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革命編 八章:冒険譚の終幕
待ち人の心境
しおりを挟む襲撃に因る傷跡が生々しく残るガルミッシュ帝国において、帝国宰相セルジアス=ライン=フォン=ローゼンは妹アルトリアと皇子ユグナリスの帰還を待ち続ける。
そしてローゼン公爵領地の首都に降り立った箱舟に待望していた皇子ユグナリスが乗っている事を知り、セルジアスはその出迎えを行った。
するとユグナリスから誰にも聞かれたくない話があると言われ、それに応じるセルジアスは彼を本邸に招く。
それに同席する形となったのは、傭兵であるドルフとスネイク、そして妖狐族のクビアを含めた四人で執務室の密談が行われた。
するとユグナリスは自分の知るこれまでの経緯として、ウォーリスによって自爆術式が刻まれていたドルフやスネイクが自分に傾倒し味方となってくれた事を明かす。
更に天界の存在やそこで繰り広げられたウォーリス達との戦いとその結末も伝えると、セルジアスは自分の予測を超えた話ばかりを聞かされて唸るような声を漏らしながらも憤りを込めた言葉を発した。
「――……ユグナリス……。……つまり君は、敵だった者をここに連れて来た挙句に、帝都を襲撃した主犯格を生かしたままにしているということか……っ」
「はい」
「今回の事件。帝国でどれだけの犠牲者が出ているかを、君は理解しているのかい?」
「……っ」
「君の父親である皇帝ゴルディオス陛下、そして帝国を担っていた七割を超える帝国貴族と親類縁者。更に帝都に務めていた国を担う官僚や兵士、それに帝国臣民を加えた十八万人以上の人間が、奴等の襲撃によって死んでいるんだ。……その犠牲を無視して襲撃犯であるウォーリスとその仲間達を許してやれと、君は言っているのか?」
決して声を荒げずとも、怒気を含んだ声と視線を向けながらセルジアスはそう問い掛ける。
それが本気の怒りである事を対面しながら理解するユグナリスだったが、そのセルジアスと正面から向き合いながら改めて告げた。
「今回の事件を起こし参加していた者達もまた、止むを得ずそれに加わっていました。後ろに立つスネイク殿やその傭兵団、そしてドルフ殿も同様です」
「……」
「特にウォーリス殿の場合、彼の身体にはゲルガルドと呼ばれる『悪魔』が封じられていた。それが解放された為に、彼とその仲間達はこの事件と異変を否応なく起こしました。……そんな彼等もまた、この帝国が生んだ犠牲者だと俺は考えます」
「彼等が、犠牲者……?」
「ゲルガルド伯爵家がそうした秘術や実験を用いる存在である事を把握できず、そんな存在の下に生まれ幼い頃から虐げられ続けていたウォーリス殿達を、この帝国は手を差し伸べることすら出来なかった。……それは帝国を担う我々のような皇族の怠慢であり、罪だとは思えませんか?」
「……!」
「この事件は、言わばそうした罪を見逃し続けた帝国の……我々の罪でもあります。……ローゼン公。貴方はこの帝国の罪から目を逸らし、ただ彼等を殺すことで全て解決すると、本気でお考えですか?」
「……ッ」
「俺が知る貴方なら、決してそんな事は言わない。そして彼等を救ったアルトリアもまた、決してそんな事を許さない。……俺も、それだけは許せません」
「……ユグナリス……」
ユグナリスはそうして語り、ウォーリス達が事件を起こした原因がゲルガルド伯爵家の狂気を内包した野望であり、それを察知できなかった帝国の罪であると伝える。
そして皇族である自分達はその罪と向き合うべきであり、犠牲者であるウォーリス達を自分達の手で処するべきではないと伝えた。
それを聞いたセルジアスは険しい表情を更に厳しくさせながら瞼を閉じ、怒りが浸透する頭から熱い鼻息を吐き出す。
すると強く握り締めていた両拳を僅かに緩めながら、口から更に大きな溜息を漏らした。
「……確かに、君の言う事も一理あるだろう。この事件は、帝国の在り方とそれを容認していた皇族に責任が帰する部分が多いかもしれない」
「ローゼン公……!」
「だが、それを理由にしたとしても。ウォーリス達の犯した事件は、決して許されるべきではない。……その点は、理解できるね?」
「はい。だからこそアルトリアは、彼を生かすならば多くの犠牲に対する罪を償うようにと言っていました」
「罪を償うか。……具体的に、どう償わせると?」
「それは……。……ウォーリス殿はまだ目覚めていません。なので、そういう話はまだ……」
「ウォーリスが従えていた他の仲間……アルフレッドや、ザルツヘルムは?」
「彼等も生きています。ザルツヘルムは、もう悪魔の能力を使えません。ただ死霊術という秘術を施したウォーリス殿自身が生きているので、まだ解けてはいませんが……」
「なるほど。……それで、あの侍女。カリーナという女性は?」
「今も、目覚めぬウォーリス殿に付き添っています」
「彼等の監視は、誰がしているんだい?」
「ログウェルです。今の彼等だけならば、自分一人でも追跡や制圧は可能だからと」
「そうか、分かった。……一先ずだが、彼等の処遇については保留にしよう。この件に関しても、私の胸だけに留めておく」
「……ありがとうございます、ローゼン公……!」
ユグナリスの説得に応じる形でウォーリス達への処遇を保留にしたセルジアスは、捕縛されている彼等の生存を明かさない事を伝える。
それに安堵の表情を漏らすユグナリスは、頭を下げながら感謝を伝えた。
しかし厳しさを宿す表情を変えないセルジアスは、再びユグナリスに問い掛ける。
「それで、アルトリアとリエスティア姫はどうなったんだい?」
「……分かりません」
「分からない?」
「創造神の計画と呼ばれるモノによって、ここの空からも見える白い大陸を爆発させて世界を破壊しようとしたらしいのですが。実際には爆発が起こらず、恐らく残っていたアルトリア達が爆発を止めたんだとは思います。……ただ……」
「ただ?」
「……アルトリア達が残っていた聖域に戻ろうとしたんですが、その入り口となっていた転移の光らしき場所が消えていて。あの聖域《ばしょ》に、行けなくなっていたんです」
「!!」
「一緒に同行していた『青』殿の話だと、恐らく俺達がウォーリスと戦った場所は大規模な時空間魔法によって生み出された異次元と呼ばれる場所で、それを維持していたのがマナの樹と呼ばれる巨大な大樹だったらしく。……それが何らかの理由で消失した為に、アルトリアが居た聖域も消失してしまった可能性があると」
「……なら、アルトリアは……」
「今も天界では、エアハルト殿や『青』殿が残ってアルトリア達の捜索をしてくれています。俺達もこの数ヶ月間、それを手伝っていました。……ただ天界を動かしていた動力源も停止してしまったようで。とても硬い材質で出来た広大な神殿の中も、上手く調べられない状況で……」
「状況は絶望的、ということかい?」
「……申し訳ありません……」
天界内部に残っていたアルトリアとリエスティア、そして彼女の仲間達について生死不明だと明かすユグナリスもまた、厳しい表情を浮かべながら顔を伏せる。
それを聞いたセルジアスは生死すら分からない実妹を思いながら、空が見える窓に視線を向けた。
そして唇を噛み締めながら吐き出しそうだった溜息を飲み込むセルジアスは、再びユグナリスの方へ顔と言葉を向ける。
「……君はまた、天界に?」
「はい。……俺は、リエスティアを連れ帰るまで諦めないつもりです。ただ、時間がどれだけ掛かるか分からないので……」
「だからこうして、一度は顔を見せに来たわけか。……なるほど、君らしいよ」
「申し訳ありません。ローゼン公ばかりに、帝国の事を任せてしまって……」
「いや。……それより、また発つ前に頼みたい事がある」
「え?」
「クレア様、君の御母上の事だよ。……実は先月、倒れられた」
「!?」
「皇帝陛下が目の前で殺され、息子である君の消息も長く分からなかった状況だ。心労の限界だったのだろう、無理もない」
「母上は、何処にっ!?」
「この本邸に居るよ、君の娘も一緒だ。再び発つのなら、クレア様にもちゃんと顔を見せるんだよ」
「は、はい……!」
自分の母親が倒れていた事を知らなかったユグナリスは、その驚きで腰を上げながら身体を硬直させる。
それを落ち着かせるように話すセルジアスは、ユグナリスの行動を理解しながら母親と会うように伝えた。
それからアルトリアとリエスティアの捜索状況を定期的に連絡するよう、二人は話を取り決める。
それを負えるとセルジアスから直接の案内を受け、ユグナリスは母親であるクレアが病床に伏す部屋まで尋ねた。
部屋には幾人かの侍女が控えた状況であり、その内の一人がユグナリスの娘である赤子シエスティナを抱えながら世話をしている。
その傍には豪華な寝台に横たわる皇后クレアの姿があり、ユグナリスは小走りで駆け寄りながら声を掛けた。
「母上っ!!」
「――……ユグナリス、なの……?」
「はい、母上。……御心配を御掛けして、申し訳ありません」
「……ぅ、ぅう……っ」
寝台へ顔を覗き込んだユグナリスは、疲弊を強く表情に宿した母クレアを見舞う。
そして三ヶ月振りに息子の顔を見たクレアは涙を流し、二人は互いに手を重ねながら再会を喜んだ。
それから自分の娘を腕に抱きながら、ユグナリスはセルジアスに話した事を母親にも伝える。
最愛の女性であり腕に抱える娘の母親でもあるリエスティアを取り戻すと強く誓っているユグナリスの固い意志を汲んだクレアは、それを受け入れながら引き続き捜索に出掛ける事を認めた。
「貴方の気が済むようになさい。……けれど、これだけは約束して。何があっても、必ず戻って来ると。……この子の為に」
「はいっ」
約束を交わしたユグナリスは、再び自分の娘をクレアやセルジアス達に委ねてリエスティア達の捜索に向かう。
そして彼等は再び箱舟へ乗り込み、遥か上空に留まる天界へと向かった。
ただその時、一人だけ残った人物がいる。
それは妖狐族クビアであり、彼女はセルジアスと交わした約束を果たしてもらう為にその話を行った。
「――……それでぇ、私との約束は覚えてるのかしらぁ?」
「ええ、その為の準備もしている状況です。……ただ帝国の状況的に、もう少し御待ち頂けると」
「そうねぇ、そこはしょうがないわよねぇ。……じゃあぁ、私はちょっと出掛けて来るからぁ」
「出掛ける?」
「共和王国に残して来た子供達がどうなってるか心配だからぁ、ちょっと見て来るのぉ。あっ、この札を持っておいてねぇ。これで私が連絡出来るしぃ、こっちは転移して来れる用だからぁ。じゃねぇ――……」
そう言いながら紙札を二枚だけ渡したクビアは扇子を広げ、転移魔術を用いてセルジアス達の前から姿を消す。
こうして再び発った彼等を見送ったセルジアスは、その後の情報を待つ間に帝国の建て直しを続けるのだった。
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