上 下
979 / 1,360
革命編 五章:決戦の大地

拭えぬ後味

しおりを挟む

 悪魔騎士デーモンナイトザルツヘルムの介入により、『悪魔の種』を強制的に与えられたバンデラスは悪魔化してしまう。
 合成魔人キメラの身体能力に加わり悪魔となって強大な力を得たバンデラスだったが、その理性は狂気と憎悪の泥に飲まれたことで自らの死を望んだ。

 それを叶える為に精神武装アストラルウェポンに加えて新技の生命武装オーラウェポンを使ったマギルスは、全力でバンデラスの首を刈り取る。
 しかし悪魔となり不死身に近い状況に陥ってしまったバンデラスを死なせるには至らず、消耗したマギルスに追い撃ちを駆けるように飛翔しながら襲い掛かった。

 再び上空で接戦を繰り広げる二人を見上げる狼獣族エアハルトは、癒しきれない肉体の治癒で十分に動けない状態が続けている。
 しかし何かに気付くように上空から視線を逸らすと、周囲を見回しながら苦々しい声を漏らした。

「――……ザルツヘルム、奴の姿が無い。……匂いが……。……クソ……ッ!!」

 先程まで存在したザルツヘルムの姿とその場から消えているのに気付き、エアハルトは詰まらせている鼻頭を押しながら血を吹き出す。
 そして嗅覚を取り戻しながら鼻で匂いを捜索すると、ある方角を見ながら強張らせた表情を浮かべて痛みが癒えない身体を起こした。

 一方その頃、悪魔化する前のバンデラスと対峙し吹き飛ばされた帝国皇子ユグナリスは、上空で戦う二人の衝撃で崩れた瓦礫の中から姿を見せる。
 しかしユグナリスの状態は意識が無く、瓦礫に埋もれたまま指一つとして動けぬ状況にあった。

 そんなユグナリスが倒れる目の前に、一つの影が隆起するように出現する。
 そこから姿を現したのは、悪魔騎士デーモンナイトザルツヘルムだった。

「――……息をしていない。首の骨が折れているようだな」

 ザルツヘルムはそう呟きながらユグナリスの状況を近寄らぬまま確認し、呼吸すらも行えていない事を察する。
 しかし胸部分を凝視しながら聴覚である音を聞くと、右手に瘴気の剣を形成させた。

「だが心臓は、微かに動いている。……今度こそ死んでもらおう。ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュ――……ッ!!」

 ザルツヘルムは確実にユグナリスを殺害する為に、瘴気の剣でトドメの一撃を突こうとする。
 しかし次の瞬間、それを阻むような一筋の雷撃がザルツヘルムを襲った。

 それを即座に察知し瘴気の剣で迎撃するザルツヘルムは、雷撃を剣に纏わせながら瘴気を焦がすような雷撃を周辺に打ち払う。
 そして雷撃が放たれた位置に身体の正面を向けながら、息を乱し血を吐き出しながら立っている人狼オオカミ姿のエアハルトを確認した。

 ザルツヘルムは満身創痍のエアハルトに細めた視線を向けると、然も不思議そうに声を向ける。

「既に瀕死のはずだが、まだ動けたようだな。流石は魔人と言ったところか」

「……ッ」

「だからこそ、せないな。……人間ひとを嫌う魔人が、どうしてそこまで人間ひとを守ろうとする?」

「……勘違いをするな……。……俺は、人間そいつを守ったんじゃない……」

「ほう?」

「貴様が俺を無視して、人間そいつを殺そうとした。……貴様が人間ユグナリスよりも、俺を侮っている。それが許せないだけだ……!!」

 エアハルトは自身の解釈としてザルツヘルムの行動に激怒し、自分に向けた侮辱を許さぬようにゆっくりと足を進める。
 それを聞いたザルツヘルムは相手エアハルトの言い分に多少の理解を示しながらも、自身がそう判断し行動した理由を伝えた。

「なるほど、私の行動は君に対する侮辱と捉われてしまったのか。……だが私としては、瀕死の君よりも帝国皇子かれを生かしたままの方が厄介だと判断した。だからこそ優先順位を決めたまでだ」

「なに……っ!!」

「この短期間で覚醒しつつある帝国皇子かれ能力ちからは、悪魔われわれにとって脅威となる。……これは君に対する不当な侮辱ではない。帝国皇子ユグナリスに対する正当な評価から来る行動だ」

「……それが、気に喰わないと言っているッ!!」

 ザルツヘルムの言葉に憤怒を高めたエアハルトは、傷付いた肉体のまま電撃を纏って金色の毛並に変化する。
 それを見て小さな溜息を漏らすザルツヘルムは、身構えもしないまま瘴気の剣を右手に下げた姿勢で相対した。

 そしてエアハルトは肉体に掛かる負荷と傷みに堪えながら、雷光を放ってその場から消える。
 次の瞬間にはザルツヘルムの前まで迫ったエアハルトは、電撃を纏わせた右脚の足刀を放った。

 ザルツヘルムはその脚撃を辛うじて回避しながらも、そのまま右足を軸に左脚を放つエアハルトの連撃に襲われる。
 それを回避しながら飛び退くザルツヘルムは、反撃するようにエアハルトを瘴気の剣で突く動きを見せた。

「ウッ……グゥ!!」

 エアハルトは胸部を中心に凄まじい痛みで意識が飛びそうになりながらも、ザルツヘルムの浴びせる剣の乱れ突きを大きく回避する。
 しかし離れて着地する反動でも痛む声を漏らしながら血を吐き出すエアハルトに、ザルツヘルムは再び話を向けた。

「無理をして動くだけでも、君は死ぬぞ」

「……ッ」

「君も不思議な魔人おとこだ。人間ひとへの憎悪は本物であるにも関わらず、その意思に反するような行動を取る。……私から帝国皇子かれを守るその立ち位置も、偶然には思えないな」

 敢えてそうした物言いを向けるザルツヘルムは、変化した自分達と倒れたままのユグナリスの位置関係を察する。
 先程の攻防でザルツヘルムをその場から引き離したエアハルトは、まるで自分の身を呈し後方に倒れるユグナリスを守っているかのように見えたのだ。

 その言葉はエアハルトの口から血を漏らさせながらも、唸るような声を引き出させる。

「グルル……ッ!!」

「やはりせないな。……君の行動それは、まるで主を身を呈して守る忠義者の行動だ」

「……!!」

「私もまた、忠義の為に生きた男だ。死すら恐れぬ君の覚悟からは、忠義に似た思考ものを感じる。……人間を嫌っていた魔人の君が、何故それ程までに帝国皇子かれに魅入られたのか。その点については、少し興味がある」

 忠義を重んじるザルツヘルムは、それ故にエアハルトにそう思わせるだけの理由を敢えて問い掛ける。
 それに対してエアハルトは息を乱したまま唾液に混じる血を口から零し、それさえ拭えぬ身体でも鋭い視線を向けながら口を開いた。

「……俺は、一人の女を見殺しにした」

「!」

「俺が何かすれば、救えたかもしれない女だ。……だが俺は、何もせずに自分で死に向かうその女を、ただ見殺しにした」

「……」

「あの女は、それで満足して死んだのだろう。だが俺には、後味の悪さばかりが残った。――……俺はその女も、この皇子おとこも、度し難い程に嫌悪している。だが、あの後味の悪い感覚モノをまた目の前で見せられるのは、それ以上に我慢ならん……っ!!」

 エアハルトはそう言いながら、その思考にレミディアの姿を思い出す。
 彼女の死について今まで何かを抱え続けていたエアハルトは初めてそれを他者の前で言語化し、そうした言葉を自分に言い聞かせた。

 それは無意識にユグナリスを守りながら戦う理由だと、エアハルトは自分自身の思考で辿り着く。
 そうした返答を聞いたザルツヘルムは、少し思考してから口を開いた。

「……なるほど。仮に帝国皇子かれに対する忠義に目覚めたというなら信じ難い話だったが。そういう事情ことであれば、話は簡単だ。――……かつての私も、君と同じ罪を犯した」

「!」

「忠義を向ける主君の悲哀を少しでも癒せるのならばと、私は様々な悪事に手を染めることをいとわなかった。だが根底となる苦しみを癒す事も出来ず、ただ主君が堕ちていく姿を見守る事しか出来ない。……その末に主君は死に、私は忠義のみによってこの世に留まっている」

「……ッ」

「御互いに似た経験をしながらも、立場はこうして大きく異なるものだな。……だからこそ貴様を縛り付ける生の楔を解く為に、私が引導を渡すとしよう。魔人エアハルト、同じ罪を背負う者よ」

「……貴様と、一緒にするなッ!!」

 瘴気の剣を構えながら改めて対峙するザルツヘルムに、エアハルトは苦痛すら超える憤怒で滾らせながら身体中に電撃を纏わせる。
 そうして真逆の立場に居ながらも似た経験を持つザルツヘルムとエアハルトは、互いに決着をつける為に衝突を始めた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?

桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」 やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。 婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。 あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

処理中です...