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革命編 八章:冒険譚の終幕
戦士の成長
しおりを挟むついに激突したエリクとログウェルだったが、その戦闘は一方的な様相を見せ始める。
自らの長所とも言える剛力で圧倒しようとするエリクに対して、それに対抗できる程の卓越した剣技を見せるログウェルが圧倒する戦況となっていた。
二人の衝突は魔鋼で覆われた大地を破壊する程の影響を見せていたが、その実そうした威力を見せているのは生命力を全力にしながら戦うエリクだけ。
ログウェルはほとんど肉体から生命力を漏らさず、余裕を見せながらも無駄の無い動作だけで対応して見せていた。
そうした戦いを機動戦士の操縦席内で映し見ているバルディオスやユグナリスは、焦る口調で話し合っている。
「――……おいおいおい。エリクの奴が、あんな一方的に……!」
「……動きに無駄が多いんだ」
「え?」
「俺でも分かる。あの人の動作は、無駄な力が入り過ぎてる。アレじゃあ、ログウェルには一撃だって当てられない……。それどころか、剣すらまともに振らせてくれない」
「そ、そうなのか?」
「俺も散々、ログウェルに言われたんだ。無駄な力が入り過ぎた動作は、次の攻撃を読み易くさせるだけだって。だから止めるのも回避するのも簡単だって」
「……到達者というだけではなく、凄腕の剣士ということか。あの男」
「あの人は確かに凄い剛力だけど、当たらなきゃ意味がない。……アレなら、俺が戦った方がまだマシだ……!!」
エリクの劣勢に驚愕するバルディオスに対して、ユグナリスは冷静ながらの熱が籠る声でそう話す。
三年以上に渡りログウェルから厳しい訓練を施されたユグナリスにとって、師と同じようにエリクの動きに無駄が多い事を悟る。
それ故にログウェルには予測に近い先読みで剛力の最大威力となる機会をズラされ、長剣どころか片手で大剣を受け止められてしまう。
その一瞬で生命力を纏わせ受ける箇所を強化したログウェルの動きには、一切の力みが無い為に素早く鋭い。
逆にエリクは全身を常に力ませながら戦う為に、次の動作がハッキリと捉えられてしまう。
そうした技術を主軸とするログウェルの戦闘姿勢に、エリクの剛力は届かない。
ユグナリスも自身の経験からその結論へ至り、歯痒い思いを向けながら二人の戦いを見続けていた。
そんな時、彼等とは異なる声が発せられる。
「――……大丈夫だよ」
「!」
「マギルス殿っ!?」
その声を発したのは、同じ操縦席内の床へ座らせられ壁に背を預けていたマギルス。
ユグナリスの『生命の火』によって原動力となる魂を喪失しかけながらも、エリクの血によって救われた彼は瞼を開き、二人が戦う映像を見ながら微笑んだ。
「おじさんなら、すぐに覚えるよ」
「え?」
「覚える……?」
「僕と遊んだ時なんか、すぐ覚えちゃってたから。僕も、最初は凄く焦ったんだ」
「……?」
「口で教えるよりも、実際にやった方が覚えるの凄く速いんだよね。僕もそうだけど……おじさんは、僕よりずっとそれが凄いんだ」
「……」
自身の経験によってエリクへの信頼を向けるマギルスに、二人は不可解な様子を見せながら映像へ視点を戻す。
すると二人の戦いに場面は戻り、ログウェルの夥しい剣戟がエリクを再び襲い始めた。
縦横無尽に走る長剣が間合いを伸ばすようにエリクの肉体を傷付け、次々と流血を生み出す。
割れ砕けた白い魔鋼の地面には赤い血が滴り、その凄惨さを物語っていた。
それでもエリクは倒れず、今度は退こうとしない。
身を退いた瞬間に凄まじい速さで襲い来るログウェルの踏み込みに対抗するには、可能な限り接戦を維持しながら生命力と大剣で受けるしか手段が無かったのだ。
そうして苦戦を強いられるエリクだったが、その瞳からは戦意は衰えていない。
むしろ眼光は鋭さを増し、ログウェルの剣技を見ながら僅かな対応を見せ始めていた。
「――……ほっ」
「ッ!!」
ログウェルが放った一つの剣戟に対して、エリクは狙われた右脚を僅かに下げる。
すると生命力ごと深く切り裂くはずだっ右脚は浅い裂傷だけに留まり、機動力となる脚の負傷をエリクは辛うじて防ぐ様子が見せた。
それに気付いたログウェルは微笑みを深め、今度は鋭く素早く薙ぎ上げた剣戟をエリクの両肩に向ける。
鎖骨ごと両断しようとした剣戟に対しても、エリクは僅かに上体を逸らし皮膚だけを切られるだけに留めた。
他者からは圧倒されるように視えていたエリクだったが、その姿勢に僅かずつ変化が及んでいる。
それに真っ先に気付いていたのは対峙しているログウェル自身であり、剣戟を止めず余裕を崩さぬ微笑みで声を向けた。
「儂の動きが、視えてきたようじゃのぉ」
「!」
「やはりお前さんは、追い詰めると良い感じになる。――……まだまだ、速くするぞい!」
「クッ!!」
そうした声を向けた瞬間、宣言通りにログウェルの剣戟が速度を増す。
しかも戦闘において致命傷となるだろう箇所も狙い始め、エリクはそれに対応するしかない。
最初は剣戟の軌道を見ながら自身の勘によって回避していたエリクだったが、その剣戟も速度を速めた為に目では追えなくなってしまう。
更に深く切り裂き始めたを剣戟を幾多も受けると、エリクは咄嗟にログウェル自身に対して視線を向け、胴体を中心とした両腕と両脚の動きを視ることに切り替えた。
「ッ!!」
すると次の瞬間、エリクは速度を上げた剣戟の一つを大きく跳び避けずに最小限の動きだけで回避して見せる。
それを見たログウェルは満足気な笑みを零し、口を微笑ませながら声を向けた。
「そう、ちゃんと敵を視るんじゃよ」
「ッ!!」
向かって来る剣戟《けん》ではなく、剣を振る持ち主の動作こそを見極める重要性をエリクは把握し始める。
まさにログウェルと同じ技術を習得し始めるエリクは、二分にも満たない戦闘の中で急激な成長を見せ始めた。
そして徐々に、エリクが大剣や生命力を用いない動作だけでログウェルの剣を次々と避け始める。
機動戦士の操縦席からそれを見るユグナリスもまたそれに気付き、驚愕の表情と声を零した。
「……あの人の動きが、どんどん良くなってる……!?」
「だから言ったじゃん。エリクおじさんなら、大丈夫だよ」
「そんな……。……この短時間で、ログウェルの剣を見切り始めたっていうのか……。……俺でも、一年以上は掛かったのに……っ」
僅かな時間で師匠の剣戟を見極め始めたエリクに、ユグナリスは信じ難い様相を浮かべる。
それは彼に対する純粋な驚愕だけではなく、師匠から教えを受けた自身の成長速度を遥かに上回るであろう事に、ユグナリス自身が嫉妬を抱いたからでもあった。
そうした嫉妬の目が向けられている事に気付く余裕すらないエリクは、必死にログウェル自身の動きを見て致命傷となる剣戟を悉く避けていく。
しかし彼自身の思考は、ある人物の動きと言葉を参考としていた。
『――……なんで俺は、お前の動きを捉えられないんだ……?』
『……アタシを知ってる気になってるからだ』
『え……?』
『お前は気配の読みも、目もいい。だが周囲に気配を紛れさせ、感情の無い動きと刃を捉えきれなかった。それだけだ』
『……感情が、無い?』
『アタシが剣を習った流派では、これを『霞の極意』と呼んでいる』
『かすみ……?』
『自分の意識を周囲に溶け込ませ、思考せずに自分の身体を動かす。……要は何も考えず、刀を振る。それがアタシがこの二年間で習得した、新しい技術だ』
『……それだけで、あんな動きが……!?』
『出来るみたいだぜ。……無意識に動くアタシの身体は、無駄な動きが一切ないらしい。そして気力も一瞬しか込めてないから、僅かな動作だけで最大限の動きが出来る』
エリクが思い出していたのは、仲間であるケイルと箱舟で戦った時の場面と言葉。
彼女が習得した『霞の極意』と呼ばれる技術を、エリクは無意識に真似しつつあった。
ログウェルの動きを捉えながら自身の直感のみで剣戟を避ける事に専念するエリクは、最小の回避動作から反撃の機会を無意識に求め始める。
その為には回避と同時に攻撃の動作も必要となる事を無意識ながらも理解し、エリクは自分の鼻先に飛ぶ剣戟を僅かに横へ回避し、僅かに流血しながらも身を捻りながら片腕だけで振る大剣をログウェルに薙ぎ向けた。
「おぉっ!!」
「グゥッ!!」
ログウェルは歓喜した様子で身を屈めながら、エリクの大剣を回避する。
その反撃としてバネのように跳ね上げた身体と右腕で剣の突きを放ち、エリクの下顎を狙った。
エリクはそれを仰け反りながら回避し、顎先に切り傷を作られる。
それでも回避からの反撃に成功し、瞬く間に来る相手の反撃を避けた様子は、ログウェルに更なる深い笑みを向けさせた。
「ほっほっほっ。やはり良いのぉ、お前さんは!」
「ッ!!」
「生死を賭けた戦いの中で、成長できる者! それでこそ、儂の認めた『戦士』じゃよっ!!」
歓喜と共に更に速度と鋭さを増した剣戟を放つログウェルに対して、エリクは再び防戦に入る。
それでも徐々に学習し始める技術によって、エリクの動きは数分前とは比べ物にならない程の力量へ達し始めていた。
その領域まで彼を引き上げているのは、『敵』である老騎士ログウェル。
到達者に至りながらも戦いの中で更なる成長を見せるエリクに、ログウェルは歓喜と期待の瞳と剣を向け続けた。
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