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革命編 四章:意思を継ぐ者
怪物の変貌
しおりを挟む元ルクソード皇国の騎士ザルツヘルムに追い詰められ自身の生命に危機が至る狼獣族エアハルトは、急激な成長を見せながら拮抗して見せる。
そしてついに『敵』として見定められ、二人は激しい接戦を繰り広げ始めた。
一方その頃、別の出入り口から会場を出た妖狐族クビアは、帝城内の廊下を走りながら階段を駆け上がる。
その後ろからは這う姿勢ながらも凄まじい速度で追う泥の怪物が迫り、クビアを捕食しようと通る場所を破壊しながら追跡を続けていた。
更に追い付けない本体から無数が腕のように伸び、クビアを捕らえようと蠢きを見せている。
そして四階まで続く階段を登り切ったクビアは伸びる泥を回避し、南側の廊下へ走りながら左手に持つ紙札を壁に貼り付けた。
「――……壁ッ!!」
クビアがそう叫ぶと同時に、貼り付けた紙札に魔力が迸る。
すると廊下の壁が突如として浮かび上がり、道を塞ぎながらあたかも行き止まりのような風景を作り出した。
そして遅れながらも階段を登り切った怪物は行き止まりの壁を見た後、西側へ続く廊下に目を向かい始める。
そうした怪物の動向を魔力感知で探っていたクビアは、走りながらも口元を微笑ませた。
「やっぱりぃ、私達みたいに魔力を感じ取れるわけではないみたいねぇ」
今まで逃げながらも観察し続けていたクビアは、魔人や魔族のように怪物が魔力を感知していない事を悟る。
故に魔力で作り出した幻影の壁を実物だと認識し、別の方角へ走り出した事を察知していた。
そして追跡を逃れた好機を逃さず、クビアは目指すべき南西の部屋まで走り続ける。
「南西のぉ、一番奥ぅ――……ここ、よねぇ!?」
クビアは南西側を目指しながら廊下を曲がり、その廊下の行き止まりに辿り着く。
そして周囲を探りながら扉がある部屋を目撃し、その扉に手を掛けながらも鍵が掛けられている事を察すると、魔力で強化した身体能力で扉を蹴破った。
更に蹴破った扉を踏み付けながら、クビアは室内に入る。
そこは本棚の置かれた書斎に見えたが、それに構わずクビアは室内を急ぎながら捜索し始めた。
「金庫ぉ、金庫って何処よぉ!」
暗い室内に対してクビアは右手に持つ扇子の先に炎を作り出し、焦る様子を見せながら周囲を探る。
しかし壁一面に本が並べられている室内に金庫らしいモノは置かれておらず、クビアは焦りながらも必死に思考を巡らせた。
「金庫が無いわよぉ……。ここの部屋じゃないのぉ……!?」
金庫の無い部屋に入ったのだと考えたクビアは、別の部屋へ入ろうと廊下へ出ようとする。
しかしその時、廊下の奥から迫る悪寒と嫌悪感が増した事を感知し、そのまま廊下を出ずに室内の壁へ紙札を張り付けながら蹴とばした扉を幻影で作り出した。
そして幻影の扉越しに、嫌悪する表情を浮かべて廊下に響く呻き声を聞く。
「――……ニグゥ……。ウマイ……ニグゥ……!!」
「……さっきの音でぇ、呼び寄せちゃったかしらねぇ……」
自身が蹴破った扉の倒れる音を思い出しながら、暗闇に閉ざされている廊下の先に怪物が来ている事をクビアは察する。
そして閉ざされた廊下と行き止まりの部屋から出て行けば、奴隷の契約書も見つからないまま怪物に捕食されることをクビアは予測できてしまった。
それでもクビアはある事を考え、幻影の扉から離れて室内へ戻る。
そして訝し気な視線で周囲を見回し、自身の考えを呟いた。
「……そうよねぇ。見える場所に金庫なんか置いてたらぁ、それこそ盗んでくださいと言わんばかりよねぇ……。……何処に隠してるのかしらぁ」
クビアは奴隷の契約書が目に見える金庫では無い事を考えながら、廊下に出られない現状でやれるだけの事をする。
壁側に設けられている本棚の奥や絨毯の引かれた床を注意深く観察するクビアは、室外から響き聞こえる怪物の声に焦りながらも金庫を探し続けた。
そしてある本棚を目にして幾つかの本を抜くと、その奥に壁の色合いとは異なるモノが在る事を察する。
その部分の本を抜き取りながら奥を確認したクビアは、安堵の息を漏らしながら金庫に手を伸ばした。
「あったぁ。これで、契約書を取れば――……あっ」
金庫の小扉に手を伸ばした後、クビアは安堵した表情を思わず強張らせる。
それは金庫に設けられている数字の回転錠であり、それを見たクビアは苦悩の表情を見せた。
「……金庫を開ける番号、聞いてないわよぉ……」
金庫の暗証番号が分からず、クビアは溜息を漏らしながら試しに回転錠の数字を回す。
一通り回しながらも鍵が開けられる様子が無い為、クビアは強行策を選んだ。
「もぉ、金庫を破壊するしかないわねぇ……。……金庫は鉄みたいだしぃ、焼き切れるでしょうけどぉ……。……問題はぁ、怪物よねぇ」
小声で呟くクビアは、外から聞こえる怪物の呻き声が先程より近くなっているのに気付く。
更に探している相手が何処かの部屋に隠れている事を察しているのか、別の部屋を閉ざしていた扉を破壊して中を探る怪物の動き方をしていた。
この状況で部屋に金庫を焼き切るような音を出せば、間違いなく怪物はこの部屋に押し寄せる。
そして入り口を防がれた挙句に室内に侵入されれば、契約書を持ち出し奴隷契約を解除するという目的を果たせない事を察していた。
「……やるしか、ないのかしらねぇ」
クビアは必死に思考を巡らせ、金庫内の契約書を持つ出し怪物を避ける手段を考える。
そして苦慮しながらも一つの方法へ辿り着き、胸元から四枚の紙札を取り出した。
それからすぐ、クビアの居る部屋から凄まじい轟音が鳴り響く。
それを聞いた怪物は音を聞き分け、廊下の壁を削り這いながら音の響く部屋の壁を破壊した。
そして顔を入れて赤い目を泥の隙間から見せる怪物は、本棚の敷かれた壁際に立つクビアの姿を確認する。
「――……ニグゥッ!!」
クビアに対して泥の左腕を伸ばした怪物は、クビアが立つ壁際を泥で塗りたくるように衝突させる。
それによりクビアを捕らえた事を確信したようにニヤける怪物だったが、着き込んだ壁際を見ながら驚きを浮かべた。
「……ァレ……?」
怪物は泥から伝わる感触から、クビアの魔力が取り込めていない事を察する。
そして泥の手を壁から退かした後、怪物は驚くべき光景を目にした。
それはクビアが健在のまま存在し、更に崩し倒したはずの本棚などが無事である様子を見せている。
何が起こっているか分からぬ怪物は、それから何度もクビアに向けて泥の腕を直撃させた。
しかしクビアは泥の手をすり抜けるようにその姿を見せ、怪物は不可解な状況に困惑する。
そして赤い火花を見せる本棚の前に立つクビアは、開け放たれた金庫から契約書を受け取りながら口元を微笑ませた。
『――……残念ねぇ、お馬鹿さんぅ』
「ァア……?」
そうした様子を見せるクビアだったが、その声は何処か遠く、更にその姿と風景が霞むように揺れる。
そして今まで見えていたクビアと本棚の光景が一瞬で消え失せた後、侵入された部屋より奥に設けられた廊下の壁を通り抜ける何かが、垂れる泥を跳び避けて怪物の背後を通り抜けた。
「!」
「――……じゃあねぇ、お馬鹿さぁん!」
そうした声を向けるクビアは、再び廊下を疾走しながら左手に持つ書類に目を通す。
そして自分とエアハルトの名前が書かれた奴隷契の約書を探し出すと、そのまま階下を目指して走り続けた。
クビアがこの窮地を脱した理由は、怪物が破壊した部屋の外壁。
そこには二枚の紙札が張られており、それぞれに別の効力を果たしていた。
まずクビアは、取り出した四枚の紙札から二枚を自身が居る部屋に貼り付ける。
そして三枚目の紙札を廊下側の扉に貼り付けて幻影の壁を作り出し、四枚目の紙札は幻影の壁越しから手前の扉に貼り付けた。
そこで自室と隣室に貼り付けた紙札を経由し、クビアは自分自身が居る部屋の全体像をそのまま隣室に幻影として映し出す。
それから別の紙札を取り出して金庫に貼り付け、幻影を映し出す部屋が攻撃されている間に鍵部分を焼き切り、幻影で作り出した扉と壁を通り抜けながら廊下へ出ると、そのまま契約書を手に持ち怪物の背後を走り抜けたのだ。
幻影の魔術を使用した巧妙な室内トリックに嵌った怪物は、クビアを追う為に廊下へ出て行く。
そして追うように廊下を曲がりながらも、新たに作られた幻影の壁によりその姿を見失った。
しかし怪物は、それから奇妙な動きを見せる。
まるで捕食できずに自分を翻弄するクビアの嘲りに怒りを抱く様子を見せながら、低い呻き声を響かせた。
「……ヨクモォ……ヨクモワタシヲ、バカニシヤガッテェォ……ッ!!」
今まで発していた呻き声が次第に変化を遂げ、確かな意思が宿り始める。
そして怪物の泥が更に蠢きを高め、その声と連動しながら奇妙な様子を起こし始めた。
黒い泥は廊下で少しずつ縮まり、依り代としている肉体に凝縮するように集まり始める。
それと同時に唸りを強めた怪物の咆哮が、城内に響き渡った。
「――……ォオオオ……ッ!! オォオオオ――……ッ!!」
怪物は凄まじい咆哮を上げ、その叫びが階段を降り始めるクビアにも届く。
それと同時にクビアは悪寒を強め、目を見開きながら階段を飛び降りるように駆け下り始めた。
「……何よぉ、この感じぃ……。……さっきよりぃ、もっとヤバい感じがするわぁ……!!」
クビアは怪物の変化を魔力感知で感じ取り、異変が起きた事に気付く。
しかしそれを確認する為に戻る気は無く、契約書を手にしながら会場を目指した。
一方で怪物側も、クビアが予想するような変化が迎えられる。
その変化は十五メートル近くに膨れ上がっていた大きな泥の塊が、その十分の一程に縮まりながら人と同じ姿を模っていた。
その姿となった怪物は、人の姿で床を見下ろしながら呟く。
「……許さない……ッ!!」
そう述べた後、怪物は右拳を握りながら大きく振り抜き、右拳を床へ激突させる。
すると廊下が叩き砕かれ、一気に一階まで降りていたクビアは悪寒を強めながら必死に走った。
しかし次の瞬間、クビアが走る廊下の天井が突如として崩れ落ちる。
その瓦礫に押し潰されないように飛び退いたクビアは、表情を歪めながら呟いた。
「……ちょっとぉ、なんなの――……ッ!」
埃が舞う廊下を見るクビアは、瓦礫の上に立つ一つの人影を目にする。
その人物の全身が見えた時、クビアは表情を険しくさせた。
そこに現れたのは、黒い泥が依り代としていた共和王国の外務大臣ベイガイル。
しかしその姿は大きく変貌しており、背中には元々あった蝙蝠の翼を巨大が適度に合う形となり、頭部には二本の黒い角が生えている。
更に全身は人の肌とは異なる黒色に染められており、人の姿でありながらも一目でそれが異形である事を察するしかなかった。
クビアは悪い意味で状況が変化した事を察し、契約書を丸めて胸元に入れた後、紙札を左手に取り出しながら右手の扇子を広げる。
そのクビアと相対するように、ベイガイルの顔をした何かが唸り声を声を向けた。
「……私を馬鹿にするモノは、誰であろうと絶対に許さんぞぉおオオオオオオッ!!」
「ッ!!」
その怒りとも言うべき咆哮が上がり、周囲の壁や床に亀裂を走らせる。
それと同時に放たれる強い悪寒を感じ取りながら、クビアは逃げられない事を悟り怪物と対峙する事を選んだ。
こうしてクビアは自分達の奴隷契約書を確保しながらも、追跡している怪物は新たな進化を迎える。
その変貌した姿は、まるで未来のアルトリアが悪魔の種により悪魔化した様子を、更に醜悪にした光景となっていた。
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