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革命編 七章:黒を継ぎし者

情罪の道

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 ゲルガルドを倒す為に母親であるナルヴァニアに現状を伝えたウォーリスだったが、内乱が起こるルクソード皇国とそれに巻き込まれているガルミッシュ帝国では自身も含めて対応できないという返答が届けられる。
 しかし母親ナルヴァニアがその助力を託すに足る人物をウォーリスの傍に送り、ついにゲルガルドの留守を狙って接触する事が出来た。

 そこで初めてウォーリスが対面するのは、若き日の従騎士ザルツヘルム。

 ナルヴァニアに忠誠を尽くすザルツヘルムは、闇夜に紛れながらウォーリスが居る納屋に訪れる。
 そして互いに短くも自己紹介を終えた後、ザルツヘルムはウォーリスにある提案を告げた。

『――……ナルヴァニア様から、この伯爵家いえとウォーリス様の状況は御聞きしております。……単刀直入に申し上げますが、私と共にこの帝国から離れ、ナルヴァニア様の居られる皇国に御越し下さい』

『!』

『貴方御一人ならば、私と共に皇国に渡るのは難しくありません。道中や船の手配などは、全てこちらに御任せ頂ければ』

『……やはり、そういう話ですか』

 ザルツヘルムが提案する内容を、ウォーリスが予測していたように躊躇いの溜息を吐き出す。
 そしてウォーリスは真剣な表情と瞳を見せながら、その返答を行った。

『残念ながら、それは出来ません』

『……理由を御聞きしても?』

『私が領内ここから居なくなれば、あの男ゲルガルドは必ず私を見つけ出そうとするでしょう。奴には帝国のみならず、皇国にも操れる貴族勢力が存在すると聞きます』

『……つまり、逃走は不可能であると?』

『そう考えます。しかしそれ以上の理由も、私にはある』

『それは?』

『私が消えてしまえば、私の最も身近で協力してくれている異母弟ジェイク侍女の一人カリーナにも危険が及ぶ可能性があるからです』

『……!』

『私がゲルガルドならば、実際に領内を出た事が無い私が手際よく逃げられるとは考えない。必ず途中で見つけられると考えるでしょう。……しかしそうでない場合は、第三者の介入が起きたと予測する。そして第三者それを招き入れ協力していると真っ先に疑われるのは、私の世話をしてくれている侍女のカリーナです』

『……確かに』

『そうなればカリーナは、ゲルガルドに酷い拷問を受けるでしょう。彼女はそれに耐えきれず、協力していたジェイクの名も出してしまうかもしれない。そうなればジェイクも巻き込まれ、私と同様かそれ以上の拷問を受けるのは確実です。……私に協力してくれている彼等が、そうなる可能性を無視してまで一人では逃げられません』

『……なるほど。では、その二人を共に連れて行くというのは?』

『それこそ無理です。ジェイクは自分の母親や親しくしている者達に危険が及ぶと考えているからこそ、私に協力してくれています。彼だけが難を逃れたいというわけではない。……そしてカリーナは、伯爵家で買われている奴隷です。奴隷契約を行っている主人ゲルガルドから切り離さない限り、彼女は領内から出る事すらも出来ない』

『……』

『私は母上と連絡を取る為に、あの二人に大きな助けを借りました。その二人を置いて私だけ逃げるくらいなら、ゲルガルドに敵わずとも刺し違えるつもりで挑みます』

 ウォーリスはそうした理由を述べながら、自分だけが逃げる事を拒否する。
 それを聞いていたザルツヘルムは僅かに表情を強張らせた後、俯き気味だった顔を上げてウォーリスに再び口を開いた。

『……今の貴方を見て、確信しました。貴方は確かに、ナルヴァニア様の御子息だ』

『!』

『しかしそうなると、私に出来る事もかなり限られます。私自身がゲルガルドを暗殺するというのが、最も簡単に思えますが……』

『それは、止めた方がいいです。奴の実力は、恐らく並大抵ではない。七大聖人セブンスワンと同等か、それ以上かもしれない』

『!』

『だからこそ私は、母上に頼み皇国に居るという七大聖人セブンスワンの助力を得て奴を討伐出来ないかと考えていました。……しかし現状、それは望めないのですよね?』

『……残念ながら、その七大聖人セブンスワンであるシルエスカ様とナルヴァニア様は、現在は敵対関係に近い状況にあります』

『敵対?』

『ナルヴァニア様は今回の内乱を起こす為に、皇王エラク様を毒殺しようとしました。命こそ無事でしたが、その事で皇王エラクの実姉であるシルエスカ様はナルヴァニア様の関与に感付いており、現在は険悪な関係になってしまっているのです』

『……』

『仮にナルヴァニア様がシルエスカ様に事情を御伝えしても、協力を仰ぐ事は叶わないかもしれません。それどころか交換条件として、内乱の発端であるナルヴァニア様に罪を認めさせて償うよう求めるかもしれない』

『それは……』

『ナルヴァニア様であれば、御子息である貴方の為にそうなさるでしょう。しかしそうなれば、ナルヴァニア様は確実に皇王弑逆の罪で死刑に処されます。……ウォーリス様は、それを御望みになられますか?』

『……いいえ』

 ザルツヘルムにそう問い掛けられたウォーリスは、苦々しい表情を浮かべながら首を横に振って否定する。
 その答えを予測していたザルツヘルムもまた、慎重にナルヴァニアにも及んでいる状況を伝えた。

『ナルヴァニア様は現在、御自身の本当の家族を冤罪で処刑に追い込んだ皇国貴族達を処する為に動いております。そして各皇国貴族達が立てる皇族の後継者達を討つのは、帝国から来たクラウス皇子に任せている状況です。……そしてナルヴァニア様御自身は、別の組織と組んでそうした者達を裁いております』

『……別の組織?』

『結社と呼ばれる組織です。彼等から傭兵を雇い入れ、更に情報などを得ながら、クラウス皇子が敵皇国貴族達を討つ為に協力をしています』

『……その結社というのは、どの程度の規模がある組織なんですか?』

『各国に人材はいるようですが、表立つ旗印のある組織ではありません。あくまで仲介人を介してそれ等の人材を雇い、仕事を任せるのが主だった組織です。主に情報収集が主で、荒事を得意とする者は極一部です』

『……貴方もその組織を雇い、ここまで来たんですね?』

『はい』

『……結社か……』

 そうした会話で初めてウォーリスは『結社』なる組織が存在する事を知り、少し考える様子を浮かべる。
 そして反乱を起こした母親の目的も含め、ゲルガルドの実験室やアルフレッドの話から得ていた情報を含めて、様々な事情を鑑みながらある一つの思考に辿り着いた。

 しかしその思考は、酷く危険であり残虐なモノであったかもしれない。
 それでも身動きが出来ない現状を打破する為に必要だと考えたウォーリスは、こうした提案をザルツヘルムに伝えた。

『……ザルツヘルム殿。貴方は結社を通じて、早急に母上とも連絡が取れますか?』

『可能です』

『では一つ、母上に御願いしたい事があります』

『ナルヴァニア様に?』

『母上が存じているかは分かりませんが。皇国の南方に、ルクソード皇族の血を継いでいる一族が居る事を御存知ですか?』

『……各貴族が有している、皇族以外にですか?』

『はい。……もし母上がルクソード皇族への復讐を果たす為に内乱を企てたという事であれば、その一族もまた障害になるかもしれません』

『!』

『その情報を知る皇国の大貴族は一定数存在すると、あの男ゲルガルドが揃えている資料の中にありました。仮に全ての敵対する皇族達を討てたとしても、その一族を確保されて新たな候補者に立てられてしまうのは、母上が不本意な状況に追い込まれる可能性もありませんか?』

『……確かに。仮にクラウス皇子とそれを擁するハルバニカ公爵家が他貴族達の候補者を討っても、別の候補者を立てられた場合、それを取り下げた場合の譲歩案としてその貴族達の存続を許してしまうかもしれません』

『そうなれば、母上の復讐は果たされない。……その前に、母上の方でその一族を確保する事は出来ませんか? 結社という組織を使って』

『!?』

『そして確保したその一族に奴隷契約を施し、この帝国に秘かに連れて来て欲しいのです』

『奴隷契約を……? それは、何故ですか?』

『私がゲルガルドに取り入る為の、交渉材料として』

『!?』

 思わぬ提案と言葉がウォーリスから出た事で、ザルツヘルムは目を見開きながら驚愕を見せる。
 そんなウォーリスは決意の底に沈む自身の闇を見つめながら、自分の考えをザルツヘルムに教えた。

『ゲルガルドは貴重で特殊な実験体モルモットを欲しがっています。それが内乱で減少している貴重なルクソード皇族の血を継ぐ実験体モルモットともなれば、奴の性格からして手に入れておきたいと考えるでしょう』

『……貴方はその一族を引き渡し、御自身の安全を買うつもりですか?』

『違います。逆に私は、それを渡す事で奴に取り入るつもりです』

『取り入る……。つまり、服従するのですか?』

『私が奴に屈服した、従順な息子のフリをします。しかし何の代価も無くそれを信じる程、あの男も馬鹿ではない。……だから皇族の血を引く一族を手土産にして渡し、奴の近くで討てる機会を待つんです』

『……それは、あまりに危険過ぎるのでは……!?』

『確かに危険です。しかしその方法以外に、奴に取り入り討てる機会チャンスを得る瞬間は永遠に訪れない。……そして、奴隷であるカリーナも自由には出来ない』

『……ウォーリス様は、その侍女カリーナの事を……?』

『私は、彼女の笑顔に救われました。そして、自分を取り戻す事が出来た。……彼女をこの状況から救えるのならば、私はどんな代償でも支払います。自分の命でも、全く無関係な者達の命でも』

 決意を固くするウォーリスは、ルクソードの血を引く一族を手土産にゲルガルドに取り入る策を伝える。
 それを聞いたザルツヘルムは表情を強張らせながらも、真剣な表情で見るウォーリスの意思に当てられ、渋々ながらも承諾するように頷いた。

『……ナルヴァニア様に御伝えします。ただ、どれ程の時間が掛かるかは分かりませんが……』

『構いません。ただ母上が私の考えを良しとしなくとも、それを決行して頂くよう御願いしてください』

『……分かりました。ウォーリス様の御意向は、必ず御伝えします。情報が揃い次第、再びこちらに御報告を御届けさせて頂きます』

『ありがとうございます、ザルツヘルム殿』

 話し合いを終えたザルツヘルムは、再び闇夜に紛れながらウォーリスの納屋から出る。
 そしてウォーリスとザルツヘルムは幾度かカリーナを通じて連絡を取り合い、その後の計画を進め続けた。

 すると一年後、十七歳になっているウォーリスの下にザルツヘルムからの一報てがみが届く。
 そこに書かれていたのは、ルクソード皇国の南方に住んでいた皇族の血を引く部族達を捕えて犯罪奴隷にし、ガルミッシュ帝国まで輸送したという情報だった。
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