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革命編 八章:冒険譚の終幕
向き合う罪
しおりを挟む現世の人間大陸で様々な体制変化が起きている中、【虚無】の世界へ迷い込んだとされるリエスティアを含む一行を救出する為に帝国皇子ユグナリス達が向かおうとする。
しかしその直前に、『白』によって現世へ戻ったアルトリア達がリエスティアを伴いながら帰還を果たした。
すると時間は僅かに流れ、ある場所へと場面は移る。
三年前に浮遊する天界の大陸に不時着し、破壊された片翼を修理中している箱舟内部に視点は変わる。
その船内にある一つである部屋には、仰向けの姿勢で寝床に横たわったままのウォーリスと、その傍に付き添うカリーナの姿があった。
「――……ウォーリス様……」
「……」
カリーナは僅かに苦痛が混じる疲労の色濃い表情を浮かべながら、瞼を閉じたままのウォーリスの頬に右手を触れる。
しかし彼は瞼を開く様子を見せず、ただ深く眠り続けていた。
この三年間、ウォーリスは一度として目覚めていない。
彼は悪魔ヴェルフェゴールとの契約により魂を奪われそうになりながらも、それは妨げられアルトリアの治癒を受けた事で死を免れたはずだった。
しかし何等かの要因によって意識を戻さないウォーリスに、彼を匿う者は監視できる環境を整え、心配する者達はその目覚めを待ち続けている。
そんなウォーリスが眠り続けている部屋に備わる扉が、横へ移動しながら開いた。
「……あ、貴方は……!」
「――……コイツ、まだ起きてないの?」
その場に乗り込むように人物を見て、カリーナは驚きを浮かべながら立ち上がる。
それは三年に渡って『青』達が捜索を続けていたアルトリアであり、その背後にはエリクを始めとした一行も付いて来ていた。
すると寝台で眠るウォーリスに苛立ちの声を向けたアルトリアが、そのまま歩み寄り彼の真横に立ちながらその顔を見下ろす。
そして右手をウォーリスの胸に翳すと、アルトリア自身も瞼を閉じて何かを探るような様子を見せながら呟いた。
「……魂の状態は良好、肉体も問題は無し。それでも三年間、一度も目覚めてないって本当?」
「え……あっ、はい……」
ウォーリスの状態を確認したアルトリアは、隣に立つカリーナにそう問い掛ける。
そして動揺した面持ちを浮かべながら彼女は応えると、神妙な面持ちを浮かべながらアルトリアが呟いた。
「……だとしたら、可能性は一つ。コイツ、自分の魂に閉じ籠ったわね」
「えっ」
「要するに、目覚める気が無いのよ。まったく、世話が焼ける男だわ」
そう言いながら振り返るアルトリアは、部屋に入ったエリク達を見る。
するとその後ろから『青』やユグナリス達も様子を窺う中、彼等に対してこう告げた。
「この男を起こして来るわ。そうしないと話にならないし」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。こんな根性無しの弱虫なんかに、もう負けないわ」
「……そうか」
僅かに不安の声を向けるエリクに、アルトリアは微笑みを浮かべる。
その答えに今までのような影が無い事を確認すると、エリクやケイル達は頷きながらその行動を受け入れた。
そして再びアルトリアはウォーリスを見下ろし、その胸に両手を翳し向ける。
すると彼女から淡い光の粒子が放たれると同時に、ウォーリスに注ぎ込まれるように光が覆われた。
アルトリアはその光の粒子と共に、自分の精神体をウォーリスの魂へ向かわせる。
そして瞬く間に魂の中へ到着し、精神体を自らの肉体と同様の姿に変容させながら目の前に居る相手を見た。
そこには白い風景と共に、白い床へ顔を俯かせながら座るウォーリスの姿がある。
しかもその隣には、現世とは違う風貌をしている未来のユグナリスが立っていた。
「――……なに、どういう状況?」
「……あっ、アルトリア!」
「……」
アルトリアが訪れた事に気付いた未来のユグナリスは、僅かに驚きながらも再びウォーリスを見下ろしながら表情を厳しくさせる。
すると彼女のその二人に近付きながら、返事をしないウォーリスに強い口調で問い掛けた。
「アンタ、やっぱり自分で閉じ籠ってるのね。いい加減に起きなさい」
「……」
「アンタの事よ、ウォーリス!」
「……」
「……駄目なんだ。ずっと、こんな感じで……」
呼び掛けに応えないウォーリスに代わるように、未来のユグナリスが渋い表情を浮かべながらそう返す。
その様子から彼が意識を覚醒させて以後、ずっとその呼び掛けにも答えずただ座り続けている事が理解できた。
そんな未来のユグナリスに対して、アルトリアは呆れる様子で問い掛ける。
「なに、アンタ。ずっとここに居たの? もう消えてると思ってたわ」
「……こんな様子の彼を、放置してはおけないだろ」
「馬鹿のくせにお人好しなんて、救いようがないわね」
「そういうお前こそ、なんで来たんだよ!」
「警告しに来たのよ。何も分かってないコイツにね」
口論を交えながらもそう述べるアルトリアは、腕を組みながら背中を向けるウォーリスを見下ろす。
そして深い溜息を吐き出した後、ある事について教えた。
「ウォーリス。アンタ、このまま大事な女性を死なせる気?」
「……」
「アンタがいつから意識を戻して、そして目覚めない事を選んだのかは知らない。でもその間にも、カリーナは制約の苦しみを受け続けてるわよ。……あと数ヶ月も経ったら、向こうが先に死ぬでしょうね」
「……なんだとっ!?」
「!!」
アルトリアの言葉が聞こえていたウォーリスは、それを聞いて驚愕し動揺を浮かべながら身を捻るように振り返る。
今までどんな反応も返さなかった彼がそうした反応を示す様子に未来のユグナリスは驚くが、そんな彼等の様子など構うことなくアルトリアは話を続けた。
「カリーナに誓約を掛けたのよ。アンタが身勝手な行動をして誰かを苦しめたら、それ相応の苦痛の味わうという制約をね。だからアンタが意図的に目覚めていない間、彼女はずっと苦痛を感じ続けている」
「なにっ!?」
「あの疲弊具合だと、ほとんど眠れてもいないんでしょうね。可哀そうに」
「……貴様ッ!!」
呆れるような口調でカリーナの状況を伝えるアルトリアに、ウォーリスが激昂を浮かべながら立ち上がる。
そして鋭い眼光を向けながら歩み寄り、彼女に掴み掛かるように右手を伸ばした。
それを制止したのは未来のユグナリスであり、彼の右手を掴み止めながら訴える。
「止めるんだ、ウォーリス。今のお前だったら、俺だって勝てる!」
「……彼女に施した制約を解けっ、アルトリアッ!!」
微動もさせない制止を受けたウォーリスは、目の前に映るアルトリアにそうした要求を向ける。
すると更に呆れるような溜息を零す彼女は、腕を組みながら答えた。
「お断りよ。第一、今の私ではあの制約は解けないし」
「!?」
「このまま目覚めずに、彼女は苦しみ続けながら殺すか。それとも目覚めて、彼女が苦痛を感じないように今までの償いをするか。……どっちにするか、アンタが決めなさい」
「……ッ!!」
鋭い瞳と言葉を向けるアルトリアに、ウォーリスは口を閉ざしながら表情を強張らせる。
すると僅かに精神体を震わせた後、掴まれていた右手を引き剥がし身を引かせながら背中を向けて弱々しい言葉をウォーリスは見せた。
「……今更、どの面を下げて彼女に会えと言うんだ」
「……」
「私は、奴を……ゲルガルドを倒す為にどんな手段も模索した。その為に無関係な人間を巻き込み、数多くの犠牲を強いた。……その結果として、私自身が死ぬ事にも躊躇いは無かった」
「……ッ」
「だが、今の私はどうだ。彼女との約束を何一つとして果たせず、私の為に自分の身を犠牲にした異母弟や母親にも、私の理想に付き合ってくれた仲間達にも、何も報いる事が出来なかった。……そんな私が生き残ってしまった、お前達のせいでっ!!」
「……ウォーリス」
「どうして私を生かしたっ!! どうして私を殺さなかったっ!? ……私のような屑を、どうしてっ!!」
「――……甘えんじゃないわよっ!!」
「!?」
自分を生かそうとした二人に対して感情のまま怒鳴るウォーリスに、アルトリアが鋭い一喝を向ける。
その甲高く鋭い声に驚くウォーリスに、彼女は憤怒の表情を見せながら言い放った。
「アンタが自分で選んで来た事でしょ! だったら最後まで放り出さず、アンタが自分で責任を取りなさいっ!!」
「な……っ」
「アンタのやった来た事の責任を、他人に背負わせるんじゃないって言ってるのよ! アンタ、何様のつもりっ!?」
「ッ!!」
「私はね、アンタみたいに無責任で弱虫で臆病者の屑野郎なんか大っ嫌いよっ!! ――……でもそんなアンタを、好きで付いて来た奴だっているんでしょっ!?」
「……!!」
「そいつ等に責任を擦り付けないで、アンタが自分のやって来たことの責任を取りなさい! ……そんな事も出来ないんだったら、初めからこんな事なんかせず、潔く自分で死になさいよねっ!!」
詰め寄りながらウォーリスの精神体に掴み掛かるアルトリアは、夥しい罵声を放つ。
そして掴んだ胸倉を突き放すように押すと、足を縺れさせて倒れるウォーリスを見下ろした。
そんなアルトリアを見上げながら、ウォーリスは放心するような表情を浮かべる。
すると見開いた青い瞳が見せる顔を俯かせ、更に弱々しい声で問い掛けた。
「……私は、どうしたらいいんだ……」
「知らないわよ。アンタがそれを考えなさい」
「……分からない。この先、どうすればいいかなんて……私には……」
「だったら、仲間にでも相談すればいいでしょ。アンタなんかに付き合って来た奴等にね」
「……」
「でもこれから先、アンタ達がどんな善行を積んだって私は許さない。アンタがやった事で苦しむ人達も、そして犠牲になった人達も、決してアンタを許さないでしょうよ。……アンタが死んだところで、輪廻に居場所なんて無い。居場所があるのは、アンタ達の仲間が待ってる場所だけよ。それを自覚しなさい――……」
「……ッ、ぅ……っ!!」
そう言いながら振り返るアルトリアは、自らの精神体を再び粒子状に分散させながら魂の中から消える。
ウォーリスはそれを聞いた後、上体を前へ傾かせながら両腕を白い床に付けて押し殺すように涙を流しながら嗚咽を漏らした。
未来のユグナリスはそれを見下ろしながら、目の前に居るウォーリスが改めて弱々しい存在だと認識する。
そこに居るのは世界の変革を望んだ男ではなく、ただ自分の『罪』と向き合う事が出来ない少年のように思えた。
応援ありがとうございます!
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