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革命編 七章:黒を継ぎし者
掴めぬ希望に
しおりを挟む『天界』の神殿内部において、創造神の権能を得ようとしていたゲルガルドは滅ぼされる。
しかしその代償として、文字通りエリクとマギルスが命を賭ける結果となってしまった。
そうした状況を確認したケイルは、殺された三人を生き返らせる為に『マナの大樹』に生える『マナの実』を得ようとする。
しかしゲルガルドの魂を打ち倒した事で自由を得たウォーリスは、その事に感謝を伝えながらもケイルを意に介さずに自身が『マナの実』を手に入れようとしていた。
それを阻止すべく、マナの大樹へ走りながらケイルは険しい表情でウォーリスが浮遊する場所を睨みを向ける。
左腰の鞘に刀を戻した後、走りながら深呼吸をして歯を食い縛った。
「――……行けぇえっ!!」
ケイルは身に着けている魔鋼の装備を使い、自身の脚力を最大限に高める。
それに相乗させるように爆発的に気力を高め、それを両脚に集めながら走る姿勢で地面を強く蹴り上げた。
すると次の瞬間、ケイルの身体が凄まじい速度と跳躍力で上空まで跳び上がる。
しかしウォーリスが滞空する場所までは届かず、それでもケイルは叫びながら何も無い空中で左足を叩くように振り下ろした。
「『物理障壁』っ!!」
そう叫ぶと同時に、落下しそうだったケイルの真下に魔力で形成された物理障壁が出現する。
するとその物理障壁を一時的な足場とし、更にそれを踏み台としながらケイルは再び高い跳躍を見せた。
魔鋼の装備が持つ性能の一つとして、物理障壁の効力をケイルはこのように扱う。
それはマギルスが使っていた技術でもあり、この状況において無意識に最善の手段を用いたケイルは、幾度も物理障壁を足場にしながらウォーリスに近付いた。
そしてついに、ケイルの射程距離にウォーリスが入る。
同時に物理障壁を足場にしながら、ケイルは突き進んだ身体の勢いと同時に刀を振り抜き、気力剣を放った。
「――……当理流、合技! 『閃空烈波』ッ!!」
目視では確認できぬ程の速度で刀を振り抜いたケイルは、その剣圧と共に飛ばす鋭い気力斬撃を放つ。
空気を切り裂くその気力斬撃は、まさに空中を翔ける閃光となってウォーリスに襲い掛かった。
その時に『マナの実』へ右手を伸ばしていたウォーリスは、迫る気力斬撃を避けずに背中に受ける。
僅かによろめきを見せたウォーリスに対して、ケイルは再び物理障壁を足場に距離を詰めようとした。
そして第二撃目を放とうとした瞬間、ケイルは自身の瞳を大きく見開く。
彼女はその視界において、振り向くウォーリスが赤く輝いている果実を右手で掴み持つ姿を目視した。
「クソッ!!」
それが求めていた『マナの実』だと瞬時に理解したケイルは、ウォーリスから取り戻す為に二撃目を放つ。
しかし必死の形相で迫るケイルに、ウォーリスは微笑みを見せながら口を動かした。
「――……さぁ、私に能力を与えろ。『マナの実』よ」
迫るケイルを意に介さず、ウォーリスはマナの実を口に運ぶ。
そして気力斬撃が当たる直前、ウォーリスはその口と歯でマナの実を噛み千切りながら口に含んだ。
そこでケイルの放った気力斬撃が直撃し、ウォーリスは大きく仰け反りながら吹き飛ばされる。
そして一口だけ噛んだ『マナの実』を空中に落とし、それを見たケイルは大きく身体を前に傾けながら自身の上側に展開させた物理障壁を足場にして、急速落下を始めた。
「クソッ、間に合えっ!!」
ウォーリスなど目もくれずに落下する『マナの実』を追うケイルは、刀を握っていない左手を伸ばす。
そして地上数百メートルの位置で、落下する『マナの実』を左手で受け止める事に成功した。
「よし、掴ん――……っ!?」
しかし次の瞬間、ケイルは左手で掴み取った『マナの実』から凄まじい悪寒を感じ取る。
その悪寒は実際の感覚となって、掴んでいるケイルの左手にある異変を起こした。
それは身に着けている魔鋼製の手袋が突如として溶け出すという、まさに異常な事態。
更に突き破るように沈んだ『マナの実』が、凄まじい熱を持つような状態となってケイルの左手に触れた。
「ぐっ、ァアアアッ!!」
左手に生じた異常な熱と傷みがケイルを襲い、必死に掴み取ったはずの『マナの実』を手放させる。
その痛みによって集中力が途切れたケイルは、そのまま姿勢を崩しながら落下し続けた。
それでも地面までの距離を確認したケイルは、痛みを堪えながら身体を捻り回す。
そして右手に持つ長刀を地面へ向けて素早く振り、技を放って落下速度を緩めながら地面を砕き割って柔らかくした。
「月の型、『弓張月』っ!! ――……そして、『満月』ッ!!」
最初に放った奥義によって刀を中心に形成された気力が、まるで弓のような形状を形作る。
そして痛みを持つ左手で弓に形成された気力を引き、矢に模られた気力を地面へと撃ち出した。
すると落下速度が軽減すると同時に、ケイルの真下に広がる地面が破壊しながら砕く。
それによって多少ながらも柔らかい地面となった状態で、ケイルは次の奥義を使い自身の周囲に円形状の気力を纏わせながら地面へ落下した。
「グゥ……ッ!!」
歯を食い縛りながら纏う気力の内部で着地したケイルは、辛うじて地面との激突を免れる。
しかしその衝撃を完全に殺すことは出来ず、また左手から引かぬ痛みが押し寄せ続け、ケイルは荒い息を吐き出しながら膝を着いた姿勢で自身の左手を見た。
そして初めて、ケイルは自分の左手がどういう状態になっているかを理解する。
それは火傷などという甘い状態ではなく、肉や神経が焼け爛れ微かに骨が見える程の大怪我を負っていたのだった。
「こ……これは……。……クソ……、マナの実は……!?」
幾度も消耗が激しい奥義《わざ》を使用した事で疲弊し、更に左手の状態が思った以上となっていた事を改めて再認識したケイルは、両肘を地面へ落としながら右手に持つ刀を地面へ落とす。
そして無意識にも至れぬ程の痛みに苛まれながら、それでも周囲を見渡しながら『マナの実』を探した。
そしてマナの大樹に寄った位置に、『マナの実』が転がるように落ちた事を理解する。
しかし果実のような形状にも関わらず、落ちた『マナの実』は衝撃で潰れるような状態は見せず、また齧られたはずの部分が元通りに再生する様子をケイルは確認した。
「……そうか、あの実がそもそも……ヤベェ代物だったのかよ……っ。……しかも、なんだよコレ……。浸蝕、してやがるのか……!?」
改めて『マナの実』も自分が予想する以上の存在だった事を悟り、ケイルは悪態を漏らす。
そして痛み以外に感じず爛れた左手を見ながら、ケイルは爛れた部分が徐々に無事な部分にも広まるように蝕んでいる事に気付いた。
それが溶解する猛毒を浴びた状態に類似している事を改めて察したケイルは、表情を強張らせながら歯を食い縛る。
「クソッ、これじゃあ……左手はもう……。……このまま、全身に広がるぐらいなら……っ!!」
改めて『マナの実』も自分が予想する以上の存在だった事を悟り、ケイルは悪態を漏らす。
痛み以外に感じず爛れ侵され続けている左手を見ながら、ケイルは上体を起こした。
そして呼吸を整えながら表情の強張りを強め、ケイルは左手を前方に出す。
すると右手で左腕を覆う魔鋼の装備を取り去り、左腕部分の衣服を捲り上げながらまだ無事な地肌を晒した。
そして自由になった右手で落ちている刀を掴み、意識を集中させる。
すると痛みを堪えながら集中させた意識と共に、右手に持つ刀の刃を躊躇無く振り下ろした。
「――……ぁ……ぁああぐぁ……っ!!」
ケイルは歯を食い縛りながら両目に涙を浮かべ、漏れる鼻息から先程とは異なる痛みを漏らす。
そして斬り落とした左手と左腕から溢れる大量の血を地面に落としながら、それを止血する為に腰に巻き付けている革帯を外し、余るようになった左袖と共に切断された左腕を覆い縛った。
簡易的ながらもそれで止血したケイルは、斬り落とした左手を見る。
予想通りに腐食を続ける左手は全体が爛れ始め、もはや自分が覚えている左手の面影など残していなかった。
こうした状態になって、改めてケイルは地面へ転がる『マナの実』を見る。
そして荒々しい息を漏らし、膝を落としたまま呟いた。
「……あの実は、アタシじゃ触れない……。……魔鋼の装備を一瞬で溶かすようなモンを、どうやってアイツ等に食わせるってんだよ……!?」
自分では『マナの実』に触れられず、またそんな実を死んだ仲間達に食べさせる事は不可能だとケイルは考える。
しかしその脳裏には、ある疑問を同時に浮かび上がっていた。
「……なんで、あの野郎は……あの実に触れて、しかも喰いやがった……。……そうだ、奴は何処に……!?」
自分が触れる事すら危ぶまれる『マナの実』を、ウォーリスが触れて食していた光景をケイルは思い出す。
その信じ難い光景と共にウォーリスの存在を思い出したケイルは、再び周囲を見回しながらウォーリスを探した。
しかし地面へ落ちたのはケイルと『マナの実』だけであり、ウォーリスの姿は何処にも無い。
そして改めて近くに見えるマナの大樹が周囲から生命力を吸い取っている事を思い出し、虚脱感を強める身体を起こしながら立ち上がった。
「……ここに居たら、あの大樹に残った体力を吸い取られる。……一旦、離れないと――……!?」
起き上がったケイルが周囲の森へ振り向こうとした瞬間、その視界の端に何かが映る。
それに気付き再びマナの大樹へ視線を向けたケイルは、そのまま視覚の角度を上げながら大樹を見上げた。
そこには、ケイルが驚愕すべき光景が存在している。
それは巨大な大樹の幹に、その身体の半身以上を吸収されているウォーリスの姿を目撃した。
「な……!?」
ウォーリスの身体がまるで大樹に飲み込まれているかのような光景は、ケイルの予想を上回り動揺を起こさせる。
しかも慌てる様子や抗わず暴れる様子も見せないウォーリスの姿に、ケイルの疑問は更に増やした。
「野郎、なんであんな……っ。……いや、まさかあの大樹は……生物の身体ごと吸収しちまうのか……!?」
マナの大樹が生命力のみならず、肉体すらも吸収し養分としている可能性にケイルは気付く。
それを理解しながら荒い息を吐き出したケイルは、見上げた状態から再び森側へ身体を振り向けながらマナの大樹から離れ始めた。
「……だが、これで……野郎は大樹に吸収される……。……これで、決着だ……!」
マナの大樹に吸収されるウォーリスの死を悟ったケイルは、それに巻き込まれない為に大樹から離れる。
しかし上半身のほとんども大樹に飲み込まれ続けるウォーリスは、何故か口元を微笑ませながら呟いていた。
「……待っていてくれ。ジェイク、母上。……そして、カリーナ。……もうすぐ、私達の世界を――……」
そう口から零すウォーリスは、その肉体を完全にマナの大樹に吸収される。
それから一分ほどが経った後、白い幹と銀色の葉を生やす巨大なマナの大樹が赤い輝きを放ち始めた。
「……今度は、何だってんだよ……!!」
突如として赤く輝くマナの大樹に、ケイルは思考が追い付かずに動揺を漏らす。
しかしその答えが返って来る事も無いまま、マナの大樹を中心とした空間が赤い光に染まるように広がり続けた。
こうして『マナの実』を奪う事に成功したケイルだったが、ウォーリスを吸収した『マナの大樹』に別の異変が起こる。
それこそがまさにウォーリスの計画であったことを、彼に付き従って来た者以外は知りようなど無かった。
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