1,149 / 1,360
革命編 七章:黒を継ぎし者
意思を継ぐ者
しおりを挟むフラムブルグ宗教国家においてゲルガルドを神と崇める教皇と枢機卿達は、魔導人形に魂を憑依させたアリアに討たれる。
そしてその場から離れる為に生かして捕らえた枢機卿と共に、魔導人形はクラウス達を連れて転移魔法で移動した。
すると次の瞬間、転移した彼等の視界は一転し光景を変える。
そこは様々な魔導装置で覆われた部屋の中であり、三人は困惑した表情を浮かべながら一歩下がった魔導人形にワーグナーは問い掛けた。
『――……転移魔法ってやつか。でも、ここは……?』
『私達の秘密基地。……付いて来なさい。あぁ、そこら辺の装置とか触れるんじゃないわよ。怪我しても知らないから』
『……私達?』
魔導人形はそう言いながら歩み出し、施設の通路を歩き始める。
それに戸惑いながらも従う三人は、魔導人形の後ろを歩きながら一列に付いていった。
三人は初めて見るような機械と魔導装置の数々に動揺しながらも、薄暗い通路を歩き続ける。
すると幾度か通路を曲がりながら進むと、自動的に開く扉と様々な明るさを見せる部屋に辿り着いた。
そこで声を発した魔導人形は、誰かに対して声を向ける。
『戻ったわよ』
『――……うむ、御苦労だった。教皇は?』
『始末したわ。教皇、神兵の心臓なんか持ってたわよ』
『恐らく、ゲルガルドが提供した情報を元に作ったのであろう。苦戦したか?』
『別に。心臓の取り除き方なら、私だって知ってるわ』
『そうか。……ん、他に誰かいるのか?』
『ええ、御客も連れて来たわよ。私達の計画に、加わりたいんですって』
『ほぉ?』
部屋の出入り口でそうした話をしていた魔導人形は前へ進み、塞いでいた扉の前に空間を開ける。
そこを通るように歩み出たクラウス達は、枢機卿を抱えたまま姿を見せた。
すると部屋の奥に居たであろう人物が、三人の傍に歩み寄りながら顔を見せる。
その人物が青色の帽子と青い法衣を身に着けている青年であると知ったクラウスは、目を見開きながら言葉を零した。
『……まさか、この男は……』
『むっ。……もしやこの男、帝国の公爵ではないか。どういう事だ?』
『さぁ、宗教国家に居たのよ。しかも教皇達に捕まって殺されそうになってた』
『なに? ……やはり、我等の知る未来とは大きく異なり始めているということか』
『当たり前よ。未来を変えようとしているんですもの、色々やってるのに変わってないと、逆に困るわ』
『うむ、それはそうだな』
そうして話し合う二人の会話を聞いていたクラウスやファルネは、先程から出ている『未来』という言葉に驚きを浮かべる。
彼等が話す言葉が彼等の知る情報と合致し始め、目の前の二人がどういう関係なのかを僅かに察する事が出来た。
そして敢えて二人の会話に口を挟む形で、ファルネが前に出ながら話し掛ける。
『あの、まさか貴方達は……私と同じように、未来を知る者なのですか?』
『なに?』
『えっ、……アンタも知ってるの? あの未来を』
『その、貴方達の言う未来とは……魔導国の魔導人形が世界を侵略するという、話でしょうか?』
ファルネが知る未来の話を聞いた青の衣を纏う青年は、確信を得たように表情を強張らせる。
そして真剣な表情を浮かべながら、ファルネの言葉を肯定するように頷いた。
『それを知るのであれば、間違いない。この者も黒に選ばれている』
『やはり貴方も、我等が神に……!』
『これも黒が描こうとしている未来だとすれば、我々の出会いもまた必然なのだろう。……お前達の話を聞こう』
そうして話を進め始める青年に対して、ファルネは再び言葉を口にしようとする。
しかしその前に声を発したのは、青年を見ながら問い掛けるクラウスの言葉だった。
『話の腰を折ってすまない。君は私の素性を知っているようだが、私も君の素性には心当たりがある。君はもしや、青の七大聖人か?』
『如何にも』
『やはり、その服装はそういう事か。……ではここは、魔導国なのか?』
『その事も含めて、貴殿等とは情報交換をしたいと思っている。帝国の公爵殿』
『私はもう公爵ではないが。それでも宜しければ、我々も貴殿等の話を聞きたい』
『構わん。ここで立場は不要だ』
そうして目の前の青年が『青』であると改めて確認したクラウス達は、自分達がオラクル共和王国で知った情報と状況を教える。
共和王国内で集められた銃を持つ兵士達と、囚われていた『黄』の七大聖人ミネルヴァが命を賭して自分達を宗教国家まで逃がしたこと。
そして逃げ延びた自分達が共和王国の民をウォーリスから切り離す為に、保護している旧ベルグリンド王国の第一王子《ヴェネディクト》を擁そうとしていた事を明かした。
しかし後ろ盾としようとした宗教国家が、ゲルガルドとその血縁者であるウォーリスの手に堕ちていた事で逆に捕まってしまう。
そして危うく殺されそうになったところを、目の前にいる魔導人形に助けられた事を伝えた。
『――……なるほど、ゲルガルドの魂を継ぐ者か。……ということは、ゲルガルドも我と同じ秘術を用いているな』
『秘術?』
『血縁者の肉体を乗っ取り、生き永らえる秘術がある。我の場合は自分の細胞を培養した複製で、この肉体を得続けていた』
『……ならば貴殿は、アルトリアを教えていた時と同じ青なのか?』
『如何にも。だから貴殿の事も覚えている、アルトリアの父親よ』
『そういうことか。なるほど、それなら納得も行く』
クラウスは改めて目の前の『青』が自分の娘に魔法技術を教えた老人と同一人物である事を知り、初対面にも関わらず自分の素性を知ることに納得を強める。
するとワーグナーは委ねられた枢機卿を床へ倒して『青』から貰った縄で強く縛り上げながら、その場にいる者達に問い掛けた。
『――……それで、枢機卿を使って宗教国家《あのくに》の教皇を挿げ替えるんだろ? どうやるか考えてるんだよな、クラウスさんよ』
『ああ。……だがその為には、ここに居る彼女に覚悟を決めてもらう必要がある』
尋ねられた事を返答したクラウスは、視線を動かしながら隣に立つ人物を見る。
すると全員の視線が動きながら重なると、そこに立つ修道士ファルネは困惑染みた表情でクラウスに問い掛けた。
『……本気ですか? 私に宗教国家を委ねるなど。私は一介の、修道士に過ぎませんよ』
『元代行者であり、七大聖人のミネルヴァに教えを受けていた者なのだろう。教皇に据えるには、十分な経歴に思えるが?』
『しかし私は、ミネルヴァ様のような勇名は持ち合わせておりません。何より、神官達のように魔法も使えませんし……』
『国の頂点に座る者が、全てをこなす必要はない。優秀で忠実な部下を集めて従え、民の多くの不満を抱えさせぬ治世に出来る、政治能力と判断力さえあればいい。少なくとも私が見た限り、貴方はその能力を持ち合わせている』
『……』
『何より貴方は、そして我々は、ミネルヴァ殿に後の事を託されたはずだ。……このまま彼女の意思と命を、無駄にしてもいいと御考えではあるまい?』
『……ッ』
口調の強い言葉でそう尋ねるクラウスに、ファルネは表情を僅かに強張らせる。
そして両拳を強く握り締めながら身体を震わせた後、伏していた顔を上げながらクラウスと向き合った。
『……分かりました。ミネルヴァ様の為にも、そしてこの場に導いてくれた神の為にも。私は、宗教国家を導く役目を背負います』
『よし、本人の了承は得られた。これで条件は整ったわけだ』
『……それで、具体的にどうやって宗教国家を乗っ取る気?』
覚悟を決めたファルネから了承を得たクラウスは、前提条件が整った事を明かす。
それに対して今後の事を問い掛ける魔導人形に、クラウスは不敵な笑みを浮かべながら説明を始めた。
『恐らくもう少しすれば、宗教国家の上層部が死亡し、大聖堂は破壊された事実が知れ渡れる。そうなれば首都から波乱するように大きな混乱が起きるだろう。……その混乱に乗じて、我々はそこで生きている枢機卿に、教皇と枢機卿達を殺した冤罪を着せる流れを作る』
『!?』
『教皇や他の枢機卿達が殺された原因が私欲に駆られた枢機卿の凶行だと末端の信者達に伝え広め、信者達の敵意を枢機卿に集めさせるのだ』
『……でもそうすると、枢機卿が属してる宗派の連中と、殺した宗派の連中が確実に衝突するわよ。下手したら信者同士の抗争になって、かなりの死人が出るわ。最悪、大陸全土で内紛が起こるわよ』
『そうなる前に、我々が互いの立場から統率者を立てる。死んでいる側の宗派には、私とワーグナーが潜り込んで扇動しなが信者達を操ってみせよう。そして中立の立場として迫害される宗派の信者を守るのが、シスター……いや、ファルネ殿だ』
『!』
『ファルネ殿には抑え役になってもらい、末端の信者達が関わっていないことや、教皇達を殺害したのがあの枢機卿《ふたり》の私欲に因るものだと説き伏せる。そして迫害されるであろう信者達を守る形で味方に引き入れ、それに対して反感を持つ他の宗派の信者達には、犯人である枢機卿を捕えて身柄を確保すると伝えてほしい』
『……つまりこの枢機卿は生きて捕まえさせたのは、吊るし上げる為ってことね』
『そうだ。そして誰もが発見できない枢機卿を捕らえた功績によって、ファルネ殿の支持層を増やし、その立場を利用して教皇まで登り詰めてもらう。……その為にも、枢機卿には我々にとって価値のある死に方をしてもらおう』
そうして黒い笑みを浮かべながら気絶している枢機卿を見るクラウスに、ファルネやワーグナーは僅かに寒気を感じる。
かつて皇族同士の殺し合いを生き抜き、更に帝国という国で巨大な権力を得ながら様々な支持を得ていたローゼン公爵家を作り上げたクラウスは、非凡ではない政治工作能力を身に付けていた。
その片鱗をこの場で垣間見せたクラウスは、改めて『青』に顔を向けながら頼みを伝える。
『今度は貴殿の話を聞きたい。それが終わったら、我々を宗教国家の首都まで戻してくれ。現状は、そこまでしてくれるだけでいい』
『いいのか? 宗教国家の乗っ取りに手を貸さずとも』
『構わない。それを我々だけで出来ない時点で、お前達にとっては足手纏いだと考えて見捨てていい』
『!』
『だがもし、我々がそれに成功したら。貴殿等の計画に利用価値がある者達として認め、共和王国の乗っ取りに手を貸してもらいたい。……どうだろうか?』
『……なるほど。そういう事であれば、その提案を受け入れよう。それが成功した暁には、我等も協力は惜しまぬ事を誓約する』
『感謝する。……魔導人形に助けられた恩に報いれるよう、我々も努力させてもらおう』
『……フンッ。……あっ、そうだ。ついでにコレ』
『?』
そうした提案を向けるクラウスに対して、『青』は頷きながら条件を満たす事で協力を惜しまぬ事を伝える。
すると感謝を伝えられた魔導人形は嘆息を吐き出すと、何かを思い出すように腕の甲殻を外しながら何かをクラウスに放り投げた。
それはボロボロの布で巻かれたモノであり、クラウスはそれを広げ見る。
するとそれが、聖紋が刻まれたミネルヴァの右手だった事を知った。
『これは……!』
『置いてあったから持ってきたわ。ミネルヴァの手でしょ? それ』
『ああ』
『それにしても、一人でウォーリスと戦おうとしたなんて。無茶したわね、ミネルヴァは』
『……君は、ミネルヴァ殿の知り合いか?』
『さぁ。……ただミネルヴァには、未来の事を少しだけ申し訳なかったと思ってるだけよ』
『……?』
そう話し終えた魔導人形は部屋から出て行き、後の事を『青』に任せる。
それから『青』は、未来に起こる出来事とそれを防ごうとしている計画を三人に伝えた。
途中からワーグナーは話が混迷とした為に考える事が億劫になり始め、クラウスとファルネに話し合いは完全に任せて枢機卿の監視を続けることにする。
そうして『青』達がウォーリスとその一味を討つ為の計画を聞いたクラウス達は、前言通りに枢機卿を連れて宗教国家へ戻った。
そして共に避難して来た旧王国の人々や孤児院にいる修道士達に協力を願い、予定通りに噂話を広める。
更に予定通りに事を進め、クラウス達はファルネを旗頭として見事に教皇達の殺害犯を捕らえ、クラウスとワーグナーが握った剣が二人の首を斬り飛ばした。
処刑を見届けたファルネは、それを見届ける為に集まった多くの信奉者達に対して布で巻かれたミネルヴァの聖紋を見せる。
それは多くの信奉者達に驚きを浮かべさせたが、涙を流しながら話すファルネはミネルヴァの遺した意思を伝えた。
『――……ミネルヴァ様は既に現世を去られ、自ら教え解く天の楽園へ導かれました』
『そんな……!?』
『ミネルヴァ様が……!!』
ミネルヴァの死を初めて聞いた信奉者達は、聖紋が施された手を見てそれが真実であると理解する。
そして多くの者達が慕い敬っていたミネルヴァの死を酷く悲しむ中で、ファルネは意思を強くした声でその場にいる者達に伝えた。
『しかし神の導きにより、ミネルヴァ様は私にその意思を託し、こうして神を裏切る冒涜者に罰を与える機会を下さった。……それでも、ミネルヴァ様を死に追いやった罪人は、まだ現世に留まっています』
『!?』
『その者を討つ為には、貴方達の……そしてより多くの者達の協力が必要です。……どうか皆様、我等が神の為に。そして神にその身を捧げ続けたミネルヴァ様の為に、協力して下さい……っ!!』
『……!』
誰よりも多くの涙を溢れさせながら語るファルネの言葉に、全員が悲しみの中に一致した思いを抱く始める。
すると突如として、ファルネが持つ聖紋が金色の輝きを光を放った。
その暖かな光はその場にいる全員に降り注ぎ、まるでファルネの意思を認めるように聖紋は彼女の身体を金色の光で覆う。
そして暫くして光が消えると、涙を流しながらその場にいる信奉者達の全員が賛同の雄叫びを上げた。
『――……オォオオオオオッ!!』
『我等が神の為にっ!!』
『神の使徒であり聖女たるミネルヴァを害した大罪人に、裁きの鉄槌をっ!!』
『神の祝福を受けし使徒、ファルネ様と共にっ!!』
こうして宗教国家の中で旧体制の上層部《トップ》すら凌ぐ絶対的な支持と立場を確率したファルネは、自らミネルヴァの意思を継ぐ者として多くの信奉者達を従える立場へと押し上げられる。
そして賛同者の中に含まれている多くの神官達から認められる形で洗礼を受け、処刑した枢機卿に成り代わる新たな枢機卿へと立場を得る事に成功した。
流石に短期間では教皇までは届かずとも、各宗派の信者達から絶大な支持を得たファルネは、『青』の協力によって自ら各国の頂点へ秘かに呼び掛ける。
その目的は共和王国に潜む悪魔の討伐に必要な各国の実力者達に対する協力要請と、悪魔に騙され従っている共和王国の民に対する救助支援の願いを伝えた。
こうして内密ながら、アルトリア達の目が届かぬ人間大陸でウォーリスに対する策が講じられる。
そして『青』の協力を得ていたクラウスは彼等が天界へ乗り込む為に使う箱舟以外を全て借り受け、各国の協力者達を集め乗せて旧王国の第一王子ヴェネディクトと共に、共和王国の民がウォーリスに向ける信仰を切り離す事に成功していたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
379
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる