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革命編 四章:意思を継ぐ者
上空の追跡者
しおりを挟む自身の身体と引き換えに帝都の襲撃を収めようとするリエスティアの提案を、悪魔騎士ザルツヘルムは受け入れる。
そしてリエスティアが『黒』だと気付いた干支衆の妖狐族タマモが襲い掛かるも、悪魔ヴェルフェゴールに瞬く間に制圧し、三人は影に包まれる形で会場から姿を消した。
一方その頃、帝城の城壁付近で下級悪魔達に囲まれていた干支衆の猪獣族ガイだったが、突如として影の動きに変化が起きる。
そして影達が引くように去り、帝城内からも離れていく気配を感じ取っていた。
「――……なんだ、去っていく……?」
悪魔達が帝城から離れていくのを感じるガイは、事態がどうした状況に陥っているか分からず表情を強張らせる。
代わりに強い気配の位置へ顔を向け、帝城の上空に視線を送った。
もう一方で、帝都内に侵食している合成魔獣達にも変化が及ぶ。
今まで人を喰らい魔力を求めるように各区画を移動していた合成魔獣達が一斉に動きを止める。
すると生き残る三百体強の合成魔獣達は転進し、侵入して来た南側へと走り去っていく光景を建物の屋上からエリクは見渡していた。
「――……合成魔獣が去っていく……。――……まさか、アリアッ!!」
去っていく合成魔獣達の様子で、エリクが帝都で起きている事態に何かしらの変化が起きた事を察する。
そして変化したのが首謀者と対峙するアルトリア側の状況だと思い、帝城側に視線を送りながら屋根伝いに素早く移動を始めた。
こうして事態が大きく変化する少し前、帝城から二百メートル程の上空に浮かびアルトリアは、向かい合いながら睨むウォーリスの僅かな変化に気付く。
それはウォーリスが自身の額横に左手を当て、口を動かしながら誰かと話すような言葉を呟いていた事だった。
『――……ウォーリス様』
「……どうした?」
『リエスティア様ですが、御自身の身体と引き換えに襲撃を止めるよう交渉を提案されています』
「なんだと? ……『創造神の肉体』だけを攫い、会場に残る者達の始末は出来ないのか?」
『いいえ、可能です。しかし、この短期間で不穏因子が驚異的な成長を見せています。更にフォウル国から来たと思われる魔人を確認しています。更なる敵増援を考慮しながら皇子を排除するには、更に時間を要するかと』
「……仕方ない、『創造神の身体』を最優先にする。提案を受け入れると伝え、確保しろ」
『はい』
「追跡者が居る場合は、即座に排除しろ。排除が不可能な場合は、下級悪魔を囮に引き離せ。影での移動は転移と違い、追跡が可能だからな。……ただし彼女が追跡する場合は、そのままでいい」
『分かりました』
ウォーリスは『念話』で通じるザルツヘルムと交信し、会場内で起きた状況を察する。
そしてアルトリアに聞こえる程の声量で言葉を発し、事態の変化を敢えて教えた。
「――……やはり『肉体』と『魂』というものは、御互いに通じ合うモノがあるらしい」
「は? 何を言って――……」
「『創造神の肉体』が、自らの身体を差し出す事で襲撃している者達を止めるよう提案を申し出た」
「……!!」
「部下からそうした提案を伝えて来るという事は、『創造神の肉体』も同じように自らの命を脅迫に利用して提案して来たのだろう。……やはり『肉体』と『魂』は違う場所にあっても、惹かれ合う性質があるらしい」
ウォーリスの表情には笑みが戻り、冷静にアルトリアを見据えながら状況を敢えて教える。
しかしアルトリアは表情の強張りを緩めず、右手を胸部分に置いたまま強気の言葉を返した。
「……で、アンタはその提案を素直に受けて、大人しく引き下がると? とても信じられないわね」
「君の確保が難しい以上、せめて『創造神の肉体』だけでも押さえておきたいのさ。……それに君の事だ。親しいリエスティアが捕まったとあれば、是が非でも追って来るだろう?」
「……ッ」
「追跡するのなら、好きにするといい。私も帝都から離れるまでは、転移で去るつもりは無い。――……この通り、提案には素直に従うさ」
「……!」
ウォーリスは左手を仰ぎながら下へ向け、帝都の状況に変化が起きた事を伝える。
すると帝都全体に蠢く異質な影が蠢きながら南側へ移動し始め、更に侵攻していた合成魔獣達も転進する様子がアルトリアの視界にも確認できた。
その状況により、リエスティアの提案が受け入れられその身体が確保された事を、アルトリアは否応なく察する。
苦々しい面持ちを浮かべるアルトリアを見ながら、ウォーリスは微笑んだ声を向けた。
「では私も、ここで失礼させてもらおう。……ただ明日にでも、また帝都には御邪魔させてもらおうか。勿論、同じ手駒を率いてね」
「ッ!!」
「それまでに帝国やリエスティアを見捨てて、私から逃げるも良いかもしれない。……その時には、この帝国だけではない。人間大陸全ての国と人々に、同じ悲劇が起きてしまうだろう」
「アンタ……ッ!!」
「今日の襲撃は止めるというのが、リエスティアの提案だ。嘘は吐いていない。……ではまた会おう、アルトリア嬢。創造神の魂よ」
強かな微笑みを見せるウォーリスの言葉に、アルトリアは怒りを露に睨みつける。
その視線を受けながら背を向けたウォーリスは、影達が去っていく南側へ向けて中空を飛びながら移動を始めた。
アルトリアはその背中を見ながら、湧き上がる怒りとは別に冷静に考える。
この惨状となってしまった帝都では、再び悪魔化した合成魔獣や複数の悪魔達を相手にする事は不可能であり、避難や逃走も出来ずに再び蹂躙されるのが目に見えていた。
しかし増援を望もうにも当ては無く、ウォーリスや悪魔に対抗できるだけの戦力を明日までに用意できるはずも無い。
常人を幾ら集めても敵うはずも無く、打開策など検討する時間すら残っていなかった。
そうした考えを巡らせている時、帝都を見下ろすアルトリアの視界に巨大な影の蠢きが映る。
建物や壁を越えながら膨らみを維持して移動する巨大な影を見た時、アルトリアの脳裏に疑問が浮かぶと同時にその影が何を意味しているかを察した。
「アレは――……そうか、アレにッ!!」
アルトリアは背中に展開する六枚の翼を羽ばたかせ、貴族街の壁を越えようとする巨大な影に向かい飛ぶ。
急降下しながら金色の髪を靡かせるアルトリアに対して、壁を超える影は速度を速めながら南下を続けた。
「あの中に、リエスティアが……っ!!」
そうした言葉を見せるアルトリアは、膨らみを持つ巨大な影を追跡する。
魔力を受け付けないリエスティアを移動させる為に、転移魔法は使えない。
ならば物理的に移動させるしかないリエスティアに対して、実体を持つ下級悪魔の影に包みながら影の空間ごと移動させる手段を用いていると考えたのだ。
その実行役が影に潜む下級悪魔達を従える悪魔騎士であり、リエスティアを包みながら移動し続けている。
アルトリアはリエスティアを奪還する事で状況の打開を考え、六枚の翼を羽ばたかせながら移動し、ウォーリスにも警戒を向けながら上空から追跡を始めた。
そのアルトリアの姿を、南西側から貴族街に戻って来たエリクが発見する。
帝城から離れて巨大な影を追跡していくアルトリアに気付いたエリクは、壁や建物の屋根を跳躍しながら必死にアルトリアを呼んだ。
「――……アリアッ!! 何処に行くんだッ!! ――……あの影を追っているのか……!?」
上空を高速で飛翔するアルトリアの耳には、エリクの叫びは届かない。
しかしエリクは必死に後を追い続け、逆にアルトリアが追っている影に近付こうとした。
それに反応するように、追っている影から数多の下級悪魔達が分離される。
すると分離した影がエリクの方へ向かい、影を伝いながら異形の姿を現して襲い掛かった。
「――……ギャォオッ!!」
「ッ!!」
エリクは下から襲い掛かる下級悪魔達に気付き、瞬時に跳躍しながら襲い掛かる牙と爪を回避する。
そして影から出て来た下級悪魔達に向けて生命力の気力斬撃を放ち、建物ごと斬り裂いた。
気力斬撃を浴びた下級悪魔達は瞬く間に消滅し、エリクは別の建物に着地しながら再びアルトリアが追っている影へ近付こうとする。
しかし再び影から下級悪魔が切り離され、同じように襲い掛かって来た。
「クッ!! ……このままでは、追い付けない……!!」
再び気力斬撃を放ちながら下級悪魔を退けたエリクだったが、このままでは影にもアルトリアにも追い付けない事を察する。
しかし追わないという選択肢を選ぶ事は出来ず、愚直にも必死に追い続けようとした。
そんな時、エリクを含めた場所に一つの影が集まる。
それを見た時に再び下級悪魔が来たのかと思ったエリクだったが、その予想とは裏腹に驚く声が上空から聞こえた。
「――……エリオッ!!」
「……この魔獣は……!?」
ある時期に自分が名乗っていた偽名を呼ぶ声が聞こえ、エリクは思わず上空を見る。
するとそこには、赤い鱗と巨大な翼を羽ばたかせる巨大な魔獣らしき姿が存在し、エリクは驚きを見せながら立ち止まった。
そして赤い鱗を見せる魔獣は腹を見せながら降下し、翼を羽ばたかせながらエリクが立つ建物の高さまで下がって来る。
しかしその魔獣の頭部分に乗っている人物の姿を見た時、エリクはその人物の名を思い出しながら驚きの声を見せた。
「……パールか?」
「――……やはり、エリオだったか!」
エリクが見たのは、四年程前に樹海で出会った部族の女勇士パール。
しかしその姿は樹海に居た時と違い、小綺麗ながらも脚部分の破けた装束を身に纏い、更に赤い槍を右手で掴みながら赤い魔獣の角を掴む、以前に出会った時とは様変わりした光景だった。
そんなパールの姿に驚きながらも、エリクは赤い魔獣を見る。
その顔立ちは魔獣種の蜥蜴にも似ていたが、羽が生えている姿は蜥蜴とは異なっていた。
しかし目の前の魔獣がパールを乗せて空を飛んでいたという事実にこそ、エリクは注目しながら大声で頼みを伝えた。
「パール、その魔獣に乗せてくれっ!!」
「!」
「アリアが、あの影を追っている! 地上から追うと、影から出て来る悪魔が邪魔をしてくる!」
「私もアリスを追っていた! 早く乗れっ!!」
「ああ!」
パールはエリクに対してそう応えると、大剣を背負う鞘に戻したエリクはその場から跳躍する。
そして赤い魔獣の項部分に足を着けて乗ると、頭部分に乗っているパールが呼び掛けた。
「そっちの角を掴め! そこだと振り落とされる!」
「分かった!」
項部分から首を伝って頭部分に辿り着いたエリクは、パールとは逆側の角を掴む。
すると赤い魔獣は身体から僅かに魔力を迸らせ全身に纏いながら、翼を大きく羽ばたかせて空を飛んで見せた。
その飛翔に掛かる重圧に耐えながら、パールとエリクは共に巨大な影を追うアルトリアの光を見つける。
そして翼を持つ赤い魔獣に、パールは命じるように大声で伝えた。
「あの光を追え!」
「――……ガォオッ!!」
パールの言葉に赤い魔獣は従い、翼を羽ばたかせながら上空を移動する。
十メートル近い巨体が帝都の上空を翔ける様子を改めて見ながら、エリクは隣で掴まっているパールに改めて尋ねた。
「パール、コイツは?」
「飛竜と言うらしい、私が従えた」
「そうか。凄いな」
「ああ、連れてきておいてよかった。――……あの時の約束を、守れた」
「?」
「お前とアリスを、助けられる。――……行くぞ、エリオッ!!」
「……ああ!」
パールは微笑みを見せながらそう語り、エリクの樹海での出来事を思い出す。
帝国軍に捕まったパールや部族の者達を助けた時、パールはエリクに誓いを立てた。
二人の助けになると誓ったその言葉をこうした形で叶えている事に感慨を浮かべるパールだったが、すぐに表情を引き締め戻しながらアルトリアと巨大な影を見据える。
その頼もしいパールの様子を見ながら、エリクもまたアルトリアの下へ行く為に前を向いた。
こうして一変した状況の中で、エリクとパールは飛竜に騎乗しアルトリアを追う。
そのアルトリアはリエスティアを連れ戻す為に巨大な影を追っていたが、そこには元凶の策略も介在していた。
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