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革命編 五章:決戦の大地
死霊の行軍
しおりを挟む突如として押し寄せる万を超えた死体の襲撃を受けた帝都は、再び混乱と絶望の渦中に飲まれる。
それに対して懸命に抗う帝国宰相セルジアスは、生き残っている者達を指揮し陣頭に立って貴族街への避難を行わせた。
しかし削られた兵力は長時間の防衛によって大きく疲弊し、貴族街に持ち込めた食料や武器も極僅か。
限りある備蓄で無限にも思える死体の襲撃に対処しなければならない状況は、兵士達や民間人の精神と肉体に極限まで疲弊させた。
そうした折に、生き残った帝国貴族達を各領地へ届けた飛竜とパールが帝都に戻る。
すると市民街に侵入していた死体達を焼き払うように火炎弾が放たれ、貴族街の正門上空に滞空するパールと飛竜が防衛に参加した。
「――……パール殿! 飛竜の火炎を、私が指定する場所に放てますかっ!?」
「なんだ、よく聞こえない!」
「私を、その飛竜に乗せてください! 火炎を打ち込む場所を教えますっ!!」
飛竜が口内から撃ち出す火炎弾の効果を効率的にする為に、魔道具で拡声させた言葉でセルジアスは撃ち込むべき場所を教えようとする。
しかし数十メートル上空で飛竜の羽ばたきを耳にしているパールには、その声も聞き難くしていた。
それを解消すべく、セルジアスは飛竜に騎乗する選択を行う。
それを伝えるべく最大の声量を向けると、それに応じるようにパールを乗せた飛竜がセルジアスの居る正門の壁上に着地した。
飛竜の着地に他の兵士達は驚愕する光景を他所に、セルジアスはその傍に駆け寄る。
そして身を屈めて乗り易い姿勢になる飛竜を見ながら、頭の角を掴んでいるパールが呼び寄せた。
「乗るのかっ!?」
「ええ!」
「なら、来いっ!!」
左手で角を掴み、右手を差し出しながら招くパールに、セルジアスは応じながら飛竜の前足と背中に飛び乗る。
そしてパールの右手を掴みながら頭まで乗り込むと、僅かに動揺した面持ちで尋ねた。
「頭に二人も乗って、大丈夫なのですか?」
「コイツの首と頭の力は凄い、問題ない。そこの角を掴め」
「分かりました」
「よし、じゃあ飛ぶぞっ!!」
「ガォオッ!!」
「うわ……っ!!」
頭部の左角を掴むパールは、逆の右角を掴むようにセルジアスに伝える。
それに応じる形で右手で角を掴んだセルジアスを確認したパールは、再び飛竜を羽ばたかせて上空に戻った。
飛竜に乗るという体験を初めて経験するセルジアスは、僅かな動揺を見せながらもすぐに治める。
そして市民街を覆う夜の暗闇に紛れて押し寄せる赤い光の大群を確認しながら、左手の指で指し示すように伝えた。
「死体の進路を塞ぐよう、火炎を撃ち込んでください! まずはあそこから!」
「ああ! ――……分かるな、あそこだ!」
「ガォオオオッ!!」
パールに命じられる飛竜は、その意思を汲むように口を開いて指定された地点に火炎弾を放つ。
まずは大通りに面する四箇所の道路に火炎弾を撃ち込み、建物を崩しながら死体の通り難い場所を作り出す。
それから小さな道路や通路にある建築物を火炎弾で燃やして崩し、正門まで続く市民街の通路を悉く潰していった。
これにより夥しい数の死体に対して、侵攻の足取りは詰まりながら遅くなる。
そうした状況を作り出した光景を見下ろすパールは、セルジアスを見ながら口元を微笑ませながら問い掛けた。
「それで、これからどうする?」
「死体の動きはさほど複雑ではなく、とても単純です。このまま通れる箇所を潰しながら、溢れる前に詰まった地点を火炎で攻撃する。それを繰り返しましょう」
「分かった。――……アリスが尊敬するだけはある」
「え?」
「お前が力だけではなく、知恵もアリスの兄であるという事が知れた。……行くぞ、しっかり掴まっていろっ!!」
夜空を駆ける飛竜に乗った二人は、そのまま死体が集まる場所を的確に燃やし潰していく。
更に侵入口となっている南方側の外壁部分や、他の侵入口にも火炎弾で侵攻を止める。
そして貴族街を隔てている内壁に押し寄せている死体達も燃やし、兵士達の負担を減らす事に成功した。
一時間程で事態は好転し、飛竜の活躍によって帝都に押し寄せる死体達は勢いを失くす。
それにより兵士達の疲弊を癒せるだけの時間の猶予が得られ、火の手が留まらない市民街と流民街は黒い煙を上げながらも夜に闇に溶け込んだ。
そして貴族街側に着地した飛竜から、パールとセルジアスは降りる。
そこに照明を持ちながら駆け寄る騎士達は兵士達は、前足を枕にしながら頭を下げる飛竜を見て羨望にも似た眼差しを向けていた。
遠巻きながらも避難して来た民間人も飛竜を間近で目撃し、それぞれに思う言葉を口にする。
それは恐れというよりも、絵物語で聞かされた生物が目の前に居るという、夢とも現実とも知れぬ言い様のない高揚感を漂わせていた。
「あ、あれが……伝説のドラゴン……?」
「あの数を、たった一匹で……」
「……凄い」
そうした者達を横目に聞くセルジアスは、その飛竜を従えているパールに身体を向ける。
更に自ら頭を下げながら、魔道具で拡声させた言葉でパールに感謝を伝えた。
「ガゼル子爵家の客人、樹海の次期族長パール殿。貴方と貴方の従える飛竜のおかげで、ここの皆が窮地を救われました。帝国宰相として、この場に居るガルミッシュ皇族を代表して、御礼を申し上げます」
「な、なんだ? 急に……」
「素直な感謝ですよ。貴方のおかげで、ここに居る者達は救われたのです。彼等もまた、自分達を救ってくれた者の名を知っておきたいでしょう」
「……!」
唐突に感謝をされるパールは、セルジアスの視線を追うように横目を向ける。
そこには多くの兵士達や民間人達が集まりながら、伝承上でしか存在を知らない飛竜を従え現れた褐色の女性を見つめていた。
その視線には歓喜や羨望、そして涙を含んだ感謝を見せる者達もいる。
それを見ながら複雑な表情を見せるパールは、セルジアスを睨みながら話を切り替えた。
「それより、コレはどういう状況だ? これも、悪魔とやらの仕業なのか?」
「恐らくは。……パール殿、各貴族達を送り届けた際、彼等の領地はどうなっていたか覚えていますか?」
「ああ。すぐ南側にあった町や村は、襲われたような跡が見えた。それに東側も。帝都と同じことになったんだろう」
「まさか、他の領地も?」
「いや。お前の領地がある西側や、北側はそういう様子は無い。ゼーレマンとかいう男は、すぐに救援を向かわせると言っていたぞ。ただ、ガゼルや樹海の領地にも、そういう跡は見えなかった」
「西側と北側は無事で、南側も一部は無事。一番酷いのは、東側ということですね?」
「ああ。それと、さっきの奇妙な死体達。東側から来ていたぞ」
「!?」
「空から見た限りだが、帝都から特に離れている場所にそれらしい奴等が多く見えた。……なんだったか。確か、なんとか王国と一緒に都市を作るとか言っていた場所……」
「……まさか、同盟都市の建設地っ!?」
「そう、多分それだ。そこから更に東側からここを襲ってた奴等と同じようなのが来ていた。アレは、隣の国の兵士か?」
「……同盟都市を経由して、オラクル共和王国から死者が雪崩れ込んで来る……!?」
パールは身振りで方角を示しながら、帝国内部で起きている各領地の状況を教える。
それを聞いていたパールと傍に居る騎士達は目を見開き、驚愕を浮かべながら東側を見つめた。
セルジアスもまた東側を見つめながら、苦々しい表情を強める。
「まさか、あの死者は帝国民ではなく……。だとしたら、ウォーリスが共和王国を必要となくなったという意味は……っ!!」
「どうしたんだ? いったい」
「……今回の襲撃は、死者を操る禁忌の秘術で起こされています。……もし敵が、共和王国の民まで殺し、死体にして攻め込ませていたら……!」
「……!!」
「共和王国の人口は、帝国と同等かそれ以上のはず……。……最悪の場合、百万の死体が攻め込んで来る……!!」
「百万……!?」
「そうなれば、各領地の兵力と合流したとしても圧倒的に数の差は覆らない……。……もし敵の狙いが、帝都に居る我々を滅ぼす事だとしたら……」
拳を握り締めながら唇を噛み締めるセルジアスは、鋭い眼光を見せながら東側を睨む。
そして敵が帝都にだけ死体達を襲わせている理由を察し、怒りすら籠る感情で呟いた。
「……この事態は、我々を滅ぼすというだけではなく……脅迫《おどし》」
「脅し?」
「多くの死体で帝都を襲いながら、他の領地には向かわせない。我々を帝都から逃がさず、そして逃げたとしても逃げた領地を襲う。その意思表示と考えて、間違いないでしょう」
「!?」
「私達は、帝都から逃げられない……。……帝都で、敵の侵略を耐えなければいけないのか……っ」
死霊術で死体を操る死霊術師の思惑を、死体達の動きでセルジアスは読み取る。
明らかに帝都を狙うような進路を辿る死体の群れは、術者の意思で動かされていると判断できた。
更に道中の村や町はともかく、万数を超える死体が他領地には攻め込まない動きは、帝都に居る自分達を明らかに狙っている事が分かる。
そうした不自然な行動の意図を察したセルジアスは、死霊術師側の指した戦術と脅迫を理解した。
そして今まさに、その死体が集められながら進軍する帝国と共和王国の国境付近に赴き、その同盟都市建設現場に近付いている者達がいる。
それこそが旧ゲルガルド伯爵領地から北上し動く死体を発見した、帝国皇子ユグナリスと狼獣族エアハルトだった。
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