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革命編 五章:決戦の大地
限られた手段
しおりを挟む特級傭兵スネイクと『砂の嵐』の戦闘を乗り越えた帝国皇子ユグナリスと狼獣族エアハルトは、単純ながらも死体に偽装して都市の壊滅と自爆術式の発動を回避することに成功する。
そして現れた悪魔騎士ザルツヘルムの匂いを辿り、リエスティア達が居ると思われる場所を目指して旧ゲルガルド伯爵領地の都市を後にした。
一方その頃、何処かに囚われているアルトリアは、肉体に施された呪印により薄れる意識を辛うじて保ち続ける。
しかし呪印の効果に因る脱力感に加えて、魔力を用いた魔法も使用できない状況は、今のアルトリアにとって抵抗する事も難しい状態でもあった。
「――……く……っ!!」
それでも身体を動かし続けていたアルトリアは、ようやく地下室の牢獄内にある壁まで行き着く。
そこで上体を起こしながら背中側を壁に着けると、どうにか座る姿勢になりながら周囲を見渡せる体勢になった。
「……はぁ……はぁ……。……ここ、何処よ……」
改めて周囲を見渡すアルトリアは、暗い地下室の中で視線を泳がせる。
地下室には仄かな光が灯る魔石入りの照明が壁に一つだけしか存在せず、それが周囲のモノを視認できる唯一の手段でもあった。
その魔石入りの照明を見ながら、アルトリアは小さく呟く。
「……あの照明にある、魔石を取れば……。……でも、檻からじゃ届かない……」
しかしその照明は檻から遥かに離れた所に設置されており、立ち上がって手に取れる位置ではない。
それでも呪印を施された状況で魔法を使える唯一の魔石が同じ室内にあるのは、アルトリアにとって悲観できない要素でもあった。
その悲観を更に薄れさせる為に、アルトリアは脱力した両腕を動かしながら確認する。
すると黒い鎖状の呪印が両腕の肌に巻かれたように張り付いており、左手の爪を立てて右腕に喰い込ませながら引っ掻いた。
「……ッ。……刺青じゃなくて、体内に直接作用する呪印ってこと……。……これだと、血で魔法陣を描いても術者が私だと無理ね……。服に付いてる紙札も、今は使えない……。……呪印を解くのは、現状では不可能かしら……」
両腕や身体中に施された呪印が体内にも作用すると見抜いたアルトリアは、血液を利用した魔法陣も自分では使えない事を察する。
そして両足や両脚、更に腹部にも巡らされている呪印を確認しながら、大きな溜息を吐き出したアルトリアが暗い天井を見ながら呟いた。
「……早く、ここから出ないと……。……リエスティアの魂と人格が、クロエみたいに消されてしまう……」
この地下室で目覚めた跡、ウォーリスに告げられた話を思い出すアルトリアは、どうにかして檻から脱出してリエスティアを取り戻す為の手段を必死に考える。
『創造神の肉体』以上の意味を見出されていないリエスティアの魂と人格は、今のウォーリスにとって不要の長物。
過去に『黒』の魂を消失させた時と同様の手段を用いられれば、リエスティアの魂や人格も再び消失させれられてしまうだろう。
それを躊躇する様子の無いウォーリスの言動から、アルトリアは一刻も早い脱出とリエスティアの奪還が必要だと考える。
その為の手段を思考しながら、アルトリアは自身の右手を見ながら呟いた。
「……魔法は使えない。……だったら、魔力そのものを操作できれば……」
アルトリアは見つめていた右腕を動かし、魔石の入った照明に右手を向ける。
そして呪印の影響で薄れている意識を必死に集中させながら、以前に帝都内の屋敷で壺を浮かせた時と同じように、照明を浮かして動かそうとした。
しかし思うように魔力を扱えず、呪印により集中力も乱されている現在のアルトリアでは、魔力を操作した物体の浮遊は難しい。
幾度も疲労を見せながら右腕を降ろしたアルトリアは、それでも諦めずに右腕を上げて照明を動かそうとした。
そうした行動を一時間ほど続けながらも、結局は照明を動かせずに右腕を上げる事すら困難になる。
大きな疲労感と虚脱感で意識すら失いそうなアルトリアは、犬歯で唇を噛みながら必死に意識を保とうとしていた。
「――……駄目、動かせない……。……いったい、どうしたら……」
唇から血を流すアルトリアは、その痛みで意識を保ちながら視線だけを照明に向ける。
右腕を動かしながら魔力を操作し、照明を動かす為の集中力と精神力を維持できないアルトリアは、薄れる意識の中で視線だけを向ける事しか出来なくなっていた。
するとアルトリアは気絶するように意識を落とし掛け、僅かに首が下がる。
そして右手を見ながら、不意にある出来事を思い出していた。
『――……この状況、アンタには不利よね』
『!』
『アンタが勝算を抱いていたのは、自分の能力に自信があったから。そして同じ能力を……いいえ、それを上回る相手がいると想定していなかったから』
『……何が言いたいのよ』
『アンタが弱いって言ってあげてるのよ』
脳裏にそうした会話が過るアルトリアは、ローゼン公爵領地に滞在していた際に謎の人物に襲われた時の事を思い出す。
その相手は自分と同じ能力を持ち、手だけではなく足からでも魔力を操作するという能力を見せた。
現状では手で魔力を集め操作するのが限界のアルトリアは、手以外でも魔力を集めて操作できることを思い出す。
しかし呪印によって身体を動かす力を極限まで奪われているアルトリアには、もはや腕や脚を動かす事すら難しくなっていた。
しかしこの会話が、アルトリアの薄れる意識を再び活性化させる。
そして伏せた顔は青い瞳を見開き、何かを思い付いた様子で呟いた。
「……身体を、動かせないなら……。……動かさずに、やればいいだけよ……」
過去に煽られた言葉を思い出したアルトリアは、顔を上げて視線を動かす。
そして両目の青い瞳を見開きながら、照明に視線と集中力を集めた。
目力を強めて照明のみに視線を注ぐアルトリアは、手で魔力を操作する時と同じように、視線だけで魔力を含んだ物体を動かそうと試みる。
腕と指を動かせない状況で、まだ動かせる顔の部位だけで魔力を操作するという常軌を逸した発想は、過去に煽られた謎の人物に向ける対抗心から来るモノでもあった。
「……動け……動けってのよ……。……アイツに出来て、私に出来ないわけがないでしょ……っ!!」
瞬きすら忘れるようにアルトリアは目力を込めた視線を注ぎ、照明を動かそうとする。
その眼球は血管が浮き出るように赤く染まり、歯を食い縛りながら意識を保つ表情はとても貴族令嬢とは思えぬ形相を浮かべていた。
そしてアルトリアの両目の端部分から、血涙が流れ始める。
それと同時に、アルトリアは憎々しい声を漏らしながら呻いた。
「……動け、動け……っ!! これは、命令よっ!!」
まるで魔力そのものに対して強い口調で命じるアルトリアは、青い瞳を僅かに赤く染める。
すると次の瞬間、その命令に応じるように壁内部に備え付けてある照明が震え始めた。
それから照明内部の魔石が震え、照明の硝子を割りながら飛び出す。
魔石は石畳の床に落ちながら転がると、アルトリアは眼球に及ぶ痛みと頭痛で瞼を閉じながら顔を伏せた。
「ァ、グ……ッ!! ……ハァ……ッ!!」
痛みを堪えながら再び瞼を開けるアルトリアは、青い瞳に戻りながら赤く染まる眼球で床に落ちた魔石に視線を送る。
仄かに光る魔石は檻のすぐ前まで転がっており、檻の隙間から手を伸ばせば届く範囲に落ちていた。
それを見たアルトリアは僅かに微笑み、魔石を回収しようと痛みで薄れる虚脱感から逃れるように体を動かす。
履いている靴を外して右手に持ったアルトリアは、再び床を這うように動いて魔石に近付き、靴底を折ってから靴の中に魔石を入れた。
「……魔石を、上手く使えば……っ」
腕を引きながら靴内部の魔石に触れないようにするアルトリアは、身体を引き摺りながら再び壁を背にして上半身を起こす。
それから靴の中に入っている魔石を右腰部分に置き、自らの着ている装束を脱ぎ始めた。
「……これで、紙札を剥がして……魔石を、上に置けば……」
装束を必死に脱ぐアルトリアは、太腿部分の内側から縫い付けてある紙札を剥ぎ取る。
そして右側の床に紙札を置くと、その上に魔石を落として載せた。
「……そして、紙札に……魔力を注ぎ込めば……」
アルトリアは右目だけで紙札を見ると、今度は空気中の魔力を操作しながら紙札に注ぎ込む。
そして紙札に書き込まれた墨が仄かに光り出す光景を確認したアルトリアは、今度は魔石に視線と魔力を流し込んだ。
魔石と紙札がどちらも仄かな光を発した光景を見て、アルトリアは両目を閉じながら項垂れる。
そして集中力が途切れながらも、脱いだ装束を魔石と紙札に被せて光を遮断しながら、誰も居ない地下室で喋り始めた。
「……誰か、聞こえる? ……聞こえてたら、返事はしなくていい……。……ただ、私の話を聞いて……」
『――……』
「私は今、ウォーリスに捕まってる……。……呪印を施されて上手く動けないし、魔法も使えない……。……何処か分からないけど、地下室に閉じ込められてる……」
『――……』
「奴の狙いは、私の魂とリエスティアの身体で、『創造神』を復活させること……。その権能を利用すること……。このままだと、また五百年前の時と同じ……天変地異が起こるかもしれない……」
『――……!』
「私も、少しは抵抗するつもり……。でも、このままだと……リエスティアの魂と人格が消されてしまう……。……お願い、誰か……。……エリク、助けて……っ」
アルトリアは紙札を通じて自分の知る情報を送り、それを聞いている誰かに伝わっている事を願う。
そして肉体の虚脱感と激しい頭痛で意識を失い、そのまま横に傾いて床に倒れた。
こうして自身の能力を更に進化させたアルトリアは、限られた状況の中で自身がやれる事を果たす。
それでも紙札を通じて誰かにその言葉が届いたかは不明であり、ウォーリスという強大な敵に対して、アルトリアの絶望的な状況は継続していた。
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