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革命編 五章:決戦の大地
赤涙の炎
しおりを挟む悪魔の力によって覆り始めた同盟都市内部の戦況は、魔人であるマギルスとエアハルトに苦戦を強いられる。
そんな中、死の淵に迷い込み生死の境界を彷徨っていたユグナリスの精神は、悲し気に別れを告げるリエスティアと出会った。
二人は魂の世界に存在する輪廻の扉に遮られ、ユグナリスの呼び掛けも虚しく隔てられてしまう。
その悲しみと無力感に襲われるユグナリスだったが、愛する者を取り戻すという強い意志が自身の魂の殻を燃やし、ユグナリスに眠り続ける能力を覚醒させた。
それが現実のユグナリスにも変化を及ぼし、凄まじい量の生命力で作り出された赤い炎が同盟都市に炎柱を作り出す。
すると放出される炎を全て肉体に留めたユグナリスの存在感は、マギルスやエアハルトを始め、悪魔であるバンデラスやザルツヘルムすら動きを止めて注目する脅威だと認識させた。
そのユグナリスは閉じていた瞼を開けると、そこに僅かな変化を見せる。
今まで青色だったユグナリスの瞳は、燃えるように輝く赤みを宿した瞳に変化し、髪色も以前より赤みと輝きを増した純粋な赤へと変化していた。
更に身体に纏う赤い生命力が自分自身の肉体すらも仄かに輝かせ、暗闇だった周囲を照らしている。
そこから見えるユグナリスの表情は、憂いと悲しみを宿すような表情から赤く輝く両目から涙を零していた。
「……リエスティア……」
愛する者の名を呟くユグナリスは、涙を流したまま歩き始める。
その傍で戦っていたエアハルトとザルツヘルムは、ユグナリスの姿を視認しながら互いに表情を強張らせていた。
「あの皇子、いったい……」
「……ついに覚醒したか、『赤』の血が。――……だが、その前にッ!!」
「っ!?」
対峙していたはずのザルツヘルムが突如として影に溶け、その影がユグナリスの方へ素早く向かう。
それを見たエアハルトはまたしてもユグナリスの排除を優先するザルツヘルムに激怒しながらも、重傷の身体では追い付くが出来なかった。
そしてユグナリスに迫る影から無数の瘴気が出現し、それ等が黒い甲冑鎧となって瘴気の剣を持つ。
剣の矛先は容赦なくユグナリスに向けられ、囲むように迫った。
ユグナリスはそれ等に一瞥すら向けず、ただ左腰に携える剣の鍔を左手の親指で跳ねさせる。
そして僅かに浮いた剣の柄を素早く右手で握ったユグナリスは、自身を襲う瘴気の鎧に複数の赤い一閃を放った。
『ッ!!』
「!?」
その光景を視認した影内部のザルツヘルムと離れているエアハルトは、何が起こったのか分からずに表情を強張らせる。
しかし次の瞬間、ユグナリスに襲い掛かった瘴気の鎧が全て炎に包まれた後、一秒にも満たない時間でその全てが燃え尽きる様子が見えた。
それを見たザルツヘルムは、自分の放った下級悪魔達に何が起こったかを察する。
『……まさか、全て斬ったのか? 我々にも視認できぬ程の動きで、そして速度で……!』
「――……ザルツヘルム」
『!?』
「リエスティアは、何処だ?」
ユグナリスの脅威を再認識したザルツヘルムは、影に潜みながら起きた出来事を推察する。
しかしそんなザルツヘルム本体の位置を察するように、ユグナリスは涙を流す表情を向けながらザルツヘルムに問い掛けた。
その声を聞き、ザルツヘルムは影内部で表情を強張らせる。
そして自らの姿を模らせた分身体を影から出現させると、改めてユグナリスと対峙しながら声を向けた。
「――……残念ながら、それを教える事は出来ない」
「リエスティアは、無事なのか?」
「……」
「答えろ、ザルツヘルム。――……お前達は、ウォーリスは……リエスティアに何をした……!?」
ユグナリスは死の淵で見たリエスティアの言動がただの夢に思えず、僅かな憤怒を宿した悲しみの表情で問い掛ける。
その表情を見ながら渋い表情を浮かべるザルツヘルムは、その問い掛けにこうした言葉で答えた。
「ウォーリス様が必要とするのは、『創造神』の器。……だがその肉体は傷付き、とても利用できる代物ではなかった」
「……ッ!!」
「傷付いた彼女が生かされ続けていたのは、ウォーリス様が傷を癒し利用する為に必要だからだ。……だが肉体の傷が癒えた今、その肉体に宿る精神と魂は、その限りではない」
「……まさか……ッ!!」
ザルツヘルムの言葉を聞いたユグナリスは、自ずとリエスティアに行われた所業に気付く。
しかし思考ではそれを否定しようとするユグナリスに対して、ザルツヘルムは無慈悲な言葉で教えた。
「あの肉体に宿ったリエスティア様の精神と魂は、既にウォーリス様によって処分されている」
「……っ!?」
「今在るのは、『創造神』の肉体だけ。――……リエスティア様は、既にこの世にはいない」
そう教えるザルツヘルムの言葉に、ユグナリスは表情を強張らせながら目を見開く。
すると涙を流しながら歯を食い縛り、先程まで夢のような感覚で視ていた光景の意味を鮮明に理解させられていた。
『――……ずっと、貴方と一緒に居たかった。……その私が抱く思いが、貴方をこちら側に引き寄せてしまいそうになっている』
「……ぁ……あぁ……」
『ユグナリス様。貴方はまだ、こちらに来ないでください。……貴方は、そちらに居てください』
「あぁ……ぁああ……っ」
『愛しています、ユグナリス様。――……シエスティナの為に、貴方は生きてください』
「ああぁあ……ぁああああああ……ッ!!」
夢のような空間で向けられたリエスティアの言葉が、今更になってユグナリスに理解させる。
死の淵に立つ自分が死に向かおうとした時、既にこの世に居なかった彼女の精神が死者側から呼び止めていた。
それが辛うじて死に向かうユグナリスの精神を現世へ繋ぎ止め、無意識にリエスティアの状況を察していたユグナリスに能力の覚醒を促す。
愛する自分を死へ誘うのではなく、死を留めるように現れたリエスティアの精神は、そのまま死者の世界へ自ら足を運び、そして永遠の別れを告げていたのだ。
それに気付いたユグナリスは悲哀に満ちた表情で涙を溢れさせ、苦悶の声を漏らす。
後悔と絶望が入り混じるユグナリスの嗚咽を見るザルツヘルムは、悲し気な瞳を向けながらも瘴気の剣を右手に作り出した。
「これもまた、ウォーリス様が世界を正す為。……その辛さに耐えられぬのなら、私が君を彼女が居る場所に送ろう」
「……ふざけるな……」
「!」
「『創造神』だとか、世界だとか……。……そんな事に、彼女を……俺の愛する人達を……巻き込んで……ッ!!」
「……」
「お前達の……ウォーリスの野望は、絶対に阻む……。――……俺がッ!!」
「ッ!!」
怒気を含むその言葉と共に、ユグナリスの肉体に纏っていた生命力が爆発でもしたかのように高まる。
更に生命力が炎のように燃え盛り、ザルツヘルムに対する明確な敵意がユグナリスの赤い瞳から放たれた。
次の瞬間、ユグナリスがその場から消える。
それに驚愕したザルツヘルムの分身体は、次の瞬間に燃え盛る炎に包まれながら消え失せた。
『グッ!!』
しかも分身体を焼いた炎が影にまで燃え移り、ザルツヘルムの本体に苦痛の表情を浮かばせる。
すると即座に燃え尽くされている影を切り捨てると、ユグナリスと距離を置く為に凄まじい速さで逃走に入った。
しかしユグナリスはザルツヘルム本体が籠る影を察知し、それを視認できない程の速さで追う。
そして影に対して抜き身となった剣を突き刺そうとした瞬間、ユグナリスは何かに気付きながら突き降ろそうとした剣を真横に跳ね上げた。
「!」
「――……ウガァッ!!」
ユグナリスの跳ね上げた剣は、その真横にまで迫る悪魔化したバンデラスの左手を斬り飛ばす。
そして瞬く間に燃え広がろうとする左腕を、バンデラスは躊躇せずに右手の手刀で切り落とした。
そしてコンマ数秒にも満たない間に左腕を再生させ、牙を向きながらバンデラスは襲い掛かる。
ユグナリスはそれを迎撃すべくバンデラスの心臓に剣の矛先を定めて放つ瞬間、その耳に怒鳴るマギルスの声が届いた。
「――……駄目だよッ!!」
「!」
「ガァアアアッ!!」
空から駆けて来るマギルスの叫びを聞いたユグナリスは、突き刺そうとした剣の勢いを思わず止める。
しかしバンデラスは両拳を振り下ろし、動きを止めたユグナリスを叩き潰そうとした。
それを瞬く間に避けたユグナリスは、大きく後方へ跳びながら足を地面に着ける。
すると地面を砕きながら周囲一帯を破壊するバンデラスに対して、上空から呼び掛けたマギルスにユグナリスは返すように怒鳴り声を向けた。
「なんなんですっ!?」
「赤いお兄さんの炎は、駄目だよっ!!」
「!?」
「瘴気と一緒に、魂も焼失しちゃってる! その炎は強すぎて、魂が救われないっ!!」
「た、魂を……救う……!?」
「お兄さんの炎、瘴気だけ燃やすように調整できない!? 出来るなら、僕があのおじさんの魂を救うっ!! ――……来たッ!!」
「!」
叫び合いながら話すマギルスとユグナリスは、土煙の中から迫るバンデラスに気付く。
そしてユグナリスに襲い掛かるバンデラスは右の剛腕を振るい、凄まじい衝撃と突風を生み出しながら前方を破壊した。
ユグナリスはそれを容易く回避し、バンデラスの懐に潜り込む。
そしてマギルスに言われた事を思い出しながら、加速する思考の中で意識しながらmバンデラスの魂を汚染する瘴気を超感覚によって探り当てた。
「――……そこかっ!!」
「ガッ!!」
バンデラスの心臓より僅か下部分に剣先を走らせたユグナリスは、見事に悪魔化したバンデラスの胸を突き刺す。
そして自身の意思によって生み出す『生命の火』を腕から剣に流し込み、バンデラスの体内に巡る瘴気の根幹である『悪魔の種』だけを燃やし尽くした。
更に瘴気だけを燃やすユグナリスの炎は、瞬く間にバンデラスの肉体を駆け巡りながら瘴気だけを焼き尽くす。
それと同時に真上から急降下して来るマギルスは、ユグナリスに叫びながら退くように伝えた。
「退いてっ!!」
「ああ!」
「……これで、今度こそ約束通りだよ。おじさんっ!!」
剣を引き抜きながら素早く離れたユグナリスを確認し、マギルスは大鎌を振り上げながら落下と共に振り下ろす。
そしてバンデラスの首を切断しながら地面へ着地し、振り向きながらその様子を窺った。
瘴気を生み出す根幹だった『悪魔の種』を破壊した事で、悪魔化していたバンデラスの身体から黒い瘴気が剥がれ落ちる。
そして時間差でズレるバンデラスの首は地面へ落下し、その首からマギルスに向けて呟くような声が発せられた。
「――……ありがと、な……」
「今度生まれ変わったら、僕と遊ぼうね!」
「……へっ。……遊ぶなら、良い女とがいいな――……」
バンデラスは首だけになりながらも最後には理性を取り戻し、そう呟き微笑みながら瞼を閉じて息絶える。
そして頭部も肉体も灰になるように砕け散ると、バンデラスは輪廻へ魂を導かれるように死んでいった。
それを青い瞳で見届けるマギルスは、淀みの無い笑みを浮かべてバンデラスとの約束を果たし終える。
一方その頃、ユグナリスは周囲を探りながら逃走したザルツヘルムを探す。
しかし本体が消えた影は闇夜の中に消え、気配も完全に傍から離れた事を知り、苦々しい面持ちを浮かべた。
「……奴を仕留め損なった……。……クソ……ッ!!」
ザルツヘルムを逃がしてしまった事に、ユグナリスは怒気を含む言葉を吐き出す。
最愛の女性が死んだという話で感情が荒れ動くユグナリスは、ウォーリスを討つ為の障害となる相手を排除できなかった事を悔やんだ。
しかしそんな彼等の感情が落ち着くのを待たず、事態は更なる状況となる。
それは同盟都市全体が揺れ動き、自分達も揺れながら周囲が崩れていく光景に三人は驚愕していた。
「これは、地震……!?」
「チッ! 次は、何が起こる……!?」
「……これって、もしかして……同盟都市が――……!」
それぞれに事態の変化に驚くユグナリスやエアハルトとは真逆に、マギルスは何が起こっているのかを察する。
それは未来で直に目撃した、ホルツヴァーグ魔導国の都市が浮いた光景。
まさにそれと同じ事が、三人が居る同盟都市でも起ころうとしていた。
応援ありがとうございます!
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