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革命編 四章:意思を継ぐ者
命を賭す者達
しおりを挟むガルミッシュ皇族と帝国貴族の生き残りが集まっていた会場内にて、皇帝ゴルディオスは皇子ユグナリスに皇冠を委ねる。
しかし突如として憎悪に燃える悪魔ベイガイルが乱入し、狂気に満ちた黒い拳を振り翳す。
その迎撃に遅れ疲弊しきった息子を庇った父親は、その狂気に飲み込まれる。
そして会場内に居る者達が見たのは、黒い拳に胴体を貫かれながら宙に浮く皇帝ゴルディオスの姿だった。
「――……陛下ッ!!」
「ゴルディオス様ッ!!」
「キャアアアッ!!」
壇上に立つセルジアスを始め、その状況を見た老若男女の帝国貴族達も悲鳴にも似た叫びを上げる。
同じく壇上に立つ皇后クレアは絶句しながら両手で口を覆い、小さく首を横に振りながら視界に映る夫の姿を受け入れられずにいた。
それは間近で見る息子も同様であり、青い瞳を驚愕で染めながら呟く。
しかしその呟きは、狂気と歓喜に満ちた悪魔ベイガイルの声に掻き消された。
「ち、父上――……」
「――……ギャアハハハハハッ!! 殺したぁあああっ!! 忌々しい皇帝めぇえええええッ!!」
「……ッ!!」
満ち足りた狂気で笑う悪魔の姿に、唖然としていたユグナリスが一瞬にして憤怒の表情に染まる。
その瞬間に青い瞳が赤色の輝きを見せ、身体中に生命力と魔力を迸らせながら再び『生命の火』を使用した。
そして次の瞬間、ゴルディオスを貫いているベイガイルの右腕に赤い閃光が走る。
すると掲げるように上げていたベイガイルの黒い右腕が切断され、突如としてズレ落ち始めた。
更に切断された右腕が落ちるより速く、ベイガイルの巨体に赤い閃光が幾多も走る。
すると首や胴体、そして腕や足を始めとしたベイガイルの肉体が切り刻まれ、右腕と同じようにズレていく。
そして赤い閃光を走らせたユグナリスは姿を見せ、ゴルディオスに突き刺さる黒い右腕を掴むと同時に瘴気を浄化する『火』で塵すら残さず燃やし尽くす。
しかしゴルディオスにはその火は燃え移らず、ユグナリスは床に落ちる前に父親を両腕で抱えながら着地した。
一方で悪魔は何が起こったのか理解する間も無く、狂気の微笑みが驚愕へ変わりながらズレていく視界と身体に違和感を持ちながら後ろへ倒れる。
そんなベイガイルに一目も向けず、ユグナリスは叫ぶように抱える父親と壇上側に叫び声を向けた。
「――……父上っ!! ……あ、ぁあ……。――……だ、誰かっ!! 治癒を、回復をっ!!」
「!!」
生命の火を纏ったまま表情を強張らせて動揺するユグナリスは、素早い動きで壇上前に父親を連れて行く。
そして護衛として残る少数の魔法師達に呼び掛け、父親への治癒と回復魔法を頼んだ。
それに反応した治癒魔法の使える魔法師が急いで走り、更に残る護衛の騎士や近衛達も壇上から降りながら二人の傍に駆け寄る。
騎士達や近衛はユグナリスの背後を守るように剣を構えながら立ち、三人の魔法師が集まり床に置かれたゴルディオスの傍に急ぐように状態の確認した。
「……こ、これは……」
胴体の中央部分を抉られているゴルディオスの状態に、魔法師達は言葉を詰まらせながら顔を見合わせる。
しかし『生命の火』を収めたユグナリスは焦りながら怒鳴り、魔法師達に呼び掛けた。
「早く、魔法で回復をっ!!」
「は、はいっ!!」
ユグナリスの声に応じる形で身を屈める魔法師達の中で、二人が触媒となる杖でゴルディオスに触れながら治癒と回復の魔法を同時に行い始める。
それと同時に一人がゴルディオスの首筋から脈を確認し、更に鼻と口を片手で覆いながら呼吸を確認した。
しかし脈と呼吸を確認した一人の魔法師は、動揺しながらも諦めを秘めた表情を浮かべながら青褪めていく。
その魔法師から漏れ出る声を聞いたユグナリスは、唖然としながらも怒鳴った。
「……これは、もう……」
「……もうって、なんだっ!?」
「あっ、いえ……その……」
「貴方達は、帝国が認めた一流の魔法師だろうっ!? 早く父上を、治してくれっ!!」
「……で、殿下。……落ち着いて、聞いて頂きたい」
「こんな状況で、何を落ち着けろとっ!?」
「……肋骨や脊髄を始め、心臓などの重要な臓器が幾つも破損……いえ、破壊されています。……既に、息も脈も止まって……」
「だから、それを治してくれと言っているんだっ!!」
「せ、切断された腕や取り除かれた臓器の癒着ならば、私達でも可能です。しかし、破壊された臓器や骨までは……元通りに修復することは……」
「……で、出来ないのか?」
「はい……」
「だ、だって……アルトリアなら……アルトリアは確か、そういう事が出来たって聞いたことが……っ!!」
「……私達も、アルトリア様の研究資料と成果は確認させて頂いています。しかしアルトリア様の治癒魔法と回復魔法は、私達が習得した魔法とは根本が異なるのです」
「ち、違う……?」
「アルトリア様は治癒や回復を魔法で行う際、肉体の治癒力を高める既存の治癒魔法ではなく、複数の魔力属性を織り交ぜた独自の魔法で治療を行っていました。被術者の細胞を体内で増殖させたり、体内で疑似的な骨を作り、疑似骨を損傷個所に癒着させて細胞や遺伝子レベルで同化させるなど……。……私達では、同じことは……」
「……!?」
皇族の護衛を務める程の魔法師達ですら真似の出来ない治癒や回復の魔法をアルトリアが行っていた事を、ユグナリスはこの時になって初めて知る。
今までアルトリアという比較対象しか目に入らなかったユグナリスにとって、彼女の魔法は跳び抜けて優秀であっても、決して既存の技術から外れた魔法ではないと勝手に考えていた。
しかしここで、ユグナリスに認識は思わぬ形で裏切られる。
アルトリアという異常な存在だからこそ成し得た魔法を、常人の魔法師も出来ると考えていた事が、既に間違っていた認識である事を初めて自覚した。
「そ、そんな……。と、とにかく何でもいい! 早く治してくれっ!! このままじゃ、父上が――……」
動揺するユグナリスは治癒を行うよう叫び、魔法師達を急がせる。
しかし魔法を施す魔法師達の効力は傷付いたゴルディオスの肉体に反映されず、一向に治療が進む様子は無い。
そして脈と呼吸の確認をしていた魔法師は両手を離し、ユグナリスの顔を見ながら伝える。
「……殿下。……皇帝陛下は、既に……」
「な、何を言って……アンタも早く、治癒の魔法を……!!」
「恐らく、即死だったかと……。……何の御役にも立てず、申し訳ありません……」
「……申し訳ありません」
治癒と回復の魔法を試みていた魔法師の二人も、触媒を離しながら魔法を止める。
そして頭を下げながら謝罪を向ける魔法師達に、ユグナリスは首を横へ振りながら再び怒鳴った。
「な、なんで魔法を止めて……。続けてくれっ!! とにかく、父上を治してくれよっ!!」
「……」
「……ッ!!」
顔を伏せながら治癒魔法を続けようとしない魔法師達を見て、ユグナリスは憤りながら表情を強張らせる。
すると手を止めた魔法師達に見切りを付け、その口から出た一人の人物に可能性を見出した。
「……なら、アルトリアを……アイツを連れて来ればっ!!」
「で、殿下!」
「アルトリアを来れてくるから、とにかく治癒を続けてくれっ!!」
床に置いた剣を拾いながらユグナリスは立ち上がり、アルトリアを探そうと試みる。
すると背後を守る騎士達が見据える先に、黒い泥に覆われながら切断した巨体を修復していく悪魔の姿を確認した。
「……あの野郎……ッ!!」
「――……ゴノォオオ、クソガキィイイ……ッ!!」
バラバラだった身体を修復させる悪魔は、今度は赤い瞳でユグナリスを睨みながら憎悪の声を漏らす。
するとユグナリスも憤怒の表情を浮かばせながら身体に『火』を纏い、そのまま赤い閃光となって悪魔に襲い掛かった。
修復されながら更に太く巨大にした黒い両腕を振るい、悪魔は迎撃しようとする。
しかし閃光に触れることもないまま、悪魔の肉体は顔も含めて再びバラバラに斬り裂かれた。
「ナ、ナンデ……オレガ……ッ!!」
「――……消えろ、クソ野郎ッ!!」
切り刻まれた悪魔の肉片は突如として燃え出し、修復しようとする黒い泥にも吸収させずに炎で覆う。
更に顔部分に剣を突き立てながら中空に散らばる肉片ごと凄まじい劫火で焼き払い、悪魔の肉体を塵すら残さず燃やし尽くされた。
一秒にも満たないだろうその状況を、目で追える者は会場内にいない。
魔人である三人すらも追えなかったユグナリスの動きに、その場の全員が驚愕を浮かべていた。
「……あ、アレが……ユグナリス……?」
「すっごぉい……」
「あの小僧……いや、ユグナリス……」
「……アレが、『赤』の血筋……『聖人』の、本当の実力ってことやな……」
セルジアスや魔人達は、ここに至るユグナリスの実力を改めて思い知る。
脅威的な力を見せつけた悪魔を一瞬で焼失させたユグナリスの実力は、この場の誰よりも、それどころか人間大陸に居るどんな実力者でも、相手にならないのではと考えさせる程だった。
「……アルトリアを、探さないとっ!!」
そして父親の敵とも言うべき悪魔を倒した後、ユグナリスは再び目にも止まらぬ速さで破壊された正面出入り口から移動しようとする。
それを止めたのは、入り口側を覆う巨大な影の光景だった。
「ッ!!」
『――……そこまでだ』
足を止めたユグナリスは構えながら剣を向け、影の中から響き聞こえる声の主を睨む。
すると溢れるように入り口側に集まる影の中から、一つの姿が現れた。
それは悪魔騎士ザルツヘルムであり、まるで賞賛するように拍手を交えながら姿を見せると、影の向こう側に立つユグナリスに話し掛けて来る。
「……見事だ。皇子ユグナリス」
「お前……本物か?」
「本物だとも。だが君では、私を殺す事は出来ない」
「何を……ッ!!」
「私を殺しきるには、私に与えられた数万以上の魂と、そして下級悪魔達を殺す必要がある」
「……数万の、魂……!?」
「私の命が尽きるのが先か、それとも君が疲弊し殺されるのが先か。……今ここで、競い合う事も出来る」
「……ッ」
「そして、皇帝が死んだか。……出来損ないだったが、一つの成果は上げたようだな」
「……お前が、アイツを……っ!!」
「そう、会場に送り込んだ。――……次は誰がいい? 従兄か、皇后か。――……それとも、君の娘の死が見たいか?」
「――……ザルツヘルムッ!!」
ザルツヘルムの言葉を聞いたユグナリスは激怒し、身体から更なる『生命の火』を迸らせる。
そして今まで話していたザルツヘルムが瘴気の鎧を一瞬で身に纏い、更に同じ姿をした瘴気の騎士達を生み出しながらユグナリスと相対した。
ユグナリスは怒りのまま襲い掛かろうとした時、一つの声が会場に響く。
それはユグナリスの足と剣を止め、思わず顔を振り向かせる声の持ち主だった。
「――……もう、止めてくださいっ!!」
「リ、リエスティア……!?」
「……」
張り上げられたリエスティアの声を聞き、ユグナリスは動きを止めて振り向く。
そしてザルツヘルムも瘴気の甲冑越しに、壇上に居るリエスティアに視線を向けた。
リエスティアの手には、再び儀礼用の短剣が握られている。
それを自分の喉元に突き付けながら、リエスティアは声を発した。
「――……これ以上、このような事を本当に続けるなら……私はこの場で、本当に死にしますっ!!」
「!?」
「ザルツヘルム! 私に死なれたくないのなら、私の条件を受け入れてなさいっ!!」
儀礼用の短剣を自ら喉元に突き付けるリエスティアだったが、その様子は先程とは明らかに違う。
今まで閉じられていた両瞼は開かれ、そこから見える黒い瞳から涙を流しながら表情を強張らせると、短剣の刃先を喉に付けて小さな血を見せていたのだ。
そして声を向けるリエスティアに、ザルツヘルムは問い返す。
「……どうやら、今度は本気のようだ。……聞きましょう、リエスティア様。その条件とは?」
「帝都で行っている凶行を、全て止めて下さい。そしてもう、誰一人として殺さないで……っ!! でなければ、お兄様が望む私を殺しますっ!!」
「では、その条件を私共が受け入れた場合は?」
「……私は、大人しく捕まります」
「リエスティアッ!?」
リエスティアの伝える条件を聞くザルツヘルムよりも、ユグナリスが声を荒げながら止めようとする。
しかしリエスティアはユグナリスの声を無視し、更に刃を深入りさせながら喉元に流す血を流し始めた。
「……ッ!! お兄様に、その話を伝えてくださいっ!! 私は本気ですっ!!」
「リエスティア、止めろッ!! ローゼン公! 母上! リエスティアを止めてくれっ!!」
「駄目です!!」
「!?」
「誰も、止めないでくさださいっ!! ……もう、私の為で誰かが死んでいくのは、嫌です……っ!!」
「……!!」
「――……あぁ……。うぁあ……!!」
リエスティアは動こうとするセルジアスやクレアの動きを牽制し、涙を溢れさせながら悲痛な声を漏らす。
その膝には我が子であるシエスティナが瞳を開けて見上げていたが、涙を流す母親の姿に看過されてか、同じように涙を流しながら泣き声を小さく響かせていた。
こうして会場内で起きた悲惨な結果は、思わぬ形で事態を進める。
それは奇しくも、自身の命で脅迫する『創造神の肉体』と『創造神の魂』の同じ姿が重なる状況となっていた。
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