ問い掛ける。
「――……これも、『黒』が視ていた未来だったの?」
「……彼が勝つ未来もあったよ。それを防ぐのが、調律者である『黒』の役割だったからね」
「そう。……ログウェルは、わざと負けたのかな?」
「いいや、彼は本気だよ。本気で戦って、本気で負けたんだ。……これは彼の望んだ、冒険譚の終幕なんだよ」
「……そっか……」
『黒』はログウェルの結末についてそう話し、それを聞くメディアは顔を僅かに沈めながら擦れた声を漏らす。
そして彼女の顎下から水滴が零れ落ち、聖域の地面に幾つか濡れた点を作り出した。
するとメディアが纏う『魔王の外套』が自らの意思で動き、布の端を彼女の顔に拭うように触れる。
それに左手を触れさせながら僅かに撫でた後、自らの手で涙を拭ったメディアは右側へ視線を向け、右手を翳して操作盤を投影させた。
そうして操作盤に手を触れさせるメディアは、ただそれを見ている『黒』に問い掛ける。
「止めないの?」
「それを、止める必要は無いからね」
「あっそ……」
メディアがやっている操作を止めない『黒』は、そのままその光景を見守り続ける。
すると地上の人々に投影されていた映像がログウェル達の映像が切断され、変わるようにメディアの映像が投影された。
「!」
『――……勝負の結果は、ログウェルの負け。みんな、良かったね? これで世界は滅びずに済むよ。……でも、私は君達を許せない』
「……!?」
『一人を犠牲にして救われた世界で、これから何も変わらず何も変えずに生きていくだろう君達を、私は許せない。――……五百年前の、あの時みたいに』
「え……」
『五百年前の天変地異。それを止める為に、一人の少女が犠牲になった。……いや。今のお前達のように、たった一人に世界の命運を託させて犠牲にさせた』
「……!!」
『私はね、何もせず他者ばかりに犠牲を強いる人類に、存在価値は無いと思っている。……今みたいに、ログウェルが死んで喜んだ連中は特にね』
「……ッ」
今までのような笑みはせず、無感情にも見えるメディアに映像を通して人々は戦慄する。
まるで地上の人々の様子を察していたかのように話すその言葉には、確かに人類に対する軽蔑と侮蔑が窺えた。
そんな人類に対して、メディアは立ち上がりながら告げる。
『今回の映像は人間大陸だけじゃなく、魔大陸にも映してる』
「!?」
「魔大陸……!?」
『今回の事態に介入しないよう、ログウェルの頼みで私から魔大陸の王達に頼んだ。……つまり私の声は、魔大陸に居る魔族や魔獣達にも告げている』
「……まさか……」
『お前達も、五百年前に仲間である一人の少女が犠牲になるのを見捨てた。……私は、この世界の在り様が全て許せない』
「!!」
『だから次は――……君達全員が、大好きな犠牲になればいい』
「……!?」
メディアはそう伝えると、右手の中指と親指を擦り音を鳴らす。
すると次の瞬間、『螺旋の迷宮』によって隔離され浮遊している天界の大陸真下に、巨大な時空間の穴が出現した。
それと同時に世界の人々がいる現世側にも巨大な時空間の穴が出現し、そこから魔鋼の白い大陸が見える。
更にその真下部分に変形していた巨大な砲台が、凄まじいエネルギーを集束し始めた。
その異変は外に居る下界の人々にも視認され、同時に天界の場所に立つエリク達にも異様なエネルギーの波動と振動を真下から感じさせる。
「――……!!」
「な、なんだ……!? このヤベェ気は……!?」
「……」
「巨大なエネルギー反応……真下からッ!!」
エリクとケイルは異様な雰囲気をそれぞれ感じ取り、事態が新たな展開へ陥ったことを察する。
しかしログウェルの遺体を抱えて泣き崩れるユグナリスは、その事態に動揺すら出来ずに気力を沈め続けていた。
僅かに離れた機動戦士を操縦するドワーフ族長のバルディオスもまた、搭載した装置によって映し出される大幅なエネルギーの波動を視認する。
するとアルトリアだけは何が起こっているのか即座に気付き、全員に呼び掛けた。
「……まさかアイツ、砲撃するつもりっ!?」
「!!」
「なんだってっ!? でもアイツは、『黒』が止めてるんじゃ……まさかっ!?」
「とにかく、急いで止めないと――……ゴホッ、ゲハ……ッ!!」
「アリアッ!?」
「!!」
アルトリアは地上に向けて砲撃が成されようとしている事を即座に理解し、それを止めようと権能を使い操作盤を投影させようとする。
しかし強まり過ぎた権能に魂が耐え切れず、再び魂に小さな亀裂が生じるのと連動し、胸部に鋭い痛みを感じながら吐血を起こして膝を地面に着いた。
それを見たケイルは急ぎ駆けつける中、エリクもそれに気付き駆け寄ろうとする。
しかし瀕死のままであるエリクもまた崩れるように膝を落とし、その場に倒れた。
「……か、身体が……ッ」
「お前はじっとしてろ! ――……アリア、大丈夫かっ!?」
「……も、もう一度……」
「止めろっ、もう権能を使うな! マジで死ぬぞっ!!」
「でも、このままじゃ……っ」
自らを犠牲にしてでも権能を使い砲撃を止めようとするアルトリアを、ケイルは必死に抑える。
そんな二人の会話が聞こえるエリクは、再び彼女が自分を犠牲にして世界を救おうとしている事を理解し、この事態に対して必死に思考を巡らせた。
すると倒れ伏す白い魔鋼の地面に視線を落とした瞬間、エリクの脳裏にある方法が思い浮かぶ。
そして倒れたまま、傍に居るであろう人物に呼び掛けた。
「……帝国の、王子……」
「……」
「お前に預けた、聖剣を……」
「……」
「おい……!」
エリクは必死に呼び掛け、傍に居る帝国皇子に呼び掛ける。
しかし顔を伏したままログウェルの遺体を抱き抱えるユグナリスは、エリクの声に何の反応も示す様子を見せなかった。
すると呼び掛けを即座に諦めたエリクは、顔を上げながらアルトリアの傍に居るケイルに呼び掛ける。
「ケイル……!!」
「!?」
「コレを、止める方法がある……」
「えっ!?」
「……!!」
エリクの呼び掛けを聞いたケイルは、その言葉に驚きを浮かべる。
同じくそれを聞いたアルトリアも驚愕を見せた後、ケイルはその場から立ち上がりながらエリクの傍に駆け寄って聞いた。
「方法って、どうするんだっ!?」
「……帝国の王子が、白い布の……聖剣を持っているか……?」
「え? ……あ、ああ。持ってる。後腰に提げてる剣か」
「それは、どんな魔力を持つ物も、壊せる剣だ」
「!」
「あの聖剣は、俺達のような権能を持つ者しか持てない。だから聖剣を使って、天界を破壊してくれ。……今は、お前にしか出来ない……」
「ア、アタシ……!?」
エリクはそう頼み、魔鋼で築かれた天界の大陸を『聖剣』で破壊するよう頼む。
それを聞いて驚愕し動揺するケイルだったが、この場で権能を持ち精神的にも肉体的にも無事な者は、この中で自分だけだと察した。
そして決意の表情を見せるケイルは、頷きながらエリクの作戦に応じるように立ち上がる。
「分かった、やってみる。――……おい! この聖剣、持ってくぞっ!!」
「……」
ケイルは放心するユグナリスの後ろ腰から『聖剣』を奪うように柄を掴み、そのまま引き抜く。
そして巻かれていた白い布を取り払い、『聖剣《けん》』の輝く白い刀身を露にさせた。
その瞬間、『聖剣』に嵌め込まれた赤い宝玉が輝き始める。
まるで高まる魔力の集束に反応しているかのように、『聖剣』は宝玉と刀身の光を強め始めた。
それを機動戦士の操縦席を通して視認したバルディオスは、ケイルが聖剣を持っていることに気付く。
そしてその用途を察しながら、機体を通して慌てるように声を届けた。
『――……ちょっと待ていっ!!』
「えっ!?」
『聖剣で天界を壊す気じゃろっ!? その前に、そいつ等を機体の手に乗せろ! そのまま壊したら、まとめて落ちるぞっ!!』
「……そ、そうだ……!!」
バルディオスの声で改めて自分の行動で起きる状況を理解したケイルは、聖剣を白い布で巻き戻しながら刀身を隠す。
そして機動戦士は彼等の傍まで歩み寄り、片膝を着きながら両手の平を見せる形で合わせるように地面まで下げた。
ケイルは左手に白布に包まれた聖剣を持ったまま、傍に居るエリクを支えて立ち上がろうとする。
しかし瀕死のエリクは自力で立つことが出来ず、その巨体の全体重を支えながら引きずるように歩き出した。
すると機動戦士の|操縦席からバルディオスが飛び降り、エリク達の傍に駆け寄りながら伝える。
「儂が男共を運ぶ! お前さんは向こうの女をっ!!」
「あ、ああ。頼む、爺さん」
巨体のエリクを軽々と腰から抱えて肩に担いだ筋骨逞しい小柄な老人に、ケイルは動揺しながらも頼む。
そして言う通りにアルトリアが膝を着く場所まで赴き、その華奢な身体を支えながら軽々と立ち上がった。
「行くぞっ!!」
「……っ」
アルトリアはその言葉に従い、ケイルに支えられながら機動戦士の両手まで向かう。
そしてエリクを手の平に置いて来たバルディオスは、ログウェルの遺体を抱えたまま動かないユグナリスに声を向けた。
「おいっ、若いのっ!! お前も行くぞっ!!」
「……」
「ったく、若いのにだらしないのぉ!! ――……フンッ!!」
涙を流しながら気力を失っているユグナリスに対してバルディオスは悪態を漏らしながらも、その逞しい両手と両腕でユグナリスの身体とログウェルの遺体を肩で抱える。
そして駆け出けながら手に乗せられているアルトリア達と合流し、聖剣を持つケイルに声を掛けた。
「儂が操縦席に乗ったら、聖剣を地面へぶっ刺せ! そして、天界を破壊するよう命じるんじゃ! それが出来たら、お前さんも手の平に乗れ!」
「……ああ!」
アルトリアやユグナリス達を乗せ終わった二人はそう話し、バルディオスはそのまま操縦席まで駆け上がる。
そして操縦席にバルディオスが乗ったのを確認すると、改めてケイルは『聖剣』に巻いた白い布を取り払い、両手で柄を握りながら魔鋼の地面に白銀の刀身を向けた。
「こんなふざけた場所、全部ぶっ壊せっ!!」
『――……リィィイインッ!!』
ケイルはそう叫びながら、『聖剣』の刃を白い魔鋼の地面に突き立てる。
それと呼応するように『聖剣』から共鳴音が鳴り響き、刀身と突き刺さった地面から眩いほどの極光が放たれた。
すると天界の大陸真下に存在する巨大な大砲から、一筋の光が放たれる。
一瞬それは砲撃が放たれたかにも見えたが、その白銀の極光は聖剣が放っている極光と同じモノだった。
そして次の瞬間、その極光を中心に天界の大陸全体に巨大な亀裂と白い極光が漏れるように放たれ始める。
それをケイルも視認すると、機動戦士からバルディオスの声が発せられた。
『乗れっ!!』
「ッ!!」
ケイルは呼び掛けに反応し、聖剣を突き立てたまま機動戦士の両手に飛び乗る。
それと同時に操縦席に座るバルディオスは機動戦士の飛行装置の推進剤を噴射させて上空へ飛び立った。
それから数秒後、天界の大陸は膨大な波動すら凌駕する巨大な極光によって大きな亀裂を起こし、そのまま崩壊していく。
更にその極光が、大陸の周囲を覆っている『螺旋の迷宮』の隔離空間や真下に出現した時空間の穴を破壊した。
白銀の極光を浴びた白い魔鋼は分解するように崩壊し、その瓦礫が次々と真下に落ちていく。
そして巨大な砲台も原型を保てないほどに粉々に砕かれると、現世に帰還した天界の大陸は真下に広がる海へ瓦礫となって落下し始めた。
そうした光景に天界がなっている中、マナの大樹が存在する聖域の時空間もまた巨大な亀裂に包まれ始める。
それをメディアの傍で見上げる『黒』は、寂し気な微笑みを浮かべながら話し掛けていた。
「――……これが、老騎士が選んだ未来。『天界崩壊』だよ」
「そっか。……これで、満足かい? ログウェル――……」
「……リエスティア。後は、お願いね――……」
形成されている時空間に巨大な亀裂が生じていく聖域もまた、『聖剣』の効力によって崩壊する。
それをメディアと共に見届けた『黒』は、次の瞬間にその人格はリエスティアの身体から消えていた。
こうして世界を滅ぼす兵器を搭載した天界は、瓦礫となって崩壊する。
それは『聖剣』の恐るべき威力であると同時に、『老騎士』の導き選んだ未来でもあった。
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