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革命編 七章:黒を継ぎし者
叶える者の願い
しおりを挟む悪魔ヴェルフェゴールと契約し能力を手に入れたジェイクは、兄ウォーリスを救う為にメディアと別れて生家であるゲルガルド伯爵領地の屋敷に戻る。
そうした一方で先に屋敷に戻っていたウォーリスとアルフレッドは、見慣れた庭園の中に身を置きながら話を行っていた。
『――……リエスティアが実験施設から連れ出された事が分かれば、ゲルガルドは真っ先に私の関与を疑うだろう。……アルフレッド。可能な限り、お前の人形を用意して迎撃の準備をしてくれ』
『庭園で迎撃を?』
『奴ならば真っ先に庭園へ来るはずだ。そして私達が本当に反逆したのかを確認しようとするだろう。反逆が確実だと分かればお前の本体を抑え、次の肉体となる私を確保しようとするはずだ』
『しかし、我々だけで勝てますか?』
『勝てない、それは分かり切っている。だが今回の事態は、我々だけの反逆行為だとゲルガルドに思わせなければならない。……でなければ、皇国に居る母上にも危害が及ぶ』
『……確かに。そうなれば、ジェイク様達の逃げ場所も無くなりますね』
『そうだ。そしてゲルガルドは、我々を捕えてリエスティアを連れ去った者達の正体を聞き出そうとするだろう。……そうなる前に、我々はゲルガルドが蘇生不可能な状態で自死する必要がある』
『……実験室の、自爆装置ですか』
『そうだ。実験室に設けられた自爆装置を使い、私達と道連れに庭園と屋敷ごとゲルガルドを吹き飛ばす。……すまない、アルフレッド。今の私には、この手段でしかゲルガルドに一矢報いられる策を考えられなかった』
後の事を考えながらゲルガルドに一矢報いる方法を導き出したウォーリスだったが、それが何の利にもならない自殺である事を自覚している。
だからこそそれに巻き込むアルフレッドに謝罪を述べると、義体の表情を微笑ませたアルフレッドが軽い言葉を向けた。
『元より、ゲルガルドに逆らい貴方に協力する事を選んだ時点で、死ぬ覚悟は出来ておりますよ』
『!』
『虚しさばかりが過ぎる二百年でしたが、あのゲルガルドに一矢でも報いられる機会を得られたのです。親友として、貴方には感謝していますよ』
『……ありがとう』
自らの意思でゲルガルドに反逆している事を改めて伝えるアルフレッドに、ウォーリスは謝罪ではなく感謝を伝える。
そして義体のアルフレッドは一礼を向けると、生垣に隠されている出入り口を開いて実験室へと降りた。
施設内で生み出す人形達を操る為には義体から本体へ戻る必要があるアルフレッドをウォーリスは待ちながら、周囲の状況に探るように意識を集中させる。
そうして十数分程が経過した時、ウォーリスの気配感知に異常な反応が引っ掛かった。
『――……なんだ、この気配は……っ!?』
誰も居なかったはずの屋敷側に今まで察知した事も無い異常な気配が現れた事を理解したウォーリスは、強い警戒心を抱きながら左腰の剣に手を掛ける。
その脳裏にはゲルガルドではないかという疑いが生まれながらも、予測と反した場所と今まで感じた事も無い気配はウォーリスに僅かな疑念を抱かせた。
すると屋敷に現れたはずの気配が、何事も起こさぬまま消える。
それを察知したウォーリスだったが、同時に視界の中に黒い人影が姿を現したことに驚愕を浮かべて身を引かせながら剣を引き抜いた。
『ッ!!』
『――……兄上っ!!』
『なっ!! ……まさか、ジェイクかっ!?』
突如として目の前に現れた黒髪と金色の瞳を持つ青年の顔と声を確認し、ウォーリスは青い瞳を見開きながら目の前の人物が弟ジェイクだと悟る。
しかし様相の変化以上に単独での転移魔法を行使し現れたジェイクの姿は、ウォーリスに別の衝撃を与えながら問い掛けさせた。
『その髪と瞳は……。それに、お前一人なのか……!?』
『あっ、これは……その……』
『だが、どうしてお前が転移魔法を……。……いや、それよりも……どうしてまた戻って来たっ!?』
『!』
『お前には、いや……お前だからこそ、カリーナとリエスティアを任せられると思ったのにっ!!』
『……そんなの、兄上が勝手に押し付けているだけだろっ!!』
『!?』
怒鳴るウォーリスの言葉を聞いていたジェイクが、僅かに身体を震わせながら怒鳴り返す。
それを聞き驚きを浮かべたウォーリスに対して、初めてジェイクは自分の本音を向けた。
『いつもいつも、カリーナに頼ませては僕に押し付けてっ!! 僕がカリーナの事を好きだったのを知って、だから利用してたんだろっ!!』
『……ッ!!』
『それなのに兄上は、カリーナに愛しても貰って、子供も作って! そんなカリーナと子供を、僕に任せると言いながらまた押し付けて……。……いい加減にしろよっ!!』
『……違う、私は……!』
『何も違わないよっ!! ……何が贖罪だよ。諦めたフリして、愛した女と子供も最後まで守れない無責任な男が、偉そうなことを言うなっ!!』
『ッ!!』
今まで蓄え続けたウォーリスへの不満を向け放つジェイクは、自身の感情に従いながら踏み出して右拳を振るう。
その拳は凄まじい速さを見せながら瞬く間にウォーリスの左頬を打ち抜き、その身体を大きく吹き飛ばしながら庭園の一画へ突っ込ませた。
『聖人』の反射神経と身体能力を遥かに超えたジェイクの殴打に、ウォーリスは何をされたのか分からぬまま呆然とする。
そして奥歯が折られ切れた口内から吐血してから初めて殴られた事を自覚したウォーリスは、驚愕を動揺を浮かべながら身を起こしてジェイクを見た。
『……この、力は……。……本当に、ジェイクなのか……!?』
『はぁ……はぁ……っ。……僕は、許さないからなっ!!』
『……!?』
『このまま死んで、カリーナを悲しませるなんて事をしたら、僕は兄上を許さないっ!! 絶対にっ!!』
『……ジェイク……』
自分の感情と意思を改めて向けたジェイクは、愛した女性が悲しむ結末を望まない事を伝える。
それを聞かされたウォーリスは動揺しながら青い瞳を泳がせると、口の痛みに耐えながら歯を食い縛り、振り絞るような言葉を吐き出した。
『……だが、こうする以外に……もう手段が……』
『あるよ、まだっ!!』
『!?』
『その為に、こうして僕が戻って来たんだ。……兄上にはカリーナの為にも、生きてもらうよっ!!』
そう言いながら歩み寄るジェイクは、庭園の地面に膝を着くウォーリスの首筋を掴ち持ち上げる。
そして自身の肉体に宿る悪魔に命じ、本人の了承も得ぬままに強行策を実行した。
『ヴェルフェゴール、やるぞっ!!』
『!?』
『――……はい。我が契約主』
契約主の願いに応える悪魔ヴェルフェゴールは、同じ因子を持つ肉体を通して二人の魂の回線を強制的に繋ぐ。
回線を介して自らの精神をウォーリス側に移した悪魔は、精神世界の中で彼の魂まで辿り着いた。
『――……やはり、御美しい魂を御持ちだ。貴方も』
『……こ、この声は……なんだ……!?』
『申し遅れました。私、ヴェルフェゴールと申します。貴方の弟君であるジェイク様と、契約を交わした悪魔です』
『け、契約……!?』
『ジェイク様の御望みは、貴方を救う事。――……故にその願い、叶えさせて頂きます』
『……ぐっ、ぁああっ!?』
ヴェルフェゴールの声は精神を通してウォーリスにも届く、簡潔ながらも挨拶を向けられる。
そしてジェイクの願いを果たす為に、精神世界に介在するウォーリスの魂をヴェルフェゴールは右手で鷲掴みにした。
すると次の瞬間、ウォーリスが肉体の感覚とは異なる凄まじい違和感を味わう。
魂を掌握された事による圧迫感によってウォーリスに苦しみを浮かべながらも、それを無視するようにヴェルフェゴールは掴んだ魂に障壁を築き始めた。
そして精神で形成した姿のまま口元を微笑ませたヴェルフェゴールは、ウォーリスの魂を解放しながら告げる。
『これで貴方の美しい魂は、誰にも犯されない』
『……!?』
『さて、我が契約主様。次はどのように?』
『――……分かっているだろう。お前なら』
『フフフッ。では、そのように――……』
そうした言葉を交え終えた精神体のヴェルフェゴールは、契約主の言葉に従うようにウォーリスの精神世界から消える。
そして現実に引き戻されるように意識と視界が戻ったウォーリスは、掴まれていた首から手を離すジェイクを見上げて揺れる青い瞳を浮かべた。
『……これは、いったい……。……ジェイク、お前は何を……?』
『言っただろう、兄上は殺させないと。……でもゲルガルドが野放しのままだと、そうはいかない』
『!?』
『だから敢えて、兄上の肉体にゲルガルドを封じる。……そして兄上、いつか貴方がゲルガルドを倒すんだ』
『……何を、言って――……グァ……ッ!!』
膝を立たせて起き上がろうとしたウォーリスに対して、ジェイクは容赦なく鳩尾に左拳を叩きつける。
その衝撃と威力はウォーリスに抗う隙すら与えずに意識を奪い、そのまま気を失わせることに成功した。
そして項垂れ倒れるウォーリスを抱えたジェイクは、庭園の実験室へ赴く。
すると迎撃の準備を整えようとしていたアルフレッドの前にジェイクが現れ、その変わった姿と抱えるウォーリスを見せながら伝えた。
『――……ウォーリス様……!? ……それに、貴方はまさか……ジェイク様なのですか……?』
『アルフレッド殿。兄上を施設の牢に閉じ込めてくれ』
『えっ』
『貴方達は私に襲われ、この地下室に動けずに囚われていた。そういう筋書きで事を進めますから』
『何を、仰っているんです……?』
『僕は、これから来るだろうゲルガルドを仕留めます』
『!?』
『そして兄上の肉体に乗り移ろうとするゲルガルドを阻み、兄上の身体に封じます。……その間、貴方達はゲルガルドを倒す為の策を考え、実行して下さい』
『……そんな無茶を、貴方が出来るはず……!?』
『僕は悪魔と契約し、それを可能に出来る能力を得られました。……アルフレッド殿。兄上の親友として、どうか諦めさせないように見張っていてくださいね』
『……ジェイク様……!?』
そう言い残しながら気を失ったウォーリスを床に置いたジェイクは、転移と思しき術でその場から姿を消す。
ウォーリスを気絶させ異常な能力を得たジェイクの姿を確認したアルフレッドは、彼のしようとしている事を確認する為に人形の一体を実験室から地上へ出そうとした。
しかし庭園全体に張り巡らされた奇妙な結界により、ウォーリスとアルフレッドは外の状況を把握できずに実験室から出られなくなる。
それを見届けるように振り向くジェイクは、自身に宿る悪魔と会話を交えながら状況を確認した。
『これで、兄上達は庭園から出られないんだな?』
『はい、これで邪魔は入りません』
『そうか。……ゲルガルドは?』
『あの研究施設に戻ったようですねぇ』
『なら、もうすぐ来るだろうな。……今の僕で、勝てると思うか?』
『貴方が本気で望めば、どんな願いも必ず叶いますよ』
『どんな願いも、か。……本当は、僕自身の手で母上達の仇を……ゲルガルドを倒したかったけど。……それは、兄上達に任せよう』
そうして庭園の前に立つジェイクは、夜の星空を眺めながらゲルガルドを待ち受ける。
すると数分後、その場に転移して来たゲルガルドが怒りの形相を向けながら姿を現した。
そこで待ち受けていた様変わりしたジェイクの姿を確認し、怒りのまま声を向ける。
『――……なんだ、貴様は?』
『……息子の顔も忘れたのか。化物』
『何だと……。……まさか、ジェイクか? しかしなんだ、その気配は……!?』
『化物を倒す為に、僕も悪魔になったのさ。……アンタを殺したら、次の乗り移る身体も殺してやる』
『なに……!?』
『死ね、化物ォオオッ!!』
自身と次の器となるウォーリスを殺す事を伝えるジェイクに、ゲルガルドは驚愕を浮かべる。
そして悪魔の能力を得ながら凄まじい殺気を漲らせたジェイクは、そのまま全力でゲルガルドに襲い掛かった。
こうしてウォーリスの魂を保護しながらアルフレッドと共に実験室へ閉じ込めたジェイクは、ゲルガルドと真正面から相対する。
彼の決死の行動は誰にも予測できないまま、魂を対価とした短くも激しい戦いが行われようとしていた。
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