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革命編 四章:意思を継ぐ者
導かれる者達
しおりを挟む帝都に置ける状況に僅かな変化が起こり、それをきっかけに優勢だったウォーリスの状況は一転する。
僅か二年余りの時間で異常な成長を遂げているエリクと、自らの魂を人質として選択を迫るアルトリアの二人に対して、初めて焦燥感を漂わせていた。
しかし悪魔と合成魔獣を退くように要求するアルトリアに対して、ウォーリスは焦りを隠すように強気な態度を崩さない。
エリクの斬撃を受けた両腕の傷を治した後、アルトリアを斬撃の射線に入れる位置へ移動して話し掛けた。
「――……馬鹿な真似は止せ。君のやっている事は、無意味でしかない」
「へぇ、アンタには効果抜群みたいだけど?」
「君が自爆したとしても、転移を持つ私ならば容易に逃げられる。仮に巻き込めたとしても、到達者ではない君に私を殺し切る事はできない」
「でも、アンタが入ってる器は破壊できる。違う?」
「!」
「アンタは所詮、到達者という要素を備えた魂に過ぎない。そして魂の入れ物となっている肉体さえ破壊すれば、アンタの魂は行き場を失い、再び輪廻へ戻る。……アンタの器に出来るゲルガルド伯爵家の血縁者も、ウォーリスとリエスティア以外には居ないんでしょ?」
「……呆れるな。他にも器となる血縁者がいることに考え至れないのか? 私は男だ。新たな器となる血縁者は、最も作り易いのだぞ?」
「だったら何故、わざわざ器を到達者に仕立て上げたのかしら?」
「!」
「答えは単純よね。器にした血縁者を死なせない為に、到達者に仕立て上げる必要があったから。でしょ?」
「……小賢しい頭だけは、回るようだ」
「何故か分からないけど、ウォーリスは自分の娘以外に次の血縁者を作れなかった。それを知ってるアンタは、ベルグリンド王国を手に入れて王の信仰を器に集めて到達者に仕立てる計画も企てた。……アンタが私を羽交い絞めにしてる間、ベラベラ喋ってくれたおかげで色々と考えられたわ」
アルトリアは自爆術式の紋様を描いた自身の胸に右手を置きながら、今まで聞いた情報を下にウォーリスに定着している悪魔の状況を推測する。
それを聞かされるウォーリスの表情は不愉快さを隠さぬ憤りを見せていたが、目的であるアルトリアの魂が消失する事を恐れてか、動きを見せずに睨むだけに留めた。
互いに見合う膠着状態を作り出したアルトリアは、視線を逸らさずに魔力を用いて拡声させた言葉を発する。
それはウォーリスに対してではなく、帝城の塔に立つエリクに対する呼び掛けだった。
「――……エリク、聞いてッ!!」
「!」
「コイツは私が引き受ける! 貴方は、帝都を襲ってる合成魔獣達を倒してっ!!」
「……コイツは危険だ! 君一人でどうにか出来る相手ではない!」
「コイツの狙いは、私の魂よ! どうやら私を、創造神の生まれ変わりだと思ってるらしいわ!」
「……君が、創造神の生まれ変わり……!?」
「そしてコイツには、もう一つ狙ってるモノがある! それが創造神の肉体――……帝城の中にいる、リエスティアって子の身体よっ!!」
「!」
「その狙いを知らずに、私はリエスティアの身体を治してしまった。――……コイツは創造神の『魂』と『身体』を手に入れて、世界を掌握できる権能を狙ってる! そうさせない為にも、転移魔法や魔術が効かないリエスティアを逃がす為の手段を確保する必要があるの!」
「……アリア。君は、また……」
「貴方は合成魔獣を倒して、あの子達が逃げられる道を作って! その間、私がコイツを食い止めるからっ!!」
アルトリアは決してウォーリスから視線と意識を外さず、エリクに対してそうした言葉で頼みを伝える。
それを聞いていたエリクは苦々しい面持ちを浮かべ、侵攻を止めない合成魔獣達が見える帝都の南方に視線を移した。
そして数秒ほど悩む様子を見せた後、アルトリアは再び声を発して呼び掛ける。
「エリク、お願いっ!!」
「……分かった」
必死の声で願うアルトリアの声を聞き、エリクは表情を強張らせながら塔の屋根を飛び移りながら移動する。
そして合成魔獣達が押し寄せる帝都の南側へ向かった。
そして帝城から飛び降り城壁を越えた地点へ着地すると、異様な雰囲気を漂わせる貴族街の影にエリクは気付く。
影は光も無いにも不自然な揺らぎを見せ、まるでエリクに迫るように動きながら影の内部から異様な姿の下級悪魔達が襲い掛かって来た。
「ッ!!」
エリクは襲い掛かる下級悪魔の牙を跳び避け、右手に持つ大剣を薙いで生命力を用いた気力斬撃を地面の影に衝突させる。
すると凄まじい威力の生命力に覆い尽くされた影ごと下級悪魔達は消滅し、エリクは大剣を振った勢いを利用して身体を回転させながら着地した。
しかし影の蠢きは止まらず、再びエリクへ押し寄せようとする動きを見せる。
それに対してエリクは進行方向に大剣を薙ぎ、気力斬撃で影に潜む下級悪魔達を消滅させながら南側へ走り抜けた。
その音と聞くアルトリアは僅かに微笑みながらも、意識と視線を外さずにウォーリスを睨む。
逆にウォーリスは苦々しい面持ちを浮かべ、左手を額の左横に付けながら憤りの籠る声でザルツヘルムに『念話』で話し掛けた。
「……ザルツヘルムッ!! 『創造神の肉体』は確保できたのか!?」
『――……申し訳ありません。先程の二人を排除できず、状況が膠着しています。ただ消耗はしているようなので、少し御時間を頂ければ――……』
「そんな時間は無いっ!! お前だけで倒せないのならば、貴族街に散らせた下級悪魔共を会場に集めろっ!! そして、会場に居る者達を皆殺しにして――……ッ!!」
『創造神の肉体』を確保する為に総力を集めようとするウォーリスだったが、その言葉は目の前に見えるアルトリアの姿によって止められる。
胸に浮かぶ紋様を白く輝かせるアルトリアは、再び全身を発光させながらウォーリスに告げた。
「――……言ったはずよ。悪魔達と合成魔獣を退かせないと、アンタの欲しい魂が消えるって」
「……小娘、貴様ッ!!」
「これは脅迫じゃないわよ。――……もしこれ以上、アンタが何かするようだったら。私は自滅するわ」
「……ッ!!」
アルトリアは睨みながらも青い瞳を据わらせ、既に躊躇の無い意志を明かす。
その覚悟が脅迫ではなく本心だと気付くウォーリスは、苦々しい面持ちを見せながら悪魔達に状況を打開できる命令も飛ばす事は出来なかった。
こうして駆け付けたエリクだったが、アルトリアから悪魔の野望と帝都の状況を打開する為の情報と願いを伝えられる。
それがアルトリアにとって記憶を失う前と同じ自己犠牲の行動であると察しながらも、限られた時間と戦力で状況を打開するしかなかった。
場面は代わり、悪魔騎士ザルツヘルムが居る会場内に時間は戻る。
一人で帝国皇子ユグナリスと狼獣族エアハルトと互角以上に渡り合うザルツヘルムだったが、その様子が突如として変わり、二人の前で奇妙な様子を見せていた。
「!」
「……なんだ?」
瘴気に覆われた甲冑越しで表情が見えぬザルツヘルムは、突如として二人から離れながら影の広い場所に移動する。
それに深いせずに様子を窺うユグナリスとエアハルトだったが、甲冑越しに響くザルツヘルムの声を聞いた。
「――……申し訳ありません。帝国皇子と狼獣族の男に妨害され、確保に至れていません。特に皇子は、七大聖人にも劣らぬ力を身に着けつつあります」
「……独り言か?」
ザルツヘルムは二人に対して話し掛けている様子ではないにも関わらず、言葉を呟いている。
その様子を見たエアハルトは怪訝な様子を見せながらも、電撃を飛ばそうと身構えた。
しかしユグナリスの脳裏に、ザルツヘルムの独り言が何なのかを理解する知識が思い出される。
「……独り言じゃない。多分、アレがログウェルが言ってた『念話』……?」
「!」
「なら、奴が話しているのは――……もしかして、ウォーリスッ!!」
ユグナリスは念話を通じてザルツヘルムと話すウォーリスの存在に気付き、表情を強張らせる。
何かしらの指示を送っているだろうウォーリスの思惑とザルツヘルムの行動を警戒し、剣を構えながら身構えた。
しかし次の瞬間、ザルツヘルムは予想しない行動に出る。
「……ハッ。――……残念です、クレア様」
「!」
「ナルヴァニア様の願いとして、貴方だけでも御守りしたかった。――……おさらばでございます」
「……消えた?」
「……まさかッ!!」
そうした言葉を見せるザルツヘルムは、別れの言葉を皇后クレアに向けながら影に潜り姿を消す。
その嗅覚でザルツヘルムがその場から消えた事を察したエアハルトは怪訝な様子を見せ、それから言葉の意味を遅れて理解したユグナリスは、壇上へ振り向きながら大声で警告を向けた。
「ログウェルッ!! 侍女が――……ッ!!」
「ッ!!」
「……ごめんなさい……っ」
しかしユグナリスの警告が全て伝わるよりも早く、侍女の異変が表面に起こる。
侍女の身体に刻まれた自爆術式の紋様が赤く輝き始め、一同に術式が発動した兆候を確認させた。
それを真っ先に悟る侍女本人が涙を流しながら謝罪の言葉を漏らし、自身ではどうしようも無い事態に悲しみを浮かべる。
それに応じて壇上に居る者達がそれぞれ思う者達を守るような動きを見せる中、一人だけ真っ先に侍女へ飛び込んだ者が居たのを、セルジアスは確認した。
「ログウェル殿……ッ!?」
「――……後は、御任せたぞ。ユグナリスよ」
「!!」
微笑みながらそう伝える老騎士ログウェルは、侍女の身体を掴む右手に刻まれた『緑』の聖紋を輝かせる。
すると次の瞬間、侍女とログウェルは緑の光に包まれながら壇上から姿を消した。
「ログウェルッ!!」
術式が発動した侍女が消え、同時に消えたログウェルに皇帝ゴルディオスが驚愕しながら名前を叫ぶ。
しかしログウェルの姿が再び戻る事は無く、一同は唖然とした様相を見せていた。
そこで鼻を動かすエアハルトが影の広がる空間に身体の向きを戻し、それにユグナリスも気付きながら振り向く。
するとザルツヘルムが再び影から姿を現し、壇上側を見ながら言葉を呟いた。
「――……確認しました。恐らく、ログウェル=バリス=フォン=ガリウスの仕業です」
「!?」
「奴の姿だけ、会場内にありません。恐らく侍女が自爆する瞬間に、何処かに転移したものかと思われます。……帝都に被害が及ばぬ程の長距離に、転移したものかと」
そうして状況を確認しながら呟くザルツヘルムの言葉に、ユグナリス自身も起きた出来事を認識する。
自爆術式が起動した侍女と共に、ログウェルは転移魔法で消えた。
そうする事で帝都が消滅する事を防ぎ、更に人々の命すらも救った事が明らかになる。
しかし転移したログウェル本人が戻らない状況は、最悪の状況をユグナリスの脳裏に思い起こさせた。
「まさか、ログウェルが……!?」
「……ログウェル=バリス=フォン=ガリウス。彼は確かに、偉大な騎士のようだ」
「!!」
「その身を挺してまで、人々を守るとは。……私も一人の騎士として、彼を尊敬しよう」
『念話』を終えたザルツヘルムは、ログウェルの顛末に気付いたユグナリスにそうした言葉を向ける。
それは確かにログウェルに向けた賛辞の言葉ではあったが、逆にユグナリスの感情に怒りを沸かせ、歯を食い縛った表情を見せながら新たな涙を浮かばせた。
「お前は……お前が、ログウェルを語るなッ!!」
「……」
「絶対に、許せない……ッ!! これ以上、誰も犠牲になんかさせるものかっ!!」
怒りと悲しみを露にするユグナリスは、激した感情に呼応して全身の生命力と高め、更に纏う生命力に魔力の炎を灯らせる。
まるでユグナリスの生命力そのものが炎となるような光景は、帝国陣の一同に驚愕の瞳を見開かせた。
「……皇子の身体から、火が……!?」
「まさか、アレは……」
「伝承に聞く、初代様の……『赤』のルクソード様と同じ……?」
「……生命の、火……?」
ゼーレマン卿を始めとした年老いた帝国貴族達の口から、そうした言葉が漏れ出る。
そして壇上に立つ皇帝ゴルディオスや皇后クレアもまた、息子が見せる変化と成長に困惑しながらも呟いた。
「ユグナリス、まさか貴方が……」
「……ログウェル。お前はユグナリスの才能を……いや、その底に眠る力さえも、見抜いていたのか……?」
二人はそうした言葉を漏らし、炎のような生命力を纏うユグナリスの背中を見る。
セルジアスもその姿を見て、それぞれに己の中に流れるルクソードの血を騒めかせた。
こうしてウォーリス達の策略に怒るユグナリスは、ログウェルの死によって新たな境地へと導かれる。
それは初代『赤』の七大聖人ルクソードの伝承として語られる、生命の『火』。
自分自身の生命すらも『火』に変えるという、『赤』の一族の中でルクソード以外には辿り着けなかった領域に、ユグナリスは踏み込んだのだった。
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