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革命編 八章:冒険譚の終幕

彼女の影に

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 メディアの消息について新たな手掛かりを得たエリクは、フォウル国の巫女姫レイに会う事を決める。
 更にマシラ共和国に留まっていたマギルスと合流する為に、フォウル国に転移魔術で往来できる妖狐族クビアを大金で雇い入れる事になった。

 そうして活動するエリク達を他所に、同時間帯のアリアとケイルへ視点が戻る。
 帝国南方の樹海もりにて産気づいたパールの出産に立ち合う二人は、分娩作業を終えていた。

 産気の知らせを受けてから十時間以上が経った樹海は、日が真上に昇る時間帯となっている。
 すると遺跡の建物に腰掛け、空を見上げているケイルが見えた。

「――……はぁ……」

 溜息を漏らしながら日の光を浴びるケイルは、疲れ果てた様子を浮かべている。
 そしてそのまま背中を倒し、遺跡に敷かれた石畳に寝転がった。

 するとそんなケイルを見下ろすように、日の光で金色の髪を輝かせているアルトリアが呼び掛ける。

「――……介助かいじょ、ご苦労様」

「……出産って、魔法があってもあんなに大変なのかよ……」

「当たり前よ。そもそも魔法が一般的じゃなかった太古の時代だと、出産時の死亡率は五割近くもあったみたいよ。魔法はその危険性リスクを避けるだけで、基本的にはやることに変わりないわ」

「……そっか」

「良い勉強になったでしょ、自分の時には覚悟しておくのね。なんなら、私が取り上げてあげるわ」

「……絶対に、お断りだ」

 今回の出産を手伝ったケイルは、その内容に肉体的な疲労よりも精神的な疲弊を見せる。
 そんな彼女にそうした言葉を向けているアルトリアが傍に腰掛け、二人は話を続けた。

「それで、パールって女のほうは?」

「今は安静にさせてる。出産してもまだ立ち上がろうとする気力が残ってるんだから、流石だわ」

「そうか。……それで、赤ん坊はどうだよ?」

「体調的にも肉体的にも問題なし。元気な男の子よ」

「そうじゃなくて。……お前と同じ創造神オリジン権能ちから、持ってそうなのか?」

 着いていた背中を再び起こして問い掛けるケイルは、パールの子供が目的である創造神オリジンの欠片を持つ者かを尋ねる。
 するとアルトリアは少し悩む様子を見せながら、困った表情で声を零した。

「……どうかしら」

「え?」

「まだ生まれたばかりだし、権能ちからが弱いだけかもしれないけど。それらしい権能ちからを持っているようには、感じないわね」

「じゃあ、はずれか?」

「それも分からないわ。そもそも創造神オリジンの欠片を持つ者同士が嫌い合うって言っても、それは私達みたいに成長して明確な意思があるからこそ成り立つんだし。生まれたばかりの赤ん坊が私達に対して泣いたり喚いたりしても、それが答えにはならないわ」

「そりゃ、そうだけどよ……」

「それに、私が見てもあの子を嫌う感じは無いし。それを言ったら、エリクや貴方ケイルを嫌悪はしないのよね。馬鹿皇子ユグナリスは見てるだけでイライラするけど、殺したい程じゃないし」

「……そういや、『アイツ』が言ってたな。今のアタシ等は、創造神オリジンの欠片を持つ者としては異端みたいなこと」

「ええ。だから従来の判別方法だと、見分けがつかないのかもしれない」

「お前が持ってる権能ちからで分からないのか? アタシ等より権能ちからは強いんだろ、お前のは」

「……こうして見ても、貴方ケイルに何も感じないのよね。エリクもそうだし。貴方達の権能ちからが弱いからかしら?」

「アタシ等のせいかよ」

「そうは言ってないでしょ」

「あー、そうかい。……それで、この後はどうすんだ」

「この後?」

「あの子供ガキ権能ちからを持ってるか分からない以上、ここに留まり続けても仕方ないだろ。……まさかこのまま、赤ん坊アイツが成長するのを待つなんて言わないよな?」

「それは、そうだけど……」

 パールの子供は無事に生まれながらも、創造神オリジン権能ちからを持つかは不明のまま。
 そうした状況に手詰まりを覚えるケイルに、アルトリアは同調しながら次のことを考え始めた。

 すると悩んでいる二人が座っている傍に、部族の女性が歩み寄って来る。

「『――……使徒様、それに勇士エリクの奥様。大族長が呼んでいます』」

「え? ええ、分かったわ」

 大族長パールの呼び付けを伝えた部族の女性に、アルトリアはそのままの言葉で伝える。
 それが応じた言葉だと理解した女性は頭を下げた後、そのまま下がって大族長が休む建物まで戻り始めた。

 それを追うようにアルトリアとケイルは立ち上がり、その建物へ向かいながら話し始める。

「……お前はともかく、なんでアタシまであの呼び方にされてんだよ」

「しょうがないでしょ。ここで皆が知ってる勇士エリクの奥さんってことにした方が、扱いとしては都合いいんだし」

「ただの嘘じゃねぇかよ」

「本当にしちゃえばいいのよ。前にも言ったけど、私は反対なんかしてないわよ? 貴方がエリクの奥さんになること」

「……お前は、どうなんだよ」

「私とエリクは、そういうんじゃないわ」

「何が違うってんだ」

「とにかく違うのよ。……それに私は、貴方達が知ってる『アリア』じゃないから」

「!」

「貴方達と出会って一緒に旅をした『アリア』。彼女の記憶を、確かに私も持ってる。……でも私にとっては、その記憶を受け継いだだけ。貴方達と実際に旅をして色んな思いを抱いた彼女アリアは、別未来あのときに死んで現代まえの戦いで消滅したのよ」

「……」

前の私アリアが貴方達をどれだけ大事だったか、私は知ってる。でもそれは私を揺り動かす感情モノとなっても、私自身が抱いた感情じゃない。……例え前の私アリアがエリクを愛していたとしても、それは私自身アルトリアが抱く愛情モノじゃないのよ」

 そう言いながら寂し気に微笑むアルトリアを見て、ケイルは神妙な表情を浮かべながら僅かに足を止める。
 しかし再び歩き始めながら、そうした言葉を見せるアルトリアに言葉を向けた。

「……例えそうでも、エリクにとっては関係ないんだろ」

「え?」

前のお前アリア今のお前アルトリアも、エリクにとっては同じだ」

「……」

「アイツ、そういう線引きは苦手みたいだからな。……それに前のお前アリアが消滅してまで守ろうとした今のお前アルトリアを守りたいって思うから、今も傍に居続けようとしてるんだろ」

「……でもそれは、エリクが前の私アリアを……」

「言うなよ。それを言われると、アタシも立つ瀬が無くなる」

「そうよね。……だから私は、前の私アリアを演じるの。それでエリクが少しでも安心してくれるのなら。……だから本当に、そういう気持ちは無いわ」

「……そっか」

 二人はそうした話をし、自分達が抱える心の内を明かす。
 それは前の彼女アリアに対する嫉妬が混じるような感情であり、二人は似た想いを抱えていた。

 そうした話を途切れさせた二人は、大族長パールが休んでいる建物に入る。
 すると簡素ながらも柔らかい寝台ベッドに身を置いているパールと、その傍には赤ん坊が寝かし置かれている子供用の寝台ベッドが見えた。

 そうして訪れた二人に対して、パールは顔を向けながら呼び掛ける。

「――……来たか、二人とも」

「ええ。体調に変わりは?」

「問題ない。お前のおかげだ、アリス」

「いいわよ、別に。友達でしょ?」

「そうか」

「それより、もう少し休んでいなさいよ」

「お前に頼みがあるんだ。それが終わったら休むさ」

「頼み?」

「この子の名前を、お前が付けてくれないか?」

「……え?」

 唐突な頼みを聞かされたアルトリアは、驚きを浮かべながら表情を固める。
 するとパールは赤ん坊を見ながら、続きとなる理由を話した。

「部族の掟で、子供の名は父親が付ける。だが父親が居ない場合は、その親類が付ける決まりだ」

「……そんなの、貴方が付ければいいじゃない。自分の子供でしょ?」

「そうだがな。部族由来の名を私が付けると、この子が父親との接点を失ってしまう気がする。……この子は私が強く育てる。だから少しでも、父親と繋がるような名前を付けてやりたい」

「……やっぱり、今からでもお兄様に伝えましょうか?」

「それは駄目だと、前にも言っただろう?」

「だからって、私が名前を決めちゃうのも……」

「お前は父親セルジアスの妹だ。その権利はある」

「うーん……。……本当にいいの?」

「ああ。だが、呼び易い名前にしてくれると助かる」

「そうね。……なら、『ライン』でいいんじゃない?」

「ライン?」

「セルジアス=ライン=フォン=ローゼン。お兄様の皇族名ミドルネームよ。ちゃんとお兄様と繋がりがある名前だし、帝国語でも意味があるわ」

「どんな意味なんだ?」

「『みちを作る者』。お兄様にピッタリな皇族名なまえでしょ?」

「確かに、そうだな。……分かった。なら今日からこの子の名は、ライン=フォン=センチネルだ!」

 アルトリアの提案を受け取ったパールは、自らの子供を『ライン』と名付ける。
 それを聞き届けたアルトリアだったが、そこで不意に出たパールの言葉に首を傾げながら問い掛けた。

「……ちょっと待って。……フォン=センチネル? センチネルは部族名だから分かるけど、なんで貴族官位フォンを付けるの?」

「なんだ、お前の兄セルジアスに聞いてないのか?」

「え?」

「私は『騎士爵』というくらいを貰った」

「……えっ」

「三年前の事件で活躍した報酬だ。その時にこの樹海もりは、全て私が治める領土になったんだ」

「……えぇっ!?」

 こうしてパールの出産事情を終えた二人だったが、ここで樹海の状勢について更なる情報が語られる。
 それはガルミッシュ帝国貴族の騎士爵位くらいをパールが受け取り、更に南方の広大な樹海を領土が全て統治する新貴族家となっている事実だった。
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