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革命編 五章:決戦の大地
研がれる刃
しおりを挟む『天界』へ向かう通路の中に突入した箱舟は、エリクやマギルスを含む十二名を乗せてウォーリスの討伐に向かう。
そして『天界』へ到着するまでに丸一日の時間であり、その間に各々は戦う前の休養に入った。
するとエリクとケイルの間で、『青』の協力者が誰なのかという議論が生じられる。
その結果として、『青』に奪われていたアリアの短杖に宿っているだろう魂が、未来の記憶を引き継ぎ協力しているのではないかという結論へ至った。
しかし未来と現在のアリアを無意識に混同していたエリクに対して、ケイルは厳しい言葉でそれを諫める。
そして二人のアリアについて気持ちの区切りを付けるように伝えると、ケイルは艦橋から出て行った。
その道中、ケイルは忍者装束の巴が通路で待っていた事に気付く。
先程までエリクと口論していたケイルは苦々しい表情を浮かべ、巴と視線を合わせぬようにしながら通路を歩いた。
しかしその後ろから付いて来る巴は、鋭い言葉で話し掛けて来る。
「――……いいのか?」
「……良いんです。アタシの役割は、いつもあんな感じなんで」
「そうか。……それにしても、少しばかり想像と違うな」
「え?」
「お前から聞いていた話だ。……アレが、お前の想い人だろう?」
「……もう、そういうのじゃないですよ」
巴の問い掛けにケイルは渋々ながらも答え、そのまま通路を歩き続ける。
しかしその声に言葉の強さは感じられず、溜息を漏らした巴は頭巾で隠れた口元を動かしながら再び言葉を掛けた。
「まるで、負け戦をしに行くような様子だな」
「……すいません」
「責めてはいない、身を引くというお前の潔さは理解できる。……私も同じような事をした覚えがあるからな」
「えっ」
不意にそんな言葉を聞かせた巴に、ケイルは驚きを見せながら振り返る。
そして巴は自らの過去について、ケイルに初めて話し聞かせた。
「私は、親方様……武玄様とは幼い頃からの馴染みであり、共に修練に励んだ者同士だった」
「!」
「親方様は国柱たるナニガシ様の息子として、私は御庭番衆の次期頭領候補の一人として。互いに周囲から将来を嘱望されながらも、それを疎ましく思っていた。……だからだろうな。最初は生意気な奴だと互いに思い嫌ったが、御互いの環境と心情を理解し合うようになって自然と考え方を共有し、男女として惹かれ合うようになった」
「……」
「そして私が十五の時、御庭番衆の次期頭領を決める試験が行われた。……忍の党について、覚えてるか?」
「え、ええ。確か当理流と同じように、忍者にもアズマ国内では各流派が存在するんですよね? それが『党』と呼ばれていて、それ等の各流派は各士族や公家と繋がりがあると……」
「それだけはなく、各党には当理流の各流派と繋がる忍の里もある。そして御庭番衆の頭領は、その党の一つから候補者が一人ずつ選ばれる」
「巴さんが、その一人だったんですね。……そして、頭領になった」
「そうだ。……だが試験は過酷だった。何せ最後には、残る各党の代表者達が殺し合うのだからな」
「!?」
「私は試験の最後まで残り、各党の頭領候補と戦った。……そこで勝ち残ったが、最後に戦った相手から毒が塗られた刃を受けた。命こそ落とさなかったものの、私は子を儲けられぬ体となった」
「……ッ」
「私はその時、武玄様と恋仲だった。私が頭領となり党と武玄様の継ぐ月影流との結び付きは強くなったが、子を成せぬ私では親方様との縁は結べぬ。……私は大人しく身を引き、父様や母様は同じ党から別の女性を選び、武玄様の妻にしようとした」
「……でも、師匠はそれを断った」
「そう。武玄様は私以外の妻は要らぬといい、持ち掛けられる縁談を全て退けた。……親方様が都《みやこ》から離れた地に落ち着いておられる理由、分かるな?」
「……巴さんを、頭領を守る為ですね」
「そうだ。国柱であるナニガシ様と血縁を結びたがる者は、幾らでもいる。だが老いているナニガシ様は、武玄様以外の世継ぎを残す気が無い。だから武玄様の寵愛を受ける私さえ排除すれば、他の女性を娶ると考える者も多い」
「なるほど……」
「私は党と親方様達に守られ、夫婦として暮らす仲になった。……だがそうなる前に、私は親方様と戦ってまで離れようとした事もある」
「えっ」
「それで負けてしまい、親方様に組み敷かれた。その時に初めて、あの方の女にさせられたよ」
「……そ、そうですか……」
微笑むような声でそう話す巴に、ケイルは微妙な面持ちと心境を抱きながら言葉を零す。
しかしそんなケイルに対して、巴は真剣な声色に戻しながら伝える。
「軽流」
「は、はい」
「お前が本当に身を引くつもりなら、お前自身も気持ちの区切りを付けておけ」
「!」
「でなければ、いざという時に振る刃が鈍る。……そのせいで私は、親方様との仲を断ち切れなかった」
「……巴さん……」
「私には親方様がいたから、その後悔も払拭できた。……だがお前の悔いを誰も拭えないのであれば、お前自身が悔いを断ち切れるようにしなければいけない。……分かるか?」
「……言いたい事は、分かります」
「分かるならいい。……後は、お前の覚悟次第だ」
「……はい」
巴の言葉を聞き、ケイルは艦橋に出るまで見せていた渋い表情を引き締め直す。
そして覚悟を戻した表情を見せると、巴は納得するように頷きを見せた。
二人はそれから言葉を交えず、それでも互いの意思を汲み取るように通路を歩く。
そして自分達に用意された部屋まで訪れて扉を開けた時、そこで寝台の上で足を組みながら座る武玄に視線を向けたケイルが呼び掛けた。
「――……師匠……」
「……話とやらは、終わったか?」
「はい」
「そうか。……あの男、強いな」
「!」
「底知れぬ気力を感じる。……だが、まだ若いな」
「……エリクはあれでも、四十に近い歳のはずですけど?」
「見た目の話ではない。……精神の未熟さが窺えた」
「!」
「あの男は危うい。……再び死なせぬつもりなら、心しておけ」
「……はいっ」
武玄はそうした言葉を向け、エリクに関する精神的な脆さの気付きを伝える。
そしてケイルに対して注意を向け、その安否を気にするような様子を見せた。
それを受けたケイルは気を引き締めた顔を明かすと、武玄は納得したように瞼を閉じて頷く。
それから三人は部屋に固定されている寝台の上にそれぞれ座り、気を落ち着かせながら座禅を組み、身体に纏わせる気力を研ぎ澄ませながら休んだ。
こうしてケイルと巴は互いの理解を示し、武玄と共に自分達がやるべき事を意識する。
それが自らの実力を十分に発揮する上で必要な事だと判断し、精練された刃のように三人の意思を研ぎ澄ませていた。
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