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革命編 八章:冒険譚の終幕
迎える姿
しおりを挟む目覚めたリエスティアとウォーリスが互いに家族である事を認めた後、一行はマシラ共和国に着陸させていた箱舟に乗り込む。
創造神の記憶によって転移魔法を覚えたアルトリアだったが、再び『黒』の身体に戻り魔法の効果を消失させてしまうリエスティアを連れて行くには、箱舟が最も移動手段として適していた。
しかし精神体の核を深くまで傷付けられたウォーリスの肉体は、辛うじて動く事が可能ながらもかつてのような身体能力を失う。
更に肉体と魂を経由し魔力を用いる魔法も使えなくなった事で、普通の人間と変わらない状況となった。
それでも生き永らえてくれた事に喜ぶカリーナに支えられ、ユグナリスやシエスティナを加えた五人で箱舟内の一室に集められている。
そこで少しずつリエスティアと会話を重ね、長年の溝を埋めるように互いの事を話し合っていた。
するとその会話が落ち着くのを見計らうように、ユグナリスが改めてウォーリスとカリーナに向かい合いながら話を始める。
「――……ウォーリス殿、そしてカリーナ殿。御話があります」
「……なんだ?」
「私とリエスティア殿との結婚を、認めて頂きたい」
「!」
「彼女の御両親に、御許可を頂きたいのです。そして改めて、二人には祝福して欲しい。……認めて頂けますか?」
真っ直ぐとした言葉と青い瞳を向けた後、ユグナリスは頭を下げながら許可を求める。
それを聞いた二人は驚くように互いの瞳を見開くと、カリーナは静かに微笑みながら頷いて見せた。
そしてウォーリスも口元を微笑ませながらも、こうした言葉を向ける。
「皇子……いや、ユグナリス」
「はい」
「私は、君が嫌いだ。君がやったことで、色々と要らない苦労を強いられたからな」
「……」
「だが、それを私が責める権利は無い。私も色々と、君に……そして帝国の人々に、死者も含めて憎悪されるだけの事をした」
「……はい」
ユグナリスに対する感情を吐露するウォーリスは、伏せ気味だった顔を上げる。
そして互いに青い瞳を重ねるように視線を合わせると、ウォーリスは改めるように口を開いた。
「……それでも、一つだけ条件がある」
「何でしょうか?」
「リエスティアとこの子を、守ってやってくれ」
「!」
「私は帝国にとって大罪人だ。その血縁であるリエスティアやこの子に、父親の罪が降り掛からぬようにしてほしい」
「ウォーリス様……」
「……お父様」
「もう私は、自分の身すら満足に守れない。……だから君が、私の家族を守ってくれ」
「……必ず俺が、彼女達を守ります!」
真剣な表情で頼むウォーリスに対して、ユグナリスもまた真摯な表情でそれに答える。
それを聞いたウォーリスは安堵するような息を漏らして微笑み、自身も問われた答えを返した。
「……私の娘を、よろしくお願いする」
「はい!」
自分の娘との婚姻を父親に認めさせ、ユグナリスは男としての覚悟を示す。
それを見守る女性達は微笑みを浮かべ、改めてその家族にユグナリスが加わる事になった。
こうして数年に渡る婚姻騒動に終止符が打たれる中、彼等を乗せた箱舟は半日程である国に辿り着く。
そこはマシラ共和国から北方に位置する大陸の国、彼等の故郷であるガルミッシュ帝国だった。
そして彼等を乗せた箱舟は、夕暮れ上空を飛びながらある領地に辿り着く。
そこはアルトリアの実家である、ローゼン公爵領地の首都だった。
箱舟は首都の中央にある広い敷地に着陸し、その傍で待つように十数人の領兵達や家令達と共に金髪の青年が立っている。
それはローゼン公爵家当主、セルジアス=ライン=フォン=ローゼンだった。
「――……おかえり、アルトリア」
「……お兄様」
最初に箱舟から地面へ降りて来た妹アルトリアに対して、兄セルジアスは出迎えの言葉を向ける。
しかしどことなく気まずそうに表情を浮かべる妹に対して、兄は苦笑を浮かべながらも歩み寄り抱き締めた。
そうした兄弟の再会を、共に降りて来たエリクやケイルは見つめる。
するとその二人に気付き、セルジアスは妹から身体を離しながら大男の方に声を掛けた。
「貴方が、エリク殿ですか?」
「ああ」
「初めまして。私はアルトリアの兄、セルジアス=ライン=フォン=ローゼンです。……貴方には随分と、妹が御世話になったと聞いています」
「……いや。俺は、アリアに助けられた。ずっと、助けられていた」
「そうですか。……それでも貴方と出会えた事で、良い方向に妹は変わったように見えます。兄としては、喜ばしい限りです」
初対面であるエリクと対等に向き合うセルジアスは、自ら右手を差し伸べて握手を求める。
それに応えるエリクは、互いに右手を重ねて握手を交わした。
そうして握手した手を離したセルジアスは、今度はケイルの方へ視線を向ける。
「貴方が、『赤』の七大聖人ケイティル殿でしょうか?」
「まぁ、そうだけど……」
「同盟国のハルバニカ議長から御話は伺っています。無事の御帰還を喜んでいる事を御伝え頂くよう、頼まれています」
「そ、そうか……」
「それと、アズマ国の武玄殿という方からも御伝言を受け取っています。『必ず顔を見せに来るように』と。随分と御心配をされているようでしたよ」
「師匠が……」
「私からも、妹を無事に連れ帰って頂き感謝に耐えません。改めて御礼を申し上げます。ありがとうございます」
「あ、ああ……」
紳士的かつ誠実に対応するセルジアスは、ケイルにも握手を求めるように右手を差し伸べる。
それを苦笑を浮かべながら受け取るケイルも握手を交わし、彼等の帰還を歓迎する様子をセルジアスは見せた。
そうした状況で三人から僅かに身体を離したセルジアスは笑顔を見せ、アルトリアに言葉を向ける。
「ところで、アルトリア。君がシエスティナを連れ去ったというのは、本当かい?」
「……あっ」
「報せを聞いた時には驚いたよ。行方不明だったアルトリアがいきなりユグナリスと屋敷に現れて、シエスティナを転移魔法らしき方法で連れ去ったとね。それを聞いたクレア様が酷く心配していたよ。偽者のアルトリアとユグナリスが連れ去ったんじゃないかってね」
「……あぁ、そういう話になってるのね……」
「せめて一言、クレア様や私に会ってから連れて行って欲しかったと思うわけだけど。その辺を、君はどう思ってるんだい?」
「い、いちいち説明していく余裕なんて無かったし。第一、父親の許可は貰ってたんだし良いじゃない!」
「父親にも後で言うつもりだけどね。彼女の保護者である私達に何の断りもなく連れ去るというのは、流石に止めてほしいんだ。君も良い大人なら、その程度のことは理解できていたよね?」
「ぅ……っ」
「そういう悪い癖を治すよう、何度も言ってるだろう。物事の順序を飛ばしがちで、いつも後先の事を考えない。そのせいで周りを振り回して余計な苦労をさせるんだ」
「そ、それで結果が良ければ別にいいじゃない!」
「良い結果ならそう言えるけれど、悪い結果になった事もあっただろう。君が開発する魔道具は性能こそ良いけれど、幾つか規格外の機能を勝手に取り付けていたじゃないか。特に魔法開発に関しては、私達ですら把握できない程の問題作を開発していたと魔法学園から報告が上がっていたのを知っているよ」
「ぅ、ぐ……っ」
怒気と圧を含んだ笑顔を向ける兄セルジアスに、妹であるアルトリアは僅かに動揺した面持ちを浮かべて身を引かせる。
そんなローゼン兄妹の様子を見て、エリクとケイルは何かを察するように小声で呟いた。
「なるほど、帝国に居た頃は兄貴が抑え役だったのか」
「アリアが珍しく、口で負けているな」
「ヤンチャする妹も、兄貴には勝てないって事だろ。いいじゃねぇか、良い薬だぜ」
今まで数々の口論を制覇して来たアルトリアを一蹴するように圧の言葉で討ち負かすセルジアスに、この兄妹が力量以外の上下関係で成り立っていることを理解する。
そうした説教を受け続けているセルジアスは、新たに箱舟から降りて来る人物達を目にした。
すると微笑んでいた視線が途端に厳しくなり、明らかな敵意を持った瞳を見せる。
それに気付く三人もまた、後ろを振り返り降りてきた人物達を見た。
それはリエスティアを両腕で抱えるユグナリスと、その傍を歩くシエスティナ。
更にその後ろからは特級傭兵のドルフとスネイクが運搬する担架に乗せられているウォーリスと、その傍に付くように歩くカリーナの姿だった。
するとウォーリスは目の前に居る三人に対して僅かに頭を下げ、短い言葉を発する。
「失礼」
「!」
その一言だけ伝えると、セルジアスは三人から離れて降りてきたユグナリス達がいる場所へ向かい始める。
するとその姿に気付いたユグナリスは背負うリエスティアを降ろしながら身体を支え、互いに地面を踏み締める形で訪れるセルジアスに声を向けた。
「――……ローゼン公」
「おかえり、ユグナリス。……シエスティナも無事なようだね、良かったよ」
「はい。……勝手にシエスティナを連れて行ってしまい、申し訳ありません。時間が無かったので、御会いして説明する余裕が……」
「そうやって謝れるだけ、君は大人になった証拠だよ。……リエスティア姫も、よく戻られましたね」
「……御心配と御迷惑を御掛けしてしまい、申し訳ありませんでした。公爵様」
「貴方を責めるつもりはありません。――……だが彼については、そうは言い難い」
「……っ」
優し気に声を掛けるセルジアスだったが、再びその声色と視線を鋭くさせながら彼等が居る後ろへ視線を送る。
その先には担架に乗せられるウォーリスが見え、ユグナリスとリエスティアは互いに表情を僅かに強張らせた。
こうしてガルミッシュ帝国に帰還した一行だったが、それを出迎えるセルジアスの態度はそれぞれに異なる。
特に三年前に帝都を襲撃し十八万人という犠牲者を生み出したウォーリスには、その意識は殊更《ことさら》に厳しくなっていた。
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