上 下
1,077 / 1,360
革命編 七章:黒を継ぎし者

白日の閉鎖

しおりを挟む

 少女アルトリア能力ちから、そして『聖人せいじん』を超える『神人かみびと』と呼ばれる存在について明かされたウォーリスは、ゲルガルドを倒す為の可能性を知る。
 しかしそれ以上の知識を教えない『黒』のリエスティアを伴いながら、従者役として伴う義体のアルフレッドと共にゲルガルド伯爵領地へと戻ってきた。

 帝都に赴くまで布地で隠していた家紋を再び明かした状態で、ウォーリス達は本邸やしきのある都市へ到着する。
 そして入り口となる門を通過し、屋敷までの道のりを無事に終えて辿り着いた。

 そして屋敷の手前まで辿り着くと、ウォーリスはある気配が読み取れる。
 それは父親であるゲルガルドの存在であり、その位置を感知しながら表情を険しくさせた。

『……おもてで待っている……。……何故……?』

 ゲルガルドが屋敷の表に出て待ち構えている気配を感じ取り、ウォーリスの表情が険しさを増す。
 息子じぶんを出迎える為にわざわざ待つような相手ゲルガルドではないと考えるウォーリスにとって、このゲルガルドの行動は明らかに不穏な雰囲気である事を察知した。

 そうして表情を強張らせながら両拳を握り締めるウォーリスに対して、正面に座るリエスティアが声を掛ける。

『落ち着いてください』

『!』

『貴方が今ここで取り乱せば、彼は必ず気付きます。……今は、冷静に』

『……あ、ああ』

 幼い少女みためとは裏腹に冷静な面持ちで話すリエスティアに、ウォーリスは自身が精神的にも肉体的にも情緒が保てていなかった事を悟る。
 そして一つの深呼吸を行いながら普段の冷静な表情へ戻ると、屋敷の前に到着した馬車は動きを止めた。

 馬車の前に座っていたアルフレッドの義体からだが離れると、屋敷の前でただ一人で待つゲルガルドに一礼を向ける。
 そして馬車の扉を開き、その中に居たウォーリスが先に降りながら、屋敷の出入り口まで歩みながら跪き、父親ゲルガルドに対してこうべを垂れた。

『――……父上。只今ただいま、戻りました』

『……言いたい事は、それだけか?』

『ッ!!』

 平伏しているはずの息子ウォーリスに対して、父親ゲルガルドは凄まじい程の殺気を放ち始めながら問い掛ける。
 その殺気プレッシャーを受けながら背中と額に冷や汗が浮き出て来たウォーリスは、次に言葉を誤れば殺されるのを理解し、自分の行動が全て暴かれている事を前提に言葉を述べ始めた。

『父上の承諾も無く、勝手な行いをしてしまい、申し訳ありません』

『……いいだろう、今ここで弁明を許す。……だが私が納得できる程の理由が無ければ、勝手な行いをしたお前を今すぐ消してやる』

『はい。……帝都へ向かう途中、暗殺に差し向けた者達がエカテリーナの実家である隣領地の領兵である事を理解しました。……そこで私は、邪魔となる存在を一斉に排除できないかと考え、父上の承諾も無いまま勝手な策謀を実行しました』

『……』

『私自身があの女エカテリーナの実家に赴き、領主である彼女の父親を脅迫し、挙兵するようそそのかしました。暗殺に続き挙兵ともなれば、父上があの女エカテリーナとその実家を強制的に排除する大義名分が得られる。……これでエカテリーナを処分したとしても、後になって波風は立たないだろうと、そう考え勝手に行動してしまいました』

『……なるほど。アレはお前なりの、私への気遣いだったというわけか。……だがお前は、その時点で選択を誤ったな』

『!』

『挙兵させるのではなく、あの領主はそのまま殺せば良かったのだ。奴の領地や財産などに興味が無い事を、お前は誰よりも理解してくれていると思ったのだがな』

『……申し訳ありません』

『おかげで、私自らが奴の始末をせねばならなかった。しかも私の領地に向けて挙兵などという噂まで流れ、余計な手間を掛けさせられたぞ。……ッ!!』

『グァッ!!』

 ウォーリスの策謀こうどうによって余計な手間を取らされたと考えたゲルガルドは、その憤りを蹴りとしてウォーリスに放つ。
 それをあたまを垂れたまま防御もしていなかったウォーリスは受け、凄まじい勢いで蹴り飛ばされながら屋敷内の縁石コンクリートの壁へ身体を衝突させた。

 ウォーリスは受け身も取れず左頬に裂傷を負いながら赤い血を口と頬から垂らすと、瞬く間に倒れている彼の傍に近付いたゲルガルドが再び問い掛ける。

『――……さて。次の弁明を聞こう』

『……!!』

 何に対しての弁明かを敢えて説かないゲルガルドに、ウォーリスは痛みを堪えながら再び跪く。
 そして自分の策謀さくぼうが何処まで明るみとなっているのか、そして何を弁明すべきかと必死に思考を巡らせながら、そこから捻り出すように言葉を零した。

『……ジェイクとエカテリーナ達を敢えて脱走させたのは、挙兵させたあの女の領主ちちおやと合流させ、ジェイクを旗印として纏まるだろう奴等の勢力を、一斉に排除する為でした』

『……』

『これも全て、私が勝手に考え実行した事です。……申し訳ありません……』

 エカテリーナ達とジェイクを屋敷から脱出させた事も自分の関与があった事を暴かれているだろうと察したウォーリスは、最初に述べた事柄と重なる理由いいわけを伝える。
 それを聞いているゲルガルドの表情も分からぬまま、ただ押し潰されるような殺気プレッシャーを上から感じ続けるウォーリスは、身体を僅かに震わせながらくだされる沙汰さたを待った。

 するとゲルガルドは、その弁明に対する答えとも言うべき言葉を口にする。 

『……エカテリーナ達は無謀にも私を殺そうとしたので、逆に殺しておいた』

『!』

『だが、ジェイクだけが見つからない。エカテリーナへ尋問もしたのだが、お前がジェイクを連れ去ったとしか言わなかった。……その点はどうだ?』

『……ジェイクに関しても屋敷から出しただけで、以後は彼等が都市内部で合流するよう仕向けたつもりでしたが。……しかし、エカテリーナが合流せずに父上を暗殺しようとするとは、考え至りませんでした』

『ということは、ジェイクは母親を置いて逃げたわけか。……これに関しても、お前の中途半端な行動が原因だな』

『……申し訳ありま――……ッ!!』

『謝れば済む問題ではないのだ』

 再び蹴り上げられたウォーリスは吹き飛ばされ、地面を削りながら屋敷の出入り口である元の位置へ戻させる。
 今度は左腹部に受けた蹴りが左脇腹の肋骨を容易く砕き、ウォーリスに血を吐き出せた。

 そして再び目の前に現れたゲルガルドは、痛みに堪えるウォーリスの頭を右手で鷲掴みにしながら顔を上げさせて言い放つ。

『ウォーリス。お前は確かに優秀な肉体を持っているが、万能というわけではない。今回の件で、それを身を持って知ったな』

『……ッ』

『だが、お前の勝手な失態は目に余る。――……だから勝手な行動をしないように、お前の精神と魂を消滅させ、肉体だけ保管しておくことにしよう』

『……!!』

『……アルフレッドッ!!』

 ウォーリスの魂を消滅させる事を選んだゲルガルドは、馬車の傍に立つアルフレッドの義体に呼び掛ける。
 それに反応するアルフレッドは傍まで歩み寄り頭を下げると、ゲルガルドはこう命じた。

『アルフレッド、コイツを実験室あそこに連れて行け。そして、魂を消す為の準備をしろ』

『!』

『今回の事態は、従者かんしを務めていなかったお前にも責任がある。……お前達はどうやら、勝手に行動を許し合う程まで親しくなっていたようだな?』

『……ッ』

息子そいつの始末が終わったら、お前の処遇についても決めなければな。……なんた、異論があるのか?』

『……ッ!!』

『……アルフレッド……!!』

 ウォーリスを投げ渡しながらアルフレッドも処分する事を決めたゲルガルドは、そう言いながら二人に凄まじい殺気プレッシャーを向ける。
 それに対して二人は追い詰められた事を察し、せめて一矢報いる為の精一杯の足掻きを見せようと決断しようとした。

 しかしそれを止めるかのように、ある声が彼等の耳に届く。
 それは馬車の中から出てきた、リエスティアからだった。 

『――……待ってください』

『!』

『!?』

『……』 

『彼等を処分する前に、私の話を聞いた方がいいですよ。――……ギルヴァルドさん』

『!?』

 ゲルガルドはリエスティアの発した名前に驚愕を浮かべ、その意識を目の前の二人から離す。
 それを聞いていたウォーリスとアルフレッドもまた驚愕を浮かべながら、歩み寄って来るリエスティアに注目を向けた。

 そしてその名を呼ぶリエスティアに対して、ゲルガルドは凄まじい目を向けながら歩み寄り始める。

『……貴様。どうして私の名を……』

『知っていますよ。貴方が二千五百年前の人魔大戦を経験し、五百年ほど前に蘇っていた転生者の一人だということは、全部ね』

『……何者だ? その話は、誰にも教えていないはずだぞ』

『貴方は知っているはずですよ、私の正体を。――……分かりませんか?』

『……まさか……っ!!』

 改めてリエスティアの顔をまじまじと見つめるゲルガルドは、その瞳がウォーリスとは異なる黒色である事を確認する。
 そして幼さに見合わぬ口調から、その正体を自分自身の知識からすぐに導いた。

 それでも確信できないのか、ゲルガルドは右手を翳しながらリエスティアに向ける。
 更に周囲の魔力を瞬く間に収束し、それを閃光のように放った。

 しかし放たれた魔力砲撃は瞬く間に四散し、周囲の空気へ溶け込みながら魔力の光が消失する。
 リエスティアに向けられた魔力が無力化させられた事を確認したゲルガルドは、驚きの目を浮かべながらも口元を吊り上げ始めた。

『……フ、フフッ。……そうか、お前が【くろ】か』

『ええ、そうですね』

『ハハハッ!! まさか、ウォーリスの娘が【くろ】だったとはなっ!! ……これは傑作だっ!! ――……だが、そうなると……』

 狂気にも似た笑いを放ち始めるゲルガルドだったが、その声が止まりながら傾けた視線がウォーリスとアルフレッドに向けられる。
 先程の殺気以上の寒気を纏わせたその視線に戦慄するウォーリスとアルフレッドは、ゲルガルドが発する次の問い掛けを聞いた。

『ウォーリス。まさか貴様……娘が【くろ】だった事も黙っていたのか? だとしたら――……』

『……!!』

 リエスティアが『黒』だった事を隠していた可能性があるウォーリスに、ゲルガルドは殺気とは異なる冷徹な憤怒を向ける。
 しかしそれを助けるように、リエスティアが援護の言葉を向けた。

『いいえ、彼は何も知りません。私はずっと、ただの娘として振る舞っていたので』

『……ならば、そのまま黙っていればいいものを。……どうして出てきた?』

『残念ながら、父親が殺されるのを見逃せるほど、私は人間性を捨ててはいないので』

『……ふんっ。……アルフレッドッ!!』

『!』

『ウォーリスを実験室へ連れて行け。そこで暫く閉じ込めていろ。――……私はこの娘と、話が出来た』

『……ハッ』

『アルフレッド、待ってくれ……ッ!! ……リエスティアッ!!』

『――……さようなら、御父様』

『!!』

 重傷を負ったままアルフレッドに拘束され連れて行かれるウォーリスに、『黒』であるリエスティアは最後の微笑みを向ける。
 それはウォーリスにとって、四年間を共に暮らしていた娘リエスティアとの最後の別れとなる挨拶でもあった。

 こうして幼い姿の親子は別れ、リエスティアは『黒』としてゲルガルドに迎えられる。
 しかし再び実験室ちかの監禁生活に戻されるウォーリスは、ある出来事が起きるまで放置され続けたのだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

天使の片翼 ~ ゴーレム研究者と片足を失った女勇者

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:8

さよならトイトイ~魔法のおもちゃ屋さん~

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:12,858pt お気に入り:8,198

魔法使い、喫茶店とアイドルになりました!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

隣の芝生は青い

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:0

2025年何かが起こる!?~予言/伝承/自動書記/社会問題等を取り上げ紹介~

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:28,151pt お気に入り:90

処理中です...