虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

文字の大きさ
上 下
1,004 / 1,360
革命編 五章:決戦の大地

研がれる刃

しおりを挟む

 『天界』へ向かう通路あなの中に突入した箱舟ノアは、エリクやマギルスを含む十二名を乗せてウォーリスの討伐に向かう。
 そして『天界』へ到着するまでに丸一日の時間であり、その間に各々は戦う前の休養に入った。

 するとエリクとケイルの間で、『青』の協力者が誰なのかという議論が生じられる。
 その結果として、『青』に奪われていたアリアの短杖つえに宿っているだろう魂が、未来の記憶を引き継ぎ協力しているのではないかという結論へ至った。

 しかし未来と現在のアリアを無意識に混同していたエリクに対して、ケイルは厳しい言葉でそれを諫める。
 そして二人のアリアについて気持ちの区切りを付けるように伝えると、ケイルは艦橋ブリッジから出て行った。

 その道中、ケイルは忍者しのび装束のトモエが通路で待っていた事に気付く。
 先程までエリクと口論していたケイルは苦々しい表情を浮かべ、トモエと視線を合わせぬようにしながら通路を歩いた。

 しかしその後ろから付いて来るトモエは、鋭い言葉で話し掛けて来る。

「――……いいのか?」

「……良いんです。アタシの役割は、いつもあんな感じなんで」

「そうか。……それにしても、少しばかり想像と違うな」

「え?」

「お前から聞いていた話だ。……アレが、お前の想い人だろう?」

「……もう、そういうのじゃないですよ」

 トモエの問い掛けにケイルは渋々ながらも答え、そのまま通路を歩き続ける。
 しかしその声に言葉の強さは感じられず、溜息を漏らしたトモエは頭巾で隠れた口元を動かしながら再び言葉を掛けた。

「まるで、負け戦をしに行くような様子だな」

「……すいません」

「責めてはいない、身を引くというお前のいさぎよさは理解できる。……私も同じような事をした覚えがあるからな」

「えっ」

 不意にそんな言葉を聞かせたトモエに、ケイルは驚きを見せながら振り返る。
 そしてトモエは自らの過去について、ケイルに初めて話し聞かせた。

「私は、親方様……武玄ブゲン様とは幼い頃からの馴染みであり、共に修練に励んだ者同士だった」

「!」

「親方様は国柱たるナニガシ様の息子として、私は御庭番衆おにわばんしゅうの次期頭領候補の一人として。互いに周囲から将来を嘱望されながらも、それを疎ましく思っていた。……だからだろうな。最初は生意気な奴だと互いに思い嫌ったが、御互いの環境と心情を理解し合うようになって自然と考え方を共有し、男女として惹かれ合うようになった」

「……」

「そして私が十五の時、御庭番衆の次期頭領を決める試験が行われた。……しのびの党について、覚えてるか?」

「え、ええ。確か当理流とおりりゅうと同じように、忍者しのびにもアズマ国内では各流派が存在するんですよね? それが『とう』と呼ばれていて、それ等の各流派は各士族や公家と繋がりがあると……」

「それだけはなく、各党には当理流とおりりゅうの各流派と繋がるしのびの里もある。そして御庭番衆の頭領は、その党の一つから候補者が一人ずつ選ばれる」

トモエさんが、その一人だったんですね。……そして、頭領になった」

「そうだ。……だが試験は過酷だった。何せ最後には、残る各党の代表者達が殺し合うのだからな」

「!?」

「私は試験の最後まで残り、各党の頭領候補と戦った。……そこで勝ち残ったが、最後に戦った相手から毒が塗られた刃を受けた。命こそ落とさなかったものの、私は子を儲けられぬ体となった」

「……ッ」

「私はその時、武玄ブゲン様と恋仲だった。私が頭領となり党と武玄ブゲン様の継ぐ月影流との結び付きは強くなったが、子を成せぬ私では親方様との縁は結べぬ。……私は大人しく身を引き、父様や母様は同じ党から別の女性を選び、武玄ブゲン様の妻にしようとした」

「……でも、師匠はそれを断った」

「そう。武玄ブゲン様は私以外の妻は要らぬといい、持ち掛けられる縁談を全て退けた。……親方様が都《みやこ》から離れた地に落ち着いておられる理由、分かるな?」

「……トモエさんを、頭領を守る為ですね」

「そうだ。国柱くにばしらであるナニガシ様と血縁を結びたがる者は、幾らでもいる。だが老いているナニガシ様は、武玄ブゲン様以外の世継ぎを残す気が無い。だから武玄ブゲン様の寵愛を受ける私さえ排除すれば、他の女性ものを娶ると考える者も多い」

「なるほど……」

「私は党と親方様達に守られ、夫婦として暮らす仲になった。……だがそうなる前に、私は親方様と戦ってまで離れようとした事もある」

「えっ」

「それで負けてしまい、親方様に組み敷かれた。その時に初めて、あの方のものにさせられたよ」

「……そ、そうですか……」

 微笑むような声でそう話すトモエに、ケイルは微妙な面持ちと心境を抱きながら言葉を零す。
 しかしそんなケイルに対して、トモエは真剣な声色に戻しながら伝える。

軽流ケイル

「は、はい」

「お前が本当に身を引くつもりなら、お前自身も気持ちの区切りを付けておけ」

「!」

「でなければ、いざという時に振る刃が鈍る。……そのせいで私は、親方様との仲を断ち切れなかった」

「……トモエさん……」

「私には親方様がいたから、その後悔も払拭できた。……だがお前の悔いを誰も拭えないのであれば、お前自身が悔いを断ち切れるようにしなければいけない。……分かるか?」

「……言いたい事は、分かります」

「分かるならいい。……後は、お前の覚悟次第だ」

「……はい」

 トモエの言葉を聞き、ケイルは艦橋に出るまで見せていた渋い表情を引き締め直す。
 そして覚悟を戻した表情を見せると、トモエは納得するように頷きを見せた。

 二人はそれから言葉を交えず、それでも互いの意思を汲み取るように通路を歩く。
 そして自分達に用意された部屋まで訪れて扉を開けた時、そこで寝台の上で足を組みながら座る武玄ブゲンに視線を向けたケイルが呼び掛けた。

「――……師匠……」

「……話とやらは、終わったか?」

「はい」

「そうか。……あの男、強いな」

「!」

「底知れぬ気力ちからを感じる。……だが、まだ若いな」

「……エリクはあれでも、四十に近いとしのはずですけど?」

「見た目の話ではない。……精神こころの未熟さが窺えた」

「!」

「あの男はあやうい。……再び死なせぬつもりなら、心しておけ」

「……はいっ」

 武玄ブゲンはそうした言葉を向け、エリクに関する精神的な脆さの気付きを伝える。
 そしてケイルに対して注意を向け、その安否を気にするような様子を見せた。

 それを受けたケイルは気を引き締めた顔を明かすと、武玄ブゲンは納得したように瞼を閉じて頷く。
 それから三人は部屋に固定されている寝台の上にそれぞれ座り、気を落ち着かせながら座禅を組み、身体に纏わせる気力オーラを研ぎ澄ませながら休んだ。

 こうしてケイルとトモエは互いの理解を示し、武玄ブゲンと共に自分達がやるべき事を意識する。
 それが自らの実力ちからを十分に発揮する上で必要な事だと判断し、精練された刃のように三人の意思を研ぎ澄ませていた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

処理中です...